ユージーンのお礼
静まり返ったスィートルームにかすかにありすの寝息だけが聞こえている。
午後三時を回った頃だろうか、ティータイムに合わせて作られたであろう甘い砂糖菓子の匂いが漂っていた。
今、クラウンとユージーンはベッドサイドで対峙している。
魔王誕生と聞いて取り乱したクラウンは彼に詰め寄ってしまった。まだこの国にとっての魔王という存在は破壊者・殺戮者というイメージか強い。特に王都近郊では人々の魔族に対する当たりが厳しい。クラウンですら負のイメージが先行してしまい、“誕生”=“侵略”という構図が浮かび上がったほどだ。
「、、、、わかった、詮索はよしておく。すまなかった。」
クラウンはこれ以上ユージーンを怒らせるわけにはいかなかった。
機嫌を損ねて協力を打ち切られる可能性もあると判断し折れることにしたのだ。ここは素直に謝っておいた方が得策であろう。
本心でないにしてもクラウンが謝ったのには理由がある。
“ユージーンのお礼“の恩恵にありつくため。
まずは宿にタダで泊まれることだ。それも食事込みで。
実際儀式が始まって領地が確定してからクラウンは無償で使用させてもらっている。しかし其の実ユージーン本人は各地の宿屋で食事にありついているらしい。たまに“主は食事中ですが、呼びましょうか?”と見た目が彼である人物が口にしている。影武者なのか全く分からないが追及は藪蛇になるとクラウンは敢えて聞き流していた。
そして王家直属の影よりも詳しい情報を得られること。
これに関してはもう舌を巻くしかない。逆にどこまで知りうるのかクラウンも聞くのが怖いようだ。ただユージーンはあんな性格なので知っていても言わないこともある。知りたいことはこちらから尋ねないと彼からは言わない。聞いても拒否されることもある。儀式関係で必要だと思えば話してくれるはずなのだが。
一番ありがたいのは結界を張ってくれることだ。
物理の方ではない。ユージーンがその結界を張ると周囲に聞こえる会話が無難なものに置き換えられ、態度を崩していてもその状況に応じた場面に見せられるという。誰の目も気にせずに秘密事をだらりと話せるのはクラウンにとってありがたい事だ。
儀式が行われてから三人の王子には記録の首輪が着けられている。これは城にある記録の間の水晶と魔力で繋がっており、実際の会話が全て文字起こしされ記録される。何か問題が起こった時のための証拠品とするためなのだろう。
記録の対象となるのは会話として認識されたもの全て。話しかけたもの、話しかけられたもの、誰かと話したもの、独り言など。周りの雑踏などはその範疇にない。だから無言で街を歩いていたら記録されることはない。
首輪だけでなく王子たちには王家直属の影が数人交代で張りついている。文字だけではわからない状況を彼らの目を通して逐一報告され同時進行で文官が記録の間に送っている。
これらを欺けるほどハイスペックな結界だからこそ、“自分と一緒にいるときだけ”という制限をユージーン本人に付けられてしまったようだ。たまにわざと張ってない時もあるので厄介なことこの上ない。
だからクラウンは一応顔を窺ってから話すようにしている。
「何とも歯切れの悪い謝り方ですね、まぁいいですけどっ。」
しぶしぶ謝ったクラウンの態度が気に入らなかったのか、ユージーンはちょっと膨れっ面で腕組みをし怒ったようなポーズを取った。
その辺の男がこんなことをすると気持ち悪いと言われそうだが、見目麗しいユージーンがやって見せると何故か絵になる。確信犯的なあざとポーズだ。卑怯の一言に尽きる。
クラウンからすればそれは憎たらしい以外何物でもない。
最近は一ミリもかわいいだとか綺麗だとか思ったことがないようだ。せいぜい“顔のいい奴はいいよな”くらいで、五年も経てば免疫ができるのだろうと思われる。会う時々で顔を変えてくるが何故かユージーンだとわかるらしい。そのように認識できる魔法をかけられているらしく違和感なく話せるという。
しかしながらどの顔も一貫して人族女子ウケするイケメンなのである。イケメン特有の鼻につく仕草に最初は無性に腹が立ったクラウンだが、会う回数が増えると“きっと元がいいから変装してもイケてるんだろうな”と思うようになった。諦めの境地である。やっかむと変につけあがるので無反応が一番だと悟ったようだ。
クラウンが無反応を決め込んだのは王都にある宿屋にお忍びで顔を出した時だった。
ユージーンと出会ってから程なくして国中あちこちに同一経営者と思われる宿屋がオープンした。新しい土地に新しく建ったもの、以前の宿屋を買い取って改装したものなど、いずれも評判は上々で冒険者たちに限らず一般人も多く利用している。
