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第十五話 蛇と蛇

お久しぶりです。

規格外の怪物にはやっぱり規格外の怪物をぶつけるのがいいよね、というお話です。

 出現するはずのない大型メテオンの存在は、奇妙なほどに落ち着いている旭を除き、美星と観測船の面々を驚愕させるのには十分すぎる凶報だった。


「馬鹿な!? あんな大物を見落とすはずがないだろう!」


「三秒前まで、レーダーに感なし。極めて高度なステルスをアクティブ・パッシブの両方で備えている?」


「ライブラリとの照合急げ! 海神基地と近辺の部隊に救援要請! 緊急事態の発生だぞ」


 にわかに騒がしさを増しながら、それでも誰もが自分に出来ることを瞬時に把握して動く中、食い入るように立体モニターを見つめていたキリエは、助手を務める壮年の男性研究員に指示を出していた。


「本船はすぐに回頭して基地へ戻るよう船長へ連絡して。自衛用の武装はあるけど、あくまで自衛用。あの大物を相手に豆鉄砲ほどの役にも立たないわ。

 護衛につけている二機はそのまま護衛任務を継続。あのメテオンがこちらを狙った時、旭がカバーに入る必要がないようにしないと」


「我々が残っては足手まといになるのは間違いないでしょうが、旭と星兜を残して行かれるのですか?」


 助手の男性は問いかける口調ではあったが、キリエの判断に異論がある様子ではなかった。そう問いかけることでキリエが自らの思考を整然とさせる手伝いになると、これまでの付き合いで知っている。


「せっかくの逸材を、と誰もが思うでしょうけれど、ステージⅣで安定稼働している彼女達でもないと、あのメテオンを相手に足止めしつつ救援が来るまで生き残れない」


 使い捨て前提の足止めではなく、旭も含めて生き残るための判断と告げるキリエに、助手はかすかに満足げに頷き返す。そうしている間にオペレーターの一人が、新しい情報を告げる。


「ライブラリに照合! 対象の大型メテオンはジェノサイド級指定のイルルヤンカシュです!」


 『イルルヤンカシュ』──ヒッタイト神話にて語られる蛇神あるいは龍神の名を与えられた大型メテオンは、かつて人類との戦いにおいて大いなる損失をもたらした災厄である。

 神話に於いては嵐の神を打倒するほど強大な力を持った怪物の名前が与えられたのも、むべなるかな。

 嵐の神が独力では倒せず、大気の女神に助力を乞うか、あるいは策を弄さねば倒せなかった怪物の名を持つ敵を前に、しかし、対峙するのは神ではなく、人間と吸血鬼と異星の侵略者の混ざり者であった。


 避難船が回頭して退避を進め始める中、キリエからの連絡を受けた旭はヘルメットの中の表情に焦りも苛立ちなく、目の前の巨大な敵のわずかな変化も見逃さないよう神経を研ぎ澄ませている。

 いつでも戦端を開ける用意は整っている。ライブラリから引き出されたイルルヤンカシュのデータを脳へダウンロードする作業もとっくに済んでいる。船が安全な海域まで退避する時間を稼ぐ為に、戦いを躊躇う理由はない。


「夕闇旭35号、星兜、出力制限解除、全武装使用制限解除、これよりネームド大型メテオン『イルルヤンカシュ』との戦闘を開始します」


 旭は自分が囮であることを十分に理解した上で、目の前の大型メテオンとの全力戦闘で自分と星兜がどれだけの戦力となり得るのか、それを確かめようともしていた。

 イルルヤンカシュは品定めが済んだのか、あるいは星兜のエネルギーの変化を悟ったのか、海中に残っていた体をさらに伸ばし、瞬間的な加速で亜音速に達し、その巨大と大質量を星兜へ叩きつけようとしてくる。


「圧は凄いけど!」


 見る間に距離を詰めてくるイルルヤンカシュに対し、旭は迅速に対応し、星兜もまた千分の一秒の遅滞もなく旭の操縦に応える。

 速やかにイルルヤンカシュの突撃コースから大きく上昇することで外れ、足元を亜音速で通過してゆくその背中に轟雷の圧縮した高エネルギーをお見舞いしてやる。

 一発、二発、三発とバスケットボール大のプラズマが立て続けに命中し、イルルヤンカシュが巨体に張り巡らせている斥力場シールドと干渉しあって、四方に青白いスパークを散らす。


