BLは勘弁
宿屋まではレイラさんに送ってもらった。
レイラさんとアフロは割と良いところのお嬢さんらしく、北部の実家から南支部Bに通っているらしい。当然北部の富裕層なのでお風呂も完備されている訳なのだが、それほど大きな浴槽ではなく体育座りでやっと入れるようなものらしい。大浴場に興味があるかと尋ねてみたら“あります”と即答された。
なんでも詰所にはシャワールームが無いようで、大捕り物があった時などはひと汗流したくても出来ないので精神的にイライラするのだそうだ。臭うかもって女性じゃなくても気になっちゃうわよね。
夕方、個室のお食事処に入るとクラウンだけが座っていた。
マーキュリーとスバルさんは魔物退治で二、三日帰ってこないらしい。ボルボはどこか他所で食べてくるそうだ。スバルさんがいないのは残念だが、あとの二人は正直いなくて清々している。ようやく落ち着いて食事が摂れるからだ。
いつもはマーキュリーが座っている位置に腰を下ろす。
そういえばクラウンと二人だけだなんて随分と久しぶりに感じる。ついつい嬉しくて笑顔になり、今日あった事などを楽しく話してしまった。クラウンは相変わらず“ふぅん”とか“そうか”とかで会話らしい会話にはなっていないのだが、何せ推しの声ですよ!興奮して幸せな気分になるじゃぁないですか!
すると珍しくクラウンから会話を振って来た。
何という僥倖!まあ仕事の話なのだが。
「おい、聞いてるのか?」
はい、聞いておりますとも。
目を閉じてナッシュの声に全身全霊で耳を傾けておりますとも。内容は頭に入ってきていませんけれども!
「お前はいつも俺の話をうわの空で聞いているが何故なんだ。」
「好きなのよ。」
しまった!心の声が!
しかもうっとりしながらクラウンを見てしまった。
クラウンは少し驚いたような、それでいて困ったような顔をしている。もしかして照れているのか?
これにはさすがの私も恥ずかしそうなぎこちない笑顔を作ってしまった。
ほんの数秒の無言の時間が恐ろしく長いものに感じる。気まずい。
「あ、明日は十時にソラナス男爵のところに行く。購入する土地の場所はわかっているのか?王都では喫茶だったと思うが今度は何を建てるんだ?」
そりゃ、早口で明後日の方向を向いてしまいますよね。
カミルみたいな反応を示すわけないか。“アリス、俺もだ”なんて言ってくれないわよね。何といっても一国の王子なんだから婚約者くらいいるだろうし。もしこの声で好きだと言われたらキュン死確定だわ。
私は大きく息を吸い込んで気持ちを落ち着かせた。
「もう少し清潔感が欲しいから、お風呂屋さんにしたの。もちろんモフっている人たちにも入ってもらいたいから別々に作るけどね。」
「モフ?」
「あ、獣人さんね。湯船に毛が浮いちゃうでしょ?うちの猫も結構毛が抜けたのよね。」
「やっぱり魔族もペットを飼うのか?」
「あー、まあ、、、そうね、人によると思うけど、うん。」
改めてクラウンを見つめたが、この顔にナッシュの声も合う。
今のところ冒険活劇でもないし、恋愛要素があるとすればクラウンだけなのよね。腹黒は別として、ボルボなんて論外だし、スバルさんはあまりにも普通過ぎる。カミルなんかはしょっちゅう会えないし、各都市で出会う人なんかきっとそれっきりだろうし。
せっかくのゲームなんだから恋心くらいは抱いてもいいんじゃない?やっぱり顔と声でクラウンでしょ。こんな現実世界と変わらないような仕事漬けの毎日に欠かせないスパイスとしてクラウンを推していこう。最初からクラウンはいいなと思っていたしね。どうせ誰かが国王になった時点でゲーム終了なのだろうから結ばれることはないと思う。
問題はマーキュリーがウザいことと許嫁の存在の有無だ。
マーキュリーには負ける気がしないのだが、許嫁がいれば手強い。相思相愛の婚約者だったり、お約束なお貴族令嬢の嫌がらせでもあろうものなら、心から楽しめない。それに当人同士が惹かれ合っているのなら入り込む余地はないし、私は横恋慕をしない主義だ。彼女がいる男や好きな相手がいる男には興味はない、二次元でも三次元でも。
「なんだ?何か言いたそうだな。」
「クラウンってさ、婚約者っているの?」
「――女はどうしてそればかり聞いてくるんだ。」
私の言葉を聞いたクラウンはいつもの気難しい顔に戻ってしまった。
きっと直近ではマーキュリーあたりが聞いたのだろう。王子なんだからそれくらい聞かれるでしょ?テレビもないんだから候補女性も知り様がないし。もしや女性が苦手なの?
まさか、まさかとは思うが、私が今までに色々な人たちを見てきたのはブラフなのか?
「もしかして、ボルボ――」
「それはない!!」
もうその眼差しで射殺されるのではと思うくらいにクラウンに睨まれた。
違うって事でいいんですよね?詮索はよせってことではないですよね?ナッシュの声でBLは勘弁していただきたい。




