枯れ専
ひとっ風呂浴びてさっぱりしたところで夕食という名の戦地へ赴く。
ほんと嫌なんだよね、あの二人とご飯食べるの。味が薄い食事がより味気なく思えるからだ。私としては薄味でも楽しくいただきたいのだが。この宿では個室の食事処を毎回利用しているらしいのでそちらに向かう。
廊下で腹黒に出会ってしまったので適当に受け答えしているとマーキュリーが後ろからやって来た。
「枯れ専。」
すれ違いざまにボソッと言われた。
なんですか?処女発言の仕返しですか?ああ腹黒は今じじいなんだっけ。別に枯れ専じゃないし無視しておこう。腹黒もくつくつと笑っている。ツボったのか?しかし笑い方もカッコいいよな、ってそんな場合ではない!
「おい、何をしている。行くぞ!」
急にクラウンに腕を引かれて食事処まで連れて行かれた。
こっちに来ていたなんて全然わからなかった。なにぃ、黒モフと一緒で妬いてんのか~。そんなことはないと思うけど、もう少し丁寧に扱ってほしいし優しく声を掛けてほしい。いくらナッシュの声だからといっても嬉しくはあるが寂しくもあるのだ。早く名前で呼んでほしい。
今日の出来事をスバルさんに話す。
普通に話しても約二名は無視だろうからスバルさんに向かって話すことにしたのだ。ついでにクラウンに聞こえれば問題ないだろう。クラウンも“ああ”とか“それで”とかしか言わないんだから感情豊かなスバルさん相手に話してもいいではないか。
「黒づくめの怪しい人物?あ、そう言えば俺たちがこの街に着いて少ししてから噂が出始めましたよね?マスター。」
「ああ、確かそうだったな。」
パンチパーマのロベルトと出会った時のことを話していたのだが、まさか黒づくめの怪人がそんなにこの街を席捲していたとは知らなかった。
どうやらローブッシュで数々の事件を起こしているらしいのだが、内容が路上での盗みということもあって盗賊の噂よりは上回らなかったようだった。しかも黒づくめって私と被ってない?
「案外どこぞの魔族だったりしてな、がはは!」
ほら来た、これイジメでしょ。
ボルボは楽しそうに笑うと喉を鳴らしながらビールを飲んだ。どこが笑うポイントなのよ。ジト目でボルボを眺めた。あの手この手で私の神経を逆なでしようとしているのが手に取るようにわかる。視界の端で女狐の手が止まったように見えた。なになに、重ねるようにして暴言を吐こうとしているのではないでしょうね。マーキュリーの方に顔を向ける。しかし彼女はこちらを見返すこともなく黙々と美しい所作で食事を摂っていた。
ん?気のせいだったかしら。何か言ってくるタイミングだと思ったのだけれども。
その後もマーキュリーは一言も話さずに席を立った。
食後のお誘いがスバルさんからあったのだがクラウンとの打ち合わせがあることを伝えると少し寂しそうな顔でまた今度と言われた。
そうよね、同僚との楽しい時間も取れないくらい働かされてる私ってどうよ。やりたくもない仕事を押し付けられてるって現実世界でも変わらなくない?今までやってきた事が成功しているような感じなのが救いだが、これで失敗とかがあったらさすがの私でもキレますよ。ぜんっぜんおもんないゲームとしてレビューしてやる。
そのままお食事処を借りてもらったのだが、何故か腹黒が席についている。
別にもう誰に聞かれてもヤバい話はしませんけどね。なんかの保険なんですかね!
「職安ギルドは冒険者ギルドの半分を購入して作ることにしたわ。人員もこっちで適当に集めるから運営開始は十日後くらいを目処にって思ってるの。」
「そうか、わかった。で、南部はどうだったんだ?」
「そうね、さっきも話した通りちょっと不潔なのよね。だから風呂屋を作ることにしたわ。」
「風呂屋?」
何を驚いているんですか、クラウンさん。
日本人と言えば風呂、風呂と言えば日本人でしょ。本当は温泉がいいんだけど湧いてないんですもの、仕方ないでしょう。今やスーパー銭湯なんて郊外に行けばいくらでも素敵なところがある。あそこまですごいものは求めていないが、大衆浴場くらいあってもいいでしょう。広いお風呂はサイコーなんだから。
「それでね、南部って空き家が多いって聞いたの。どれも男爵の持ち物らしいじゃない?だからその土地が欲しいのよ。前回はほぼ私がやったんだから今度はクラウンが交渉してね。」
机にはちょうど灰皿があったので、二人に断りを入れてからタバコに火を点けた。
あ~、食後の一服は美味しいもんですな。で、なんでなんにも言わないの?回答は?考え込んでいるクラウンに腹黒がそっと折り畳んだ紙を差し出した。
「おぼっちゃん、これ、ローブッシュの地図ですよ。これで空き家の位置もわかると思いますが。」
ナイス腹黒!
今回はいい仕事してくれるじゃないの。まあ毎回いい仕事はしてるんだけど、付属品がよろしくないんだよね。
「あれでしょ?男爵ってオズワルドの親戚なんでしょ?普通責任を取らされてクビなんじゃないの?その辺をうまく使いなさいよ。領主を続けたいのなら空き家を譲れって言えばいいんじゃない?なにもタダでって訳じゃないのよ、金額は男爵の気持ちに任せますって言えばいいだけじゃない。」
「あはは、アリス嬢は清々しいほど灰汁どいですね。ゾクゾクしますよ。」
そんなことで褒められても嬉しくもなんともない。
それに普通の人ならそれくらい簡単に思いつくでしょう。それよりも腹黒の悶えるような表情の方が艶っぽくって嬉しいわ!ご褒美か!
早々にクラウンに男爵への訪問を取り付けてもらうことにした。
もちろん同行します、うまいこと脅さ、、、いやプレゼンしないとね。それにお貴族様はお風呂なんて当たり前だろうから、その有難さに気付いてもらわなくてはならない。
建設予定地はだいたい自警団両南支部の中間くらいの所にと思っている。他の離れた空き家ももちろん買収致します。支部中間地点の土地といっても歯抜け状態なので、そこに住まう住民を立ち退かせるのに必要だと思ったからだ。どうせ男爵からはタダ同然の金額で買い叩くつもりなので余ったお金でその辺りは推し進めようと思う。
二週間では無理かな。また置いてけぼり食らうんじゃないかな。




