心肺蘇生法
「おい、嘘だろ?こいつが覚醒したって言うのか?」
「ええ、そうなりますね。」
うろたえるクラウンを見てユージーンはにっこりと笑った。
ベッドに横たわるありすはまるでどこかの国のお姫様のようだった。
銀色にも見える白い髪、それを強調するような深い赤色の髪が首元から見えている。色白で長いまつ毛に通った鼻筋、艶のある美しい形の唇。特にまがまがしい雰囲気もなく、どちらかと言うと吹けば飛ぶような感じに近い。
「おい、こいつ、息してないんじゃないか?腹が動いてないぞ。」
「そうなんですか?」
確かに掛けられた布団が上下していない。
ベッドの横に来たユージーンがありすの脈を取った。
「本当ですね、動いてませんね。」
「動いてませんねじゃねーだろ!蘇生術でもかけて何とかしろよ!」
死に対して思うところがないのかユージーンは全く動じていない。
不思議そうにベッドの向こう側のクラウンを見つめている。
「じゃぁ、次を召喚したらいいんじゃないですか?別にこの子に拘らなくても四人まではまだ召喚出来るんでしょ?後一回チャンスがあるじゃないですか。この子の処遇に困って相談しようとしてましたよね?だったらこのまま永遠に眠らせてあげてもいいのでは?」
ユージーンは特に何の感情もなくありすを一瞥した。
クラウンが固執する理由もわからない。ユージーンは改めて他者の感情の不思議を感じた。
「他の王子たちは知らんが俺はもう召喚はしない。寿命を削られるんだ、当たり前だろう。今の手駒で何とかする。だからどうしても生き返らせてくれ!」
「あ、人族は王族と言っても寿命が短いんでしたっけ、失念していました。でもそこまでして国王になりたいですか?そんな統治期間で何が出来るんです?何も変わらないと思いますけど。まぁ協力すると約束した手前、仕方ありませんね。」
ユージーンはそう言って面倒くさそうにクラウン側へと回り込む。
「では彼女を床に降ろしますので頭を支えてください。あまり動かしたらよろしくないと思うので。」
二人でゆっくりとありすを床に寝かせる。
「おぼっちゃん、口がいいですか?胸がいいですか?」
ユージーンが至極真面目に問いかける。
いきなりの質問にクラウンは面食らった。
「は?何を言ってるんだ?」
「いや、ですからどちらがいいかと尋ねてるんですけどね。」
「い、今そんなこと言ってる場合か!早く蘇生させろ!」
「だからです。、、、、心肺蘇生法ですよ、何だとお思いで?ふふふ。早くしないとほんとに死んじゃいますよ。胸骨圧迫と人工呼吸とどっちがいいですか?」
「なっ!!ま、魔法で蘇生させるんじゃないのかよ!」
クラウンは真っ赤になって反論した。
それを見てまたユージーンが笑いを堪えている。
「完全に死んだらそうしますが、それだと色々面倒くさいんです。死者はあんまり言うことを聞かないんで制御するのに私の魔力が勿体無くて。さぁ、どうします?生身の彼女の方がお好みでしょ?ふふふ。」
「、、、胸にする。」
ボソッとクラウンが答える。
間があったということは何かしら考えてのことだろう。意地の悪い笑みでユージーンが説明を始めた。
「胸と言っても胸の真ん中あたりですね。残念でした。おぼっちゃんは力がありすぎますので私が上から押さえますから強さを覚えてください。30回ほど圧迫したら私が人工呼吸を2回します。そうしたらまた同じように30回続けてください。ではいきますよ。」
ユージーンはクラウンの手に自分の手を重ね胸骨圧迫を始めた。
かなり強く押すようで最初はクラウンも戸惑っていたのだが30回終えるまでにはコツをつかんだようだ。
「では、おぼっちゃん、いただきますね。」
ユージーンはクラウンの目を見ながら、気道を確保したありすの唇に自らの唇を重ねた。
一瞬クラウンの表情が動いたがお構いなしに勝ち誇った瞳で人工呼吸をする。クラウンはもう自分の手しか見られなかった。
三セット目に差し掛かった時、ユージーンは自分がまだ食事を摂っていないことに気付いた。
普通なら夜のうちに人族の卑しいご婦人たちの相手をしながらその安っぽい魂を啄むのだが、昨夜は新しい店の従業員の選定に自らが出席していたのでそれが出来なかったのだ。
