ガードレールの下を見てはいけない
H島TVのアナウンサーが読み上げて行く「国道119号線の山中に遺体を放置したとして死体遺棄容疑で逮捕されたのは、H島県H島市に住む地元の大学生(19歳)で、殺害されのは付き合っていた恋人と見られています。「別れ話で口論となって殺害した」と容疑者は殺害を認めており、警察では・・」
俺は「行ってくるよ」と妻に声を掛けた。妻は「いってらっしゃい」といつもと変わらない声で返事をした。俺は会社へと通勤する。彼の名前は渡辺俊介。30代のサラリーマンだ。妻はいるが子供はいない。結婚後、彼はごく普通の生活を送る男性だった。しかし、彼には人に言えない趣味があった。そう、誰にも言えない趣味が・・
4月29日、この日は水曜日だった。ゴールデンウィークに差し掛かったばかりで街には人が溢れている。彼は車を走らせ繁華街へと向かう。車を止め繁華街で女性に声を掛ける。意気投合した女性を飲みに誘いそのままホテルへ向かった。彼がこのような趣味を持ったのは結婚してから4年程経った時だった。初めは軽い気持ちで、女性と飲んだ時の自分はまるで若返ったかのように感じた。結婚生活に不満があったのではない。ただリフレッシュ感が欲しかった。彼は純粋にそう思った。飲んだ後、彼女をホテルへ誘う。そして一夜をホテルで過ごし帰宅する。帰宅したのは30日の12時だった。
妻は何も言わなかった。妻には友人と飲んでいてつい朝までオールしてしまったと言い訳した。それでも妻は疑うことはなかった。そう、妻は何も言わない。彼が外で浮気をしていても。後ろめたさはあった。だがそれも回数を重ねるごとに消えて行った。
ゴールデンウイークが終わっても彼の浮気は続いて行った。それはより大胆になっていった。何度目だったろうか?夜の趣味が重なっていくある日、駅前で声をかけた若い女性を車に乗せ酒を飲みホテルへ行った時、女性が付き合ってほしいと言った。彼はもちろん結婚していることも妻がいることも話していない。だが彼女は彼が既婚者であることを見抜いた。それはきっと女の感性によるものだろう。渡辺は焦った。
口論になった渡辺は気が付くと彼女を殺害していた。ベッドの上には彼女の冷たくなった体が横たわっていた。首には渡辺の手によって絞められた跡が赤く残っている。冷静になった彼は焦った。そしてベッドに座り親指を口に当てながら考えた。「落ち着け。考えるんだ。どうすればいいのか?を」と。
一時間以上経過しただろうか?渡辺は彼女の遺体を車に乗せる為にトランクに入れてあったキャリーケースを運び込んだ。そして部屋の指紋をハンカチで拭き持ち物を全て持ち去った。出来るだけ痕跡を残さないように。例えホテルの防犯カメラに映っていたとしても身元が判明することはないだろうと考えたのだ。
幸い誰にも会うこともなく彼女の遺体を車に運ぶことができた。彼は車を走らせ山中へと向かう。渡辺は遺体の捨て場所を人が通らない所、山中を選んだ。海だといつか浮かびある可能性があると考えた。山の方が見つかりにくいと判断したのだった。
渡辺は国道119号線を走った。途中で車を止めキャリーケースの中から遺体を取り出し坂道の途中へと放置した。ここは車が通るだけで人が通ることはない。渡辺は思わずガードレールの下を覗き込む。時計を見ると、時刻は真夜中の三時になっていた。渡辺は遺体の処理を済ませると車に乗り走り去った。「大丈夫!誰にも見られていない。彼女が見つからなければ犯行がばれることは絶対にない!」渡辺はそう思ったのだ。
自宅に着くともう6時前だった。彼は静かに扉を開けた。土曜日だけあって妻はまだ寝ているのだろうか?渡辺はシャワーを浴びた。体に熱い湯が流れる。そして彼はさっきまでの行動を思い起こした。とっさにはいえ彼女を殺めたことは素直に失敗だったと。遺体の処理についてはおそらくあれで大丈夫だと確信があった。彼女と俺との接点がない。だからバレないだろうと。
風呂から上がった彼はベッドに入った。するとすぐに眠気が彼を襲い眠りの世界へ落ちて行った。
月曜日以降彼はいつもと同じように会社へ通う生活を続けた。そして終末や祝日の夜は車で出かけ趣味を満喫する生活が続いた。同じようなトラブルが起きないように、ホテルへは極力行かないようにした。楽しみは減ったが渡辺はそれでもこの刺激ある生活に満足だった。
数ヶ月が過ぎ平穏な生活が続いた。彼は自分が犯した過ちは許されたと思っていた。そんなある日、彼はテレビに映ったニュースを見て思わず目を見開いた。
「H島県の山中で遺体が見つかりました。見つかったのは国道119号線付近の山中で女性の遺体と見られています。既に遺体は白骨化しており、警察では被害者が事件に巻き込まれたと見て事件として捜査を開始・・」
H島TVのアナウンサーが続けて読んでいたが、渡辺の耳には入って来なかった。
ベッドに座った渡辺は絶望に襲われていた。自分の犯行が世間に知れ渡るのは時間の問題だと思った。思い悩んだ彼は自分自身で処理をすることを決めた。妻宛に最後の手紙を書くと、彼は部屋の中でロープを首にかけた。部屋の中の電気は消え、彼の命も闇の中へと落ちていった。