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第七話 人間ではないモノ

 蒼穹を貫く一条の稲妻が消えた後、訪れたのは耳が痛いほどの静寂だった。

 スパルトイとしてアイギスフレームの危険性を誰よりも理解している美星達は、旭の砲撃のあり得なさを理解できるからこそ、言葉を失っていた。

 その静寂の中で、旭は星兜の鼓動がゆっくりと穏やかなものに変わってゆくのが聞こえ、照準の先にいたストームマンタが消滅している事実に、ようやく気付く。


 旭のこれまでの戦歴を振り返っても、目にした事のない出力のプラズマを発射した雷火は、過負荷によって砲身が高熱を帯び、機能不全に陥っていた。

 星兜自身も想定を超えた負荷によって、これまでのダメージも重なって、エラーメッセージを多数表示している。

 無事なのは旭と星兜のプロメテウスドライブくらいのものだ。旭は慌てて機体出力を下げ、診断プログラムを走らせて機体の状況確認に務める。


「ふふ、慌てちゃって可愛いの。私がすこぉし唆した責任もあるし、あんまり怖い顔をしないであげてよね、美星ちゃん?」


 相変わらず星兜の左腕に腰掛けたままの満夜は、こちらに向かって徐々に降下してくる美星に向けて、茶目っ気たっぷりにウインクをする。

 万人が骨の髄から蕩けてしまいそうな魅力的な仕草も、未知の存在に対する不安と警戒を心の中で大きくしている美星には、それほど効果はなかった。


「旭10号、精神状態に異常は? こちらからのモニタリングでは一切の異常が生じていない。けれど、異常がないこと自体が異常であるのは、分かるでしょう?」


「あ、はい。……私自身の主観として、精神に異変は感じられません。価値観や倫理観、優先順位の変化、存在理由への認識。変わらず私はアトラス機関のスパルトイ夕闇旭10号です」


 戸惑いも怯えもなく、はっきりと自分がナニで、誰であるかを宣言する旭に、美星は小さな溜息を零してからトリガーに添えていた指を離し、満夜へ目を細めて視線を送る。

 美星は、先ほど満夜が『唆した』と口にしたのを、聞き逃してはいなかった。


「月欠満夜……さん。貴方が唆した、とは?」


「ふふ、怖い顔をしてそうな声と雰囲気ね。ヘルメットでいいのかしら? 素顔を見せてくれた方が嬉しいけれど、勿体ぶるような話ではないわよ?

 今の旭ちゃんは四分の一くらいが吸血鬼になっている状態。その影響でプロメテウスドライブからの精神汚染を遮断できている。だから純粋な人間のままだったら、とてもじゃないけれど不可能な強度と震度でプロメテウスドライブと同調して、力を引き出す芸当もできる。

 プロメテウスドライブに使われている素材は、精神に感応してより多くのエネルギーを生成する性質があるんでしょう?

 精神感応の過程でパイロットに精神汚染を引き起こすみたいだけど、吸血鬼化による精神への影響でそれを相殺ってわけ。人間からしてみたら、毒を持って毒を制すって寸法よ。

 そうなると分かっていて、旭ちゃんの血を吸ったわけじゃないけど、アイギスフレームを使わざるを得ないあなた達にとっては、無視できない話になっちゃったわね」


 吸血鬼化によってアイギスフレーム搭乗による精神汚染を防げる。

 美星に限らずスパルトイならば、精神汚染の末路と今の状態の旭の姿を見れば、まだ吸血鬼化の方がマシに見える。見えてしまう。

 自分達は厄介な毒を抱えてしまったのではないかと、美星は無視できない考えと恐怖を覚えた。一見友好的に見える満夜もメテオンと同じ未知の異物であるのだと、美星は認識を改めざるを得なかった。


「ま、私の使い道と処遇を考えるのも、決めるのも、美星ちゃんよりもずっと上の立場の人でしょ。アトラス機関のトップか、統合政府のお偉いさんとかね。どうなっても、あなた達に責任が及ぶような話じゃないわよ」


 美星達を励ますようにケラケラと笑う満夜だったが、その心の内では指示に従うかどうかは、話が別だけどね、と舌を出していたのだが、精神的繋がりを持つ旭さえも気づいてはいなかった。



 ストームマンタの撃墜後、新たなメテオンとの接触はなく、五人は山麓に設けられた臨時司令部に到着し、待機していた統合軍の兵士やスパルトイ達の注目を集めた。

 山麓の開けた一角に全長二百メートルを超える巨大な金属の塊が鎮座し、戦艦を思わせるその巨大な構造物が臨時司令部なのだった。他にも大型のトレーラーや組み立て式のテント、コンテナがあり、作戦が終了したとはいえまだ撤収の段階ではないらしい。


「うわ、なにあれ。私の記憶にないわよ、あんなの。陸上戦艦ってやつ? SFが現実になってんじゃないの。

 アイギスフレームなんてパワードスーツみたいなのや、メテオンなんて宇宙からの侵略者もそうだけど、未来はなにがあるか分かったものじゃないって、しみじみ思うわねえ」


「本物の吸血鬼の満夜さんも、私達からすれば似たようなものですけど……」


「まあねえ、そっちはSFで私はオカルトかファンタジーか。旭ちゃんも四分の一はオカルト畑に足を突っ込んでいるのを忘れちゃだめよ?」


「ふぐぅ」


「ふふふ、なにそれ、可愛い」


 まだ自覚症状の薄い旭が漏らした珍妙な鳴き声に、満夜は微笑を浮かべていた。その光景だけを見れば、人類に対して敵意のある存在とはとても思えないが、そう判断を下すにはあまりに情報が足りないのが現状だ。

