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終わった

持つべきものは出来る同僚だなと痛感した。

今、クラウンが窓口に話してくれている。職員に代筆してもらえたかもしれないが一人で来ていたらどうしていいかわからず終わっていただろう。代筆賃を取られるかもしれないし。それにこの歳で外国語の習得は私には無理だ。言葉が通じるだけありがたいと思わなければいけない。というか、読み書きくらい初期設定で可能にしておけよという話だ。ホントにクソゲーだなと思う。


「ご登録者様は書けないのですか?」

「あぁ、俺が代筆したいんだが。」

「でしたら私の方でやらせていただきますよ。」

「いや、いいんだ。」


ちらちらと受付嬢がこちらを見ている。

どうせこの格好がおかしいのだろう。慣れたはしたがNPCでも不愉快になるわ。早く終わらせて宿に帰りたい。


「あぁ、そういう事でしたら、お二階に上がってください。手前から二つ目のお部屋でご対応いたします。」


何を納得したのか受付嬢は掌で左手にある階段を指し示し、にっこりと私に微笑みかけた。

ものすごい営業スマイルだ。よくわからないがこちらも会釈しておこう。


そのままクラウンについて上り口のスタンドアーチを避け階段を上る。

途中でホールから“今日は二組目だな”とか“羨ましいぜ”などの声が聞こえた。代筆を連れにさせるのが珍しいのだろうか?そういえばいろんな物語の冒険者登録のシーンはほぼソロだった気がする。


上りきると手前の部屋は閉まっていたが二番目の部屋はドアが開いていた。

クラウンが入っていくのが見えたので後に続く。

部屋は小さく、バーカウンターのような机に二個のスツール、向かいに職員が座っているのだが磨りガラスのようなもので仕切られていた。手元辺りがだけが透明になっていて顔が見えない。スツールは固定されていた。ちょうどその中間の部分の机は掘られており向こうからしか引けない引き出し状になっている。


(なに、この部屋。パチンコの景品交換所かっつーの。顔見られたら恥ずかしいわけ?ラブホ受付か!)


奇妙な作りの部屋に疑問を感じながらもクラウンが着席したのでそれに従った。

引き出し部分から紙が送られてきた。いよいよ景品交換所である。その紙をクラウンが摘まみ上げ、手元のペン立てからペンを取り何やら記入し始めた。


「おい、出身はどこだ?」

「え?知らない。ここではないことは確かね。」

「当たり前だろ、ざっくりでいいから言ってみろ。」


ざっくりとは如何に。

地名も知らないし答えようがない。またも困っておろおろしていると磨りガラスの向こうの職員が声を掛けてきた。


「お連れ様は魔族のお方ですか?管理者様の身元がはっきりされておりますので“魔族領”とだけご記入いただければ問題ありません。」


そうなのか、本当にざっくりだ。

そしてクラウンもその通り書いているようだ。すらすらとペンの走る音がする。でもクラウンはいつ身分証みたいなのを見せたのだろう。顔パスなのだろうか。後で聞くことにしよう。


「歳はいくつだったっけ?」

「え?!、、、、えっと、その、、、、。」


いきなり年齢を聞かれ嫌な汗が出る。

まさか本当の歳を答えるわけにはいかない。せっかく誰も知り合いのいない世界なのだ、思いっきり羽目を外したいではないか。20代前半にでもしておこうかなと口を開きかけた時だった。


「もしや、年齢を偽ってはいないですよね?」


磨りガラスの向こうから鋭い指摘が飛んできた。

眼鏡を掛けていたならばテンプルの部分を持ちながら“キラーン”なんて光らせているに違いない。男性か女性かわからないけれども!

これはマズい方向に行くのではなかろうかと目を泳がせる。もじもじしたりして挙動不審になってしまい、手汗が半端なく出てきた。クラウンまでもが怪しいと言わんばかりの目をしている。


「先に血を採りましょう。性別・年齢・種族は確認できますので。こちらに指を押し付けてください。」


そう言って職員はさっさと引き出しに台座に乗った楕円の透明の球を乗せてきた。

上部に小さな突起がついている。何と言ったらいいだろう、大きさといい形といいミカンみたいだ。ミカンの果梗部のところに針のようなものがついている。針といってもランセットみたいな感じ。わかりやすく言えば献血前に血の検査をするときに指の腹にプスッと刺すやつのこと。わたしは意外と痛いなと思っていたのだが先輩は前よりは痛くないと言っていたような気がする。献血をしたことがない人はわからないか。とにかく痛みの少ない血の採り方だ。


(これって絶対だよね、拒否れないよね。あぁ、これで年齢がバレる。冒険者には遅すぎるとか言われないかな。この世界の寿命設定がわからないからとんでもなくお婆ちゃんに思われたりして。それはそれでショックだし。)


もじもじしているとクラウンがいきなり腕を引っ張り、球に私の指を押し付けたのだった。





(終わった、、、、、、)


口から魂が抜け出たように天井を見上げた。

あれからちょっとばかり時間が経っている。黒確定か。


(このゲーム、詰んだな。)


