なんだ、これも不味いのか
テーブルの上に置かれた金を指ではじきながら不味い酒を飲む。
周りの客は相変わらず自分たちの話に夢中だ。ホクロ男が出て行ったことすら気に留めずバカ話に花を咲かせている。店員だけがホクロ男を目で追っていた。食い逃げかどうかを確認したのだろう。俺の机に置かれた貨幣を見てまた仕事に戻ったようだ。
目の前にあるホクロ男が残していったつまみの豆を口に入れる。
「なんだ、これも不味いのか。」
思わず声に出してしまった。
これならまだ陽だまり亭の方がましだな。いや、実のところかなり美味いと思うのだが、魔族女が一緒だとどうも味がしなくなる。つくづく魔族ってやつが嫌になるぜ。
しかしホクロの野郎、どんだけ金を置いて行くんだ。馬鹿じゃねぇのか?貧民に恵んでやった気にでもなってんじゃねぇだろうな。お前よりかは贅沢に暮らせていると思うんだがな。
現状、下馬評では次期国王はメルセデス第一王子だ。
いい駒も揃っているようだし、なにより本人自身が強い。ただこの国をどうこうしいたいなんて思ってないから簡単に傀儡に出来るだろうな。今も従者にアルファを付けているくらい保守派がガチガチに固めているから他の派閥の介入は難しいだろうけどよ。
対して第二王子はそこまで強くない。
第一王子と同様、政治には全く興味がないようだ。こちらも傀儡にするにはもってこいな王子だが、如何せん周りの国からの心象が悪い。まあ第一王子に勝とうとするなら金でどこまで強い奴を雇えるかだな。後ろ盾が改革派の金持ち貴族だし、後援者も王都の歓楽街で金を稼ぎまくっている中立派だ。おそらく召喚者なんて全員クビにしてもいい人材を雇うことくらいわけないだろう。改革派だけじゃなく中立派も一枚噛んでやがるのかも知れねぇな。打倒保守派、打倒第一王子ってか?
ホクロ男が言ってたように第一王子と第三王子の保守派で組まれちゃ、他の派閥からすれば厄介だわな。
まあどうあれ一番のネックはクラウンだろうよ。
国王になれないように生まれた時から徹底的に潰されてるにもかかわらず、折れないで今もなお自分の道を突き進んでるもんな。不確定分子の芽は早いうちに摘んでおこうとするはずだ。
しかしクラウンもドロドロした思惑が渦巻く王城でよくもまあ生き抜いてきたもんだ。
ご学友選びでは誰も寄り付かないクラウンを見てその場のノリで声を掛けたんだが、この歳になるまでつるんじまうとは思ってもみなかったぜ。そう言えばあの頃から俺は出来の悪い長兄で通ってたから親父も何も言わなかったな。
期待されてない王子に期待されてない長男。いい組み合わせだったんだろうよ。
はあ、なんだかんだでまずい酒が空になった。
用は済んだし出て行ってもいいんだが、もう少し酒を頼んで時間を潰すか。この時間はいい女も売りに出てないだろうし別の店で飲みなおす気分でもない。俺は手を挙げて店員に違う酒を頼んだ。ド定番のエールだ。これなら不味くはないだろう。
ほどなくして店員がエールを持ってきた。きめ細かい泡なのでよく冷えているのだろう。期待が持てる。俺は勢いよく喉に流し込んだ。
「、、、、、なんだ、これも不味いのか。」
陽だまり亭がどれだけ品質のいいものを出しているのか思い知らされた。
クラウンのやつ、金は大丈夫なのか?それにどうやって予約なんか入れてるんだ。クラウンとは長い付き合いのようでその実深い関係ではない。どういったコネがあるだとか本当の剣の腕前だとかを俺は知らない。色々と隠蔽スキルで隠してやがる。
ただある程度強ぇえことは分かるぜ。
親善大使の時に魔族領の奥深くの森に置き去りにされても帰ってくるような奴だ。第一王子とタメ張れるかもな。俺の前でもそう易々と実力は見せてはくれないが、スキルレベルも相当なもんだと思う。
だがそれはあまり知られていない。みんな運のいい奴とくらいにしか思ってねぇはずだ。剣術も魔術も公では教えられていないんだから、そうなるわな。実力があるなんて露ほども思ってねぇだろうよ。
でも周知されていないからこそ逆転が狙えるってもんだ。
俺はそれに賭けている。クラウンの従者はやらされたんじゃねぇ、俺が望んでやってるんだ。死ぬまで惨めな人生を歩むくらいなら、それこそ命を懸けて大勝負に挑んだ方がましだってな。
結局のところ領地運営がうまくいってなくても力でねじ伏せれば国王になれるんだ。
クラウンが国王になった暁にはうまいこと言い包めて傀儡にしてやるぜ。あいつは俺に懐いてるから楽勝だろうさ。でないとこの国がとんでもねぇことになっちまう。なんてったってクラウンは平等を謳ったぶっ飛んだ思想の持ち主だからな。いくらお袋さんの事があったとは言え、この国に階級は必要だろう。ましてや他種族の受け入れなんて以ての外だ。亜人どもでさえ嫌悪の対象なのに魔族までが我が物顔でこの国を歩かれちゃかなわねぇからな。
そこで俺の出番って訳だ。弟、いや全貴族を欺いて俺が政権を握る。
まず挨拶代わりに第二王子の優秀な召喚者をいただこう。
第二王子に協力すると見せかけて、逆に魔族女を押し付けてやる。王子パーティーに魔族は要らねぇ!魔族女とはさっさとおさらばしてマーキュリーにももっと実力を発揮してもらわねぇと困るからな。
なぁに、勝算はこっちにある。
何故ならスバルがかなりの実力の持ち主だからだ。手合わせをしていて感じるんだが、あいつは本来の力を何かに押さえ付けられているように思える。あともう少しでレベルアップしそうな雰囲気があるのになかなかそこに至らないようなもどかしさがあるんだ。
だからケツに火を点けてやろうと思う。実践あるのみだ。第二王子の精鋭とぶつけてやれば一皮剥けると踏んでいる。向こうはトレードそっちのけで本気で潰しに来るはずだから、スバルの枷も外れるんじゃないかってな。そうなりゃ二勝一敗で俺たちの勝ちだ。ついでに魔族女が死んでくれりゃ万々歳なんだけどよ。
何はともあれトレード現場には第二王子パーティーは来るだろう。
ホクロ男が期待通りにアバルトにあれこれ吹き込んでくれるだろうからな。俺は腰抜けだとか、邪魔な第三王子を叩き潰すチャンスだとか、いい女がいるだとか。
みんな俺の掌で踊らされているとは気付かずに浮かれてるんだろうな。いい気味だぜ。
ああローワンの街に行くのが楽しみだなぁ。




