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 たぁくん。テレビ画面のほうからおばさんの声がする。たぁくん、お願い、帰ってきて。


 記憶、というものか。僕の脳内に蘇るそれは。優しい目をした青年だった。隣に並んで小便をした。いくつ? と青年は僕を見下ろして聞いた。四つです、と僕は答えた。そうか、と彼は言った。それからふっと笑って、可愛いな、と言った。


 たぁくん。二つ重なる、優しい声音。あめふりくまのこ。大好きな歌。


 面白いことをしようか。青年は言った。お兄ちゃんのリュックの中に入ってみない? と。青年の背負う大きなリュックの中に入る、それは初めて体験する遊びだ。きっと楽しいよ、と青年は笑った。うん、と僕はわくわくして答えた。


 僕はテレビを消した。コンセントを抜くのを忘れたまま玄関のほうに向かった。彼女の声を欲した。


 あなたは、たぁくんでしょう。モニター越しに彼女の声は震えている。


 もういいかい、まぁだだよ、を繰り返し、ひょっこりと顔を出した時は車の中だった。夜が来て、ママのところに行きたいと泣く僕を抱きしめて青年は、これからは兄ちゃんと二人で暮らすんだよ、と言った。ママからのお願いなんだ、と。その腕はひどく温かかった。


 落ち着いたら交番へ。モニターの向こうで彼女は言う。一緒に行きますから、と。


 雨が刺さる。僕は言う。雨に当たったら死ぬ、と。声を張り上げ、もう一度。僕はお外には出られない、だって雨に当たったら死ぬもん、と。


 落ち着いて。ごめんなさい。彼女の声が飛んでくる。


 生き物達のいる部屋へ僕は逃げ込んだ。ハムスターが僕を振り向き、インコが僕を呼び、金魚達がすり寄ってきた。それはまぎれもなく日常というものであった。





 足が迫る。ひたひたと。暗闇の中、僕に向かって。それはガラス越しに見える。やがてゆっくりとガラス戸が開く。スリッパも履かずにその足が出てくる。

 やって来る。ひたひたと。僕のもとへ。ベランダの隅にうずくまった僕のもとへ。

 兄ちゃんは何も言わない。僕の前にしゃがんでただ、僕の目を真っすぐに見据えている。


 そのままどのくらい時間が経過したのか。ここはお外だよ。兄ちゃんは言った。


 雨に当たったら死ぬ。だから僕は外には出られない。なのに僕は今ベランダにいて、そして雨が降るのを待っている。

 待ちわびる。雨が降るのを待ちわびる。雨が僕に突き刺さり、そして兄ちゃんに突き刺さる、それを僕はじっと待っている。


 たぁくん。兄ちゃんが言った。最後に聞きたい、と。

 兄ちゃんを愛したか。

 愛しているか、ではなかった。愛したか、と兄ちゃんは聞いた。

 降ったのは雨ではなかったし、空から降ったのでもなかった。それは僕の目から滝のように降り注いだ。

 きっと明日、警察が来る。



                  完





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