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第五話 可愛い可愛いウサギちゃん

 満夜に数秒遅れ、星兜のレーダーは友軍機の接近を主に伝えた。旭の逃がした仲間達とは異なる反応だが、同じアトラス機関極東管区所属の仲間であるのに変わりはない。

 素直に喜びを顔に出す旭を、満夜は一瞬だけ案じる表情で見つめたが、旭がそれに気づく事はなかった。

 木々の合間を縫って姿を現したのは、三機のアイギスフレーム。

 夜の空に輝く月の光を思わせる白い装甲に、頭部には斜め上後方へと延びる耳のようなアンテナ二本を備えた機体の名前は『玉兎ぎょくと』。


 オレンジ色のフェイスシールドの奥では二つのカメラアイが、赤い輝きを放っている。

 大出力の推進器を内蔵した太腿が大きく膨らみ、瞬発力に優れた機体である。両肩の装甲をはじめ、各所が丸みを帯びた機体の形状と色合いは、まさに名前の通りだ。

 武装に関して言えば、右手にプラズマライフル『春雷しゅんらい』、左手に機関砲とロケットランチャーを組み合わせた複合兵装『閏月うるうづき』を携えている。

 一撃は強力だがエネルギー消費量が大きく、連射性に難のある光学兵器とそれを補助する実弾兵器の組み合わせは、アイギスフレームの武装としては一般的なものだ。


 更に玉兎に追従しているのは、蒼穹を思わせる青い装甲を備え、鋭い刃を思わせる頭部と両肩側面にある可動域の広い推進器が特徴的なアイギスフレーム『ワールウィンド』二機。

 こちらは春雷を両手に持ち、バックパックのサブアーム両方に閏月を持たせた機体と、ヘイルストームを右手に、左手に春雷を持たせた機体の組み合わせだ

 三機は近づくにつれて速度を落とし、満夜と旭を中心に三角形を描く位置取りで包囲を終える。

 銃口こそ向けられていないものの、どことなく警戒されている雰囲気を敏感に察した旭の表情は不安げなものに変わる。


「こちらはアトラス機関極東管区日本支部の天雲あまぐも美星みほし10号。夕闇旭35号、応答せよ。繰り返す、夕闇旭35号、応答せよ」


 旭に対する問いかけは玉兎のパイロットから発せられた。

 耳が痛いほど静かな夜を思わせる静かな声だった。年のころは旭とそう変わらないはずだが、声と同じように冷たく美しい瞳をしているだろう、と旭は感じていた。


(天雲美星、ね。綺麗な名前だけど、10号、10号か……)


 美星以外の二機から寄せられる視線と警戒の意識、そして肌を撫でるセンサーを感じながら、満夜は思わず零れそうになる溜息をぐっと飲み込む。

 美星ばかりでなく名乗っていない残りの二人も、誰かの何番目かのクローン兵士であり、満夜だけがクローンではない状況は、満夜にとって悪夢と言うほどではないが、性質の悪い冗談のようだ。


(別に博愛主義ってわけでもないけど、十代そこそこの子供が戦争の為に作り出されて戦っているってのは、こう、やるせない気持ちになるものね。私ってば、一応、人間とは違う生き物なんだけどナー)


 満夜の心中に悲嘆が渦巻いているとは知らず、旭は美星を正面に見据えて表情を固くしながら答える。囮になった自分を探しに来てくれたにしては、物々しい雰囲気すぎる。


「こちら夕闇旭35号。救援感謝します。それとこちらの女性はメテオンとの戦闘中に遭遇した民間人の方です」


 旭からの一瞥を受けて、満夜はジェラルミンケースを提げたまま、明るい調子でヒラヒラと左手を振る。

 旭は民間人と言ったが、こんな侵略者の尖兵との戦場になっている場所で、現在の情勢ではまず見られない格好をしている人間など、疑えと言っているようなものだろう。

 美星達からの警戒は疑わしい満夜を連れているから、と旭は解釈していたが、それは半分だけ正解だった。残る半分は旭にも理由があるのを、当の旭だけがまだ気づいていない。


「こんにちはー。私は月欠満夜、よろしく。日本国籍ならあるわよ。国民IDは1983-1997-1949。古い情報になっちゃったみたいだけど、確認できる?」


 美星と他の二人の意識が半分だけ満夜へと向けられて、それでも警戒の意識は微塵も緩まない。美星は満夜の告げた情報を記録しながら、話の矛先は旭へと向けた。

 美星の操る玉兎の手の中でカチャリと火器を握り直す音が鳴り、冷たい刃を思わせる声が旭に突き付けられる。


「旭35号、貴官は現在の自分の状態をどう認識している? 明らかに異常なバイタルの一方で精神汚染率は規定値未満。チョーカーも起爆していない。メテオンの新しい偽装工作か? 貴官は今、人間か? 汚染者か?」