全ての魂を吸い尽くしてしまうと補給源が無くなるので、あえて舐める程度に留めている。騒ぎになっても面倒だし、定期的なお得意様にしておけば食べ物が不足することはない。顧客が多ければ多いほどお互いが嫉妬や憎悪にかられ魂の質が少しでも上がる。口から吸い取り適当に幻覚を見せておいて後はお帰りいただく。
我ながら効率の良い摂取法だとユージーンは自画自賛していた。
ただ、同族や雄は人族のそれより不味い。逆に自分の魂が削り取られる気がして気が進まない。同族に限っては雌雄にかかわらずユージーンの体液を取り入れ強くなろうとする強かな者さえいるほどだ。
(どうしようか、、、、ちょうどいいタイミングだとは言え、、、、。まぁ雌だし舐めてみるか。)
ユージーンは人工呼吸をしていると見せかけて、ありすの魂を舐めた。
「!!!!!!」
びくりとユージーンの肩が震える。
ありすの魂はユージーンの舌にねっとりと絡みつき、鼻から脳髄へと抜けていくような感覚を与えた。今まで味わってきたものは何なのかと問うてしまうほどの美味な魂に驚きを隠せないでいる。ユージーンはありすから唇が離せなかった。
(もう一度、もう一度舐めたい。)
何とか理性のあるうちに唇を離したが、かなりの興奮状態にユージーンの股間は爆発寸前だった。
「おい、ユージーン、どうした?」
クラウンは胸骨圧迫をしながら挙動不審なユージーンに話しかける。
ユージーンはありすを見つめながら動かない。糸が引いた唇は半開きになり、頬はうっすら紅潮し息遣いが荒い。その様子を見てピンときた。
「お前!喰ったな!!」
怒りに任せて掴みかかるクラウン。
それを後ろに飛び退きうまくいなしたユージーンは襟元を正し慌てて爽やかな笑顔を貼り付けた。
「やきもちですか?」
いつものように軽口を叩いたつもりのユージーンだったが声が上ずっていた。
明らかに動揺している。感情が高ぶって震えているのが傍目でもわかる。
(今すぐにでも射精してしまいたい!我ながら上質の精子が採れるはずだ!)
声に出して言いたいところをグッと我慢したユージーンはそっと手を前に組んでそそり立つ股間を押さえ隠した。
まさかユージーンがそんな下半身状態だとは知らず、勝確の武者震いだと勘違いしたクラウンは言いようのない敗北感に襲われた。
「魔族は喰わねぇんじゃなーのか!!俺の召喚魔だぞ!死んだらどうする!!、、、、、いや、死んだほうがいいのか?いや、待て、、、、。」
クラウンは以前にユージーンの食事形態をざっくり聞いたことがあった。
なのでユージーンが喰らった者は皆死ぬと思っていたのだ。そして先ほど蘇生魔法は完全に死なないと掛けられないと聞いたばかりだ。ユージーンは何がしたいのか、そして今自分は何に対してこんなにも怒っているのか、クラウンが混乱して言葉に詰まったその時。
「、、、うっ、、。」
ありすが苦しそうな顔で息を吹き返した。
一瞬目を開けたように見えたがまた閉じてしまい、そこからは寝息だけが聞こえてきた。
「結果的によかったですね、おぼっちゃん。」
ありすをベッドに戻した後、すっかり落ち着いたユージーンは壁に向かって悶々としているクラウンの肩を叩いた。
「お前は何がしたかったんだ。何故殺そうとした。」
クラウンはぐるんと振り返ってユージーンの両肩を掴み問い質す。
「そんな、不可抗力ですよ。ちょっとお腹が空いていたもので。舐めただけです。昨日は忙しかったので食事抜きだったんですよ。」
「お前、魔族は喰わねぇって言ってたよな。何故だ?魔王になる可能性があるから殺そうとしたのか?」
「舐めたところで直ぐには死にませんよ。それに何度も言いますが空腹なので舐めただけです。思いの外美味しかったんですよ、彼女が。」
ありすの味を思い出したのかユージーンはうっとりして瞳を閉じた。
それを見たクラウンは無性に苛立ち声を荒げる。
「ま、魔王だからウマいんじゃないのか?何が目的だ!お前も王になりたいのか?」
「もう“魔王”から離れませんか?王になること自体興味はないし、魔族間のゴタゴタに巻き込まれたくもない。そういうのに飽きたから俗世間との関係を絶ったんですよ。現に今こうしておぼっちゃんと遊んであげてるじゃないですか。」
ユージーンの表情が少し硬くなり、すっと目を細めた。




