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腹黒執事

再び目を開けるとそこはゴージャスで甘い雰囲気の天蓋付きの大きなベッドの上だった。

アンティーク風のレースからは日の光が差し込んでいる。少し体がだるい気がするのは急にVRMMOに放り出されたからであろう。


“目的を達成するか死ぬか”


先ほどの白い部屋での出来事ははっきりと覚えている。

正直言って気分が悪い。あんな対応をされたら誰だってそうだろう。


起き上がろうとするが、いつもとは違った頭の痛さを感じ動けなかった。

口の中が鉄っぽい味がするのはどうしてだろう。吐血でもしたのだろうか。窓とは反対側のすぐ横で誰かの気配を感じる。


「おぼっちゃん、お姫様がお目覚めのようですよ。」

「おい、大丈夫か?気分はどうだ?」


クラウンと黒い執事が心配そうな顔で立っている。

やっぱりクラウンよりは黒い執事に目が行ってしまう。激似だ。もう彼以外には見えない。

めっちゃカッコいい。いいのか?もうパクリでしょ?声まで似てるって、もう犯罪レベルじゃん。

あまりのカッコよさにまるで後光が差しているようだった。

脳内カメラに保存しておこう。


「おい、しゃべれるか?どうした。」


再度声を掛けられ視線をずらすとクラウンが少し怒ったような顔をしていた。

この声はこの声で癒される。何といってもナッシュの声なのだから。思わず顔面が緩んだ。ちょっと不貞腐れた声などテレビでは絶対に聞けない。グロくなくてすぐに終わるのならこのゲームは正に神ゲーと言える。


「意思疎通出来ないなら娼館行きでいいんじゃないですか、おぼっちゃんさえよければ。私は特に口出ししませんし。」


声の余韻に浸っている間に黒い執事がとんでもないことを提案しだした。

このゲームはエロ路線なのか!


「はっ、話せますぅ!理解できますぅ!勝手に決めないでくださいぃ。何度も言いますけど、私は絶対に娼婦にはなりませんから!」


ちょっと馬鹿っぽい言い方になったが、今のこのムカつきを表現するにはこれしかなかった。

我ながら恥ずかしい。


そういえばクラウンが第一NPCだったはずだ。

このゲームの目的をクラウンから聞いただろうか。いや、何の説明もなかったはずだ。でもこれからどうするのか聞いた時、私を娼館へ入れると言っていたような気がする。

もしかして私が娼婦になることが目的?無い無い無い無い、あり得ない。それが目的だとするとやはりエロ路線なのか。花魁への成り上がり?ではどうしてあんな無駄にグロい映像見せる必要があるのか。何か他の真なる目的があるはず。何とかして聞き出さないとマズい。

ようやく慣れ始めた体を起こしクラウンに話しかけた。


「ねぇ、何が目的なの?いったい何がしたいの?召喚するってことは魔王討伐か聖女が必要とか?」


部屋の空気がビミョーになった。

クラウンと黒い執事が顔を見合わせている。これはいけない質問だったのか。


「なぁ、どう思う、これ。」

「いや、いくらなんでも今の発言は駄目でしょう。」

「ユージーン、お前がいるときでよかったよ。こんなの聞かれたら外交問題どころか俺が処分されるわ。それにだいたい聖女って神族にしかいないだろ。」


やれやれというような態度から私が悪いみたいな雰囲気が漂っている。

まるであの水色の動物たちと同じではないか。会社が会社なら商品も商品だ。ゲームやラノベでは召喚=魔王討伐が王道中の王道。聖女までつけたのだから合格点のはず。なのに外交問題になるとはどういうことだろう。もしかしてもう魔族とは友好関係にあるのだろうか。とにかくこの物語の設定がわからない。これこそ“何の説明もなく”放り出された結果だ。あの白い部屋で少しくらい説明してくれればよかったのにと思う。


「的外れな質問だったなら謝るわ。でも本当にこの世界のことを知らないのよ!どういうことなのか説明してほしいの!」


必死になってクラウンに訴えたが口を開いたのは黒い執事だった。

目を細めてこちらを見つめている。私の中の何かを見ているようで何とも言えない気持ちになった。


「本当に知らないようですね。おぼっちゃん、彼女、最初からこんな感じですか?」

「あぁ、召喚した時から意味不明なことばかり言っててな。こちらが言うことも聞かないし手を焼いてたんだ。」

「そうですか。、、、もしかしたら召喚時にかなりの記憶が飛んだのかもしれませんね。さらに覚醒した時点で死にかけてましたから余計に混濁しているのでしょう。たまにあるんですよ、身体や頭に強力な負荷がかかると記憶を失くしてしまうことがね。」


やはり死にかけていたのか。

青いクマの言うことは一理あったんだと思うと背筋に寒気が走った。あのまま植物状態だったらどうなっていたのだろうか。考えるだけで恐ろしい。


「まぁ、丁度いいんじゃないですか?下級魔族ですし戦闘タイプではありませんから何も覚えてなくても娼婦としてなら役立ちますよ。もうちょっと使えるタイプでしたら連れて行って毒味や状態異常を起こしてくる魔物にぶつけてもよかったんでしょうけど。どうされます?魔族大歓迎のいい娼館紹介しますよ。」