 美星達の機体が拾い上げた旭のバイタルは、明らかに異常なものだった。

 既に満夜が口にした通り、旭の体温も脈拍も生きた人間のものではない。かといって精神汚染率は低く、現在の旭は人類側にとって前例の無い異常であり、未知なる存在だった。

 美星の言葉でようやく自分が警戒されている理由に気付き、旭は合点が行くと共に息を呑む。

 美星達が最初に攻撃ではなく対話を選んだ以上、まだ完全に排除する対象と見做されていないのは救いだが、これからの言動次第ではメテオンに準ずる脅威として攻撃されかねない。


「……現在、私は変わらずメテオ・レギオンを殲滅し、地球人類の未来と平和を勝ち取ることを至上の命題としています。一方で精神への汚染も残っていますが、そちらが観測している通り低い値を維持しています」


 ここまで口にして旭は満夜を見た。満夜の素性と旭の現状を口に知れば、満夜がどのような扱いを受けるか分かったものではない。

 満夜はというと、いずれにせよ人類と接触するつもりであったし、そうなれば自分の素性を隠し通せるわけもないと考えていたから、気にした風もなく旭にウインクを返す。

 私のことは気にしなくていい、という意味だ。それを旭は正しく読み取った。

 旭はヘルメットだけでなく機体の胸部装甲を展開し、更に動力を停止した上で機体を降り、地面に膝を着いて頭の後ろで両手を組む。


「突拍子もない話だから到底信じてもらえるとは思っていないけど、それでもどうか最後まで話を聞いてください」


 そして旭は精神汚染が進み、チョーカーが起爆する寸前に満夜に助けられ、培養層で育まれたこの体が人間ではないものに、しかし、メテオンの支配から逃れたものに変わったのだと、震えるほど緊張しながら話し出すのだった。

 旭が今に至るまでの経緯を語り終えるのを、満夜も美星も黙って聞いていた。吸血鬼に血を吸われたお陰で生き残り、精神汚染を免れたなど、与太話以外の何でもない。


 こんな話をして、誰が信じる? カウンセラーを紹介されるか、明日からは現実と向き合おうと肩を叩かれるのが関の山だろう。しかし、美星は与太話、妄言だと切って捨てられない理由があった。今も愛機のセンサーが取得している旭と満夜の異常なバイタルだ。

 人間なら生きているはずのない数値の数々。汚染者ならばあり得ない低い精神汚染率。

 センサーが不具合を起こしている可能性を考慮し、僚機にも確認させているが、どちらも玉兎と同じ数値を取得してしまっている。


 話半分でも信じるしかないのかと、途方に暮れそうになりながら、美星は先ほどからの会話と旭、満夜のバイタルデータを後方の司令部へと送っており、判断を仰いでいた。

 囮になって味方を逃がした旭が生き残っていて、連れ帰れるのが最良の成果だったが、まさか人間でなくなっていると言われるなど、美星達に命令した者達とて夢にも思うまい。


「……私ではこの場で判断できる状況ではない。夕闇旭35号、機体に搭乗を。このままそちらの月欠満夜と名乗る女性と共に、後方の司令部まで連れて行く」


 拘束や連行という単語を口にしなかったのは、美星なりの気配りだったろうか。


「満夜さん、構いませんか?」


 立ち上がって星兜に乗り込み、再起動中の旭からの言葉に、満夜は肩を竦めて笑う。


「駄々をこねたりしないわよ。それにここって戦場の近くかど真ん中なんじゃない? いつまでのんびりもしていられないでしょ。

 そうそう美星ちゃん、旭ちゃんに運んでもらって構わないかしら? アイギスフレームがどれだけ速度を出せるか知らないけど、私が自前の脚で走ったり跳んだりするよりは早いかもしれないし、不審人物はまとめておいた方が監視もしやすいってもんでしょ」


 美星が返事をする前に、再起動した星兜の左手に腰掛けたのだから、満夜も場慣れしているというか肝が据わっているというか。返事をする間もなかった美星も、有無を言わさず運搬役に任命された旭も、何とも言えない目で満夜を見ていた。


