第四話 吸血鬼の疑わしさと信用性について
自分の想像以上に人類が追い詰められ、想像以上に倫理観や道徳心を踏み倒した手段を取っている事実に、つい先ほどまで眠り姫だった吸血鬼は頭を抱えたい思いだった。
情報収集兼人助けと血を吸った旭を前に、些細な見栄を張って冷静な素振りをしているが、えらい時代に目を覚ましてしまったと、正直、思っている。
「まあ、いつまでもここに居るわけにもいかないわね。情報交換をしがてら場所を変えましょう。まずは私の鞄を拾っておくか。旭、そのアイギスフレームとかいうのの調子はどう?」
満夜の言葉に旭は再び星兜を装着し、自己診断プログラムを走らせて愛機の状態を確認する。関節や装甲に大きな損傷は見られないし、火花を散らしている様子もないから重大な損傷はないはずだ、と期待半分、不安半分で待つ旭の瞳に診断結果が表示される。
「通常の移動や簡単な戦闘ならなんとか。でも通信機能は故障してしまっています。出力もあまり安定しない……」
「それなら可能な限り戦闘は避ける方針でいきましょ。動くだけでも儲けたと思っておいた方がいいわ」
星兜を再起動させた旭を連れて、満夜はメテオンの雑兵と戦った地点から川の上流を目指して、すいすいと移動し始める。
旭はヘルメットだけ展開し、素顔を晒した状態で満夜から少しでも情報を得ようと先を行くその背中を凝視している。
旭の心の中には吸血鬼としての親に対する親愛の情はあるが、同時に未知の存在に対する警戒感と好奇心も存在していたのである。
(歩いているようにしか見えないのに、時速三十キロ以上は出ている? これも吸血鬼の特性なのかな?)
視覚的には長い足を活かして、山の地形に邪魔されずに歩いているようにしか見えない満夜の異常な速度の齟齬に、旭は頭の片隅を混乱させながら後に続く。幸い星兜のレーダーに、新たな敵機の反応はない。
「それでメテオンとの戦争を行っているのは、世界各国って認識で合っている? まさか日本単独じゃないわよね?」
後ろを振り返らず尋ねてくる満夜に、旭は敵襲への警戒を意識しながら答える。現代なら誰でも知っている常識を目の前の吸血鬼は知らないのだと、改めて実感する質問だ。
「メテオンの襲来前に発足した地球統合政府の軍が戦っています。その中でもアイギスフレームを運用する私達『スパルトイ』と、その私達を管理運用する『アトラス機関』が、メテオンとの戦いの中核を担っています」
「スパルトイ……ギリシャ神話でカドモスが退治した竜の歯を、女神アテナの言う通り大地に撒くと地中から現れた武装した戦士達のことね。それに同じくギリシャ神話で、天空を支える役目を与えられたティターン神族のアトラスが組織名と。
ギリシャ神話好きがお偉いさんの中にでもいるのかしら? 天から降ってきた災禍であるメテオ・レギオンを、天空を支える巨人アトラスが迎え撃つってことなのかしらねえ。
しっかし、地球が曲がりなりにも一つの政体にまとまっているなんて、ちょっと驚きだわ。いいところ、国連の変わりが出来ているか、四つか五つくらいの大きな政治経済連合が新設されているかなって思っていたから」
満夜は心底意外そうだった。メテオンという脅威を前にして一致団結したならまだしも、いや、それでも信じがたいが、旭の話ではメテオン襲来前に地球統合政府とやらが発足したというのだ。
「私が寝ている間に人類は賢くなったのねえ。昔はほとんど裸でマンモスを追いかけていたのに……。なんだか感慨深いわぁ」
「ええ……どれだけ昔から生きていたんですか?」
もし満夜の言ったとおりであるのなら、目の前の二十代半ばほどに見える女性は何年生きているのかと、旭は半信半疑で問いかけた。
「うんと昔よ。人間という種族の歴史を長いこと見てきたから、絶滅の危機にある現状には、ちょっと思うところがあるわね。追っかけまわされたこともあったけど……お、あった、あった」
満夜は探していたものを見つけて、話を取りやめると、ひょいっと探し物を手に取って持ち上げる。彼女が軽々と持ち上げたのは、特注サイズのジェラルミンケースだ。
「ここで貴女が戦っているのが見えて、手出しするのを決めたのよ。私でなんとかなる相手でよかった。
多分、あのグレイストーカーとか、ファイアーダっていうのは雑兵の類でしょ? もっと上位の機体とか指揮官に相当する特別な個体が居ると考えて、間違いはない?」
満夜の感想としてはあのサイズで時速百キロメートル超の速度で不整地を機敏に動き回り、光学兵器を搭載しているのは、眠りに入る以前に人類が使っていた兵器からすれば脅威だ。
だが、眠っている間に技術が進歩しているはずだし、アイギスフレームという致命的欠陥のある兵器を使わずに済んでいそうなものなのだが……
「あれらは小型機で、メテオンの兵器の中では最も数が多く、同時に最も弱い機体です。人間で言ったら歩兵になるかな?」
「ふむ、となると戦車や戦闘機相当の機種もいるってわけか。戦艦や空母みたいなのも?」
「はい。これまでの戦闘で少数ですが戦艦や空母相当の個体が確認されています。彼らは基本的により大型になるほど搭載している動力も大型化して、より強力になります。
アイギスフレームにも搭載されている斥力場シールドを搭載し、高出力の光学兵器を始めとした武装や重力制御機能を備えていて、旧世代の兵器での撃破は困難を極めます。
メテオンの出現からアイギスフレームが開発されるまでの間に、人類は大型メテオンを相手に敗北を重ねて、生存圏を大幅に縮小してしまって、今に至ります」
