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第十三話 誘惑

 その日、太陽が地平線の彼方に沈むと共に、ユーラシア大陸東部のとある海岸にて、巨大な金属の鯨を思わせる物体が接岸した。

 もちろん誤って海岸に座礁したわけではない。その金属の鯨は大きな開口部を開くと、その中からぞろぞろ無数の金属製の昆虫や魚類、哺乳類を模した機械群を吐き出した。

 移動母艦である鯨型メテオンが収容していた小型メテオンを吐き出す──メテオン上陸時によく見られるありふれた光景で、人類からすれば苦々しい事この上ないものだが、その一団は目が赤く染まっている、という特徴があった。


 人類の把握していない、満夜の眷属と化した裏切りのメテオン達である。

 後にレッドアイズのコードネームを人類から与えられる彼らは、吸血鬼としての親であり、絶対の主君である月欠満夜から与えられた命令に従い、一体でも多くメテオンを減らし、更に仲間を増やす為に、ユーラシア大陸への上陸を果たしていた。

 移動母艦内部に居たメテオンを全て破壊ないしは仲間へと変える事に成功し、その数を増やしたレッドアイズは、更に数を増やす為、そして秘密裏に人類に協力する為にも、付近の『巣』攻略を目標としながら、地平線の彼方を目指して進軍を始める。

 メテオン側がこれまでにない配下の機体の離反に気付き、対処を始めるのには今少しの時間が必要で、人類がレッドアイズの存在を把握するのには、更に多くの時間が必要だった。



 旭が専用に調整を施された星兜を与えられ、もろもろのテストを繰り返すようになった頃、同じく満夜もまたアイギスフレームの搭乗訓練と彼女自身のプロメテウスドライブとの相性を確認する実験に積極的に臨んでいた。

 この頃になると旭と満夜はそれぞれの実験の為に、共に過ごす時間が減り始めていたが、それでも顔を合わせる機会が無くなったわけではない。


 相変わらず合成食材で作られた食事を堪能し、娯楽の娯の字もない時間を積み重ねて行くが、二人にとって新しい刺激が絶えず訪れる日々でもあった。

 そして久しぶりに相部屋で寛いだ時間を共有した二人は、それぞれが話してよいと許可された範囲で実験の内容や結果を口にして、情報の共有を行う。

 満夜の手には彼女のジェラルミンケースから取り出されたストロー付きの血液パックがあり、旭の手にはエナジードリンクのパックという違いはあったが。


「旭ちゃんの方は精神汚染の心配もなく、常時ステージⅣでの戦闘行動に向けたテスト中ね。結構、無茶なスケジュールなんじゃないの?

 ステージⅣの次、ステージⅤになったらチョーカーが爆発するか、アクシデントで汚染者落ちするんでしょう? 吸血鬼化で抑制が効くにしても、結構、危ない橋を渡っている印象だわね」


 ちゅー、と音を立てて解凍された血液を飲む満夜は少しばかりご機嫌ナナメな様子だ。まずはステージⅢで様子を見た方がよいのではないか、と抗議したい気持ちなのだ。

 はっきり感情を表す満夜に、自分の心配をしてくれることへの感謝の念を抱きながら、旭は自分の考えを口にする。

 幸い、満夜の手の中の血液に対して、少しの渇きはあっても涎を垂らすほどの渇望はなかった。ひょっとしたら、満夜は旭の精神的耐久力を試しているのかもしれない。


「ステージⅢでの戦闘はベテランのスパルトイなら当たり前にやっていますから、データは十分に蓄積されているんだと思いますよ。

 ステージⅣが危ない橋を渡っているようなものって考えは否定できませんけど、本当にあの頭をかき回す声が小さくなって、私は『私』を忘れずにいられるんです。

 甘く見ているとは考えたくありませんが、このまま実戦に赴いても、問題なく戦えると思います。休憩なしで日を跨ぐような長期戦だったら、また話は変わるかもしれませんけど」


「いつかはソレもテストするんでしょうね。ぶっつけ本番にならないよう、人類側も細心の注意を払ってくれるのは間違いないのが救いか」


「満夜さんの方はどうなんですか? 身体検査は終わって、その、首にチョーカーまで巻いて……」


 旭の目は満夜の首に巻かれた大きめのチョーカーに向けられる。満夜は支給されたスパルトイ用の制服に袖を通しているが、旭にとってなにより目を引くのは、やはり首のチョーカーだった。

