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褒美

湯快ワールド開館当日、平日にも拘らず朝から入浴客で賑わっていた。

いたるところに従業員が配置され、初めての施設に戸惑う客を丁寧に案内・説明している。従業員はみな揃いのアロハシャツに膝丈の白いパンツを着用していた。まるで南国のリゾートのような雰囲気がある。

屋台で購入した飲み物を飲みながら足湯を楽しむカップル、芝のベンチに腰掛けて走り回っている子供を見ている夫婦など、正面広場だけでもかなりの人が訪れていた。


オープンの少し前に時間を取ってセレモニーが行われ、カミルとマリーが挨拶を終えている。

マリーを悪く言う人もいないようで、セレモニー後に正面入口で客を迎え入れている時には励ましの声も贈られていた。

もちろんマリーの後ろにはありすも立っている。

何かあった時にはありすが対処するのだろう。しかしこの日ばかりはありすも帯刀せず、美しい品のあるドレスを身に纏っていた。

マリーよりは華美ではない首元までレースなどで覆われた控え目なドレスは薄紫を基調としたものだ。オープン前日にカミルから贈られたものである。


「でも、マリーさんて雄弁なんですね。こう人の心を掴むのが上手いというか。」

「ありがとうございます、アリスさん。息子と必死で考えたんですよ。間違わすに言うことができてよかったです。それに私の前にカミル様がお話しくださったから。」


マリーはカミルに向かって頭を下げた。


「僕はただこの施設をよろしくって言っただけだよ。」


さらりと言ってのけたカミルは周りの者まで爽やかな気分にさせる。

見た目も雰囲気も上級貴族のそれを醸し出しているカミルはセレモニーの壇上でも一躍時の人となっていた。柔らかい物腰、見下さない態度が人々に好感を与えたのだろう。


「それよりもハニー!僕が贈ったドレス、とても似合っているよ。髪飾りもヨーコに任せて正解だったな。ジュリアスもそう思うだろ?」


カミルの護衛ジュリアスは散々聞かされたのか無表情でハイハイと答えている。


「でもハニー、僕はそろそろ公務に戻らないと、、、。ああ心配だなぁ。他の男に話しかけられてもついて行かないようにしてね。あ、もしかして攫われたりしないよね?」

「アリスさん、申し訳なのですが時間が惜しいので早く例の部屋までお願いします。」


うだうだと心配事を言い募るカミルをジュリアスが引っ張ってゆく。

カミルとジュリアスはこの施設の従業員専用ルームから呼び出されたのだ。ジュリアスが先陣を切って従業員専用ルームへと向かう。この時間帯はその部屋に従業員はいない。

ありすは二人に十分にお礼を言うと扉をラハナスト侯爵へと繋げ、見送った。




マリーの元に戻ったありすが目にしたのは意外な人物たちであった。

クラウン、ボルボ、マーキュリー、スバル、全員が揃っているのである。


「え?みんなお風呂に入りに来たの?普通にお金は取るわよ。」


ありすは驚きながらも腕組みをし、身内割引はないと言った。

それを見たマリーはありすの知り合いなら今回は無料でもいいと皆を館内へ案内しようとする。マーキュリーはマリーの手を払いのけた。


「庶民と同じ湯なんて気持ち悪いですわ!何を考えているのかしら?誰が入るもんですか!汚らわしい!」


ひと際大きな声でマーキュリーが叫ぶ。

周りの人たちも何事かとありすたちの方を振り返った。中には訝しげにマーキュリーの顔を見ている者もいる。そこへさらに輪をかけた大きさの声でボルボが話し出した。


「まあ俺も、おねーちゃんが身体を洗ってくれんなら考えてやらねーこともねーわな。さあとっとと行こうぜ、マーキュリー。早く終わらせてクラウンと合流したいんだろ?こんなところで油売ってても仕方ねぇ。」

「そうですわね。クラウンが寄りたいって言ったからついてきただけですもの。こんな小汚い施設に興味はありませんわ。」

「そりゃそうだ、がはは!」


そう言い残すと二人は向こうから歩いてくる来館者を避けることなく真っ直ぐゲートへと歩いて行った。

マリーはとても悲しそうな顔で、ありすは中指を立てて舌を出しながら二人の背中を見つめていた。


「そんな顔しないで、俺はめちゃくちゃ興味あるよ!今すぐにでも入りたいくらいだ。マスターとの視察が終わったら絶対に入りに来るからさ。」


スバルはそんなマリーに向けて精一杯の笑顔で風呂好きアピールをしている。

その横で姿が見えなくなってもなお空間を睨みつけているありすは二人に対してかなり憤りを感じているようだった。


「おい、あいつらの言うことにいちいち本気になるな、ガキじゃあるまいし。」


クラウンが呆れながら無理矢理ありすの視界に入る。

クラウンなりの宥め方なのだろう。しかしありすには喧嘩を吹っ掛けられているようにしか感じ取れなかったようだ。


「どうしてあんなのが王子様の従者だったり召喚者だったりするわけ?クラウンももうちょっと指導した方がいいんじゃない?品格を疑われるわよ。」

「だったらお前のそのジェスチャーも止めた方がいいな。まず女ならやらんだろう。」

「この世界でしかやりません~!あいつらにしかやりません~!」


ありすはプイと顔を反らして膨れてみせた。

会話の内容を知らない者が見れば、可愛らしい彼女が拗ねてみせているようにしか見えないはずだ。


「とにかくこれでなんとかうまく運営できるんだな?」

「そうね、お客さんが来てくれればだけど。」


ありすはそっぽを向きながらもクラウンとの会話を続ける。


「そうか、わかった。俺とスバルは明日この街に戻ってくる。それまでに何が欲しいか考えておいてくれ。」

「え?何それ?」

「褒美だ、褒美。」

「うそ?今までそんなのなかったじゃん。」

「いいから考えておけ!俺の気が変わらいうちにな。」


クラウンはマリーと話し込むスバルを引っ張って行ってしまった。

ポカンとしているありすにマリーが言いにくそうに伝える。


「アリスさん。きっとあの方は今アリスさんが着てらっしゃるドレスが気に入らないんだと思いますよ。」

「なんで?」

「そ、それは、、、、そのドレスがカミル様の瞳のお色と同じだからです。でもアリスさんとカミル様はご婚約されていないのでしょう?あの方はずっとアリスさんのドレスばかり見てましたから。」


それを聞いたありすはようやくクラウンの意味ありげな行動を理解した。



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