旭が生まれる……製造されるよりも前に、すでに人類は窮地に追いやられていたようだが、この日本列島もどこまで人類の勢力圏に入っているのか、今の満夜にはわからない。
メテオンの規模や本当の戦力は未知数だが、人類の生存圏の方が、メテオンの支配領域よりも小さい可能性も決して低くはなさそうだ。
「それでも核兵器を使えば倒せないことはなさそうだけど、それとも核を使いすぎて結構な範囲が放射能で汚染されたとか、核兵器対策を取られて有効打にならなくなったとか、そういう事情があるの?」
満夜の記憶では少なくとも一万数千発以上あった核兵器をどれだけ使ったか分からないが、わざわざ欠陥兵器とその為のクローン兵士を用意するほど追い詰められる前に、人類の気質なら百発そこら、撃ち込んでいるだろうという満夜の予想は、旭の次の言葉によって否定される。
「いえ、統合政府が設立した時に核兵器はすべて破棄されたので、メテオンとの戦争では使われていません。ある程度の効果は見込めるとシミュレートはされていますけど……」
つり合いが取れない、というのが一般的な見解です、と締めくくる旭に、満夜は驚きを隠せず思わず大きな声で聞き返していた。
「え!? 人類が核を捨てたの! というか捨てられたの?」
本気で驚く満夜の剣幕に、旭の方こそビックリさせられたが、目を丸く見開く満夜にはコクコクと無言で頷く事しかできなかった。
「嘘みたいな話だわ……。核兵器よりもっと強力な兵器が開発されたから、とかそういうオチじゃなくて?」
「普通に話し合って核兵器のような大量破壊兵器を捨てる選択肢を選んだって、そう習っています。核融合炉とかは今もありますけど。
ああ、でも、メテオンの大元の隕石が地球に落下しようとして来た時に、核兵器が残っていれば迎撃に使えたのではとか、結局撃ち落されて無駄に終わったろうとか、昔に議論されたことはあるみたいですよ」
「ふぅん。メテオンの正体とか詳しい情報が分からないから推測になるけど、星の海を越えてやってくるような相手だし、素直に核兵器が通じるか分かったものじゃないか」
それにしても自発的に人類が核兵器を捨てたのか、と満夜はいまだに信じられない様子で呟く。
なんなら地球統合政府が設立されるまでの間に、第三次世界大戦でも勃発して核の撃ち合いになったと言われた方が信じられる、と言うのが彼女の本音である。
「私が眠っている間に人類は賢くなっていたものねえ。あの人類が力を手放せたのかあ……」
「あの……」
「ん? なぁに? ああ、このケースの中身が気になるの? 遠出用の私の着替えと食事が入っているだけよ。小型の冷凍装置内蔵だから、いつでも新鮮なのが飲めるの」
満夜の食事といえば血液だろう。あの暗黒に満たされた眠りの部屋とは別のところに、食料である血液を貯蔵している倉庫があり、そこからケースに詰めてきたものだ。
他にも時代が変わっても通用しそうな貴金属の類もある。いつか旭にプレゼントする機会があるかもしれない。
「旭も喉が渇いたら遠慮せずに言いなさい。より取り見取りよ~。と言ってもまだ血を飲むのには抵抗があるか」
「ええと、まだ喉は渇いていません。やっぱり、血が欲しくって堪らなくなるんですかね?」
「純粋な吸血鬼なら相当理性が居るわよ。かなり強烈な衝動だからね。旭の場合は四分の一だけだし、私にも未知の部分があるけど、我慢すると後で反動が来て余計ひどいことになるから、本当に遠慮は厳禁よ」
「それじゃあ、例えば自分しかいない場所に閉じ込められて、どうしようもなくなってしまったら、その、吸血鬼に飢え死にってあるんですか?」
あー、と満夜は少し言いにくそうにしてから、これも勉強勉強、と呟いてから答える。知らないよりは知っておいた方が、飢えに対する危機意識が高まるだろうと考えたからだ。
「喉の渇きも飢えも満たされないまま、それがずっと続くわ。吸血鬼に飢え死にはないから。それもまあ、自分の血を飲んで凌げなくはないけど、厄介なことに他者の血液でないと根源的な飢えの解消と満足感は得られないのよ。
面倒で厄介な性質でしょ? 完全になりきっていない貴女なら、そこまで酷くはないと思うけれど、こればかりは、ね?」
「……」
永遠に解消されない渇きと飢えに襲われる想像に顔を青くする旭に、満夜はちょっと脅かしすぎたかと少しだけ反省する。
「うーん、もっと明るい話題はないかしらね。私が眠っている間に地球はずいぶんと大変なことになっているけれど、まだ人類が滅んだわけじゃないし、私も人間が居なくなったら困るから、出来るだけ手助けをしたいところだし」
初めて満夜の口から人類に対して協力的な姿勢を伺わせる言葉が出てきて、旭はようやく明るい顔色に変わる。メテオンを倒し、人類に勝利を齎すべく製造された少女にとって、半分しか人間ではなくなっても、人類と敵対せずに済む未来は心を軽くしてくれる。
「本当ですか!」
「ええ。まあ、メテオンとも違うおとぎ話の中の怪物をどこまで信用してくれるか、そこが問題よ。SFの次は古典ファンタジーの襲来と来たら、悪い冗談みたいなものでしょ。具体的には、今、私達を包囲しようとしている子達とか」
「え!? あ、友軍機の反応! レーダーよりも速く気付くなんて」
「吸血鬼の超感覚ってところよん」
満夜はウインクをして、チャーミングな仕草で明るく旭に笑いかけたが、最悪の場合、急速に接近してくる旭の同僚達との交戦も想定し、どの程度のものかと好奇心を疼かせていたのだった。