 満夜の不死身ぶりを目の当たりにしていない旭は、彼女が首から上が吹き飛んでも大して支障のない理不尽生物であるのを理解しておらず、満夜の人類に味方するという壮絶な覚悟の表れだと、勝手に勘違いしている。まあ、それも完全に間違いではないが……


「吸血鬼なんて分けわかんない怪物を懐に入れるんだから、首輪の一つも着けておけば気休めになるでしょう。心臓と脳にも小型の爆弾を埋め込んどいた方がいいんじゃないって、提案したらドン引きされたけどね。中途半端にお優しいもんだわ。なっはっはっは!」


「ええ、笑うところですか、ソレ……」


「私にとっては笑い話よん。旭ちゃんの今後については笑い話じゃすまないけどね。ステージⅣでの安定稼働、精神汚染の防止、四分の一でも吸血鬼化による身体能力の強化……ここら辺の具体的な効果を確認されたら、他のスパルトイにも応用する話が出てくる。

 いえ、精神汚染の問題をクリアできるなら、普通の人間でもアイギスフレーム搭乗へのハードルがグッと低くなる。私の眷属化による影響と人間をちょっと止めるデメリットを考慮して、人類がどう判断するのか、不謹慎だけど個人的に関心があるのよね」


 不死身の兵士達による無敵の軍団。

 満夜の経験上、吸血鬼に限らずゾンビや黒魔術、薬物などあらゆる方法を用いて人類が夢想しては、実現できずに終わった馬鹿げた構想が、満夜次第では部分的に実現可能な可能性を、人類側は提示された。

 その可能性を巡って、追い詰められている人類がどんな反応を示すのか。メテオンとの生存戦争の結末とは別に、これまで何度も追い求められ、追いかけられてきた満夜としては大いに興味を惹かれる。


「そう、ですね。私達も生まれた時からそうだと分かっていても、心を汚されないとか、七歳まで生きられないはずなのに、もっと長く生きられるって言われたら、誰だって心が揺さぶられます。こればかりは……嘘を吐いても仕方ないかな」


 切なげに呟く旭に対して、満夜は輸血パックを飲むのを止めて、表情を凍らせた。


「あ、はい」


 クローンであるスパルトイ達はすぐに実戦投入する為、培養ポッドの中でおおむね十四、五歳になるまで、強制的に成長を促進させる。

 成長促進を受けて生まれる為に、スパルトイ達は皆、寿命が短い。培養ポッドを出て最初の一年は教育と訓練に費やされ、無事に戦い抜いたなら、最後の一年は後方勤務となり戦場に出ることはまずなくなる。


 そうして七歳の誕生日前後に、スパルトイ達は天寿を全うしてその命の灯を消す。

 旭を含めスパルトイ達は大きく自由を許される最後の一年の日々を夢見て、苛酷な戦場に赴いて死と精神を汚染される恐怖と戦う。

 そんなスパルトイ達にとって、寿命が延びる可能性が提示されたなら、それはどれほど甘い誘惑であることか。


 もちろん、本当に寿命が延びるかどうかは、旭の今後を見守らなければ分からない話で、今は憶測でしかない。

 ただそれはそれとして、テスト中にキリエからスパルトイ達の寿命を聞かされた満夜は、旭の血を吸った時に薄々感づいてはいたが、はっきりと告げられて気落ちしたものである。

 こうして会話の中で不意に寿命の話を持ち出されると、未だに表情が抜け落ちるくらいには、満夜にとって大きな精神的外傷だった。



 海神基地より遠く離れた洋上を、二機のアイギスフレームが飛翔していた。

 青空に尾を引く高度から海面スレスレまで、高度に速度、急旋回、急加速、急減速……ステージⅣを維持した状態での、星兜のテスト中の光景だ。

 随伴しているのは、美星の搭乗する玉兎だ。春雷二挺と右肩に小型ガトリング砲、左肩にミサイルポッドを追加で搭載している。

 相変わらず那覇基地には戻れず、海神基地で旭に付きっきりの日々を過ごしている美星だったが、今のところ、文句ひとつ言わずに黙々と任務をこなしている。


 後を着いてきている観測船から送られる指示の通りに飛び回る旭と星兜のデータは、余すところなくその全てがキリエとスタッフ達の詰めている管制室へと送られ、今後の彼女の運用と吸血鬼化の取り扱いに関する、貴重な資料として蓄えられている。