 それを小癪と感じたかイルルヤンカシュの尻尾が大きく唸りを上げて、旭と星兜を目掛けて襲い掛かってきた。視界を埋め尽くす巨大な金属の尻尾は、旭の攻撃に対するダメージは感じられず、巨体故の大質量と亜音速の速度が齎す破壊力のみが旭の脳裏に想像される。

 回避できるギリギリまで引き付けて轟雷を撃ち込み、斥力場シールドを削ってから旭はようやく回避行動に移る。イルルヤンカシュの巨体に纏わりついている液体が、海水だけではないのを星兜のセンサーは告げていた。


 液状のナノマシンだ。常にイルルヤンカシュの装甲表面を覆い、斥力場シールドの発生器や重力制御、死角のないセンサー網の構築、万が一ダメージを負った際の迅速な補修を行う役割を備えている。

 イルルヤンカシュに不用意に接近すれば、常に本体の周囲に帯同しているナノマシンが星兜に接触しシールドエネルギーを削られるなり、センサー系に至近距離からジャミングを発生させられる。

 斥力場シールド対策に開発された大質量武器による格闘戦を挑めない厄介な能力を、イルルヤンカシュは備えていた。


 星兜のセンサーから再び海中に没したイルルヤンカシュの反応が、急激に薄れる。イルルヤンカシュ体内のジャミング装置と装甲表面のナノマシンによるジャミングの合奏が、数百メートルと離れていない星兜の機能に悪影響を及ぼしているのだ。

 更にイルルヤンカシュは光学迷彩までも展開している為、肉眼で確認しようとしても海水に紛れてほとんど判別できない。巨体がかき分ける海流の変化をセンサーが広い、大まかな位置の把握こそできているから、まだ戦いようはある。


「そこ!」


 膨大な海水によって効果が著しく減衰すると分かってはいたが、旭は構わず水深三百メートル付近まで潜ったイルルヤンカシュに轟雷の連射を加える。これまでの砲弾ではなく、集束率を変化させた光線状での射撃だ。

 細く束ねられたエネルギーは海水の層をやすやすと貫き、数百ノットの速度で海中を泳いでいたイルルヤンカシュに見事に命中する。

 強力なジャミング機能を持つイルルヤンカシュを相手に、センサーの助けをろくに得られない状況で見事に命中させたのは、旭の技量の確かさを証明するものだ。


(とはいえ、やっぱり海の上だと、少し、うん、少しだけ調子が悪くなるかな?)


 大型メテオンというかつてない強敵との戦闘の為か、旭はこれまで感じたことの無い不調をわずかに感じていた。これまで海の上で行ったテストでは感じなかった不調だ。

 イルルヤンカシュ相手に長時間戦い続ければ、さらなる精神的な負担が旭の不調を加速させる可能性は十分にある。本来、防衛線を埋めていたスパルトイ達や海神基地からの増援が来るまで、なんとか持たせなければ。


「っ!」


 七射目を加えようとした瞬間、眼下の海中に轟雷とは異なる輝きが生じたのを見て、旭は即座に回避行動に移る。海水を割って飛び出てきたのは、楔形のミサイルだ。イルルヤンカシュの巨体各所から発射されたミサイルの数は、ゆうに百を超えていた。

 星兜のジャマーと放出したフレアがミサイルの幾分かを引き受けて、避けきれないと判断した分に関しては、更に出力調整して銃弾状にした轟雷の連射で叩き落してゆく。


 重力制御の恩恵と半吸血鬼化した肉体と直感、これまで積み上げてきた技量は、青い推進光を糸のように発して飛翔するミサイルを撃ち落す成果を上げてみせた。

 ミサイルを撃墜したのは旭だけではない。監視兼護衛を務めている美星がキリエからの命令を受けて、助太刀に入ったのだ。

 玉兎の右肩に増設したガトリング砲『フルメタルシャワー』が、旭を狙うミサイルを次々と穴だらけにして、彼女への直撃を阻む。


「美星さん、ありがとうございます」


「私の仕事だから気にしないで。それと玉兎の武装ではイルルヤンカシュに有効打を与えるのは難しい」


「了解です。イルルヤンカシュのシールドは私が削ります。観測船は回頭し始めていますけれど、まだ距離が取れていないですね」


「それとキリエ中佐から連絡が。本来、防衛線を担っていたスパルトイだけれど、新たなメテオンが出現して拘束されているそうよ。他の部隊も同様の事態に陥っているから、すぐに増援は来られない」