呆然としながら指先を見ると血の玉がぷっくり出来上がっていた。

クラウンに思い切り押し付けられたのでかなり深く刺さってしまったようだ。やっぱり末端部分を怪我するのは痛い。そのまま指を咥えた。


「魔族、サキュバス、女性、十七歳。ギリギリ成人ですね。大丈夫です、17とご記入ください。魔族は実年齢より老けて見えますから、てっきり未成年かと思いましたよ。最近多いんですよね未成年を連れてこられる方が。」


磨りガラスの向こうで安堵した声が聞こえる。

聞き間違いではないだろうか?今十七歳と聞こえた。魔族は十七歳が成人?しかしこの色気、この美しさ、これで十七歳とは驚きだ。思わず自分の胸を揉んでしまった。奇跡に感謝。


「な、何してんだ、お前。」


クラウンが私の奇行をガン見している。

いきなり横の席の奴が自分の胸を揉みだしたら慌てるのも無理はないだろう。


「い、いやー、ちょっと緊張しちゃって、あはは。」


もう笑ってごまかすしかない。

しかしながら最難関は越えたのだ。実年齢からかなりかけ離れていると思うのだがこの容姿だから大丈夫だろう。普段でも若く見られていることだし。それに最近異世界物を読んでいても“高校生では思いつかんやろ?”と疑問に思うことが多々あったが、こういう事なら話が分かる。中身はオッサン・オバハンなのだから妙に達観していても不思議ではない。よし、この路線で行こう!

そんなことを考えているとクラウンから用紙を渡された。


「あ、あとはここにお前のサインだ。」


若干クラウンの手が震えている。

腱鞘炎かな?全部書いてもらったし後で掌マッサージをしてあげよう。


用紙を受け取り眺めてみる。

それにしても読めない。数字は“17”で同じだから確認できる。しかし“魔族領”とか“サキュバス”とか書いてあるのだろうが全くどこに何が書かれてあるのかわからない。チェックマークもつけられているが何にチェックを入れているのかもわからない。性別だろうか。示された部分に署名をする。英語の筆記体でいいだろう。

Aliceと記入するといきなり紙が発光した。


「うわっ!」


思わずペンを放り投げてしまった。


「ではこちらにお渡しください。」


職員が引き出しをトントンと叩く。

慌てて床に落ちたペンを拾い、用紙を引き出しに入れる。すっと引かれ代わりにプレートが押し出された。


これよ、これこれ!

いわゆる冒険者ギルドカード!これでようやく冒険者になれたのだ。プレートを大事に掌で包み込み頬ずりをした。もちろんクラウンは引いていたのだが。

プレートは金属のようなもので出来ており強度もある。もちろん謎の文字で読めない。名前だけは自分がしたサインが転写されているようなのでわかる。ランクによって色が違うのだろうか?私が今持っているのは鉛色だ。金や銀なんていうのもあるかもしれない。何かしらの説明が欲しいところだ。


「ではこの部屋を出て右突き当りのお部屋が待合になっております。本日からご自由にお使いくださいね。」


声だけだが営業スマイルなのはなんとなくわかる。

でも説明はないのか?これがドーレインカンパニーのやり方か!全く以てユーザーに不親切なゲームだ。仕方がないから後でクラウンに聞いてみよう。とにかく部屋を出たクラウンを追った。


部屋を出ると左側の階段手前の部屋のドアが開いている。

きっとこの部屋の人も手続きが終わったのだろう。クラウンはもう奥のドアの前あたりまで歩いていた。小走りで追いかけてきた私を見るとクラウンは話し出した。


「お前、変わった文字を書くな。あれで“アリス”と読むのか?おおよその言語は知っているがあれは見たことがない。」


そりゃそうでしょうとも。

あんなミミズが這ったような文字を書いている人たちにしてみれば英語の筆記体なんてまだはっきりしているようなものですから。でも本当にこの世界の文字が読めないのはイタい。一人で買い物もしづらいし、今のように何か契約を交わすとなるとかなり問題だ。このままクラウンにお付きになってもらおうかなとも思う。他の召喚された人が話しやすい人だとそちらの方がいいかもしれない。


「他の書き方もあるんだけど、あの字体が一番合ってるかなって思って。で、この先の部屋ってなんなの?二階にも掲示板があるの?」

「いや、この先でお前が入るパーティーを決めるんだ。」

「なるほど!二人だけだとちょっと大変だもんね。話しやすい雰囲気の人たちがいいな。」


ワクワクの私に対して何故かクラウンの顔が暗い。

責任感が強いタイプなのだろうか。おそらくたくさんの敵が出てきたときに私を守り切れないと思ったのだろう。単体で魔物が現れるとは限らない。仲間がいると色々と教えてもらえるだろうし、採取クエストなんかも捗るかもしれない。

他の召喚者たちはもう稽古などをつけてもらっていると聞いているので、なんとか足元くらいには及びたい。


いよいよ扉の前に立つ。

さあ、冒険が始まるのだ。クラウンが王様になるのにちょこっとだけ貢献してあとはNPCに押し付けてしまおう。



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