“ピコーン”
軽いノックの音で目が覚めた。
眠りが浅いのも現実世界と同じなのかと思うと少し残念に思う。元々睡眠導入剤がないと眠れず少しの物音でも起きてしまう体質なのでぐっすりと眠る事に憧れを抱いていたからだ。
「はい、起きてます。どうぞ。」
ゆっくり身体を起こしてドアの方を見るとユージーンがワゴンに食事を乗せ入ってきた。
普通は給仕が持ってくるのではないのだろうか。支配人がわざわざ一介の魔族に食事を持ってくるだろうか。クラウンの身分が高いのかもしれない。そんなことを考えていると耳に心地よい優しい声で話しかけられた。
「まだ横になったままでよろしいですよ。準備いたしますので。」
ワゴンを押しながらにこやかに近づくユージーンにまたも目を奪われてしまった。
(正に黒い執事!紅茶とか入れてくれたら完璧じゃん!)
思わず目を閉じ脳内で再現する。
学生の頃はよくこうやって妄想世界に入り込んだものだった。二次元となんて想像もできないとよく言われたものだが、今だって夢に出てくる人間は二次元もしくはCG系だ。何の違和感もなかった。だから今の状況もすんなりと受け入れられているのだろう。さすが夢女子。
私の脳内で黒い執事が紅茶の産地を説明している時、急に衝撃に襲われた。
何事かと目を開けるとユージーンが馬乗りになっている。何とベッドに押し倒されたのだ。気を付け状態で馬乗りされているので腕が動かせない。もがけばもがくほど足で身体を締め付けてくる。
「ちょ、ちょっと!何してるのよ。どきなさいよ!」
ユージーンの目は無抵抗の弱者をいたぶることに気持ちよさを感じているように見える。
両手を顔の横につかれ床ドン状態になった。息がかかるほどに顔が近い。こんなことは現実世界では絶対に起こりえない。ゲームだとわかっていても恥ずかしさでだんだん顔が火照っていく。そして何よりこのまま犯されてしまうのではないかと不安になった。
“ピコーン”
こんな時に何とも間抜けな音が響いた。
某有名ゲームのコインを取った時の音に似ている。ユージーンには聞こえていないのだろうか。どんどん彼の顔が近づいてくる。さっきまでの優しい雰囲気とは打って変わって犯罪者のような只ならぬ狂気を溢れさせていた。瞳孔は縦になり虹彩は赤色の中に少し金が混じっている。また“ピコーン”という音が鳴る。この状況で何の音なのか?
「ねぇ、どうして娼婦は嫌なんだい?君の種族は好きなんだろう、こういうの。」
そう耳元で囁かれ、いきなり胸を揉みしだかれた。
囁きはキスに代わり耳たぶを甘噛みされる。啄むように首筋をなぞられ舌で舐められながら鎖骨の辺りでまたキスに代わった。服の上から乳首をつまむように愛撫され思わす声が出てしまう。
「、、、んっ、やっ、、あっ、、、。」
だんだん力が抜けていく。
気付くとユージーンに唇を奪われていた。変なSE音が高速で鳴り響く。
“ピコーン、ピコーン、ピコーン、ピコーン、ピコーン、ピコーン、ピコーン、ピコーン…“
口を開けまいと抵抗するが、彼の舌が唇をなぞり優しくも強引に入ろうとしてくる。
もうダメかもしれないと思った時、突然部屋のドアが派手な音を立てて開けられた。
「おい、ユージーン!!何やってるんだ!!」
ドアを蹴破ったのではという勢いで入ってきたのはクラウンだった。
走ってきたのか肩が上下している。目は吊り上がり、かなりの剣幕で叫んでいた。
「おや、おぼっちゃん。どうされました?」
何事もなかったようにベッドから降り、乱れた服装を整えて笑顔で迎えるユージーン。
クラウンはつかつかとユージーンに近づき襟元を荒っぽく締め上げた。こんな状況でもSE音は続いている。私にだけ聞こえているのだろうか。
「俺の召喚魔に何してんだって聞いてんだよ!」
「何って、おぼっちゃんのためですよ。アリス嬢がどうして娼婦が嫌なのか原因を探ろうと思いましてね。実際にやってみれば何に嫌悪感を抱いているかわかるでしょう?」
「そんな事、俺が知りたいとでも思ってるのか?自分の欲望を満たすために俺をダシに使うな!」
一瞬空気が張り詰めた。