 吸血鬼の特徴として語られる逸話では、彼らは流れ水を渡れず、陽光の下では活動できないとされている。

 四分の一が吸血鬼と化した旭の場合、この状況下でどのような影響が出るのか? ステージⅣの維持にもどんな影響が出るのか? 旭から得るべきデータはまだまだ多い。


『旭、気分が悪くなったりはしていない? 精神干渉による影響に変化は?』


 キリエからの質問に、十連続回転飛行を行っていた旭は疲労を感じさせない声で答える。


「報告します。星兜とインナースーツで直接陽光を浴びているわけではありませんが、肌に若干のひりつきを感じています。

 また海上での行動については、しなとにて海神基地を目指していた途上から現在に至るまで、影響を感じられません。現状、テストの続行に支障はないかと」


『了解。では続けてターゲットドローンを射出する。轟雷のロックを解除する。確認を』


 ストームマンタ戦での結果を考慮して、星兜は外見こそ大きな変化はないが、機体内部のパーツやフレームは、膨大な出力に耐えられるように余裕を持たせ、耐久性を重視した仕様に変えられている。

 今回、携行している腕よりも長く太いプラズマキャノン『轟雷』は、今の星兜の生み出すエネルギーを注ぎこまれても、それだけでジャンクになること無いようにと用意された特製である。


 この轟雷のように大出力を必要とするエネルギー兵器のテストが、今後は増えて行くだろうし、実戦で運用するにあたっては旭と星兜の特異性を活かす為にも、実際に装備される機会が増えるだろう。

 星兜と玉兎の後方で控えている観測船から、およそ十機余りのターゲットドローンが射出される。ミサイルにも似た、細長い胴体に三角形の翼を生やした代物だ。


 飛行タイプの小型メテオンを模した機動を取り、ターゲットドローンが一斉に星兜を目指して襲い掛かる。

 死体に群がる鳥のようだ、と旭が思う中、ターゲットドローンからは容赦なくレーザーが照射され始める。

 実際に星兜にダメージを与えられるような代物ではなく、命中した場合、実戦に置き換えたダメージ判定が下され、それに応じて機体側にロックが掛かる仕組みである。

 大出力を獲得した星兜の斥力場シールドなら、仮に実戦でレーザーの集中砲火を浴びても、ダメージは皆無だが今回は耐久性を調べるのが目的ではない。


「いくよ、星兜!」


 降り注ぐ赤いレーザーの隙間を縫い、星兜は淡い桜色の装甲に傷一つ着けることは許さないとばかりに青い海の上を風のように軽やかに舞い飛ぶ。

 ステージⅣクラスの重力制御によって、更に大胆に、より繊細な機動を可能とし、旭は吸血鬼化の影響で増した身体能力と直感を余すことなく活かし、周囲を乱れ飛ぶターゲットドローンを冷静に捕捉。


「轟雷、発射します」


 轟雷の射線上にターゲットドローン三機を捕らえ、プロメテウスドライブからエネルギーの流れ込んだ轟雷の砲口から、ストームマンタを撃ち抜いた砲撃に匹敵するエネルギーが解放される。

 降り注ぐ太陽の光を押しのけ、周囲を白々と染める轟雷の名の通りの砲撃は、瞬時にターゲットドローンを飲み込み、跡形もなく消し飛ばして見せた。

 標準的な中型メテオンならば、斥力場シールドを貫いて、撃破できる威力だ。あのストームマンタも容易く撃墜できるだろう。


 旭は発射直後の轟雷の状態を視界の端で確認しながら、四方から容赦なく降り注ぐレーザーを避ける。実際にダメージを受ける心配がないとはいえ、まったくもって容赦がない。

 長大な分、取り回しの悪い轟雷を脇に抱え、星兜は高い出力に任せて砲身を小枝のように振り回し、尋常ではない速さでターゲットドローンを照準のど真ん中に捕捉してゆく。

 実験区域内に轟雷が次々と迸り、ターゲットドローンが数を減らしてゆく光景を美星は固唾を飲んで見守っている。今頃は観測船の技術者達も、旭と星兜の齎すデータを余すところなく取得しているところだろう。


(夕闇旭35号、元々、能力の高い個体だったけれどあらゆるパフォーマンスが向上している。ステージⅣのまま機体出力は安定、精神汚染率の浸食は確認されない。

 ますます、私達スパルトイや人類が吸血鬼化を求める理由が増えて行く。もし、月欠満夜の支配下に落ちる、という危惧が解決されたなら、どれだけのスパルトイがああなるのを望むだろう)


 美星は自分が羨望の眼差しを旭に向けているだろうと、そう確信していた。

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