「でも来ないわけではないんですよね? それなら最悪の事態というわけではありませんよ。むしろ私達だけでこの大型メテオンを倒して、助けに行ってもいいわけですし」


 美星から齎されたのは悪い知らせという他なかったが、旭はそれにもめげず前向きに捉えて返してくるものだから、美星は少しだけ呆気に捕らわれた。半吸血鬼化の影響というよりは、本人の精神的素質によるものだろう。


「来ますよ、私達の真下!!」


「!」


 ミサイルの発射を止めたイルルヤンカシュは、海中でぐるりと体勢を変えてその巨体で超音速に達して一直線に旭を目掛けて飛翔し、その勢いのまま海中を飛び出した!

 全長二百メートル超の巨大物体が、自分を捕食しようと迫りくる絵面は相当な恐怖を煽り立ててくるが、その恐怖を抑える為の訓練は十二分に積んでいる。


 すさまじい勢いで大気の層をぶち抜き、飛び上がってくるイルルヤンカシュを左右に分かれて回避し、高速ですれ違ってゆくその巨体に星兜と玉兎からプラズマとミサイル、ガトリング砲の銃弾が叩き込まれる。

 イルルヤンカシュの斥力場シールドが激しくスパークを散らし、反撃とばかりに装甲各所の一部が開いて、そこから覗くレンズ状の物体から青いレーザービームが照射される。


 二人が数秒の交錯の間に縦横無尽に放たれるレーザービームを回避する間に、イルルヤンカシュは全身を海中から脱し、上空四百メートルの位置で天空を蹂躙する悪竜の如く、その長大な体をくねらせていた。

 五つあるカメラアイはその全てが旭と星兜に向けられていて、美星と玉兎にはほとんど注意を払っていない様子である。

 どのようにしてかは、現時点では不明だが、半吸血鬼化した旭とその乗機である星兜の情報が、メテオン側に漏出して情報収集、あるいは鹵獲か破壊を目論んできたのだろうか。


「あのメテオン、貴方に夢中みたい」


 これまでの美星らしくない言い方に旭は少し驚いたが、まだあどけない顔にふてぶてしい笑みを浮かべると、同じように答える。


「私はどうやら地球史上初の珍生物みたいですから、宇宙からやってきた侵略者も気になって仕方ないみたいですね。ちっとも嬉しくありませんけど!」


「そう。こちらの許可も得ずに勝手にじろじろと見ているのだから、見物料はたくさんふんだくらないとね」


「ふふふ! そうですね。とりあえず一発思い切り殴る、いや、穴だらけにしてやりますか」


 星兜と玉兎、そしてイルルヤンカシュのプロメテウスドライブが奇しくも同時にうなりを上げて、にらみ合う三者を瞬く間にプラズマビームとレーザービーム、そしてミサイルが嵐となって繋いだ。

 いくらリスクなしにステージⅣの出力を操れるとはいえ、星兜と玉兎だけで相手にするには強大すぎる敵だが、実際に対峙している旭と美星に諦めるつもりは毛頭なかった。


 イルルヤンカシュから無尽蔵に放たれるレーザービームとミサイルの嵐は、斥力場シールドで受けるにしても、一度受けて、回避運動に支障が生じればそのまま飲み込まれて撃墜されるのが目に見えている。

 アイギスフレームで同じ真似をしようとしたら、どれだけの数を用意して、精神汚染のリスクを考慮しなければならないことか。


 半吸血鬼としての超能力じみた直感と格段に鋭敏化した五感を駆使し、四方八方から襲い来る攻撃を回避し、更に轟雷を一発も外さずにイルルヤンカシュに命中させる旭だが、同時に美星の技量に改めて感心していた。

 イルルヤンカシュからの攻撃の多くが旭に集中しているとはいえ、美星にも並みのスパルトイならとっくに撃墜されている攻撃が殺到しているにもかかわらず、時折、旭に迫るミサイルを撃墜し、合間合間にイルルヤンカシュに攻撃を加えている。

 旭と異なり、機体の出力で星兜に劣り、美星もまた精神汚染のリスクを抱えながらの戦いぶりに、旭は純粋な技量では自分よりも上だと素直に認める。


(とはいえ大型メテオンのシールドを削って、ダメージを与えるには私と星兜がやらなきゃ!)


