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プライスレス

夜も十時を過ぎたころ、陽だまり亭の客室でありすはベッドに横たわり獣人の始祖を眺めていた。

クエストでの疲れを汚れと共に洗い流し、今は宿に備え付けられているバスローブを身に纏っている。ときおり獣人の始祖の頭やその背中を軽く撫でていた。黒の毛皮に反射する窓からの月明かりをすくっているようにも見える。余程手触りがいいのか、ありすは薄っすらと笑みを浮かべていた。


「、、、、へらへらしおって、気持ち悪いのぅ。」


だらりとベッドに寝そべったまま獣人の始祖が呟いた。


「だって~、クラウンから時計貰ったんだよ。見てくれる?」


ようやく気付いてくれたのかと言わんばかりのありすは枕の下から銀の懐中時計を取り出した。

大事そうに両手でそっと掴んでいる。


「見んでもわかるわい。あの小僧のニオイがぷんぷんするからの。」


獣人の始祖は鼻に皺を寄せて牙を剥いた。

ありすが手にしているのはクラウンが先ほどまで身に着けていた懐中時計だ。


「推しが肌身離さず持っていたレアものよ。そんな大切なものを私にくれたってすごくない?」

「一国の王子なら新品を渡すじゃろ。」

「色々と複雑なのよ。それに新しいものよりもクラウンの思い出が詰まった物の方が嬉しいわ。」


ありすのデレが止まらない。

結果的に二人だけのクエストをというありすの願いが反故になったので、さすがのクラウンも体裁を繕うためか、ありすに再度何か欲しいものがないか尋ねたのだ。それならばとありすが時計を要求するとクラウンはそのまま街にある貴族御用達の店へと向かった。だが並べられている品物の値段がそれなりに高かったのでありすが断る形となったのだ。


その店を出た時、クラウンが立ち止まり自分のをやろうと提案してきた。

ポーチから取り出した懐中時計はクラウンが五歳になった祝いにと現国王から授かった形だけの贈り物である。もちろん家臣が適当に城下の店で見繕ったものだ、王家を象徴する特別な施しも何もない。平民には手の出ない代物ではあるが、逆に金さえあれば誰でも買えるような既製品だ。それにクラウンには普段から使っている別の時計がある。何の思い入れもない時計を渡したところで惜しいとも何とも思わなかったようだ。


「ただの使い古しじゃろ?それを貰って喜んどるうぬの気が知れんわい。」


獣人の始祖は大きく口を開けて欠伸をしている。


「それがいいのよ。」

「小僧にしては安物の時計じゃぞ。うぬも【鑑定】してみたんじゃろ?古すぎて値がつかんのか傍線表示になっとるわい。」

「それは『プライスレス』ってもんでしょ!こういうものはお金では測れないものなのよ。」

「いいように解釈するもんじゃな。全くおめでたい奴じゃのぅ。」


獣人の始祖はまた大きく欠伸をしている。

ありすはクラウンから貰った懐中時計を再び枕の下に仕舞うと、改めて獣人の始祖に向き直り喉元や髭の辺りを撫で始めた。


「そう言えば今日さ、服が破けちゃったのよね。防刃って聞いてたのにさ。もしかして爪で引っかかれるのはアウトなの?」


ありすは恐らく傷付けられたであろう腕を擦りながら獣人の始祖に問いかけている。

昼間の傷は浅いこともあり、もうすっかり塞がっていて跡形もない。


「うぬは痛いのが嫌だと言ってはいなかったかの?」

「痛めつけられるのが嫌なの、わかる?それに痛みが長引くくらいならいっそのこと即死させてほしいわ。痛みに苦しむのが嫌なの。」


ありすはにっこりと持論を展開する。

それを見た獣人の始祖はそっとため息を吐いた。


「何とも屁理屈よの。して、その服は既製品か?それなら耐久値が無くなったんじゃろ。加護品なら別じゃが既製品の耐性は使用頻度によって耐久値が減るからの。【鑑定】でそれくらいわかるはずじゃが。」


獣人の始祖が馬鹿にするような目でありすを見た。

目が合ったありすはかなり驚いているようだ。口を半開きにして固まっている。


「耐久値?何それ?聞いてないわよ!優しいRPGなら防御力とか攻撃力は不変でしょ?耐久値の概念があるRPGは嫌いなのよ、管理が面倒だから。も~!!」


そう言って飛び起きたありすはソファーに掛けていたウエストポーチを漁りに行った。

そこからダメになった装備を取り出している。どうやら買ってもらってからそんなに日にちが経っていないので不良品かと思い保管していたようだった。目を凝らして取り出した上着などを見つめている。

