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第十四話 海の底から

 ターゲットドローンを相手にしたテストが終了し、観測船に戻った旭は胸部装甲とヘルメットこそ展開しているが、星兜に搭乗したまま休憩を取っていた。

 手にはチューブタイプの飲料が握られ、心身を休めながら次のテスト項目が始まるのを粛々と待っている。観測船のアイギスフレーム用格納庫には、旭と同じように休憩中の美星と玉兎の姿もある。

 あちらは瞑目してリラックスしている様子だ。旭は声を掛けようか迷ったが、彼女からの視線に気付いていた美星が目を開き、声を掛けてきた。


「どうかした? どこか調子が優れないところはない?」


 見ているのを気付かれていたと思っていなかった旭は、思わず口の中のオレンジ風味のドリンクを噴き出しそうになる。

 かろうじて飲み干して視線をあちこちにさ迷わせるあたりは、分かりやすい動揺の表れだ。


「いいえ、いえ、あの~美星さんから見て私の操縦はどうだったかな、と。美星さんの方が私よりも一年くらい戦歴が長いですし、ステージⅣの出力任せの操縦になっていないか、客観的に見て評価してもらえたらなって」


「貴方、真面目なのね。もちろんそれは良いことだわ。……そうね、安定したステージⅣの戦闘を見るのは初めてだったけれど、驚異的な戦闘力なのは間違いない。ステージⅣに到達したら、理性的な戦闘をできる時間はごく限られているから。

 貴方の操縦の腕前の話になるけれど、機体に振り回されているような場面はほとんどなかったわ。実機での操縦は二回目だったのに、想定を超えるかあるいは想定に届かなくて戸惑った、なんて様子は見られなかった。

 でも逆に貴方が平静で居続けられたのが、不思議だった。知識としてだけでなく、あの機体の新しいパフォーマンスを完全に体が理解している動きだった」


 星兜自体は旭にとって慣れ親しんだ機体であっても、その心臓はまったくの別物に変化している。圧倒的な出力に耐えられるように、人体に置き換えれば内臓、神経、血管、骨格と大部分を置き換えたにも等しい状態だ。

 いまや以前の星兜のままなのは見た目だけで、中身は別物になっていると言っても過言ではない。その機体の性能に旭が振り回されず、むしろ機体性能を知悉した操縦を見せたのが、美星には不可解であった。


「星兜からの声が聞こえてくるからそれに従って操縦していただけなんだけど、たぶん、ステージを高めてプロメテウスドライブとの同調を深めたから、その影響で“声”という形で機体の情報を受信した? のかな? たぶん。

 後は……うーん、満夜さんに血を吸われて、体が少し変わったのもあって、こう、アンテナの受信感度がよくなった的な?」


「要領を得ないなあ。でも、それを調べるのもこの任務の内、か。繰り返しになるけれど、どんなに些細な変化も報告を怠らないで。もう貴方の心と体は貴方だけのものではなくなってしまった。

 全てのスパルトイと人類にとって、特効薬にも劇薬にもなるとても繊細な存在になってしまったのを、決して忘れないで」


 ふわっとした旭の返答に、最初は呆れた態度を抑えきれなかった美星だが、言葉を重ねるにつれて痛切な響きへと変わる。

 吸血衝動と満夜からの影響力、この二点の問題がもし解消されたなら、きっとスパルトイ達は自ら望んで喉を満夜へと晒すと確信していたから。

 自分達の存在意義を全うし、メテオンを文字通り全滅させて人類の未来と平和を勝ち取り、そして願わくば自分達にもう少し長い時間を与えて欲しくて。


 旭もまた他のスパルトイから見た自分の立場と境遇を考えたことがないわけではない。

 ほとんど選択肢はなかったが、それでも旭が自らの意思で血を吸われ、ほとんどノーリスクで強い力を獲得し、七年という寿命を克服する可能性を得た事実はどれだけ甘い誘惑で、輝かしい希望と見えることだろうか。