「さあさあ、時は有限なり! 出発進行!」


 どこまでも気楽な調子で明るく告げる満夜に、旭はなんとなく元気づけられ、美星と他の二人はと言うと、少し呆れている様子だった。とはいえ満夜の言う通り、この場にこれ以上留まる理由もなく、なんとなく腑に落ちない気持ちのまま美星は踵を返す。


「……とりあえず行きましょう」


 旭と満夜を中心に置いた陣形のまま、五人は臨時の司令部が置かれている方向へと、山肌を撫でるように低高度を飛んで行く。機体周辺にも斥力場シールドを展開することで、時速三百キロ超の速度で飛んでも、星兜に抱えられた満夜を強風が襲うことはなかった。

 そのお陰もあって、満夜は鼻歌を歌いながら呑気に流れゆく風景を眺めている。その鼻歌もまた美声そのもので、少なくとも満夜は観光気分そのものだったろう。

 先頭を進む玉兎の背中を見つめながら、旭は話しかけた。


「すみません、質問をよろしいですか?」


 美星は視線を前に向けたまま、一拍の間を置いてから答える。


「内容によっては答えられない」


 視線は周囲の風景に向けていても、満夜の耳はしっかりと美星の回答を拾っていた。


(内容次第では答えるってわけね。一切受け付けないってわけじゃないんだから、根っこは優しいか、甘い子なのかしら?)


「構いません。本来なら、不審な点の多い今の私は、質問できる立場にすらないんですから。私の仲間の三人は無事に戦闘区域からの撤退に成功しましたか?」


「それなら、答えられる。貴方の同僚の三人は無事に撤退を確認している。貴方はきちんと目的を果たした。それに貴方を捜索に行く前、その三人に貴方の事を頼まれている」


「そう、そうですか! 三人とも無事ですか。よかった……。それなら、死にかけてまで囮になった甲斐があります! あ、もちろん死ぬつもりはありませんでしたよ?」


「それは、別に、聞いていない」


 逃がした仲間達の無事の知らせに、途端に顔色を明るくして言葉の勢いを強める旭に、美星は少しばかり気圧されながら、ぶっきらぼうに答えた。人見知りなのか、人付き合いが少し苦手なのかもしれない。

 美星以外の二人がどう思っているのか、満夜としては気になるところだった。

 兎にも角にも仲間の無事を知れた旭の顔色は明るく、吸血鬼としての子に当たる少女が嬉しそうにしていれば、親たる満夜としても嬉しいもの。

 満夜の口元に春の訪れに気付いた花のような微笑が浮かぶものも、当然のことであった。


(さてさてえ? 旭の気がかりが解消されたのはなによりとして、この後は厳重に拘束された上での尋問までは定番として、それ以外はどうなるかしら?

 人間であり、汚染者であり、吸血鬼であり、そのどれにもなりきっていない旭と純粋な吸血鬼という異物である私。

 メテオンという脅威に対抗する手段を喉から手が出るほど欲しがっているだろう人類にとって、新たな力を得られる可能性が砂粒ほどでもあれば、と私達に興味を示す可能性は低くない。麻酔なしで腑分けされる可能性も考慮しないとかなあ)


 満夜の視線はヘルメットの奥にある旭の顔へと向けられた。吸血鬼の親子として、精神的なつながりを構築した満夜には、安堵する旭の温かな気持ちが伝わっている。

 この温かさを苦痛によって冷やし、凍えさせるのは忍びない、というのが満夜の素直な気持ちだ。旭が精神汚染を跳ね除けたのは、精神感応によって満夜も理解している。


 人類に利用価値を認めさせ、ある程度の譲歩を引き出すのならその点がキーワードになる、と久しぶりに脳を働かせている満夜の第六感が異変を察したのは、前を行く玉兎のレーダーが異変を察知する数秒前だった。

 後方に顔を向ける満夜に気付いた旭が、どうかしたのかと声をかけようとし──


「満夜さん? なにか気になるものでもありまし──」


「レーダーに感。七時の方向、距離七二〇〇にメテオン反応。各機、戦闘態勢を取れ」


 硬く、鋭い刃のような美星の言葉に切って捨てられるのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ワールウィンド……そしてこのタイトル……これはもしかしなくとも3機共に満夜さんにペロリといかれてしまうのでは!?(竜生4巻冒頭をチラ見しながら)
2023/06/04 14:17 イカ墨ぱすた
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