何やってんだ、俺
ああ、思えばとんでもない休暇だったなぁ。
宿を出てメインストリートを横切り南へと向かう。人の波が途切れたところで思い切り背伸びをした。まだ少し体が硬いみたいだ。二日ほど前からようやく腹に痛みを感じることなく剣の素振りが出来るようになったんだが、、、、。
ゆっくりと腹を擦る。服の上からでも少し異物を感じることができた。
そう、俺は死にかけたのだ。
明日にはこの街を出て王都へ向かう。
王都のクラン地区の行きつけの酒場に行けばパーティーのみんなに会えるだろう。今日はローブッシュに来るまでに消費してしまった道具類の補充をしておこうと思い街に出たのだ。色々と世話を掛けたハーブパラダイスのスイという少年にこの街の道具屋の場所を聞いた。スイの知り合いだと言えば回復系が安く買えるらしい。ハブパラ様様だな、ありがてぇ。
宿から南の方角で色街辺りを左に折れると辿り着くとのことだった。日のあるうちにこの辺りを歩くのは初めてだ。
でもほんの暇つぶしのつもりで受けた王都での護衛依頼がこんなことになるなんてな。
まさか盗賊なんぞに出くわしはしないだろうと高をくくっていたら大当たりを引いちまったわけだ。俺の予定では何事もなくローブッシュに着いて適当なクエストを終わらせたら王都へ帰るつもりだったのに。
護衛対象はとんでもない美人だった。
名をアリスといった。王都のロータリーで声を掛けた時は内心飛び上がるほど嬉しかったのを覚えている。こんな女性とは一生縁がないと思っていた俺にとって、聖霊様のお恵み以外何物でもなかったからだ。それこそ聖霊様の御使いなんじゃないかって思っちまったさ。それに区長たっての頼みで護衛依頼されているくらいだ、余程重要な人物に違いないだろうと。世間知らずのお嬢様のようなところも俺の心をくすぐった。ローブッシュまでの数時間、天にも昇る気持ちを味わえたんだ。
―――あの奇行っぷりを見るまではな。
いきなり走行中の箱馬車を飛び降りたかと思えば、ボウガンを持って戻ってきた。
しかも盗賊がこの箱馬車を狙っているとまで言い出す始末。同乗者の不安を煽るだけ煽ったあと、俺と一緒に仕留めに行くと言い放ったんだ。
そこからが悪夢の始まりだった。
どうせお嬢様の勇者ごっこなのだろうと俺は全員を始末する覚悟をしたのだが、その読みは完全に外れてしまった。彼女は男二人を惨殺し、涼しい顔で残りの盗賊どもを焼き殺そうとしたのだ。こんな外道は見たことがない。しかも本人はそれを悪いと思っていないのが厄介なのだ。
どうやら彼女は第三王子に召喚された従者らしい。
証拠の紋章も見せてもらった。あとから分かったことだが彼女は魔族だ。種族は別にどうでもいいのだが、召喚者は人格者じゃなくてもいいのか?ただの殺人マシーンだろ。
彼女が自警団に捕まってしまったら王子はどうなる?っつーか、王子が俺を許さないだろうと思い、あの時は俺主導で盗賊を捕らえたことにした。ちょうど懸賞金が出ていた奴らだったので金を折半すれば問題ないはずだった。
しかし“盗賊討伐”自体がよくなかったみたいだ。
スイに聞いたんだが討伐は出来レースだったらしい。ローブッシュのギルマスと盗賊がグルになって一芝居打つつもりだったのを俺らが掠め取った形になったのだ。俺がランク上げを望まなかったら、盗賊のアジトを壊滅させていなければ、三途の川を渡りそうになるというような事にはならなかったはずだ。
もちろん葬る対象は俺だけではなかった。
アリスも同様に狙われてたんだ。俺が刺された後、彼女はどうしてたんだろう。相手は相当な手練れだったと思う。道中で襲ってきた三下どもとは比べ物にならなかったはずだ。スイたちが駆けつけるまでの間、他の冒険者たちの前で彼女が汚されはしなかっただろうか。ちょっとばかり物騒な彼女だが見てくれは絶世の美女だ。男が邪な思いを抱かないわけがない。
俺は実際の戦闘を見たことがないので彼女がどのような戦い方をするのかを知らない。正攻法で男に勝てるような身体つきでもないし、やはり女の色香で相手を骨抜きにして、コトに及んでいる最中に襲うのだろうか。となるとデリヘルであることも納得がいく。
勝手に想像しただけなのだが、何となく俺だけの真っ白な御使い様に裏切られた気分になった。
彼女とは意識が戻ってから一度だけ顔を合わせたことがあるが、いつものように明るく接してくれたように感じた。それ以来彼女には会えていない。
少し塞いだ気持ちになっていると通りの向こうに人だかりが出来ているのが見えた。
何かあったんだろうか。人混みを掻き分け目にしたのは派手な格好の少女二人に介抱されている男だった。
その視線の先では倒れて血を流している男の腹に赤い服を着た女が蹴りを入れていた。周りからはその行為に対して悲鳴ともつかない声が漏れ出ている。
「寝とけ!」
赤い服の女はうずくまる男に吐き捨てるようなセリフを言っている。
この声は――!
「ロベルト、取り押さえたわよ♪これが手加減ってやつかしら。あとはよろしく!」
くるりとこちらを振り返ったその女こそアリスだった。
俺には気付いていないのか自警団の男に声を掛けた彼女は派手な少女たちに近づいてくる。黒装束だったのに何故か年頃の女性が着るような可憐なドレスを身に纏っていた。それがまたいい。やっぱスタイルいいよな、、、って待てよ、これって喧嘩だったのか?
よく見えないので背伸びをするように様子を窺う。
遠くに倒れている男に自警団が回復薬を振りかけているようだった。もしかしてアリスが今やったのか?服も脱がずに?お色気なしで?
「あれ?モーガンじゃない!久しぶり、元気になった?」
挙動不審な俺に気が付いたアリスが手を振りながら駆け寄ってくる。
やっぱめちゃくちゃ美人だ。そして形のいい胸が弾むように揺れている。今まではプロテクターで見えなかったが、今はハッキリと見えるのだ。ヤバい、今更ながらドキドキしてきた。耳まで赤くなっているのが自分でもわかる。マズいな、白々しく頭でも掻いておくか。いい歳して何やってんだ、俺。




