痴話喧嘩
“おぼっちゃんが留守の間、アリス嬢は部屋で幾度となく密会してますよ”
数日前、陽だまり亭の受付カウンターで唐突にユージーンから告げられた言葉だ。
俺は別に何とも思ってはいない。所詮アリスも他と同様、王となるための駒にすぎないのだから。それなのに何故だろう、無性に腹が立つ。きっといつものようにユージーンが面白がって憎たらしい顔つきで言ったからだろう。そうに違いない。
「ねぇダーリン。今日の討伐はこのくらいにしておきませんこと?この近くに素敵な湖畔を見つけましたの。私たちには少しは息抜きが必要なんじゃなくて?」
少しぼーっとしていたせいか、マーキュリーが納刀しながら近づいてきたのに気付けなかった。
今日はマーキュリーとリュハネン子爵領近くまで遠出をしている。その付近の穀倉地帯に出ている魔物の調査を兼ねて駆除をしに来たのだ。冒険者ギルドで依頼を受けている者たちと合同でここまで来ている。
「ああ、そうだな。お前一人で休むといい。それと村長への連絡も頼む。ちょうど宿が一部屋だったよな?今日はゆっくりしておいてくれ。明日また迎えに来る。」
「明日って、どういうことですの?!」
「ローブッシュに野暮用だ。」
「ローブッシュですって?もう箱馬車は出ておりませんわ!」
「村で馬を借りる。飛ばせば夜には着くだろう。」
「話が違いますわ!一緒に一夜を過ごしてくださるんじゃありませんの?」
「また今度な。」
縋りつくような眼差しのマーキュリーを押しのけて、俺は近くの村へと急いだ。
乗馬に適した馬を貸してくれそうな家屋は確認してある。討伐内容はマーキュリーが報告してくれるので村長に会わなくてもいいだろう。
馬を潰さないように途中で休憩を入れたのでローブッシュに着いたのは夜九時を回っていた。
陽だまり亭の裏に馬を預け受付に向かう。
「おや?クラウン様。今日はお戻り予定ではないはずですが?」
何処からともなくユージーンが現れた。
含み笑いを堪えようとしているその顔は反吐が出るほど憎らしかった。
「どうしようと俺の勝手だろ。」
「そう言われましても、こちらもお部屋の手配などがございますので。」
「別に泊まらないからいいだろ!」
自然と声が大きくなる。
ロビー付近の客たちの視線が俺に集中するのがわかった。ユージーン、結界を張ってないな。とことん根性が腐ってやがる、そんなに俺をからかって面白いのか?
俺はただ、、、、ただ何だ?何故俺は陽だまり亭に戻って来た?
ユージーンに言われてからあの言葉が頭から離れない。もしやこれはユージーンの魔術なのか?
「おぼっちゃん、男の嫉妬は見苦しいですよ。」
「うるさい!」
その場から逃げるように階段を駆け上がる。
確かアリスの部屋は三階の奥だったはずだ。上がる息を整えドアの前に立つ。軽くノックをすると聞き慣れたアリスの声で返事があった。
しばらくして少しだけドアが開かれ、隙間からアリスが顔を覗かせた。
「どちら様ですか?――ってクラウン?何?どうしたの?今日は帰って来ないって、、、。」
俺の顔を見て驚いたアリスの後ろには涼しい顔をしてベッドに座っているカミルの姿が見えた。
それを見た瞬間、俺は頭に血が上りカッとなってドアを蹴り飛ばしていた。その衝撃で倒れ込むアリスには目もくれず、カミルに近づき胸ぐらを掴み絞め上げた。
「おい、貴様!ここで何やってんだ!」
「ぐっ、、、、あ、、、、、。」
必死に抵抗するカミルは顔を歪めて何かを言おうとしている。
この期に及んで言い訳か?忌々しいので力の限りその身体をベッドへ叩きつけてやった。
「クラウン!止めて!どうしちゃったの?!」
腰に縋りつくアリスを見て、そこまでカミルを庇うのかと失望にも似た感情が沸き上がった。
それと同時に視界の端に人影が映り込む。小さなソファーに二人が並んで座っていた。
「な、なんなんですか?」
「どんでもない痴話喧嘩ですね!アリスさんも隅に置けないな!」
やけに動作の大きい男と怯える女。
確かあのケバケバしい化粧はクラークだったな。横の女は誰だ?
思考が停止する。
もう一度アリスを見た。泣きそうな表情というかどちらかと言うと困惑している表情だな。カミルを見た。ポカンとして逆に表情が読めない。
どういうことだ。振り上げた手をどうしていいかわからず固まってしまった。
「みなさま、どうかなさいましたか?何やら大きな声が聞こえましたので様子を見に来たのですが、、、。お困り事でもございましたでしょうか?」
ふと見ると部屋の入口にユージーンが立っている。
本当に心配している様子だが口の端はしっかりと上がっていた。これは一杯食わされたな。俺は行き所のない手を下ろし、睨みつけながらユージーンに近づいた。
「手違いがあっただけだ、何の問題もない。騒がせてしまったようだな。」
「それはそれは、よろしゅうございました。」
ニッコリと微笑んで退出しようとするユージーンの腕を掴み引き戻す。
出来る限り怒りを抑えて小声で淡々と話した。
「おい、どういうことだ?俺を嵌めたな?」
「いえいえ滅相もございませんよ、おぼっちゃん。アリス嬢のベッドにはいつも獣人の黒い毛が付着しておりまして、当店でもベッドメイキングのメイドが苦労しているのですよ。」
フフッと笑いながらユージーンは去っていった。
何?獣人だと?あの黒い奴の事か。どうしてそれを先に言わないんだ!含みのある言い方しやがって!
沸々と怒りが込み上げてくるが、きちんと確認を取らなかった俺も悪いような気がする。今までだって散々ユージーンにはからかわれてきたのだ。よく考えればアリスが不貞を働くような奴ではないし、そもそも不貞を働いたところで俺が気にすることではない。カミルとどうなろうと知ったことではないのだ。
閉じられたドアに向かって棒立ちしている俺に声が掛かる。
「クラウン、あなたも参加してくれない?」
ユージーンに対するもやもやした気持ちと自分が仕出かしたとんでもない失態に振り返ることができずにいると、アリスが優しく手を握りしめてきた。
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