ある意味
あれから数件の道具屋を回り薬草の搾り粕の集まり具合を確認した。
天気の話から入り、店主を褒めて、当たり障りのない会話を繰り返す。ああ、営業さんの得意先回訪ってこんなんなんだろうな。絶対に嫌だわ。ガリガリと神経が擦り減っていくのがわかる。まだ気さくに対応してくれているだけマシなのかな。現実では偏屈オーナーとかいるもん。電話掛けてきてギャーギャー喚くだけ喚いて、もっと上の者を出せだの、事務の女に何がわかるだの、今じゃカスハラなんて言われていることなんか日常茶飯事だったわよ。
無意識にため息を吐いてしまった。
「アリスちゃん、大丈夫?結構キツいんじゃない?俺は付いて回ってるだけだから、、、何かごめんね。」
申し訳なさそうな顔のスバルさん。
何をおっしゃいますか!私に付いてきたばっかりに痛い目を見たのはスバルさんでしょ。こっちが申し訳ないわ。なのに優しい言葉を掛けてくれるなんて、いい親御さんに育てられたんだろうね。
ああスバルさんの言葉が心に沁みる。スバルさんがいてくれるだけで安らぎだわ。それに女一人が行くよりも男性を伴っていた方が舐められずに済むしね。
でもこんなに気を遣ってもらえたのって何年ぶりだろう。会社ではこっちが気を遣いまくりだってーの。
私は大丈夫と元気いっぱいの笑顔をスバルさんに向けた。
南支部Aに顔を出したが顔見知りはいなかった。
顔はわかるけど名前までは把握していない程度の人たちだ。初顔合わせで私が厳しい性格であると擦り込まれた団員たちは終始ビクついていた。あれはロベルトが悪いんだからね。
当のロベルトは外回りに出ているようだったので、皆に明日旅立つことを告げてオネェ教会へと向かった。
オネェ教会に向かう途中で一台の荷馬車とすれ違う。
御者が帽子を取り挨拶してきた。確か搾り粕の回収業者だった気がする。ふと荷台を見るとポプリが入っているであろう木箱を積んでいた。ちょうどオネェ教会で回収してきたのだろう。スパ方面へ向かっているわけではないので他の荷受けでもしに行くのだろうか。
教会の入口に立つ。
誰も外には出ていないようだ。建物を見るとあの談話室に皆が集まっている。
ちょうど昼時だったのか、シチューのようなものを頬張っていた。掃き出し窓に近づいて子供たちに手を振る。
「あ!チー先生の次にかわいいお姉さんだ!」
「こんにちはー!チー先生の次にかわいいおねーたん。」
「チー先生の次にかわいいおねーさん!今日はお姫様みたいだな!」
「一緒に遊ぼうよ!チー先生の次にかわいいお姉さん!」
子供たちが席を立って掃き出し窓を開けて群がってくる。
“お姉さん”の前になんか変な形容詞が付いてませんか?さてはニセデカパイが言わせてるな。
すると奥から子供たちの悪影響の元凶のチィスが出てきた。
「あらあら~、みんなどうしたのぉ?ちゃぁんとお席に着いて、最後まで残さず食べなさぁい!」
相変わらずボディコンワンレンの超ミニスタイルだ。
一応腰で巻くタイプのエプロンは着けている。ドピンクで目がチカチカするけど。
ガン見していた私が目に入るや否やチィスは派手な鳥の羽で出来た扇子を勢いよく広げ口元に当てた。
「あら、やだ~!アリスじゃなぁい?どうしたのぉ、そんなにめかし込んじゃってぇ。それに冴えない男連れだなんてぇ、センス疑っちゃうわぁ~。」
冴えないとか言いながら執拗にスバルさんを観察している。
実は狙ってんじゃないの?そんな扇子持ってましたっけ?それにもうこっちを見ているのか見ていないのかわからないくらいのつけまつげの量になっている。前に会った時よりも更に倍って感じね。
ふとスバルさんに視線を向けると、まるでメデューサの石化を受けたように完全に固まっていた。瞬きせずにデカパイオネェに釘付け状態だ。
ある意味、魅了の魔法ね。
「チィス!騒がしいぞ!ガキどもに黙って飯食わせろってんだ!」
続いてオージンが入って来た。
正に顔面凶器。化粧をしているとかいうレベルではない。もうちょっと美しく見せようという気はないのかしら。
大声に驚いたスバルさんはデカパイオネェの魅了から一旦解放されたが、オージンを見てまたすぐに固まってしまった。もう目を開けたまま気絶しているんじゃないかってくらい反応がない。漫画で言うなら口から魂が出て行ったような感じだ。
ある意味、即死魔法よね。
すると次は奥からガシャンガシャンと金属がぶつかる音がした。
あれは鍋なんかを床に落とした音だな。派手にやらかした時の音だ。なんなのよ、次から次へとせわしない教会ね。
「おい!オージン!まだ片付けの途中だろうが!、、、、って姐さん?」
同じドアから顔を出したのはロベルトだった。
どうしてロベルトがここに?パンチパーマにねじり鉢巻きをして、なんだか魚屋さんみたいなエプロン姿だけれども。この辺りは南支部Bのゴリ&アフロ姉妹の管轄なのでは?
いろいろ情報が多すぎて頭がパンクしそうだ。すでにパンクしているのはスバルさんだけれども。




