黒マント狩り
なかなか“クリーン”を掛けなかったクラウンだったが、トイレにまでしがみついて退出を断固拒否するありすに根負けした形で決着がついた。
「出し惜しみなんかせずにさっさと“クリーン”してくれればよかったのよ。」
ありすはクラウンに向かって嫌味たらしく言うと、ツンとそっぽを向いた。
「それで、なんで私が出されたわけ?犯人見付かったの?それとも私の刑が執行されるとかかしら?」
「いや、違うんだアリス君。」
ハイドの説明によるとバミューが殺されてからというものローブッシュで魔女狩りならぬ黒マント狩りが横行して住民が安心して表を歩けなくなっているらしい。
もちろんローブッシュの住民だけでなく、この街に立ち寄った商人や冒険者も被害を受けているというのだ。男女構わず白っぽい髪で黒い服装なら正義を振りかざした者たちに乱暴をされたり、自警団や冒険者ギルドにまで連れてこられたりするのだという。さすがにクラウンもハイドもこの事態を重く見て早急に犯人検挙に立ち上がったということらしい。
「だからって私が犯人じゃないわよ。」
ありすは自分が犯人に仕立て上げられると思い、また狭い牢屋に引き籠ろうとする。
クラウンが腕を掴みそれを阻止した。
「取り敢えずアリス君、ちょっと来てもらうよ。」
反対側の腕をハイドに押さえられ、無理矢理フードを被らされたありすは自警団の会議室へと連れて行かれた。
自警団会議室には一人の小さな少女が座っていた。
床に足が届かないのか落ち着かない様子で足をぶらぶらさせている。脇に立っていた支部長レイラが優しく声を掛けた。
「カナちゃん、緊張してる?大丈夫よ、お姉さんがついてるからね。」
「、、、、怖い。」
瞳を潤ませて目を伏せたカナと呼ばれた少女は殺されたバミューの孫だ。
ローブッシュの祖父の家に遊びに来ていた時に事件は起きた。目の前で息絶える祖父を見たカナはかなりのショック状態で、直ぐに両親と合流できなかったこともありレイラの家で保護されていた。ホーソーン近くに住む両親がローブッシュに着いたのは昨日の葬儀の直前である。ハイドは両親が家財整理などでこの街に留まる間、カナに犯人と思しき人物の確認をお願いしていた。
レイラはそれに強く反発した一人だった。
現場を目の当たりにした幼い子供が犯人捜しを手伝えるとは思えない。保護してからも口数が少なくて常に何かに怯えている。そんなカナに犯人かも知れない者の顔を確認しろとはあまりにもひどい仕打ちだ。
ハイドが言わんとしていることもわからないことはないが、相手はまだ子供なのだ。犯人の特徴がトラウマになっていてもおかしくない。
「そうよね、怖いよね。もうお家に帰ろっか。」
レイラは腰を落とし、小刻みに震えている小さな手を強く握りしめた。
そのまま小さく頷くカナの手を引き会議室を出ようとした時、ドアがゆっくりと開いた。
開け放たれたドアの向こうに黒服のフードを被ったありすが立っている。
それを見たカナはひゅっと息を吸い込みカレンの後ろに隠れた。
「団長!止めてください!」
レイラの声を気にする様子もなくハイドは無言でありすをそっと後ろから押して中に入るように促した。
それを受けてありすも真っ直ぐカナの元へ歩いてゆく。レイラは自分のズボンを握る小さな手にギュッと力が入るのを感じた。
「止まってください、アリスさん。」
レイラは身を屈め、背中の得物に手をかけた。
そんな臨戦態勢のレイラには目もくれず、ありすは後ろに隠れているカナに近づく。そのままカナの顔を覗き込むように前屈みになった。
カナもありすの顔を見つめたまま動かない。レイラもまた動けないでいた。