 旭は言い訳がましい言葉も、弁明のセリフも口にせず、ただ、飲み干したチューブドリンクを握りしめながら、言葉少なに頷き返すだけだった。


「はい。忘れません。決して、必ず」


 休憩時間が終わり、旭が自らの置かれた境遇を再確認して、覚悟と決意をより強固にした後、本日最後のテストが行われようとしていた。

 実機を用いたテストの最終項目は、なんと実戦だ。あまりに性急と言えば性急だが、少しでも多く、少しでも早く旭と彼女の使うアイギスフレームの運用データが求められている以上、これも必要な措置ではある。


 常日頃、太平洋のどこかに潜むメテオンの大規模な巣から、太平洋沿岸各地へと向けて大小様々なメテオンの部隊が侵攻を重ねており、日本でも『定期便』と称されて、海神基地所属のスパルトイを中心に防衛線が敷かれている。

 逆に太平洋メテオンの勢力圏に足を踏み入れ、おびき寄せたメテオンを撃墜するのを『間引き』と称し、日常的に小競り合いが行われていた。


『今回、防衛線の一角にわざと穴を抜けて、定期便の内、少数をこちら側に誘引するわ。旭は星兜を用いてコレを迎え撃って。

 美星はギリギリまで様子を見なさい。手助けするタイミングはこちらから指示を出します。戦力的には以前の星兜と旭で十分に戦える相手を選ぶから、手こずりはしないはずよ』


 観測船のブリッジから送られてくるキリエからの通信に耳を傾けながら、旭はすでに観測船を出撃し、星兜と共に洋上を飛んでいた。

 その後方五百メートルの位置に美星が降り、彼女もまたキリエからの通信内容に耳を傾けており、旭の最後のテストに向けて彼女もまた並みならぬ緊張感に心身を強張らせていた。


「夕闇旭35号、任務了解」


 わざと防衛線を突破させたメテオン達を星兜のレーダーと旭の超直感が捕捉したのは、南南東方向へ進み続けて、間もなくのことである。

 時速六百キロメートル超の速度で日本列島へと向けて突き進むメテオン達は、小型のみで構成されており、満夜に血を吸われる前の旭でも撃退できる戦力だ。

 金属製の大鷲を思わせるバレットホーク、脚の先に砲門を備えた空飛ぶクラゲのスロータージェリーらが合わせて十四体。速度で勝るバレットホークが先陣を務める陣形を組んでいるそこへ、先んじて捕捉した旭の一撃が撃ち込まれる。


「夕闇旭35号並びに星兜、実機テストファイナルステージ、開始します」


 星兜が右手一本で構えた轟雷の長砲身から束ねられたエネルギーが解き放たれる。

 周囲の大気を焼き尽くしながら突き進んだエネルギーは、回避行動を取ろうとしたバレットホーク二機を余波だけで融解させ、抱えていた弾薬ごと大きな爆発を引き起こす。

 爆風と熱波に煽られた残りのバレットホークとスロータージェリー達は、味方の破壊に戸惑う感情などあるはずもなく、すぐさま体勢を立て直して戦闘モードへと移行する。


 バレットホークが片方だけで六メートルを超す翼に懸架していた十四発のミサイルを発射しながら、一気に加速する。瞬時に音の壁を超える異星製の銀鷹へと向けて、旭は星兜の声に耳を傾けながら、冷静に照準を合わせる。

 低出力化と引き換えに速射を高めたビームが、轟雷から次々と発射されて迫りくるミサイルを撃ち落し、撃ち落されたミサイルの爆発に他のミサイルが巻き込まれて、瞬く間に全てが誘爆していった。


 計算通りの結果に旭は満足も不平も覚えず、流れるような動きでバレットホークの後方から放たれたスロータージェリーの砲撃を避ける。

 スロータージェリーの四本の脚はそれぞれが可動域の広い荷電粒子砲だ。発射してからの回避はさしもの星兜といえども不可能。発射直前のエネルギー反応の変化と神懸った直感が、旭に余裕すら感じさせる回避を可能とする。


