誠意
「信じてもらえたようで何よりです。そして治験参加にご快諾ありがとうございます。」
涙の跡がついている水色のクマはお花が飛ぶ勢いで感謝している。
念のためありすは待ち受けの背景の色も聞いてみたのだが、朝・昼・夜のうちの朝だった。流石にスマホに工作までして騙そうとはしないだろう。
「快諾ではありません。選択肢がないからです!絶対に訴えますからね。そちらが非を認めたんですから。」
少し緊張しているのだろうか、ありすはつんと澄まして背筋を伸ばした。
「では早速状況を説明いたしますね。まず、作中であなたは今昏睡状態にあります。ここに長居すると起き上がれなくなりかねません。そのまま自然死するまで帰ってこられなくなる可能性がありますので手短に申し上げますね。」
クマも居住まいを正し真剣に話し始めたが、いきなり昏睡からの自然死など恐ろしい言葉が飛び出している。
「まず、本来なら初回説明を受けてからスキルを選んでいただき作中へダイブするんですが栗崎様は何も持たずに全裸でダイブされました。」
「全裸が余計です!って、もしかして装備とかも整えられたのかしら?」
「はい、他にも色々と。年齢や性別、生まれや職業、ステータスの振り分けなど、、、ですがもうお話は始まっておりますのでそれらの提供は致しかねます。というか出来ないんですよ。今この場に来ていただいていること自体が本プログラムには無いことですので。」
クマはしれっとあり得ないことを言う。
これでは完全にありすが実験台のようなものだ。初めてのことを無関係の、しかも事故に巻き込まれた形の一般人にやらせようというのだ。ありすはごくりと生唾を飲んだ。
「今ならまだ初期設定状態の栗崎様に3つまでスキルをお渡しできます。どれになさいますか?RPGライフを満喫するため、ひいては死を回避し目的達成するためです。殺されるの嫌でしょ?痛いどころじゃないですよ。あ、何度も言いますが自殺は出来ませんからね。そういう風にプログラムされています。ホント自殺はいけません、いろんな意味で。しても未遂に終わって必ず植物状態になってしまいますよ。自然死するまで何年も放置されるって嫌ですよね?」
そう言ってクマは机の上にプラスチックケースのようなものを置いた。
中にはドッグタグのような金属の板がたくさん入っている。何やら色々と記載されているようだ。剣術や索敵、冒険者には欠かせないようなスキルが多数見受けられる。こんなもので死を回避できるか疑わしい。中には意味不明なものや廚二病的なものまであった。
それに普通に考えて流石にスキル3つは少ない方だろう。
色々なスキルを駆使して冒険をしたり、何の職業になるかで変更可能になるものではないのだろうか。こんなに多くのスキルから有用なものを選ぶのも至難の業だ。ありすはもっと寄こせと言わんばかりに疑問をぶつけた。
「ちょっと待ってください!どうして3つなんですか?多い方が有利なんじゃないですか?」
「あ、それは栗崎様が“人族以外”を選んでしまわれたからですね。えー、人族以外のものはひとつ固有スキルがございましてその枠を入れて基本4つしかスキルは持てないんですよ。治験では人族を選ぶよう指示しておりますから、、、、。」
クマは困ったような顔でありすを眺めた。
せっかく色々な種族を取り揃えているのに人族しか試したことがないと言い張るところにも胡散臭さが漂う。なんだかんだと最終的にはありす側が悪いという言い方をするところもだ。
(なに!!私のせいにする?ダミー人形の前で脅かしてきたのはそっちじゃないの!どこまで根性腐ってるのよコイツ。)
苦虫を嚙みつぶしたような顔でありすは質問を続けた。
「それに私、魔法が使えないって言われたんですけど。それってスキルがないからですか?固有スキルは“魅了”でした。これって魔法ですよね?でも使えないって。どういうことなんですか。」
一瞬、蛍光灯が途切れるような感じで白い部屋がちらついた。
「それもちゃんと説明を受けずにダイブしたからだと思われますね。他のスキルを取れば使えるようになるのかもしれませんが、、、、あ、ドクター、待ってよ。、、、、あぁ栗崎様、うちの社員では今までそういったことは無かったので何とも言えませんね。練習とかしましたか?、、、、いや、もうちょっと待ってよ。」
ちらちらと壁の方と会話し始めたクマの回答が怪しくなってきた。
謝罪を受ける側からすれば失礼極まりない態度を取っている。
「全部“説明を受けずに“で片づけるつもりですか?ちゃんと聞いてます?よそ見しないでくださいよ。とにかく、グロいのだけでもプログラムで停止とか出来ませんか?あんなのファンタジーには厳禁でしょ?それに目的って何ですか?」