こんなところで喧嘩なんてしないでほしい。被害者は私なのだ。ただでさえあんなことがあったのだからちょっと静かに、できれば一人にしてほしいと思う。そういえばあの変なSEはもう聞こえない。先ほどのシーンを思い起こすと身体が震えた。
“ピコーン”
あ、今鳴った気がする。
話を戻すが震えたのはちょっと感じでしまったとかではない、純粋に怖かったからだ。普通はそうだろう。会ったばかりの男性にいきなり犯されそうになったのだから。頬の火照りを気にしつつ彼らの退散を願いながら様子を覗った。
怒りを全身で表現しまくっているクラウンに対してユージーンはうっすらと笑っているように見える。
何故だろう、勝者の余裕というやつだろうか。いや単に腹黒だからだと私は思う。
「私の欲望ですって?満たすならとっくにおぼっちゃんから全て奪ってますよ。それに娼館に入れたのに使い物にならなかったら困るのはおぼっちゃんですよ。だから確かめてあげてたんじゃないですか。」
何もかもが上から目線な発言だ。
クラウンに協力しているというよりはおちょくってマウントを取っているようにしか見えない。流石は腹黒執事、いい度胸をしている。クラウンも言い返してやればいいのにと思っているとユージーンは襟元を整えまた話し出した。
「まぁ、アリス嬢は特に問題ないでしょう。結構敏感ですし、いい声で鳴きますよ。まんざらではなさそうでしたしね。初物としては高めに設定してよさそうです。稼ぎ頭筆頭ですね、おめでとうございます。」
にっこり笑ってこっちを振り返ったユージーンは一瞬瞳孔が縦になっていた。
またあの目だ。私の中の何かを見ている。それ以外は完全に嫌がらせをして満足した顔だ。全く以てけしからん腹黒、無理矢理押し倒しておいてその言い草はどうかと思う。乱れるような服装ではないが整えるように身体を起こし、ちょっと背筋を伸ばして言い返してやった。
「私は娼婦なんてまっぴらごめんよ。あんた、自分の顔、鏡で見たことあるの?」
「私ですか?あるに決まってるじゃないですか。職業柄、身だしなみには気を付けておりますので、チェックは必須です。」
何を聞いてきているんだと半ば呆れた顔のユージーンとクラウン。
また二人に見当違いな女扱いされようが知ったことではない。これで確定した。腹黒執事は自分自身の価値をわかってないということが!私を怖がらせた罰としてここからは大いに語らせてもらいましょう。
「あんた、カッコよすぎるのよ。自覚無いでしょ?誰だってあんたみたいなハイスペックイケメンに抱かれたらドキドキもするし最後まで許しちゃうと思うわ。まあ顔がよくても強姦じみた行為は最低だけれど!でもね、お客がみんなあんたみたいにカッコいいって保証はないでしょ!それが嫌なの!だから娼婦はお断り!どうせ汗臭い汚いオヤジとかがほとんどでしょ?違う?私は絶対に嫌だから、そういうの。お客を断れる娼婦なんて上り詰めた一部だけでしょ?それまでに何人にも抱かれるなんて嫌だから。百歩譲ってイケメン可なだけで、ヤリたいわけじゃないからね!そういうことをするなら結婚を前提にじゃないけど、女性ならやっぱり思い思われ好き同士で結ばれるっていうのがいいに決まってるじゃない。」
もう最後の方は自分の願望を述べてしまったが、私のセックスに対する考えの思いの丈はぶつけてやった。
どうよっていう感じでふんぞり返って胡坐をかいていた私に二人の視線が注がれている。それぞれをちらりと見てやった。何故か無表情のユージーンと何とも言えないような顔をしたクラウン。
「ちょっと!何かリアクションないわけ?」
「あ、ああ、確かにこいつはイケメンだったな。そうだよな。そうか、、、。」
「私に善悪美醜はわからないですね。結論から言うとアリス嬢はわがままだということがわかりました。サキュバスが選り好みするとは思いもしなかったもので。」
なんだかクラウンは少し落ち込んだ様子だし、ユージーンは違う方向で理解をしている。
私の力説は何だったのか。どっと疲れが出てきた。
「もういいわ、それよりご飯。早く。」
食べたら寝よう。
そして彼らの気が変わっていることを期待するしかない。




