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無慈悲な御使い様

飲食店の店主はリィナに介抱されてか意識を取り戻していた。

ティナも尻もちをついた程度で大したことはなかったようだった。その三人が見つめる先にはありすが背を向けながら相手を貫いた瞬間が見えていた。まだまだ打ち合いが続くものだと思っていた群衆は、一瞬の出来事に呆然としている。


「ロベルト、取り押さえたわよ♪これが手加減ってやつかしら。あとはよろしく!」


痙攣を起こしている食い逃げ男を見て喜び踊るありすは周りがドン引きしていることに気付いていない。

どこをどう見ても食い逃げ男は重傷だ。刀身を逆さに持っていても相手を突いてしまえば意味がない。刀とは斬るためのもので突くものではないのだ。おまけに傷口を蹴り飛ばしている。その時は何と惨いことをと周囲も息を飲んだ。


ありすの容姿も相まって、食い逃げ男との一部始終を見ていた街の人々は口を揃えてこう囁いた。


“無慈悲な御使い様”


「それよりもさ、服が汚れちゃったのよね。ティナでもリィナでもいいから“クリーン”してくれないかしら?」


ありすは“ほら、ここ、ここよ”と血の付いた部分を指差しながらティナとリィナに近づいてくる。

相手に重傷を負わせたにもかかわらず、何事もなかったかのように振舞う無邪気なありすにエルフの二人は恐怖を隠せない。するとありすはどのように対応したらいいのか決め兼ねているエルフたちを横目に群衆の方へと身体を向けた。


「あれ?モーガンじゃない!久しぶり、元気になった?」


手を振りながらありすはモーガンに駆け寄った。

チラチラと倒れた男の様子を窺っていたモーガンに群衆の視線が集中する。傍にいた人々はすっと離れていき、モーガンの周りに空間が出来た。

顔を赤らめたモーガンは体裁を繕うように頭を掻いている。みんな無慈悲な御使い様に声を掛けられた人物に興味津々のようだ。


「いや、あの、久しぶりだな、ははは。元気だぜ、、、、えーっと、あれはアリスが?」


モーガンはリアクション大きめに倒れた男性を指差した。

愛想笑いにぎこちない動き、どこからどう見ても挙動不審である。


「そうよ。ロベルトが殺しちゃダメだって言うからさ、ちょっと手こずっちゃって。峰打ち失敗しちゃった。斬り刻んだ方が早いのにね。」


ありすは“困ったんだよねー”とお手上げのポーズをしながらも何故だか嬉しそうに笑っている。

モーガンはありすの言葉に耳を疑った。野次馬同士が相手の男はBランクだったと話しているのを聞いていたからだ。


「チラ見せやエロい事なしでか?」

「なんでそんなことしなくちゃいけないのよ!そんなことするくらいならさっさと殺してるわ!」

「、、、だ、だよな。よかった、ならいいんだ。やっぱ純粋に強いんだな。」


激しくツッコミを入れるありすと深く胸を撫で下ろすモーガン。

そんなやり取りを見てリィナとティナは急にかしこまるのも癪だと思ったのか言葉遣いや態度を一切変えないでありすに話しかけてきた。まるで先ほどまで恐怖に震えあがっていたのが嘘のようだ。


「他の男とイチャつくなんて、カミルが見たらどう思うかしら?報告するわよね、リィナ。」

「そうね、きっとすごく悲しんで金輪際アリスさんと関係を持たないようにするでしょうね、ティナ。」

「だいたいアリスは男に節操がなさすぎなのよ。」

「ダメよ、ティナ。まるでアリスさんがふしだらみたいに聞こえるわ。」


いつもの調子でペラペラとありすをこき下ろす。

ギャラリーが多いので増長しているのだろう。ありすの顔がみるみる曇っていった。


「こら、クソ双子!くっちゃべってないでさっさと“クリーン”しなさいよ!」

「私は嫌よ。被害者なんだからね!アリスのせいで尻もちついたんだから!ヨーコが作ってくれた服なのにどうしてくれるのよ!」

「仕方ないわね、ティナ。アリスさん、今回だけですよ。カミルにも内緒にしておいてあげますからね。」


リィナは人差し指を唇に当て、恩着せがましい発言をした。

ありすの片眉がピクリと上がる。女同士のこのような状況は夫婦喧嘩と同じで犬も食わないだろう。とばっちりを受けまいと集まっていた人々は三三五五に散っていく。


「取り込んでるところ悪かったな。俺、明日この街を出るよ。挨拶はまた宿でな。それじゃ!」


モーガンもその場から逃げるように走り去った。



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