“アイスジャベリン”
クラウンは不安げなありすの顔を見つめた後、ファイアウォールの跡が残る手前までやって来た。
それはリディアたちに何かあった時に対処できるギリギリの位置だった。
ケイブウルフたちは相変わらずそわそわしながら待機しているが、群れのリーダーだけは鎮座しクラウンを鋭い目で追っている。クラウンが剣に魔力を流し込み“ヘイト”を発動したと同時に、そのひと際大きいリーダーはまるで部下たちに“仕留めろ”と言わんばかりに甲高い雄叫びを上げた。
一斉に駆け出すケイブウルフ。
そのうち数匹は罠を踏み焼け死んだり地面から突き出る鉱石の塊に身体を貫かれたりはしたが、ランダムに飛んでくる鉄の矢や槍はほとんどの個体が回避してクラウンの眼前まで迫ってきている。俊敏さにおいては魔物の中でも随一と言われるケイブウルフだからこそだろう。
一匹がクラウンの前に躍り出た。
激しく威嚇しクラウンに襲い掛かる。クラウンは正面から斬り伏せたのだが、それを隠れ蓑にして別の個体が飛び上がり牙を剥いた。クラウンはとっさに身を屈め“アイスジャベリン”を放つ。さすがのケイブウルフも空中ではかわせない。喉元から脳天にかけて鋭い氷柱に貫かれ絶命した。その後も畳みかけるようにクラウンに襲い掛かるケイブウルフ。先ほどのような連携を何度も使用していることから狩りにおいての知能は高いと伺える。クラウンは斬撃の合間に魔法を打つという二刀流戦術で応戦していた。
「トリス、ちょっと返してもらうわよ。」
ありすはそう言うと、痛みに耐えているトリスの身体の下からタオルを取り出した。
そして何の躊躇いもなく、滴り落ちそうなくらいたっぷりと血を含んだタオルを首に巻き付けマントの内側にねじ込んだ。ありすの装備が首元からじわりじわりと血液を吸収していく。
「アリスさん、何を!」
「これでしばらくは私がタゲ取れるでしょ。あんたは詠唱に集中しなさい!声優さんみたいに感情を込めてね!」
「せいゆうさん?何かわかりませんが頑張ります!」
ガッツポーズをしてみせるリディアを背にありすは駆け出した。
群れのリーダーの遠吠えを皮切りにケイブウルフたちがありすにも向かってくる。クラウンが言ったように数匹のケイブウルフは罠の餌食になった。
リディアたちから少し距離を取った辺りでありすが抜刀する。向こうではクラウンも同じような位置で戦っていた。
血の臭いを嗅いだのか、すかさず無傷のケイブウルフがありすに飛び掛かる。
ありすはまるでそれがわかっていたかのようにものの見事に真っ二つにした。ドチャリと音を立てて地面に落ちるケイブウルフ。その音と同時に数匹のケイブウルフがありすを囲むようににじり寄って来た。
唸りながらじりじりと間を詰めるケイブウルフたち。タイミングを計っているのはありすも同じだ。視界に入っているもの動き、後方のものの動きを確認するように瞳だけを動かしている。
なかなか隙が現れないありすに痺れを切らした一匹が動いた。
それに釣られた他の個体もありすめがけて飛び掛かる。ありすは握った刀に力を込めるとその場で腰を落とし回転するようにケイブウルフたちに斬りつけた。ケイブウルフたちは斬られた場所こそは違ったが、あっと言う間に切断され次々と地面に転がっていく。あとから来たであろう数匹もその場でなんなく切り捨てられた。
ありすがなんとか最後の一匹に止めを刺した時、すぐ横を一匹の大きなケイブウルフが駆け抜けた。
この群れのリーダーであるそれは必死に詠唱しているリディアめがけて突っ込んでいく。リディアの背後で牙を剥いたその瞬間、大きな氷柱が数本そのケイブウルフの横っ腹めがけて飛んできた。倒れ込みながらもクラウンが放った“アイスジャベリン”である。
氷柱は音を立てて地面に突き刺さりキラキラと輝いて消滅した。ケイブウルフは寸でのところで身体をよじり、後方へと回避している。腹に少しかすっただけで済んだようだ。そしてその場で重心を低くしクラウンを睨みつけるように唸り出した。
リディアにも魔法の音や唸り声が届いているはずだが詠唱を止めたりはしていない。
微動だにしないその姿はまるで精神統一しているかのようだ。杖を強く握りしめ、ただただ詠唱を繰り返している。だがその間にもトリスの呼吸はどんどん弱々しいものになってきていた。残された時間は短いようだ。
クラウンの方はかなりのヘイトを集めているのか、次々とケイブウルフに襲われている。
押さえ込まれてしまったその合間を縫って打ったのが先ほどの“アイスジャベリン”だ。馬乗りになっているケイブウルフの腹を剣で突き刺すと、身体を起こし再び戦闘を開始した。
大きなケイブウルフが後退したのを見計らって、駆け付けたありすがその眼前に立つ。
視界を遮られたケイブウルフは不機嫌さを増したかのように唸り声を大きくした。毛を逆立ててありすを見据えている。
「ほぉら、私、めっちゃいいニオイするでしょ?」
ありすはニヤつきながら首に巻いていたタオルを握りしめた。
少し固まりつつはあるが、先ほどの戦闘でありすの体温が上がったお陰で血の臭いは倍増している。ケイブウルフは鋭い眼差しをありすの首元に移した。
「さあ、勝負しようじゃないの!」
ありすが走り出すとケイブウルフも駆け出した。
両者そのまま激突かと思われたが、そのほんの手前でありすは刀の柄を腹に垂直に当てるように構え、ケイブウルフの前足の間にスライディングするように滑り込んだ。
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