第九話 敵か味方か
「月欠満夜、確かに旧日本国のデーターベースに該当する人物のデータはあった。残されていた画像も貴方と寸分違わぬものだ。ただし、死亡届が既に提出されているがね」
満夜にプラスチックのカップに注いだ合成緑茶を差し出し、自分は真っ黒いコールタールのようなコーヒーを用意しながら、四季はそう切り出した。満夜は驚いた様子もなく、出された合成緑茶を一口。
味気ない黒いプラスチックのカップも、彼女が持てば名工の逸品のような輝きを纏い始める。人ならぬものの美貌と数百、数千年、あるいはそれ以上を生き続けた者の気品が、他者にそう認識させるのか。
「思ったより悪くない香り。これでもそれなりの資産家として過ごしていたし、社会的な地位もそれ相応に。少し長めの眠りに着く予定だったから、身綺麗にしないとと思って、死んだことにしたのよ。何回か経験しているしね。
昔からあなた達人間と付き合ってきたから、世界中にいろんなコネがあってね。それを活かして前は商売に力を注いで、まあまあ成功していたってわけ。
一応、言っておくけど私の会社の後継者や関係者に同類は居ないわよ? みぃんな、純粋な人間だった。
何十年かに一回、私の正体に辿り着いて、永遠の命を手に入れる為に血を吸ってくれと懇願したり、逆に私を滅ぼそうと躍起になる子が出てきたものだわ。どっちも失敗したけど」
ここまで言って、満夜は残りの合成緑茶をすべて飲み干した。血液を主食とする彼女だが、血液以外の飲食物について、人間と大差のない味覚を持っている。
合成緑茶は、彼女の知っている粉末のお茶や、安いパックのお茶とそう変わらない味と香りだった。これも技術の進歩かと、満夜は悠長な感想を抱く。
四季はテーブルの上に置いてある棒状の物体を手に取る。一辺三センチほどの正三角形の灰色の物体だ。四季がそれを手に取ると縦と横に立体映像が表示され、月欠満夜に関するデータが映る。
「戸籍の偽造か。犯罪ですな」
「古い話よ。一世紀近く昔だもの。ましてやエイリアンに侵略されて、青息吐息のこの世界でソレは重要な話ではないでしょ。撤収を進めているみたいだし、本格的な尋問を後でするにしても、話は早く進めるに越したことはないのではなくて?」
「月欠満夜さん、星兜に記録されていた貴方の戦闘の様子と検査の結果から、貴方が少なくとも人類でないのは明白だ。遺伝子を強化した人間だとか、サイボーグというレベルではなく、根源的に人間とは違う生き物であると、それは我々も認めている」
「ふむふむ」
「そして貴方の吸血行為によって、夕闇旭35号、彼女の肉体に異常な変化が生じ、人間とも汚染者とも言い切れない奇妙な状態に陥っていることも」
「データがそう示しているのですもの。否定するとなると、感情と常識ぐらいのものでしょう。データは噓をつかない。データを使う側の問題ってのは、いつでも付きまとう問題だけれど。それで、私の有効活用の仕方はお決まりになって?」
「そこまでは、まだ。しかし、貴方の体質がこれからのメテオンとの戦いにおいて、非常に大きな意味を持つ可能性があるのは、否定できない。申し訳ないが夕闇旭35号ともども、身柄を確保させてもらいたい」
暗に手荒な真似は避けたいと告げている四季に、満夜は肩透かしを食らった気持ちで答えた。周囲のスパルトイ達といい、もっと強硬的な手段に出るかと思っていたのだが、少なくとも表向きは温厚な手段で進めるつもりらしい。
「私は手荒に扱ってもいいけど、旭ちゃんは優しく扱ってほしいわね。体質だけを見ても半分はまだ人間だし、精神面で言えばほぼ人間。まだメテオンを殲滅して人類に未来を、ていう意気込みは健在なんだから、大切な部下として扱ってほしいものだわ」
我が身を顧みない満夜のセリフに、これまで黙って耳を傾けていた旭がハッとした表情を浮かべ、自分の血を吸って、純粋な人間ではなくした女を見る。それでも満夜は命を救い、精神を救ってくれた恩人でもある。
「彼女の心が人間のままであり、スパルトイとしての本分の全うを忘れない限りにおいて、約束しよう」
一介の大佐の約束がどこまで信じられるものかは分からないが、満夜は目の前の男の人格それ自体は信用に値すると判断し、鷹揚に頷いて微笑を浮かべる。
「ま、それを証明しない限りは不穏分子扱いのままってことだけど、妥当でしょう。むしろ私としては甘いと感じるくらいで、驚いているのよねえ。しばらく私と旭ちゃんは検査続きで、折を見て旭ちゃんは実戦でテスト、私も場合によってはそれに続く感じかしら?」
「さて、そこまでは、まだ。ただ、それに近いものを想像はしている。色々と不便をかけるとは思うが、あらかじめ了承してもらいたい」
「繰り返しになるけど、私は構わないわ。私に関しては、ね? ああ、それと私について知りたかったら、日本だったら宮内庁あたりに古い資料があるかもね。後はローマ法王庁とか、大英図書館とか、中国の双槐樹遺跡あたりに私に関して、なにか残されているかもね」
「冗談と受け止めるべきか、本気で言っているのか、判断に悩むな」
「その時々で使っていた名前と身分も後で伝えておくわ。何を生業にしていたとか、交友関係もね?
