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第三王子

シャワーを終えたクラウン()は少し苦みのあるコーヒーを飲んでいる。

支配人から差し入れられたものだ。先ほどホテリエも退室し、今は一人でくつろいでいる。


「とんでもない召喚だったなぁ、、、。」


召喚してからのゴタゴタを思い返してため息をついた。

他種族のことはあまり詳しくはない。種族が違うだけで基本的な部分は同じだと思っていた。しかしあのサキュバスは生活魔法を使えなかった。あまつさえ魔力が固有スキルに通っていなかったのだ。


だいたいの者は生まれ持ってのスキルがある。

それにはこの世に生を受けた時から魔力が通っていると認識されている。使える使えないは置いておいてだ。あの歳でスキルに魔力が通ってない者はいないだろう。他にも何かしらスキルを獲得していてもおかしくないのに全く何も持っていなかった。


「考えていても仕方ない、話に行くか。」


話に行く相手は当宿屋の支配人、名をユージーンという魔族の男だ。

出会いは五年ほど遡る。





人族は魔族との和平協定を結び互いに歩み寄りを示していた。

唯一この王国だけが協定参加を辞退していたが、他の人族国家からの圧力に耐えられずしぶしぶ了承した。それが五年前になる。

協定参加の規定で王子を魔族領視察に出すことになったが、三人の王子のうち誰を送り出すかで揉めていた。白羽の矢が立ったのは第三王子だった。


第一王子、第二王子はそれぞれ第一夫人と第二夫人の子供であるが第三王子だけは第三夫人の侍女の腹から生まれている。酔った国王が第三夫人の部屋を訪ねた際にお手付きになったのだ。その後第三夫人は遺書を残して自殺を図り、実質身籠った侍女が第三夫人の席へと着いた。

元侍女で身分も劣る第三夫人は風当たりの強い後宮で何とか王子を守ってきた。

数少ない伝手を辿り小さいながらも後ろ盾を得られたが、あからさまないじめや妬みからは解放されなかった。

心身ともに疲弊した元侍女第三夫人は王子が十二の時に他界している。それから三年、第三王子は特に注視されることなく半ば放置状態で王宮内に閉じ込められ表舞台に立たなかった。


それがこの機を逃さんとばかりに周りが騒ぎ立て、みるみるうちに第三王子は親善大使に選ばれてしまったのだ。

魔族に対しての偏見や固定観念の強かったこの国の中枢部では魔族領に行くこと自体が危険な行為であり人質にされるかもしくは命の保証はないと思われていた。

実際のところ他国でも魔族領にそのまま駐在している大使も多いし、多方面での交換留学などが盛んに行われており全く危険はない。そのことをわかっている改革派は第一王子が適任と説いたが多数の保守派によって却下された。

後の後継者争いの種を少しでも排除しようという狙いからだろう。保守派からすれば排除するなら劣性分子の方がいい。

身分の劣る夫人から生まれた王子は格好の獲物だった。


かくして親善大使となった第三王子は、外交二日目にして当時従者だった者に嵌められて凶悪な魔物の住む魔の森に置き去りにされたのだった。

最初から第三王子の命が狙いだったのかはわからないが、このままでは行方知れずもしくは死んだことにされてしまう。第三王子は虚偽の報告される前に森を抜ける必要があった。

最短距離で招待された魔族国の城まで戻らねばならない。道なき道を進み、魔物を避けつつ少し開けた場所に出た時だった。


この場所だけ、異様な空気に包まれている。

向こうで子犬のような生き物が藪を背に構えている。明らかに捕食者に狙われている様子だった。下手に出だしをすれば自分の身に降りかかると考えた第三王子は少し状況を見守ることにした。

よく見ると唸り声をあげている首の向こうにもう一つ顔がある。

それは後ろを向いて隠れているように見えた。最初は二匹いるのかと思ったが体は一つだ。首には何やら色のついた光が見える。まるで首輪のようだった。


(飼われているのか?)


そう思った瞬間、何かが謎の犬に飛び掛かった。

唸りながら回避する謎の犬。襲ってきたのは蛇型の魔物だ。見た目は爬虫類の蛇にそっくりだが目の色が濃いオレンジ色なので魔物とわかる。割りと強めの魔物ではあるが上位の冒険者ならば倒すことは可能な部類に入るだろう。

魔物は大きく太短い体だが、あの謎の犬を締め上げるには十分な長さだ。首を鞭のようにしならせ謎の犬に襲いかかかる。謎の犬は間一髪のところで逃げるものの、もう一つの顔の方が怯えてしまい、ちぐはぐな行動になっている。そのうち追い込まれてしまうだろう。


先を急いでいるとはいえ、魔族の誰かのペットなら見過ごしてしまうと大使としての心象がよくないと判断した第三王子は、魔物に一発魔法を放ち腰に据えた模造剣を振りかざした。

