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第二話 ファーストコンタクトは熱烈に

 突如として現れた満夜という女性の向ける笑顔に、旭は心身を苛む激痛を束の間、忘れた。

 満夜はしげしげと旭の体を見回し、赤い瞳はその体の内側まで見通すかのように妖しい光を宿している。


「あな、た、民間人? そうじゃなくて、も、はやく逃げ……ぅうっ!」


 旭は身体の内側から走った痛みに、呼吸を忘れて悶える。アイギスフレームの精神汚染は、パイロットに耐えがたい苦痛と嫌悪感を齎し、自分が自分でなくなるという恐怖を味わわせるものだ。

 旭はこれまで多くの痛みを経験してきたが、精神汚染の自分を作り変えられる不快感には慣れない。体の中を無数の小さな手でかき回されているような痛みに不快感、脳に何本もの針をデタラメに刺されているようだ。


 体中の血液が燃えているように熱いのに、次の瞬間には凍えるような寒さが不規則に襲ってきて、旭の心身を苛み続けている。

 そんな旭の顎に白魚のような指が添えられて、満夜の赤い瞳がまっすぐに旭の黄色い目を見つめてくる。


「うわ、なにこれ? 変なものと精神を同調させている? そうまでしなきゃならないくらい、人類は追い込まれているってことか……。核戦争は起きてなかったみたいだけど、結構、詰んでいる様子ね」


 旭の顎に添えられていた指が滑らかに動き、旭のチョーカーに触れて止まる。満夜の眼がチョーカーを見つめ、苛立たし気に細められる。それだけの動作で、チョーカーの役割を理解したらしい。


「さて、命の瀬戸際で突然だけど、私って吸血鬼なの。バンパイアって奴。聞いたことはある?」


「え……な、にを、言って? そん、なの……うぐぅう!?」


 いよいよ精神の汚染が進み、チョーカーの赤いランプが点滅を始める。旭の精神もチョーカーも残された時間はない。


「喋るのも辛そうだし、私の目を見てくれればそれで分かるから、これからする質問に答えて? お嬢さんはそのまま首の爆弾で人間のまま死にたい? それとも私に血を吸われて人間じゃなくなっても生きたい?」


 旭にとって、このまま精神を汚染されてメテオンの傘下に加わる選択肢は、最初から存在しないことは、聞くまでもないことだった。


「……ッ」


 『人間じゃなくなっても』……この言葉を聞いた途端、旭の目に浮かんだ強い拒絶の意思に、満夜は誤解を与えたのを察した。目覚めたばかりの満夜は、今の世界情勢もメテオンの事も分からないが、旭にとっての逆鱗の一つを理解するには十分だ。


「ああ、勘違いしないでね。別にお嬢さんの心を踏みつけている奴らみたいに、自由の無い機械にするわけじゃない。

 貴女の心が貴女のままでいられるのは保証する。まあ、ちょっと陽射しが苦手になって、血が吸いたくなるかもだけど。貴女が貴女の意思を持ったまま生き残れる唯一の選択肢なのは、間違いない」


「………………」


 これが人生で最後の選択肢になるかもしれないのを理解して、旭の心には次々と生きていたい理由がふつふつと浮かんでくる。

 仲間達は無事に逃げられただろうか?一度くらい、合成ではない食べ物を食べてみたいし、服でも本でもなんでもいいから買い物だってしてみたいし、戦いを考えなくていい時間を一日でいいから過ごしてみたい。

 それに、■というものもしてみたかった。

 旭の懊悩は深く、とりとめのない思考の迷宮を巡りまわる。だが、決意はすぐに固められた。実際、彼女に残されている時間は一分もなかったのだから。

 もし自分の心が人間でなくなるのを感じたら、即座にお前と自分の頭を吹き飛ばしてやる──その決意を込めた旭の眼差しを受けて、満夜は嬉しそうに笑って、赤ん坊にするように優しく囁きかける。


「ん、オッケ。それじゃ、少しチクっとするから。大丈夫、痛いのは最初だけ」


 すっと満夜の唇が旭の右の首筋に近づき、彼女の言った通りにわずかな痛みが旭を襲う。

 次の瞬間には旭の全身に甘美な痺れが全身に広がって、旭は快楽に酔いしれながら意識を手放した。

 満夜は人間の犬歯よりも長く鋭い牙を旭の首筋に突き立てて、溢れた血潮の芳醇な味わいを堪能しながら飲む。旭を人間から吸血鬼へ変えるのには、ほんの一口で十分だった。


 満夜の唇が旭の首筋から離れるとき、赤い血の糸が両者をつなぎ、満夜の血に濡れた赤い舌が舐めとる。ひどく官能的な仕草で、旭が意識を保っていたなら、あまりの耽美さと艶めかしさに顔を赤く染めただろう。


 旭が意識を失ったのを確認してから、満夜はゆっくりと体を起こすとすぐに顔を背けて、思い切り口を開いて、吐くような仕草をする。思い切り口を開いて、舌もあらんかぎり伸ばしている。