 玉兎に装備された三種の武装では、大型メテオンの斥力場シールドを貫くのも、あれだけの巨体に有効なダメージを与えるのも難しい。良くも悪くもこの戦闘の中心旭がと星兜なのは、間違いない。

 旭がそう考えているのを、美星は手に取るように理解していた。別に心が読めるわけでもなければ、心が通じ合うほど仲が深いわけでもない。たが戦闘用に生産されたスパルトイとして、ある程度、戦場での経験を積めば容易く辿り着く結論というだけだ。


(だから私は、彼女の注意が逸れないように下手に被弾して庇われるような不始末を犯さず、その上で可能な限り彼女の援護を行わなければならない。体を張って彼女を守るとしても、それはイルルヤンカシュを撃退できる一撃を撃ち込む機会が出来た時の一回だけ)


 美星自身、好き好んで犠牲になるつもりはないが、途方もない脅威である大型メテオンを自分と引き換えに撃破できるのなら、それは許容範囲だと結論を出している。

 傷つくのは嫌だ。痛いのは嫌だ。死ぬのは怖い。傷つけられるのは怖い。スパルトイとは言え死は恐ろしく、戦いは恐ろしく、メテオンは恐ろしい。傷つけば血が流れるし、堪えきれずに涙がこぼれ落ちてしまうことだってある。

 しかしながら──


(私達はスパルトイ。戦う為に産まれた命なのだから!)


 あらゆる恐怖を乗り越えて、戦う覚悟が美星の中にはあった。

 玉兎の武装でシールドを抜けないにしても、戦いようはある。イルルヤンカシュが攻撃を行う際、レーザービームとミサイルの軌道上のシールドが部分的に解除されて、穴が開いているのは過去の戦闘で確認されている。

 今も上下左右から異なるタイミングで襲い来る光の糸と炸裂する楔の大群に襲われながら、針の穴に糸を通すような繊細な作業を実行しなければならない。

 美星の脳波を受けて星兜を通じ、両手の春雷からプラズマの銃弾が発射され、レーザービームを発射中のレンズの一つに着弾し、見事に叩き割って見せる。


「やっと一つ、けれど、確かに一つ!」


(美星さん、すごい! 私も負けていられない)


 旭は気合を新たに一つ入れて、星兜とその奥で脈動するプロメテウスドライブへ呼びかける。


(さあ、私達もやるよ!!)


 その呼びかけに確かに星兜と侵略者の齎した火は答えた。星兜が両手で抱える轟雷の砲口から発射されるプラズマが一回りも二回りも巨大化し、照射しながら縦横無尽に振り回される!

 荒っぽく見えて玉兎を巻き込まないよう十分に配慮した『振り回し』は、殺到していたレーザービームもミサイルもまとめて消し飛ばし、イルルヤンカシュの五つの目を備えた頭部を目掛けて一気に振り下ろされた。


「おりゃあああああ!!!」


 旭の喉よ裂けよと言わんばかりの叫びと共に、轟雷の刃はイルルヤンカシュが頭部周囲に集中展開した斥力場シールドと激しくせめぎ合い、周囲に反発しあうエネルギーが溢れかえる。

 轟雷の刃を受け止めるのにイルルヤンカシュがリソースを割いている証拠に、レーザービームとミサイルの発射が一時的に止まっており、この状況でなにもしない美星ではなかった。


 旭と挟み込むようにしてイルルヤンカシュの後頭部側へと回り込み、ガトリング砲フルメタルシャワーとミサイルポッドブラストコメットを撃ち尽くし、春雷の連射でパワーダウンしても構わない勢いで攻撃を仕掛け続ける。

 明らかに薄くなった斥力場シールドを玉兎の猛攻が揺らし、確実に効果を上げているのが目に見えて分かる。旭もまた美星の行動に背を押されて、更に気合を入れればそれに星兜が応え、プロメテウスドライブが更なる力を振り絞る。

 イルルヤンカシュが防御に集中して動けぬまま、今や巨大なプラズマブレードと化した轟雷の一閃が、神話の龍神の名を関する侵略者を切り裂くのも時間の問題と見えた状況で、イルルヤンカシュの打った一手が二人を襲う!