見事魔物の頭を真っ二つにした第三王子は、あろうことか謎の犬に吠えたてられた。


「おいおい、助けてやったのに吠えるのかよ。」


そう言ってグリップだけになってしまった模造剣を謎の犬の前でプラプラさせている。


「おや、シヴァ、ナヴァ、こんなところにいたのかい?」


随分とのんきな声で話しかけられたにもかかわらず、第三王子は身動きできない程の殺気を感じた。

真後ろに居るのに全く気付く事ができなかったのだ。何とか後ろに身体を向けると、そこには場違いなほど洗練された美青年が立っていた。

さらさらと艶のある黒髪、怪しく光る赤い瞳、顔の感情表現を極力抑えて口元だけ微笑みの形を伴っている。服装も上流貴族以上に質のよい、それでいて華美にならないアビ・ア・ラ・フランセーズだ。


「君は親善大使の第三王子、クラウン君だね。ふふ、ありがとう、私のかわいいお友達を助けてくれて。私は、、、、そうだな、ユージーンとでも名乗っておこうかな。」


美青年は三日月のような口元を作って笑った。





あの気味悪い口元を思い出したからか自然とため息が漏れた。

そろそろ行くかとソーサーにコーヒーカップを置いた瞬間、身体に衝撃が走る。

思わず身を低くして周囲を警戒した。しかし部屋の中のものは何一つ揺れたり動いたりしてはいない。

慌てて窓に駆け寄り通りを見る。ほとんどの者が普通に歩いていた。驚いた様子の者もいるようだがパニックにはなっていない。


「どういうことだ?」


今度は入り口から外の様子を覗う。

廊下から見える、吹き抜けになっている食堂では通りと同じように普通に食事を楽しんでいる者がほとんどだ。ほんの数名がフロントに駆け寄っている。従業員はみな動揺しているように見えた。



「クラウン様、大丈夫でしょうか?」


階段を上ってきた支配人に状況を尋ねる。

どうやら魔力感知に優れたものと魔族だけが衝撃に反応していたようだ。従業員の中にはショックで倒れてしまった者もいるらしい。


「どこで何が起こったんだ?原因は何だ?」


規模にも依るがこの近くで騒ぎが起こればマズいことになる。

支配人に問い質した。


「発生源はここから近いのか?範囲は?」


支配人はにやりと笑いそのまま廊下を進んで行く。


「おい!ユージ、、支配人!」

「大丈夫ですよ、おぼっちゃん。いつものように結界は張ってますから普通に話してくださいな。」


そう言って立ち止まり支配人はより一層いやらしい笑みを浮かべた。

支配人ことユージーンは出会った時から態度が変わらない。いつも小馬鹿にした物言いで相手を怒らせては楽しんでいる。ただ彼は魔族の中でもかなりの有力者と思われた。自分のことは全く話さないので正直なところわからないのだが、食えない男であるのは確かだろう。


「ユージーン!原因がわかってるならさっさと言え!あのものすごい衝撃は何だ。」

「あぁ、やっぱりおぼっちゃんは正確に感じ取ったんですね。並の人族なら違和感程度なんですよ。それにしてもあの波動を受け流すなんて、流石です。魔族でもあのように気分が悪くなりますからね。」


ユージーンはそう言ってフロント近くに立つ一人のホテリエに目をやっている。

ホテリエは胃の辺りを押さえ青い顔をしていた。見た目は全く人族と変わらない。樫の木亭の従業員の過半数は魔族らしい。この街ではそれほど魔族に対する敬遠はないものの念のためユージーンの魔法で認識疎外を施しているそうだ。

ユージーン曰はく、自分より魔力の高いものにしか見破られないし、そもそも認識疎外をかけているとわかる者もいないということらしい。王国最高の魔術師や魔法使いでも無理だという事だ。


「まぁ、ここて突っ立ってても仕方ありませんし、行きましょうか。」


そう言ってユージーンは廊下を歩き始めた。


「説明がなってないぞ、何なんだ!」


後をついて行きながらも苛立ちが隠せず怒鳴ってしまった。

それに対して余計にユージーンの笑みが増した気がする。


「いやぁね、昔同じようなことがあったんですよ、私のすぐ隣でね。何だと思います?」


質問に質問で返されたので思い切り睨んでユージーンに無言で圧をかけた。


「答える気がないんですか?それともわからないんですか?聡明な第三王子ともあろうお方が、ふふふ。知りたいですか?」


ユージーンはちらりとこちらを振り返り無邪気な笑みを浮かべた。

しかしその目は瞳孔が縦になっており、狩りをする肉食獣を彷彿させる。


「あれはね、、、、、“魔王が誕生した瞬間”ですよ。」


衝撃的な言葉が俺の思考を停止させた。

魔王が誕生したということに加えあの瞳に囚われてしまい硬直してしまう。今までにも何度かあの縦長の瞳に自由を奪われたことがある。こいつは本気だと思わせるくらいに本能が警鐘を鳴らす。