一度どんなものか確認したかったクラウンは従者を伴い一番近い王都の一軒に客を装って入ってみた。すると面識のない初老の支配人に声を掛けられたのだ。振り向くとよく磨かれた黒の短靴に燕尾服をすっきりと着こなし、経済力も包容力もあるように見える魅力的な白髪混じりの男性が立っていた。
その瞬間、ユージーンだと認識できた。見た目も年齢も背格好も全く違うのに直感的にそう思えたらしい。ロマンスグレーのイケオジ……もう妬むどころではない、土俵が違うのだ。いつもなら最初に嫌味の一つでも言っていたクラウンだがイケメン変装の幅広いバリエーションにぐうの音も出なかった。
もう変装に関しては見て見ぬふりをしようと淡々と会話を進めていった結果、そんなにユージーンが煽ってこなかったのでこの対応が正解なのだと思うようにしたわけだ。
「ところでおぼっちゃん、眼鏡をかけて彼女見ました?」
時々瞼が動くありすを見てユージーンがニヤニヤしている。
「あぁ、とんでもないハズレだった。ステータスは普通だし固有スキルに魔力は通ってないし属性は不明だし他にスキルも持ってないんだ。サキュバスみたいだから娼婦にでもして稼いでもらおうかと思ってるんだが、、、。お前にも相談したくてな。」
「もう一度ご覧になっては?面白いですよ。」
ユージーンにそう言われてクラウンは改めて眼鏡をかけありすを観察した。
この眼鏡もユージーンからの貰い物だ。眼鏡を通して見た者のステータスや取得スキルなど全てのことが確認できる。鑑定スキル以上のことがわかる代物だ。
「!!、、、なんだこれは!いったいどうなっている!」
映し出されたありすのステータスは異常だった。
体力・知力・魔力ともに人族のそれを遥かに超えている。スキルも魔力が通っていないものの剣術、索敵、体術、魔力操作、隠蔽、その他冒険者なら喉から手が出るほど欲しいスキルが詰め込まれている。中には意味不明なものもあるがこれだけたくさんのスキルを持っているものは大陸中を探してもいないだろう。
おびただしい量のスキルを目の当たりにし驚愕しているクラウンをよそ目にユージーンはありすの枕元へと立つ。
おもむろに手袋を外し指先を噛む。流れ出る血液をこぼさないようにしてありすの口へ指を突っ込み、舌に巻き付けるようにいやらしく動かし始めた。
「お、おい、何してるんだ。」
ユージーンの奇行に慌ててクラウンが駆け寄る。
止めさせようとしたが直前で体が硬直し身動きが取れなくなったようだ。首から上しか動いていない。
「いやね、ちょっとした実験ですよ。彼女は魔族ですから私の唾液で超魔的ステータスになったんです。スキルが多いのは覚醒したからですかね。でも固有スキルに魔力が通らないっておかしいと思いましてこうやって直接血を飲ませてるんですよ。、、、あぁ、舌を触るのは快感ですよね、ふふふ。おぼっちゃん、彼女のお口ばかりを見てないでスキルの確認をしてくださいよ。」
その行為を見て赤くなっていたクラウンは慌ててスキル確認に集中する。
ユージーンがありすの口をこねくり回している間にみるみるステータスが上昇する。しかし固有スキルに魔力が通る兆しはない。魔力以外のステータスに変化がなくなってきたときにユージーンにストップをかけた。
「もう止めるんですか?気持ちよかったのに。」
「これ以上やるとこいつが化け物になっちまうだろ!!こいつ生活魔法も使えないんだぞ!こんなに魔力あっても意味ねーだろ。」
いつになくしゅんとしたユージーンは手袋をはめありすの顔を撫でた。
ありすの中の何かを見るように目を細める。一瞬瞳孔が縦になりしばらく見つめた後、クラウンの拘束を解いた。
「生活魔法も使えないか、、、、、ちょっと変わってますね彼女。初めて見た時からずっと違和感があるんですよね、、、、魂の味も魔族とも人族とも異なるし。それがまた格別なんですが、ふふふ。魔族のようで魔族でなし、新しいタイプの魔王でしょうかね?」
そんな事をさらりと言うユージーンは先ほどとは別人のようにニコニコ微笑んでいる。
まるで他人事だ。未知の魔族に対して緊張感の欠片もない。笑っていたが思い出したように手を打ってまた話し出した。
「あ、でも私の体液を程なく吸収したんで耐性系は身についているはずですよ。ほら、【マイナス効果耐性】には魔力が通ってるでしょ?それに結構再生能力も強くなってるんじゃないですかね。ちょっとやそっとじゃ死にませんから、私。」
胸を張り清々しいまでに断言したユージーンに“何自慢だ!”とクラウンが突っ込みを入れたのは言うまでもない。