ありすのイライラにリンクするように部屋がちらつく。
誠意からどんどんと遠ざかって行くクマにウサギが声をかけた。
「部長!前見てください!、、、、栗崎様、すみません。ちょっと今からではプログラム変更は出来ないんですよ。申し訳ありませんが無難なスキルを選んでいただいて再開していただけませんか?あと目的は最初に出会ったNPCから聞かせれるはずです。」
ウサギはありすにケースをずずいと押し付けた。
クマはまだ壁に向かってぶつぶつと文句を言い続けている。その二匹のあまりにも適当すぎる対応にありすの怒りのバロメーターはどんどん上げていく。部屋のちらつきが激しくなってきた。
「ほんっと、誠意の欠片もないのね!わかったわよ、やればいいんでしょ。その代わりこれ全部貰うわ!覚えてなさい、訴えてやるから!」
ありすはそう言ってケースの中の金属板を両手で鷲掴みにした。
その瞬間、部屋は真っ暗になった。
先ほどから山田は嫌な汗が止まらなかった。
冴島の対象者に対する態度があまりにもふざけているからだ。こんなのでは対象者が怒るのも無理はない。このままでは示談では済まないだろう。裁判沙汰になるかも知れない。この場に居合わせている山田にも何かしらの責任が問われるに違いない。
冴島は横に置いてあるパソコンのドクター鈴木に向かって話し続けたままだ。
「部長!前見てください!、、、、栗崎様、すみません。ちょっと今からではプログラム変更は出来ないんですよ。申し訳ありませんが無難なスキルを選んでいただいて再開していただけませんか?あと目的は最初に出会ったNPCから聞かせれるはずです。」
山田は対象者におろそかになっている冴島に代わって何とか収拾しようと努力をしてみた。しかし焦っていたために言い方が上から目線になっているのに気が付いていない様子だ。先ほどからダイビングルームがちらちらと点滅しだしている。こんな事はこのVRMMO始まって以来の出来事だ。とにかく対象者にスキルを取ってもらいベッドの位置まで戻ってもらわなければ最悪の事態を招いてしまう可能性が高い。
『ほんっと、誠意の欠片もないのね!わかったわよ、やればいいんでしょ。その代わりこれ全部貰うわ!覚えてなさい、訴えてやるから!』
あろうことか、対象者はスキル板を両手で掴めるだけ取ったのだった。
その直後、モニターがブラックアウトする。
「部長!ヤバいですよ!!」
山田は大声を上げて部長の肩を叩いた。
冴島が振り返った時にはもうモニターは普通の状態で映し出されていた。対象者が倒れている以外は。
「はぁ、もう文句と質問ばっかりの人でさ、時間が無くなっちゃったよ。」
のほほんとした声で腕を組む冴島に山田は猛烈に抗議した。
「部長!どうするんですか?モニター、一瞬ブラックアウトしたんですよ!今、倒れてますよね?どう責任取るんですか!」
山田の顔色がだんだんと青くなっていく。
ニュース番組に取り上げられ犯罪者のように扱われる自分を想像したのだろう。このままでは本当に取り返しがつかなくなりそうだ。
「君も“部長部長”うるさいよ。マイク切ってる?他人の脳内でギャンギャン吠えるのは感心しないな。さて、ドクター?聞こえてる?そっちはどんな感じになってるんだい?」
あくまでもマイペースな冴島はまたパソコンに向かって話し出した。
『ご心配なく。絶妙なタイミングで投入しましたのでバイタルにも問題は出ていませんな。』
顎に手をやりちらりとありすの方を見た鈴木は、一瞬だけありすの心音が跳ねたことは伏せておいた。
「絶妙なタイミングね~、ちょっと早かったんじゃない?ビビっちゃった?あはは。まぁ彼女が“正常”なら問題ないよ。音声切ってもいいから画面は繋いだまま待機してもらえる?今日は残業だからね。残業代出るんだから頑張ってよ~。」
そう言って冴島はモニターに目を移す。
床に倒れている被験者のことは全くと言っていいほど気にかけてない。
「さてさて、許容範囲越えのスキルを取っちゃったみたいだけど、、、、、何とかなるでしょ。どう影響するのか楽しみだなぁ。そうだ、山田君。彼女、ベッドに回収してもらえる?」
「え?わたしですか?」
山田は人差し指で自分を差す。
その額には大量の汗で前髪が貼り付いていた。
「君しかいないじゃない、あはは。新人君は見当たらないし。大丈夫、導入ボタンは僕が押してあげるから。戻ったらチェックの続きしてよね。僕も別室で上がってきたデータ確認するからさ~。」
仮眠室のドアは開け放たれており、浦上の席にはもうカバンもない。
浦上の帰宅を阻止しておけばよかったとがっくり肩を落とす山田であった。