 首に両手を当てて、目尻の端に涙が浮かんでいる辺り、相当に旭の血がまずかったのだろうか。周囲のグレイストーカーとファイアーダは、まるで眼中にない様子だ。


「マッズ!! いや、この子の、旭の血は美味しいけど、なんか、メチャクチャ不味いのが混じっている! これか、コレが、グレイストーカーという奴らに精神汚染された影響か! マズイのと美味しいの混じっていて、なんか、複雑!」


 血を吸った相手を同族へと変えて支配し、流水や太陽が天敵と言われる古典的な怪物の一種『吸血鬼』である満夜は、血を吸う事で相手の記憶の一部を共有する能力があった。

 どこまで彼女が伝説通りの吸血鬼であるかは分からないが、血を吸った相手を同族に変えるのと、太陽を苦手としているのは確かだ。

 もっとも、日の光を浴びても灰にはならず、苦手と表現する程度で済むようだが。


「可愛い女の子に傷を付けるわ、せっかく美味しい血を泥水にも劣る不味いものを混ぜるわ、あなた達は私にとって存在自体が許せないレベルね。敵対するのには十分すぎる理由だ」


 トレンチコートのポケットから取り出したシルクのハンカチで口元を拭い、満夜は背筋を伸ばして背後を振り返る。これまで沈黙を守っていたグレイストーカーらが徐々に距離を詰めて、いつでも攻撃を仕掛けられる態勢を整えていた。

 満夜は星兜の左手から刃音を取り上げると、数回振るい、具合を確かめる。刃音のセキュリティに認証されない為、ただの巨大な長剣だが、満夜にとってはそれで十分だ。


「旭に止めを刺さなかったのは、放っておけば精神汚染が進んであなた達の仲間入りをするか、チョーカーが作動して勝手に死ぬから。そして私が乱入してきても行動しなかったのは、私から生命活動を計測できなかったからでしょう?

 体温が死体並みで、心臓が一分に一回も動いていないのに、こうして動き回る人間の姿をした生き物なんて初めてで、人間かどうか、敵か味方も判別できやしなかった。

 でも、それもそろそろおしまい。旭の心身の変貌はそっちも観測しているところでしょうし、私を排除するべき障害物と再定義し終えたところじゃないの?」


 旭は放っておいてもメテオン側に傾くか、あるいは死ぬだけだった事、そして満夜を生きている人間と認識できなかった為に、行動を控えていたグレイストーカー達は、満夜の言葉通り認識を改めて満夜と旭の両者を排除するべく動き出す。

 ファイアーダが照準を固定した満夜へと向けて、ミサイルランチャーとロケットランチャーを発射しようとした。


 その砲口に、満夜がいつの間にか投げていた、星兜の装甲の破片が飛び込む。超音速の弾丸と化した装甲片は小型ミサイルとロケット弾を貫通し、砲身内部から発生した爆発がファイアーダを飲み込んだ。

 生身の人間ではありえない投擲速度にも、心を持たないグレイストーカーが動揺する素振りはない。レーザー砲による牽制射撃を加えながら、六本の脚を使った高速移動で見る間に満夜との距離を詰める。


 満夜は首を傾けて悠々と赤い光線を避け、右手一本で二メートル近い刃音を握ったまま大地を蹴った。まるで大地を吹き抜ける赤い風と化した満夜の動きに、グレイストーカーの対応は間に合わない。

 あっけなく懐に潜り込んだ満夜が刃音を一閃すれば、鋏が鏡のように研ぎ澄まされた断面を晒して、付け根から切り飛ばされる。


 苦痛と恐怖を知らないグレイストーカーは自身の機能喪失を認めると、速やかに残る尻尾を用いた攻撃に移るが、頭部のレンズから深々と長剣の切っ先を突き込まれ、即座に機能を停止する。

 鍔まで突き込んだ刃音を引き抜き、倒れこむグレイストーカーから視線を外した満夜は、ほんの数秒で倒した侵略者の尖兵達には目もくれず、続々と山中から集結してくる新たな敵の気配を感じ取り、刃音を肩に担いで思案を巡らせた。


「旭の記憶の通りならエイリアンの侵略兵器になるわけだけど、小粒な連中なら数がそろってもどうにかなるかとして、旭への精神汚染と吸血鬼化するのとどっちが勝つか。

 結果が出るまでどれだけ掛かるか分からないから、それまではここで持久戦と洒落込みましょうか」


 満夜が言い終わるのを待っていたように、周囲の木々の合間から、川の上流、下流から続々と新たなグレイストーカー、ファイアーダ達が姿を見せて、包囲の輪を狭め始めてくる。


「かかっておいで。バイオレンスなファーストコンタクトを交わしましょう」


 満夜はまだ寝ぼけている体を起こすのにはちょうどいい運動だと、凶暴に、しかしこの上なく美しく笑うのだった。美しくも凶暴な怪物、これこそが彼女という生命の本質であるのかもしれない。

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