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噓だろ?

“ドンドンドン”


乱暴に叩かれたドアに向かって椅子に腰かけた老人がため息をついた。

決して広いとは言えないリビングには内職用の段ボールが山積みになっている。隣の部屋には老人の孫が眠っていた。


この家には少し前にありすが手土産を持ってきたところだ。

開封せずに机の上に置いたままになっている。ここ数日で辺りの家はみな他の場所へと引っ越しをしていた。今よりも広い家に、引っ越しにかかる費用まで負担してくれるという破格の申し入れをされたからだ。早いところではもう更地からの建築へと取り掛かっている。

しかしこの家の主人はなかなか首を縦に振らなかった。この場所に何かしらの愛着でもあるのだろうか、ノックの音を気にする様子もなく部屋を眺めている。


“ドンドンドンドンドン”


老人はゆっくりと腰を上げ、手土産を鷲掴みにしてドアへと近づく。

鍵を外し、顔が見える程度にドアを開けた。薄暗い光の中、フードを被った黒ずくめの姿が見える。それはマーキュリーに指示されたエリックだった。

魔鉱石が切れかかっているのか街灯が不規則にチラチラと瞬いて、フードに隠れたその顔ははっきりと見ることができない。しかしその出で立ちから老人はありすだろうと信じて疑わなかった。夕方に来た時は立ち退かない自分に焦っている様子だったし、フードからは白っぽい髪が見えているからだ。

老人は自分の首だけをドアの外に出し、声を殺すように話した。


「何回来ても答えは変わらん!その容姿には騙されんぞ!それにこんな時間にまた来るなんて非常識だろ。孫が起きたらどうするんだ。」


老人は顔を引っ込める代わりに右手に持っていた土産袋を隙間から突き出す。

その予期せぬ行動にエリックは面食らったが、手を伸ばし老人の顔のあたりにスプレーを吹き付けた。


「ぐわっ!」


目にしみたのか老人が声を上げてドサッと倒れ込む。

エリックはその隙にドアを足で蹴飛ばすと、仰向けになって顔を覆う老人には目もくれずリビング奥へと歩みを進めた。


「何だよ、碌なものがないじゃないか。」


エリックは積まれてある段ボールを押しのけ物色を始めた。

マーキュリーが言っていたのとは様子が違う。全くと言っていいほど金目のものがない。仕方なく棚に置かれた一輪挿しのようなものを手に取った時、子供の叫び声が聞こえた。


「おじいちゃん!おじいちゃん!」


エリックが振り返ると隣の部屋から出てきた子供が入り口で倒れている老人を揺さぶっている。

老人は目を見開いたままぴくりとも動かない。


「噓だろ?」


エリックは慌てて老人に近づく。

見ると口からは奇妙な色の泡を吹いていていた。ドキリとした瞬間、しゃがみ込んでいる子供と目が合った。マズい状況になっていると悟ったエリックは一輪挿しを放り出し、その場から走り去った。





「どうなってるんだよ!眠らせるだけじゃなかったのかよ!この中身は何なんだよ!」


薄暗い路地のベンチに座るマーキュリーに向かってエリックは小瓶を投げつけた。

急いで着替えたのか、彼のロングコートから覗くシャツはボタンが掛け違えられている。肩で息をしているのは走って来たからか怒りからなのか。

そんなエリックを見てもマーキュリーは顔色一つ変えないで足元に落ちた小瓶を拾い上げた。


「おかしいですわね、睡眠薬を入れたつもりでしたのに間違えてしまったかしら。」


悪びれもせずマーキュリーは小瓶を天に透かしている。


「ひ、人が死んだかもしれないんだぞ!あんたのせいだ!」

「やったのはあなたじゃなくて?追われるのはあなた自身ですのよ。」


マーキュリーは詰め寄るエリックを一瞥し、小瓶を胸元に仕舞った。

そしてゆっくりとエリックに近づき耳元で囁く。


「この街での仕事は終わりよ。またローワン(故郷)()()()()()に付き合ってあげますわ。」


マーキュリーの言葉にエリックは凍り付いた。

金縛りにあったように動けないでいる。目線だけをマーキュリーへと動かした。


「もうあんたには従わない。」

「あら、いいんですの?ここにいたら捕まるのも時間の問題ではなくて?。」

「僕が捕まれば、あんただってただじゃすまない。」

「いやだ、心配してくれますの?でも私なら大丈夫ですわ。だって何の証拠もないのに世間が高位貴族と平民孤児のどちらを信じると思いますの?それにあなたにそんな覚悟があるのかしら?」


嘲るようなマーキュリーの眼差しはエリックの心の弱さを見逃さない。

そして馬鹿にするように醜く口元を歪ませていた。それを見たエリックに絶望が襲い掛かる。いいように弄ばれていただけではなく、マーキュリーが貴族だと聞かされていなかったからだろう。


「明日朝までにここを離れることをお勧めしますわ。でないと本当に捕まってしまいますわよ、窃盗だけでなく殺人犯としてね。ではローワンで会いましょう、ごきげんよう。」


コツコツと路地にヒールの音が響いている。

エリックはそのままベンチに腰掛けて真っ暗な空を眺めていた。彼の瞳は夜空と同じで真っ黒だった。



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