「海水!?」


「それだけじゃ、ない!」


 眼下の海水が渦を巻き、無数の槍となって襲い掛かってきたのに旭が気付き、同時に美星もまたイルルヤンカシュ周囲の大気が急速にエネルギーを帯び始めているのを察知する。

 咄嗟に轟雷の照射を中断し、斥力場シールドへ出力を割り振った瞬間、旭の周囲の大気が目もくらむ輝きを発し、そのまま膨大なエネルギーが旭と星兜を襲う!

 美星は足元から襲い来る水の槍を必死に避けながら、旭の名を叫んだ。


「旭! く、これは、ナノマシン!?」


 星兜のプラズマブレードを受け止めている間に、イルルヤンカシュが巨体に纏っていた液状のナノマシンを、海水と大気に散布して攻撃手段として用いたのだ。

 轟雷による斬撃はイルルヤンカシュにとっても小さくない負担だったようで、すぐさまレーザービームの乱舞の再開とはならなかったが、更に上空へと浮かび上がって距離を取った後、体内のエネルギー数値が上昇し始めているのを星兜と玉兎のセンサーは搭乗者に伝える。


 迫りくるナノマシンを含んだ水の槍を春雷の連射であらかた撃ち抜いた美星は、爆発の中から飛び出す星兜の姿を見た。斥力場シールドによって機体と旭ともども守られ、損傷らしい損傷は見受けられない。

 ステージⅣの出力で展開される斥力場シールドの堅固さもまた、玉兎とは格が違うようだった。


「びっくりしたって、そんな呑気なことは言っていられないか。美星さん!」


「! ええ。まだシールドは復活していない。減衰している今なら!!」


 海と空との予想外のナノマシンの攻撃によって不意を突かれたが、星兜と玉兎共にダメージらしいものはない。イルルヤンカシュのエネルギーの消耗具合を見れば、撤退ではなく攻勢を仕掛けるのもまた当然の判断ではあった。

 イルルヤンカシュの頭部を中心に星兜と玉兎の持つ火器が容赦なく放たれて、二百メートル超の怪物の首を吹き飛ばすべく荒れ狂う。

 対するイルルヤンカシュもまたむざむざと撃たれるままではなく、長大な体をくねらせながら大空を自在に飛び回り、楔形ミサイルの連射による反撃を開始する。


「どれだけ体の中に積んでいるの!」


 まったく羨ましい限りだと皮肉を交えて吐き捨てて、旭は光の尾を引いて迫りくるミサイルの多くを振り切り、避けきれないミサイルを拡散モードに切り替えた轟雷で撃ち落し、距離を取ろうとするイルルヤンカシュを睨み据える。

 幸い大気中に拡散したナノマシンは先ほどの攻撃でエネルギーを使いつくしたようで、二発目を撃つ前兆は見受けられない。


 その代わり、海に散布されたナノマシンはまだ活動可能なようで、渦を巻いて再び槍や銃弾を形作っては、旭達を足元から貫こうとミサイルに紛れて襲ってきている。

 イルルヤンカシュの巨体から粘液は消えており、どうやらナノマシンの在庫はないようだ、と旭は判断し、イルルヤンカシュ本体の撃破を最優先目標として攻撃を続行する。


 二人の視界の大部分をミサイルの爆発が覆いつくし、イルルヤンカシュの巨体を隠すほどだったが、旭と美星はセンサーとこれまでの経験を頼みに攻撃の間隙を縫って、必死に反撃を重ねて行く。

 斥力場シールドの回復しきっていないイルルヤンカシュの巨体に、二機の攻撃は確かに届いており、山をスプーンで削るようなものではあったが、ダメージを与えている。


(ステージⅣの星兜が居てもこれだけしかダメージを与えられないなんて。ううん、もっと同レベルの機体とチームを組んでいれば、はるかに効率的にダメージを与えられているはず!)


