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おかしい

色街に人が多く集まる時間になって来た。

酒場もあるし、もしパーティーを組んでいたならこの辺りで今日の成果を肴に過ごしていただろう。でも僕は誰にも選んではもらえなかった。




エリック――それが僕の名前だ。

僕は隣街のローワンで育った。土地を持て余しているだけで人口が少ないローワンには冒険者ギルドが無い。代わりに大きな教会がある。その教会は近衛に守られている。炎の大聖霊様を祭る教会だからだ。近衛がいるからだいたいの事件は近衛が解決する。冒険者ギルドが無いのはその為だ。


その教会は多くの孤児を受け入れてくれている。

僕もそのうちの一人だった。年齢はバラバラだったがみなスキル鑑定は受けさせてもらっていて、善良な先生たちによって真っ直ぐに導かれていた。

【早足】は僕にとって自慢のスキルだった。

先生に呼ばれたとき、鬼ごっこをしたとき、お遣いに行ったとき、僕はみんなより飛び切り速く走ることが出来た。大好きなサリアにもカッコいいよと言われた。

みんな独り立ちする年齢になった時、僕は冒険者を選んだ。このスキルが役に立つと思ったから。


近衛は全てから守ってくれるわけではない。

僕はずっと街の子供たちにいじめられてきたのに助けてはくれなかった。救ってくれたのは街にふらりと現れた冒険者だった。街のはずれの空き家に住みついた彼は僕に色々なことを教えてくれた。毎日教会を抜け出してこっそり会うのが楽しみで、会って話せば自分が強くなったように感じられた。彼はいつも僕の【早足】について褒めてくれたし、ちょっとしたコツも教えてくれた。お陰で嫌な相手からもうまく逃げることが出来るようになった。

でも彼は一度も僕に冒険者になれとは言わなかった。




そろそろ目的の建物が近い。

夕方に金髪の女剣士に言われた場所だ。彼女の名前は知らない。もう何度目かのパーティーからの戦力外をくらって力なくベンチに腰掛けていた時に話し掛けてきた相手だ。あるわけないとは思いつつも、そんな状況でもまだ諦めてきれなくて、僕はパーティーの勧誘かも知れないと彼女が話し出す前に必死で自己アピールをした。

最初の彼女はものすごく不機嫌で親の敵に出会ったような顔をしていたのに、途中から妙にニコニコしだしてあるお願い事をされた。

【早足】で義賊にならないかと。


義賊という言葉の響きに胸が高鳴り、二つ返事で請け負った。

闇夜に紛れ、腹立たしい貴族たちの家に押し入ってお宝を奪い、貧しい人たちに施しをするのだと思っていた。

だが全然違った。黒ずくめの格好をさせられ、誰でもいいから白昼堂々と襲えと言われたのだ。フードは目深に被り、髪は解いて、なるべく声は出さないようにと細かく指示された。しかも逃げるところを誰かに見られるようにしろと言われたのだ。見られないと義賊としての意味がないと。

冗談じゃない、すぐにバレるに決まっている。断ろうとしたときに小さな小瓶のスプレーを渡された。吹きかければたちどころに眠ってしまう代物だという。それを僕の手に握らせ、あなたの【早足】がこの街を救うのだと言われた。


最初は正直戸惑った。

玉砕覚悟でお金を持っていそうな男を路地に誘い込んだら、懐中時計と五万ベリを奪うことができた。スプレーの効き目が凄すぎたのだ。顔を見られる前に吹きかけると途端に崩れ落ちる。

これなら大丈夫だと確信し、次々と声を掛けた。実際には口元で笑みを作り、銀色の毛先を弄ぶだけで、みんな僕を女性だと思ったのか笑えるくらいに引っかかってくれた。

でも僕は馬鹿じゃない。行き当たりばったりで犯行に及べば捕まることは分かっている。だから目をつけた人物の行動は事前に把握するように努力した。


義賊を始めて一週間が経ちようやくこの街で“黒ずくめの人物”が認知され出した。

しかしそれは犯罪者としてだった。おかしい。あの女剣士にきちんと盗んだ金品は渡している。本当に寄付に使っているのか問い質したこともあった。女剣士は面倒ごとが起こるので寄付したのは別の街の教会だという。おかしい。何故、この街ではないのか。盗んだらすぐに街の人たちに還元するべきではないのか。

一度だけ、奪った金をこの街の教会の入口に置いたことがあった。でも教会の人たちは受け取らずにすぐに自警団に報告したのだ。その後やたらとその教会の人たちは疑われていた。なるほど、そのまま渡してはいけなかったのだと悟った。全て女剣士の言うとおりだった。



そして今、彼女の言うとおり、ひっそりとした古ぼけた家の前に立っている。

この家の男は職人たちから不当に金を奪っているらしい。懲らしめるために正面から侵入し、何か家の中のものを一つ奪うだけでいいと言われた。そうすれば怯えて悪事を働かなくなるからと。家屋に入るのは初めてだ。うまくいくのだろうか。

緊張からかドアを叩く手に力が入る。

僕の気持ちを表すかのように街灯がチカチカと瞬いていた。



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