 満夜と吸血鬼化しつつある旭の情報はすでに臨時司令部に伝わり、万が一に備えてアイギスフレームをはじめ、臨戦態勢を整えた兵士達が到着した旭達を輪になって囲む中、インナースーツ姿の少女達が輪の中から飛び出して旭へと駆け寄ってくる。


 黄色い髪をおさげにしている切れ長の瞳の少女、赤茶色と白色が混じった髪の大柄な少女、最後に前髪だけが黒く、その他は緑色の髪をポニーテールにした垂れ目の少女だ。

 三人の姿を認めた旭の顔色がぱあっと明るくなり、ヘルメットを開放して笑みを浮かべた素顔を晒す。


「みんな、無事だったんだね! 話では聞いていたけれど、本当に良かった」


「良かったじゃないわよぉ。仕方なかったとはいえ、アンタ一人を置いて行って、アタシ達だけおめおめと生き残ってもサァ」


 おさげの少女が怒りながら悲しむという器用な真似をして、旭に抗議するのを大柄な少女が宥めながら旭に笑顔を向ける。


「こんな風に言っているけど、あなたを探しに行く人達に頭を下げていたんですよ? でも、うん、旭が無事でよかった。本当によかった」


「ウチも、そう思う。四人の誰が欠けても寝覚めが悪い。小隊の仲間全員が無事に帰ってこられないなら、成功が作戦だったとしても、ウチ的には失敗」


「そうだね。それが一番だよね。私は、本当に運が強かったらこうして戻って来られたけど、今度は大丈夫なんてそんな保証はないもんね」


 どうやら旭の逃がした仲間達が、彼女の発見を知って到着を今か今かと待ちかねていたらしい。満夜は美星が咎めはしないかと目線を送ったが、彼女は臨時司令部の方とやり取りをしているのか、制止する素振りはない。

 囮になって仲間を逃がした旭はその仲間達からやいのやいのと囲まれているが、四人とも再会を喜んでいるのは誰の目にも明らかだ。満夜に対して警戒をしていた周囲の兵士達も、彼女達のやり取りに少しだけ緊張を緩めている。

 そうして四人のやり取りを眺めてしばらくすると、通信を終えた美星が満夜と旭に次の行き先を告げてきた。


「再会を喜んでいるところ悪いけれど、そろそろ移動を。作戦は成功したとはいえ、先ほどのメテオン達の件もあって、何があるか分からないから……」


 満夜というイレギュラーに加えて、単独行動していたストームマンタの件もあって、臨時司令部では改めて警戒網を敷き直すなど、新たな仕事に追われている。旭についても、再会の喜びにいつまでも浸していられる、時間の余裕はないのだ。

 少しだけ申し訳なさそうに告げる美星に、旭の同僚である三人の少女達が一斉に頭を下げ、少し遅れて旭も頭を下げて感謝の言葉を口にした。もちろん、ワールウィンドのパイロットである二人も含めた上での感謝だ。


「旭を見つけてくださって、ありがとうございました!」


「私を見つけてくれて、ありがとうございました!!」


 三人が声をそろって感謝の言葉を口にし、一拍遅れて旭も感謝を言葉にする。その光景にクックック、と満夜が喉の奥で笑いをかみ殺す一方、お礼を言われた美星は困った表情を浮かべていたのだが、玉兎のヘルメットに隠れて誰の目にも映らなかった。

 旭の仲間達とその場で別れて、次に満夜と旭達が導かれたのはコンテナを改装して作られた簡易病院の一つだった。

 旭はここで星兜から降り、拳銃を含めて武装を解かれた上で検査を受け、満夜も同じように検査を受けて、自称吸血鬼の肉体の情報を提供することとなる。


 アイギスフレームとは異なる武骨なパワードスーツを着込んだ、重武装の兵士達に囲まれながら、医師の診察を受け血液検査を始めとした検査を受ける間、満夜は進歩の見られる医療機器に興味津々だった。

 到着していきなり拘束・尋問とはならなかったが、まずは未知の存在である満夜の情報収集を優先しているのだろう。

 旭とは別のコンテナ病院で検査を受けているし、重機関銃を携えた兵士達に監視されているが、エイリアンと戦争中ならばそれくらいは仕方ない、と満夜としては納得できる範疇の扱いだ。


「最近の人類は紳士的ねえ。昔はもっと野蛮だったし、人権なんて言葉、私に適用されなかったもんだわ。アッハッハッハ!」


 フリルブラウスのボタンを締め直し、トレンチコートに袖を通しながら、最後の問診を行った妙齢の女性医師に、満夜はケラケラと笑いながら言ったが、言われた医師はと言うと、なんと答えれば良いのか分からない、という表情を三十代初めごろの純朴そうな顔に浮かべていた。

 これまでに行われた検査結果が、ことごとく人間ではありえないものばかりで、検査を担当した者達は誰もが目の前の人間にしか見えない生き物が、人間ではないことを理解させられていたから。

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