黒い執事は爽やかな笑顔でクラウンに話しかけている。

この彼の発言でどんどん娼婦濃厚説が浮上し始めた。そこまでして金が必要なのだろうか。銭ゲバなのか?もしかしてまとまったお金が必要なのだろうか?もしそれが目的ならばここは娼館入りを断固拒否して、手伝えるなら別の形で貢献すると提案してはどうだろうか。


「いい加減にしなさいよ、この腹黒執事が!身体は売らないって言ってるでしょ!お金が必要なら何か儲かる方法をみんなで考えればいいじゃない!一方的に女性に負担をかけるなんて紳士が聞いて呆れるわ!」


猛烈な抗議に黒い執事がきょとんとしている。

誰に対して言っているのかわからなかったのだろう。クラウンの方を見て“わたし?”的な仕草をしている。クラウンに頷かれてようやく自分だと悟った瞬間、ものすごく悪い顔をしながら話しかけてきた。


「申し遅れました、私はこの宿屋の支配人でございます。通り名はユージーンと申します。クラウン様との関係は、そうですね、協力者的立ち位置とでも言いましょうか。以後お見知りおきを。」


胸に手をあて恭しくお辞儀をされた。

その洗練された立ち居振る舞いはもうかの執事としか言いようがない。女子なら誰でも目を奪われてしまうだろう。キラッキラに輝いていて見ているこちらが眩しくてかなわないくらいだ。


「わ、私はアリスよ。」


思わずこちらも名乗ってしまった。

少しでも素敵だと思った事がバレたのか、ユージーンがこっちを見てニヤリと笑う。

まんまとしてやられた。やはり腹黒執事と呼ぶにふさわしいだろう。まるで相手にされない態度に腹が立つわ、この手の男性に免疫がないのに対して悔しいやらで睨むことしかできない。しかも照れも入っているので傍から見ればツンデレ女子のようになっているだろう。

そんな様子を見てしょーもなと言うかあほくさと言う雰囲気がにじみ出ているクラウンから提案があった。


「とにかく体調が戻るまでお前は休め。話はその後だ。ユージーン、こいつに食事を摂らせてやれ。」


それだけ言うとそのまま部屋を出て行ってしまった。

ユージーンもこちらをちらりと見ただけで何も言わずにクラウンの後を追う。相変わらず口元だけはいやらしい笑みを浮かべていたのだが。

本調子じゃないのは確かなので体調を万全に整えてから奴等に挑もうと思い、再びベッドに身を沈めることにした。







「おぼっちゃん、機嫌悪いですか?アリス嬢と仲良くしてはいけませんか?」


妙に機嫌のいいユージーンはクラウンの顔を覗き込むように話しかける。

明らかにありすが自分に意識を向けていることが嬉しいようだ。


「別に。」


ボソッと答えたクラウンは真っ直ぐ前を向いて歩いている。

ユージーンを見ようともしない。


「そんなことないでしょう。今も膨れっ面してますよ。そんな事じゃ娼婦に出せないんじゃないですか?よろしければ私がおぼっちゃんの言い値で買い取りますよ。何なら月払いにでもしましょうか。その方が“金を稼いでる”っぽいですよね。ああ、おぼっちゃんが貸してほしいときはいつでもどうぞ。無料で貸し出しますとも。精一杯かわいがって昇天してくださいな。私は魂だけいただければ何も要りませんので。大丈夫です、お手付きはしませんから。」


ベラベラと口の回るユージーンに対してクラウンは無言だった。

その表情から何かを読み取ろうとクラウンの前を後ろ向きに歩くユージーン。終始ニヤついた顔でクラウンを挑発する。


「まさか本当に金策を一緒に考えるおつもりで?」

「、、、、、、。」

「ある程度私の体液を摂取したとはいえ今から鍛えても間に合わないと思いますよ。どうして娼婦が嫌なんでしょうかね?楽して稼げるし自分も気持ちいいからアリだと思うんですけどね。ま、アルビノの体質上、本番は止めた方がいいですけど。“魅了”さえスキルが通ってしまえば娼館に入っても本番は回避出来ると思うんですよ。その方がおぼっちゃんも嬉しいですよね?開通式はおぼっちゃんがやりたいでしょ?」

「、、、、、、。」


下世話な話を延々とクラウンに聞かせている。

いつもこんな感じでクラウンをイラつかせるのがユージーンだ。ねちねちと嫌なところを攻めてくる。涼しい顔立ちとは裏腹にかなりの性格のようだ。


「、、、時間もないから娼婦でいいんじゃないか。知るかよ。」


クラウンは吐き捨てるように言った。

今までもこんな感じでうまいことユージーンが誘導して決断させている。些細なことだったがその度にユージーンの言葉がクラウン自身の神経を擦り減らせた。今回もどうしようもないことだが無性に苛立っている。たかが召喚魔ごときに何故心乱されるのかがわからないようだ。本人は今までの召喚者二人が大当たりだっただけに三人目にも期待しすぎたからだと思っている。

クラウンは気持ちを改めて深呼吸しユージーンにだけは渡すことはできない旨を伝える。


「それにお前に売る時点で法に触れてるだろ。どう考えてもお前主導なのは許せないしな。」

「そうですか、残念です。いい案だと思ったんですがね。ではアリス嬢のお洋服はこちらで準備いたします。用意が整いましたらお声がけしますので商業ギルドに登録に行ってくださいますか?その間に入館できそうな所をあたっておくとします。」


ユージーンは全く残念とは思っていない表情で手をひらひらさせながら階段を降り始めた。



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