王子の従者
ローブッシュのメインストリートの北側が貴族や富裕層の住む地域になる。
メインストリートのローワン側の入口近くに位置する陽だまり亭よりも上の地域だ。メインストリートは街の北寄りにカーブを描いて通っているため、占有率は三割から四割らしい。陽だまり亭から斜めに行った近い所に自警団北支部があるらしいので、そこ経由で北側を案内してもらうことにした。
北支部は地域層に合わせたのかおとなしめのいい子ちゃんで団員を揃えているようにみえる。ただハイドさんが奥さん以外の女性を伴ってきたので、上や下への大騒ぎとなっていた。これ、マズくないですか?不倫の噂、立ちまくりませんか?
とにかく事情を説明して落ち着きを取り戻してもらったものの、今度は不倫疑惑はよろしくないので案内役を代わってほしいと揉めだした。もう本当に誰でもいいのだけれど。逆にここまで来たら最後まで案内し通すとハイドさんも意地になっていた。
「ハイド団長、無理しないでくださいよ。噂って尾ひれつきまくりますよ。私が原因で離婚とか嫌ですからね。」
私にも経験があるのでそれとなくハイドさんに忠告した。
大きな企業に勤めてるとあるんですよ、根も葉もない噂が独り立ちして凄いことになることが。もうフロアが違うのにその日のうちに全社員に広まっているなんてことがあるんです。怖いんですよ、会社って。
「絶対にそんなことにはならない!俺は妻だけを愛しているからだ!」
道のど真ん中でそんなこと言う?
しかも閑静な住宅街ですよ。めっちゃ声響いてますよ。でもここまで愛されているのならハイドさんの奥さんが羨ましく思える。私はそんな人には巡り合えなかったな。
北側には教会以外にこれといった施設は無いらしいので教会に挨拶だけしておいた。
こちらの教会の人はごく普通の方だったので、お困りごとは無いですかとか第三王子が来てますよくらいの宣伝で終わらせる。先ほどのように強烈なキャラクターだったら身がもたない。
王都側の街の入口辺りまで辻馬車を拾ってもらった。それに乗ってメインストリートを横切って本部前を通過する。辻馬車は乗り合いの馬車とは違い、現実世界のタクシーのような感じだ。ハイドさんが指示を出して主要な場所を通ってもらっている。観光案内みたい。ちなみに私は今、フードを目深に被っている。何故なら浮気相手だと思われたくないからだ。
北部には自警団北支部が一つ、王都側の入り口付近に本部、南部には南支部が二つあるということでオネェ教会に近い南支部Aに向かう。
本部はほとんどメインストリートに近いので、他の二支部がディープな南エリアになる。
南支部Aは職人の街みたいな雰囲気のところに建っていた。
大きな木材や石を運ぶ人足が行き交い、鉄を打つ音などが聞こえる。辻馬車のお代金を渡しているハイドさんの横にしれっと立っていたが割り勘じゃなくてよかったのだろうか。もしかして経費で落としたりするのだろうか。
「あの、馬車代は、、、。」
「別に構わないよ。王子の従者に出させるわけにはいかないだろう。」
「必要経費ですか?社内的に通るんですか?」
「え?なんだそれは?」
あ、自腹か。
それは流石にかわいそうなので私の持っているお金から返そう。奥さんからお小遣いを少ししかもらっていないかもしれない。部下との付き合いもあるだろう。金欠の妻帯者上司が泣いていた姿と重なる。ポーチから巾着を取り出そうとしたときに南支部Aの建物から出てきた制服を着たパンチパーマの厳つい男性に怒鳴られた。
「動くなよ!手はそのままにしておけってんだ!」
え、なになになに?
何か悪いことしましたか?ポーチに手を入れたままの状態で静止する。人ってドキッとしたら意外と固まってしまうのだなと思った。
「団長!大丈夫っすか?この辺りで最近黒づくめの野郎がスプレー強盗をやってるんっすよ!すばしっこい野郎で。」
「よせ!ロベルト!!」
ハイドさんの制止も聞かず、パンチパーマはポーチに入れた方の私の手首を素早く掴むと後ろにぐっと締め上げた。
「いたたたたっ、痛いです!!!」
マジで痛い。
地味に痛いわ!肩が抜けますって!解くに解けずそのまま地面に伏せさせられる。痛いって!のしかかられ頭を押さえつけられた。ぐえっ、重いし痛い!おでこが、顔が痛いって!!
「止めろ!その人は王子の従者だぞ!」
衝撃と共に急に体が軽くなった。
もう嫌だ、動きたくない、痛いの嫌だって言ったじゃん。目を開けるとパンチパーマが伸びているのが見えた。
「すまない、アリス君。」
もう、何なのよ!
ハイドさんにお姫様抱っこされても何の感動もないわ!