「あ、とは言ってもこの国の人族が考えているような物騒なことはすぐには起こらないと思いますよ。ちょっと見に行きましょうか。さ、歩きながら話しましょう。」


手を差し伸べ優しく微笑むユージーンの目は人族のそれと変わらない状態に戻っていた。

その手で軽く俺の肩を叩くと、また先に歩き出す。

声も出せなかった。気が付けば汗が額からにじみ出ている。どちらが格上なのかを毎回改めて思い知らされるのだ。しかし今は自分が国王になることに助力してくれているはずだ。手を噛まれぬよううまく誘導する必要がある。

拳を握りしめユージーンの後を追った。




階段を昇りながらユージーンは魔族について話し始めた。


「“魔王が誕生する”って言うのはね、魔王になりうる器が現れた事を示すんですよ。それこそ生まれた時から器のある者もいれば、努力や経験を重ねてその高みに達する者もいます。後者はわかりやすく言えば“覚醒”ですね。先ほどの衝撃だと覚醒したのでしょう。もちろん覚醒しただけでは王になれません。現在統治している王の方向性を客観視でき、自分が王になることで国自体がより良い方向へ向かうのであれば王座を明け渡してもらうもよし、現国王の意思を継いで次期後継者に名乗りを上げるもよし。ただ、魔族側にもいろいろな国があります。人族もそうでしょう?争いごとを好む種もいるわけですよ。」


そう言って再び振り向き見つめてくる。


「だから魔族は覚醒による魔王の誕生を感じ取ると不安がよぎるんです、戦いにならないかって。新魔王が現魔王を倒してしまうこともあるかもしれません。またその新たな王が他国侵攻をしないとは限りません。魔族は血統で王になるわけではありませんからね。だから魔族は覚醒魔王が誕生した時に気分が悪くなったり極度の緊張状態になったりするんです。もちろん魔王誕生なんて滅多にあるわけじゃありませんから若い魔族は何ともないかも知れませんがね。」


一部の利己的な者は戦いを食い物にするが、どんな種族でも戦いが不幸を招くことは知っている。

人族における歴史でも国内での継承争いでの戦いが多い。被害を受けるのはいつも一般市民だ。愚かな王が誕生した際には周りが諫めるか担ぎ上げるかによって未来は変わってしまう。現在の魔族の国はそのほとんどが争いもせず自国の土地で満足しているらしい。種族にかかわらず交易も盛んだ。相手の領土を奪い取るというような行為は昔のことだという。


「見に行くってことは“覚醒者”がこの宿にいるってことでいいのか?何故だ?お前は何をしに行くんだ。」


真っ直ぐユージーンを見返した。

覚醒者は従業員の中にいたのか、この街に来ていたのか。ここは貴族の保養地近くにできた観光中心の小さな街だ。商業ギルドが中心で小さいが冒険者ギルドもある。魔族が来ていてもおかしくはない。この宿に泊まっているとも考えられる。ユージーンの狙いが最初からこれだったとしたら。

右手をゆっくりと剣の方へと近づけた。


「純粋にどうなってるか気になりませんか?どう覚醒したのか、能力はどうなのかとか。あと、、、、私より強いのかってね。まぁ、それは天地がひっくり返ってもありませんけどね、ふふふ。、、、だから冗談でも私に剣を向けない方がいいですよ、おぼっちゃん。」


そう言ったユージーンは恍惚の目で俺の右手を見つめていた。

慌てて右手を戻す。その一瞬だけで冷や汗が噴き出る。本当に“ただ見たいだけ“という欲求がユージーンを動かしているのだろうか。こんなにも好戦的と取れる態度の者が見るだけで終わるのだろうか。有能であれば傀儡にしないのだろうか。無能であれば殺しはしないのか。

それ以上考える時間を与えてはくれず、ユージーンはさっさと階段を上って行った。




三階にたどり着いたユージーンは一番奥の部屋へ向かう。

そこに覚醒者がいるらしい。部屋の前でノックした。しばらくしても中からの反応はない。


「スィートルームは広いですけど、こんなに時間はかからないですよね。ベッドにいらっしゃるようですし、開けますか。」


最初から開ける気満々のユージーンは言うより先にマスターキーで開錠する。

外からでも覚醒者の居場所がわかるようだった。


「どうぞ、おぼっちゃん。お入りください。」


少し大げさな身振りで俺を室内に案内し、ユージーンは入り口付近で待機する。

そのまま恐る恐る奥のダブルベッドへと近づいた。


「そちらが覚醒者になります。」


俺の視界に入ってきたのは横たわっている召喚魔アリスだった。



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