それと旭ちゃん、貴方も当事者なんだから言いたい事があるなら、遠慮しないで口にしておかないと、後悔するわよ? 四季大佐、構わないよね?」
満夜に話を向けられた旭は戸惑いを見せたが、満夜に許可を求められた四季が構わない、と目配せしたことで腹を括る。正直、自分が意見を挟む間もなく話が進んでゆくのには、思うところがあったから。
「四季大佐、恐れながら申し上げます。夕闇旭35号が純粋なスパルトイと呼べない存在となった事実は、認識しております。しかし、月欠満夜氏がおっしゃった通り、自分は自らをいまだスパルトイと主張いたします。
自分が製造された理由、与えられた使命のどちらも揺ぎ無く、惑う事なくこの心の内に確かに存在しています。
血を吸われ、人間の肉体でなくなったとしても、それがなんですか。その程度で自分は、私は夕闇旭35号であることを止めたりはしません。止められるものではないのです。どうか、ご理解ください。四季大佐」
果たして旭の主張が、旭自身の心から生じたものなのか、スパルトイとして製造される際に植え付けられた思考なのか、それは血を吸った満夜にも分からない。
ある程度は思考を刷り込まれているのだろうが、四季を前に静かな言葉で、火のような熱量を伴って告げる旭には、紛れもない彼女自身の、誰にも侵すべからざる意志の輝きがある。
「……ああ、スパルトイとしての使命を忘れずにいるという君の言葉を、信じよう。だが私以外の人々にも信じさせるには、行動が必要だ。君は常に自らの行動を持って、先ほどの言葉が真実であることを証明し続けなければならない。それは苦難の道だろう」
「我らスパルトイ、元より険しき道を歩んでおります。たとえ道を茨が塞ぎ、歩く度に足に茨が食い込んで血を噴こうとも、歩みを止める理由にはなりません」
「そうか。私は他にも夕闇旭を知っているが、君はとりわけ心が強いようだ」
四季の言葉に、旭の口元がふっとほころぶ。同じ顔、同じ声のクローンが複数いる存在であるスパルトイにとって、特別扱いされ、『個』として重宝されるのは大きな充足感と幸福感、そして自己肯定感を伴う経験なのだ。
一方で、四季の言葉に満夜は、ほぉん、と口の中で一つ零した。
(心が強い、ね。画一的になるような教育や訓練を施しているわけではない? 戦場での経験で個性に差が生じている? 今の旭ちゃんの精神状態に吸血鬼化の影響はほとんど無い以上は、この子の本心か。
頼んでもないのに作られて、命がけの戦いを強要されて、それを肯定する、か。どういう経験を経て、その考えに落ち着いたのかしら。旭ちゃん以外のスパルトイも同じなのか知らねえ。戦いが終わった後になにか、希望を抱いているとか?)
もしスパルトイ達が戦後に何かしらの希望を抱いているのだとしたら、その希望が壊されないことを祈るばかりだ。そう祈る程度には、すでに満夜は旭をはじめスパルトイら作られた子供達に憐れみを抱いていた。
「二人の意見は上層部に確かに伝えておく。ところで、月欠氏」
「なに? 身長と体重、それにスリーサイズならさっき計測したわよ」
満夜の返しに四季は溜息を零してから、首を振って言葉を続けた。
「貴方の同類について。そして吸血鬼以外の存在についても、知っていることがあるなら伺いたい」
「ああ、そっち? どうかしらねえ。私以外にも吸血鬼は居たわ。メテオン相手なら行動を起こしそうなものだけど、戦場で不死身の兵士が居るとか、四季大佐の耳に入っている?」
「いや、少なくとも私はそんな話を聞いた覚えはない。もしそんなことがあったなら、どれだけ隠蔽しても、隠蔽しきれるものではあるまい」
「そうなるとまとめてどこかに雲隠れしているのかもね。吸血鬼以外の、まー、いわゆる妖怪とか怪物みたいな連中もいたけど、人類の繁栄に伴って数を減らしていったし、ひょっとしたらメテオンに駆除されちゃったかもね。
四季大佐には悪いんだけど、詳細は分からないわ。私も今日、起きたばかりだから最新の情報は持っていないし。私個人の昔の情報以外にも、そういうオカルト事情を知りたいなら、さっきも言った通り、近いところでまずは宮内庁なりに尋ねてちょうだい」
「旧日本国の宮内庁か。まさか関わるとは思わなかったところだな」
そう呟いて苦笑する四季に、満夜は肩を竦めておざなりな激励をした。
「まあ、無理をしない程度にがんばりなさいな。私っていうイレギュラーを使いこなせば、少しは戦況がよくなるかもしれないんだから」
「気軽に言ってくれるものだ」
苦笑しながら言う四季に、満夜は肩を竦めながら答える。
「聞きかじりの知識ばかりで、まだメテオンの脅威を実感できないからね。スパルトイが何人いるとか、メテオンがどれだけいて、本拠地はどこにあるとか、そういう基本的な情報とこの戦争の勝利条件と敗北条件も教えておいてもらいたいのだけど?」
「ふむ、最低限の常識と前提となる知識の共有か。当たり前の要求だな。分かった。では基地へ帰還するまでの道すがら、旭35号から聞くと良い。場所も用意しよう。美月10号、君には彼女達に同行してもらいたい。場合によっては説明の捕捉を頼む」
四季の言葉を受けてこれまで沈黙に徹していた、雪のようなストレートヘアに柘榴のように赤い瞳をした少女が、あの玉兎のパイロット天雲美星その人であったらしい。
思わず旭が目を見開く中、美星は表情一つ変えず、機械的に速さで見事な挙手の敬礼を取りながら応じる。
「ハッ! 全力で任務に当たります」
「堅苦しい子ねぇ。真面目なのね、きっと」
監視を兼ねているのは、この場の誰も理解しているが、それにしたって四角四面な美星の応答に、満夜は呆れた調子でそう口にするのだった。