ありすはしばらく無言だったが、深いため息を一つ吐いた。


「ダメだわ。わかんない。」


スパッツを握りしめてうなだれている。

獣人の始祖は目を細めながらありすの手にしているスパッツを眺めて言った。


「防刃の耐久値が0じゃな。【鑑定】はどうした。見えんのか?」

「見えてるけど、、、、何が0なのかわからないのよ。8、15、0って数字はわかるけど!」

「ふふん、やっぱりうぬはポンコツじゃの。耐火性、耐溶剤性、耐防刃性じゃ。」

「仕方ないじゃない!読めないんだから。それにしてもそんなものまで見えるなんて【鑑定】ってすごいスキルなのね。今までは価格価格って思い込んでたから金額しか出ないのかと思ってたわ。いや、でもモーガンと葉っぱを取りに行った時には何かの数字は見えたわよね。知りたいものを思いながら見るといいのかしら…。」


小馬鹿にしながらニンマリとする獣人の始祖に対して、ありすは怒りながらも納得し、最後の方はぶつぶつと独り言のように考えを口にしていた。

そしていきなりベッドにダイブすると獣人の始祖を抱きながら目を輝かせた。


「そうだわ!じゃあ相手を見て残りのヒットポイントやマジックポイントなんかも見えたりしない?」

「ひっとぽいんと?何かわからんが生物には無理じゃ。試しにわしを見てみぃ。」


しばらくの間、獣人の始祖はありすに食い入るように観察された。

そして数分後、しんとした部屋にありすの深い長いため息だけが響き渡る。獣人の始祖の言うことは正しかったようだ。ありすは仰向けになって伸びをしながら残念そうな表情を浮かべている。そしてまた何か思い出したのか獣人の始祖の方へ寝返りを打った。


「それじゃぁさ、【マイナス効果耐性】ってどういう基準なの?私、よく口をきけなくされるんだけど。それに毒で死にかけたって聞いたわ。」


ありすは二度【サイレント】を掛けられている。

一度目はランポーネの宿屋の中庭で襲われたとき、二度目は王都でカミルの手下に攫われたときだ。そして二度目の時には毒にも侵されている。


「そもそも耐性であって無効ではないじゃろ。それにうぬにとってのマイナスと考えれば、話せなくなること自体は問題ではなさそうじゃからな。」

「どうしてよ。」

「うぬは魔法が使えんからじゃ。」

「なんでそうなるのよ!」


ありすが勢いよく半身を起こして獣人の始祖を睨む。

獣人の始祖はシーツに顎をつけて眉を寄せるようにして目を閉じた。


「考えてみぃ。魔法を使うときは【無詠唱】持ちではない限り、みな詠唱するじゃろ?うぬが掛けられたであろう【サイレント】は元々は詠唱を阻止するためのスキルじゃ。魔法を使えんうぬに沈黙を与えたところで差し障りあるまい。」

「確かに、、、、、って納得するか!街中で被害に遭ってるのよ?戦闘中じゃないんだからね!」

「そんなこと言われてもわしは知らんぞ。そもそもが“マイナス効果”なんて一括りにされたスキル名称なんぞ聞いたことがないんじゃからな。普通は【毒耐性】【麻痺耐性】のように独立してるもんじゃ。うぬのスキルが変なんじゃ!」


へそを曲げたのか獣人の始祖はありすに背を向けて丸くなった。


「ごめんってー、怒んないでよ~。でもさ、それだったら攫いたい放題にならないの?ん~、いい匂い。」


ありすはすかさず獣人の始祖に覆い被さり、質問の途中から腹の辺りに顔を埋めて深い呼吸を繰り返している。

後ろ足で顔を蹴られてもなお猫吸いを続けていた。


「何じゃ、うぬの耳にじゃらじゃらと付いとるのはただの飾りか?他の者はそういう類の物を身に着けとるぞ。まあ一回で壊れてしまうがの。」


鼻先をありすの耳に押し付けるようにして獣人の始祖が話す。

【サイレント】対策としてそういった装飾品が出回っているようだがそれなりの価格がすることもあり一部の者しか手に出来ない。そして一度効果を発動すれば壊れてしまう品物がほとんどだ。【サイレント】にもクールタイムがあるとは言え、複数人に囲まれ連続して発動されれば掛かってしまうだろう。一般的には安価な下位互換の護符といったものを複数所持したり、音の出る小物を持つようにするのが主流のようだ。


「え?ウソ?マジで?そんなのがあるなんて知らなかったわ!クラウンに買わせないと!高かろうが安かろうが、この身体の純潔こそが『プライスレス』だわ!」


顔に付いた獣人の始祖の毛を鼻息で舞い上がらせながら、ありすは拳を握りしめ高らかに宣言した。



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