 互いに距離を詰めたことで見る間に近付いていたバレットホークが首の付け根から嘴までを上下に展開し、銃身を露にする。メテオン同士の同期により統制されたビームバルカンが四方から旭を目掛けて放たれる。

 スロータージェリーの荷電粒子砲も変わらず発射されていて、絶え間なく機動し続ける旭と星兜を撃ち落すべく、四方八方から光の槍と礫がひっきりなしに襲い掛かる。


「バレットホーク残り七、スロータージェリー残り六。ドライブ安定、精神汚染率変化なし。轟雷、砲身に異常なし。斥力場シールド百パーセントを維持」


 旭は感情が抜け落ちたように冷淡に状況を確認しながら、冷徹に戦況を見極めて星兜を操作し、轟雷のトリガーを引く。青い海と空を貫く雷が迸り、その度に凶星によって生み出された侵略者の尖兵達は数を減らしてゆく。

 徐々に空に描かれる光の檻が小さくなり、その軌跡の数も減らしてゆく中、ステージⅣの出力を維持し続ける旭と星兜の姿に、美星は自分が手助けする必要も、介錯する必要もないことに安堵していた。


 吸血される以前の旭でも単独で倒せた戦力が相手とは言え、数の上では圧倒的に不利な状況は、やはり見ているだけでいるのは心臓に悪い。

 観測船ではキリエを筆頭とした技術者達がデータを記録し続けているが、美星へ新たな指示が送られてくる様子はない。あちらも今のまま、旭が戦闘を続けて問題ないと判断しているというわけだ。


(実際、まるで問題なくメテオンを撃ち落している。轟雷をアレだけ短いインターバルで発射していて、パワーダウンする様子もないか。あれなら直撃弾が十、二十と重なっても、シールドもほとんど削れないかもしれない)


 美星はかつてステージⅣに到達し、ほとんど理性を失いながらチョーカーが起爆するまで戦場で暴れ回ったスパルトイを目撃したが、その時の少女と違って冷徹なまでの理性の下で振るわれる力は、効率的かつ合理的で、無慈悲なほどの暴力を発揮している。

 誤射を行わないメテオンの特性を活かし、バレットホークを遮蔽物代わりにしてスロータージェリーの砲撃を回避し、同軸に並んだ二機が轟雷の一射でまとめて撃墜される。


 蹂躙、とそう表現するべき一方的な戦いは、旭の轟雷の一撃からものの数分で終息を迎えつつあった。自分の出番がないことに、美星は秘かに安堵した。

 そしてそんな美星の心を傷続けるタイミングを見計らっていたように、玉兎のレーダーが巨大質量とエネルギー反応を検知して、警告を発する。


「海中から、ステルス!? ブリッジ、戦闘に介入する許可を」


 それまで影も形もなかった巨大なメテオンの影が戦闘区域の海中に生じて、すさまじい勢いで上昇を始める。ざっと二百メートルを超える巨大な蛇型の大型メテオンだ。


「どうして大型のメテオンがこんな場所に? 警戒部隊は何をしていたの!!」


 美星が堪えきれずに発した叫びと同時に、旭は最後のスロータージェリーとバレットホークを撃墜し、海面を割って姿を見せた大型メテオンを認めた。

 海水を大瀑布のように流しながら、その大型メテオンは長い鎌首をもたげて五つあるカメラアイを美星ではなく、旭と星兜へと据えてじいっと見定めるように睨んだ。


 旭は自分『達』をはっきりと睨む大型メテオンに氷の如く冷たく厳しい視線を向け、轟雷の砲口を向ける。

 イレギュラーな事態の勃発ではあったが、イレギュラーが生じるのも想定しておくのが、戦場というものだ。たとえそれが、アイギスフレームを持たない人類の戦力をことごとく壊滅させた破滅の大魔獣の出現であろうとも。


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