さぁな
決闘はこのギルドの修練場で行われることとなった。
関係者以外は全員ギルド一階フロアで待機している。結果が分かり切っている決闘だが大々的にギルド公認と言われただけあって冒険者たちは騒ぎ立ている。オズワルド以外に修練場に入れたのは副ギルドマスターのクレメント、自警団団長のハイド、そしてデリヘルありすの管理者であるクラウンだ。
修練場の真ん中にはありすとゴメスが向かい合って立っている。邪魔になってはいけないので端の方でオズワルドとクレメント、少し距離を置いて他の二人が様子を窺っていた。中でもオズワルドは嬉々としてゴメスに言葉を送っている。対照的に青ざめた顔のクレメントはオズワルドに命令され椅子を用意していた。
「あいつはどういう経緯でギルマスになったんだ?冒険者としての知識が全くないようなんだが。」
「ああ、本当はクレメントがマスターになる予定だったんだ。だが急に割り込む形でオズワルドが就任してな。なんでもこの街を治めるソラナス男爵の遠縁らしい。男爵からは申し訳ないがオズワルドを支えてほしいとだけ言われたんだと。普通ならギルドマスターは本部から直接打診があってなれると聞いたんだがな。」
どうやらハイドはクレメントとは面識があるらしい。
クラウンの疑問に答えながらも少し心配している素振りを見せている。クラウンにも思うところがあった。先日ソラナス男爵と街の状況と運営について話をしたときに商業ギルドについてはよく報連相がなされているように見受けられたが、冒険者ギルドの話になると言葉が詰まり実情を把握できていない様子で、新たに盗賊に関する問題が浮上していることもわかった。各ギルドと適度な友好関係を繋いでいる領主は王国側としても扱いやすい。領地内のギルドと癒着している領主も多いのでその確認をと話題を振ったのだがその逆のようだった。
「就任してから客観的に見ているがオズワルドは管理運営に向いていない。事務仕事はクレメントや職員に丸投げのようだし、我ら自警団とも連携が取れていない。勝手に素性の知れない用心棒を雇ったり、権力を笠に着てやりたい放題だ。今もそう見えるだろ?」
ハイドは眼鏡の奥からオズワルドに冷たい視線を向けている。
「じゃあ負けるわけにはいかないな。」
「フッ、彼女には無理だろ。いくら盗賊退治をしたとは言え、ほとんどは男の方が始末したと聞いている。Fランクに勝ち目はないさ。君こそ可哀想だな、あんな美人は滅多にお目に掛かれないだろうに。」
ハイドは視線をクラウンに戻した。
クラウンは特に焦る様子もなく遠くのありすを見つめている。さぞかし残念な思いをしているだろうと労わりの言葉をかけようとしたハイドとしては腑に落ちない態度に見えた。
「ちょっと!あのオッサンうるさいんだけど!黙らせてくれないかしら。」
「あんなので気が散るようじゃ俺みたいに強くはなれないぜ。」
「あはは、まさか。間違えて殺しちゃいそうだから言ってんのよ。」
ありすがゆっくりと刀を抜く。
中央ではありすとゴメスの戦いが始まろうとしていた。ゴメスも剣を構える。幅がかなり広めのブロードソードで柄の先に赤の飾り房が付いている。ありすのものと同等かそれよりも短そうだ。ゴメスの装備は軽装で主立ったものは首から肩にかけての革のようなもので出来たアーマーとチェストガード、アームガード、二―ガードだ。致命傷になるような場所は露出していないことから、防具に何かしらの付与がされているのだろう。
「せいぜい楽しませてくれよな!」
ゴメスは一瞬にしてありすとの距離を詰め、剣を振り下ろした。
ありすは軽く刀を当てただけで横に飛び退く。すかさずゴメスが追従し剣を横に薙いだ。ゴメスの剣がありすの頬をかすめる。態勢を崩したありすにゴメスの容赦ない攻撃が続く。なんとか全てをかわしているものの、ありすは剣を弾くか逃げ回る一方だった。
「ええい!ゴメス!何をしてるんだ!さっさと片付けてしまえ!遊んでいる場合ではないぞ!」
オズワルドは椅子から立ち上がり足を踏み鳴らして全身で怒りを表現している。
あまりにもゴメスの剣が当たらなさ過ぎて遊んでいると思っているようだ。傍に控えているクレメントは目を凝らして二人の戦いを見守っていた。固く握られた拳がわずかに震えている。私闘でなければ直ぐにでもありすに加勢したいのだろう。
それに比べてクラウンは平然としていた。顔色も変えずいつも通り少し気難しそうな顔をしている。隣でハイドが顎に手を当てながら独り言のようにぼそりと呟いた。
「ゴメスは身体強化系の魔術を使ってるな。」
「なんだ、見えるのか?」
「ああ、薄っすらだがゴメスの身体を魔力が覆っている。そんなに大したことのない強化みたいだが実際の身体能力にプラスされるわけだから彼女はジリ貧だな。よくかわしている方だよ。」
「そう見えるか。」
クラウンの答えにハイドは目を閉じて首を縦に振った。
誰が見てもありすが窮地に立たされているようにしか見えない。ハイドはクラウンの返事に少し疑問を抱いた。
ハイドのありすに対する第一印象はモーガンにおんぶに抱っこのただのデリヘルだった。その美貌でモーガンに寄生しているFランクなのだろうと。事情聴取をしていてもほとんどがモーガンとの受け答えであり、ありすはただ座っているだけだった。たまにこちらを観察するような目線を送ってきたかと思えばモーガンに腕を絡ませ嬉しそうに笑っている、、、、
“私、そういうのぼんやりと見えるんです“
ハイドはありすの言葉を思い出した。
ハッとしたハイドはクラウンの方に向き直る。
「もしかして、彼女は何か見えているのか?」
「さぁな、何がどこまで見えてんだろうな。」
クラウンは相変わらずつまらなさそうな表情でありすを見つめていた。