 せめて自分が旭と同レベルでプロメテウスドライブの出力を引き出せたなら、せめてもっと多くの仲間と支援があったなら、一秒ごとに神経を鑢で削られるような戦いをしないで済んだだろう、と美星の自分の非力さに対する嘆きは止まない。

 まだ戦闘の長期化による不具合や副作用が、旭の精神を蝕んでいる様子は見受けられないが、それもいつまで持つか。貴重なデータであるのは確かだとしても、実戦でこれ以上試すわけにはいかないだろう。


(それに、私自身の負荷が……)


 美星は頭の奥の方に爪を立てられ、掻きむしられているような頭痛に襲われつつあった。まだ集中は途切れていないし、肉体の反応も遅れていないが、いずれ無視できないほどの負荷となって、戦闘に支障を来すのが目に見えている。

 焦って思考と視野を狭めるのは不味いと百も承知の美星だが、しかし、それでもこの状況では彼女の焦りが加速してしまうのも仕方のない状況だ。


 特に星兜へミサイルと水の槍が殺到するのを目撃した瞬間には、いよいよ自分が盾になるか、特攻するしかないと本気で考えたほどだ。

 イルルヤンカシュからの攻撃の圧に耐えかねたように、星兜が機体正面にイルルヤンカシュを捕らえたまま大きく後退する。


 その動きを見て、星兜と旭に変調が生じた可能性を案じた美星が両者の間に割り込もうとした、その瞬間を待っていたように、彼方から紫色に染まった光の矢がイルルヤンカシュの頭部を始めとした巨体に次々と突き刺さり、抉ってみせる。

 これまで轟雷の直撃にも耐えたイルルヤンカシュの装甲が耐え切れず、抉られて融解した内部構造を覗かせている様に、美星が気を取られている間に光の矢を放った射手が超音速で戦闘区域に侵入してくる。

 それは星兜や玉兎を一回りも二回りも上回る巨大なアイギスフレームだった。玉兎のライブラリに照合する機体データはなかったが、味方の識別信号を出している。


「機体名称ゴルゴーン?」


 星のない夜空のように真っ黒い装甲、両肩と背中の一部が後方に伸びる独特な形状をしており、右手にオープンバレルタイプのビームランチャーを、左手には刀身が鎌のように大きく湾曲し、内側に刃を備えた刀剣を握っている。

 イルルヤンカシュの巨体を穿ったのは、右手のビームランチャーだ。上下に開いた砲身の間では、残ったエネルギーの残滓がバチバチと音を立てていた。


 ゴルゴーンの乱入と同時にイルルヤンカシュの注意が、星兜と旭からそちらへと明らかに映る。一瞬で負わされたダメージに身をよじって悶えていたイルルヤンカシュが、怒りを感じさせる様子で五つの目を向けている。

 いったん攻撃が止んだのは、センサーを総動員してゴルゴーンの情報収集に当たっているからだ。その間にゴルゴーンは星兜の隣まで来ると、足を止めた。

 黒い装甲、規格外の巨体、歪な四肢と相まって、味方とは素直に信じがたい機体を前に、旭はパイロットが誰であるかを直感で悟り、親しげに声を掛ける。


「満夜さん! アイギスフレームに乗れたんですか!? 見たことの無い機体ですね!」


 その大きさゆえにゴルゴーンの胸部にすっぽりと収まっている満夜は、旭が通信するでもなく自分が乗っているのを把握したことに微笑みを浮かべながら答える。旭との間に結ばれた吸血鬼としての親子関係に、今のところ揺らぎはない。


「まあねえ。性能だけ突き止めてだぁれも乗りこなせなかった問題児ちゃんよ? 負荷も半端ないし、私じゃなかったら即座に廃人コースね。美星ちゃんもお疲れ。私が来るまでよく頑張ったじゃない。

 別に狙ったわけじゃないけど、私とゴルゴーンのデビュー戦にちょうどお誂え向きなのが居るものね。私か、それとも旭ちゃんが狙いだったのかしら?

 半人間半吸血鬼と純粋な吸血鬼。お星様に乗ってやってきたロクデナシにとっても、興味深い対象でしょ」


 満夜は旭と美星、並びに機体に大きな損傷がないのを確かめてから、ゴルゴーンという玩具で遊ぶのに最適な相手──イルルヤンカシュを前にして、獰猛に、残酷に、無垢に、そしてなによりも美しく笑った。

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[良い点] 戦闘シーンいいなあ。脳内スクリーンで再生余裕っす。
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