第十話 赤い瞳
四季との尋問というよりも、面談を終えた満夜と旭はそのまま美星の案内を受けて、移動を始めた。満夜としては手ぬるい質問だけで終わったという印象だが、まずは軽い牽制のジャブが終わった程度と考えておいた方がいい、と判断しておく。
それよりも、と満夜は自分達を先導する美星の華奢な背中に目を向ける。旭と同じインナースーツを着た美星の肩は小さく、通信機越しに聞こえた声の印象通りのあどけなさを残す少女だ。
(テントの中にいた他の子達も思春期ってところだし、ほんっとうにスパルトイは子供達で構成されているのかしら?
成人している子が居てもおかしくはないけど、私が見ていないのはたまたま? 大人のスパルトイが居ないのに理由があるとしたなら、嫌な気分になる理由の予感がする。ものすごく、する。聞くのが怖いわぁ)
撤収の準備を進める兵士達の視線を集めながら、美星はキビキビとした足取りで進んでいる。その背中に旭が声を掛けた。
「美星さん、改めてお礼を言わせてください。私を探しに来てくれて、それとストームマンタの足止めを買ってくれて、お陰で仲間達とまた会えました」
旭の言葉に対して、美星からの返事は冷淡な声色だった。無視されなかっただけ、まだ温情があると考えるべきだろうか。
「それは、任務だったから。お礼は必要ない。それに結局、ストームマンタを撃墜したのは貴方。ストームマンタの件に関しては、なおさらお礼はいらない」
「そう言われるかなぁ、とは思ったんですけど、私がスッキリしたい為に言ったので、要らないお礼の言葉ならそのまま聞き流しちゃってください」
「……貴方、意外と図太いというかたくましいんだ」
自分の為にお礼を言ったと告げる旭に、美星は少し呆れた様子で、満夜も同じ感想を抱いて、へえ~っと思わず零している。
血を吸って精神的な繋がりを得たとはいえ、メテオンの精神汚染を含むイレギュラーもあり、お互いの心や思考が筒抜けというわけではないから、旭という少女に対する理解はまだまだこれから深めて行く段階なのだ。
「あははは、たくましくないとスパルトイを続けていられませんよ! ……そうでしょう?」
「…………そう、ね」
それきり口を噤む美星と旭の醸す雰囲気に、満夜は頬を引き攣らせた。
旭が笑顔を浮かべたまま瞳を濁らせているのは、出来れば直視したくないし、こちらに背を向けている美星がどんな表情を浮かべているのかを確かめたら、こちらの精神にダメージを負う予感がする。
(いや、空気が重い! やっぱり作られた命っていう境遇に思うところはある感じか。わざと空気を読まずにズケズケ物を言う私でも、安易に口出しできない雰囲気が瞬時に出来上がっちゃっているし)
満夜は、どうにも自分は旭と美星をはじめ、スパルトイに対して感情を寄せすぎだな、とこれまでを顧みながら美星の案内する先──例の戦艦へと視線と意識を映した。
艦橋らしき構造物はなく、薄い水色の戦艦は全長四百メートルをゆうに超えている。
艦砲がは、平時は内部に収納しているのかもしれない。なにより特徴的なのは中央の船体の左右にも船体が存在する、双胴戦艦ならぬ三胴戦艦の構造をしていることだろう。
改めてみると、陸上戦艦で尚且つ三胴戦艦と、とんでもないキワモノだな、と満夜はしげしげと戦艦を見回す。旭や美星にとっては見慣れたもので、興味を惹かれているのは満夜ばかりだ。
四季との面談を経て満夜を中に入れる判断を下したらしく、満夜と旭は美星の導くままに艦内へと進み、満夜の好奇心を刺激しながら士官用の寝室の一室で足を止めた。
乗員の数がそれほどいないのか、一人で使える造りになっており、壁際にベッドが一つと反対の壁には机と椅子のセットが置かれている。生活感がなく、私物が置かれていないことから、未使用の部屋なのだろう。
「基地に戻るまでの間、二人にはこちらの部屋を使っていただきます」
「それは構わないけど、どれくらい掛かるの? 半日? 一日?」
ベッドに腰掛けた満夜からの問いかけに、美星はやはり淡々とした調子で答える。
「離陸すればものの数時間で到着します」
「ずいぶん早いのね。北海道のどこかの基地? 自衛隊の基地だったところ? それと、旭ちゃんも座んなさい。美星ちゃんも、立ちっぱなしじゃ疲れるでしょ」
満夜が眠りに着き、メテオンのユーラシア大陸からの上陸阻止作戦が展開されたこの大地は北海道なのだった。
満夜としては陸地伝いに進み、数時間で着く、となるとやはり道内なのだろうな、と考えた上での発言なのだが、これに美星は首を小さく左右に振って否定する。
ついでに座るのも拒否して、入り口近くで立ったままだ。部屋に窓はないから、万が一、満夜が脱走を試みた時には、ドアを塞ぐ肉の壁になるつもりなのかもしれない。
悲壮な覚悟を固めているかもしれない美星の心中は知らず、満夜は美星のなんとも可愛らしい仕草に、自然と頬を緩める。
彼女は可愛らしい生き物、特に美少女と美少年が大好物であった。隣に座った旭といい、美星といい、満夜としては両手に華のような状況で、ニコニコ笑顔である。
「この艦の目的地は太平洋上に建設された移動海洋都市型基地『海神』。この飛行戦艦『しなと』はアトラス機関極東管区日本支部入間基地所属の艦ですから」
「……ええ? ええ~~~~? 飛行戦艦? え、じゃあ、陸上戦艦だっていうのは、私の勘違い? ていうか、飛ぶのこの戦艦? 何万トンだか何十万トンだか知らないけど、マジ? いや、移動海洋都市型基地とか、そっちもすごい気になるけど!」
「飛ぶから飛行戦艦なので、それは、飛びます。メテオン由来の技術の解析と応用で開発された、重力制御システムと新型核融合炉のエネルギーを使えば、この大きさと質量の物体でも飛行は難しくありません。
それと今回のメテオン上陸阻止作戦には、北海道以外にも日本各地から日本支部所属のスパルトイが参加しているので、しなと以外の飛行戦艦も加わっています。先に帰還の途についているので、私達が最後です」
「それで海神基地は、都市と言うくらいだからサイズの物体を収納して、整備ができる設備が置けるほど広いんだ。私が眠っている間にいろいろあったのは知っていたけど、はあー、空飛ぶ戦艦を作れる時代かあ。旭ちゃんと美星ちゃんも海神所属?」
「私は元々海神基地所属ですけど、美星さんは基地で見たことがないし、違うんじゃないかな?」
「ええ。私は沖縄の那覇基地から、今回の作戦に向けて出向してきたので。元々は別の輸送機で那覇基地に戻る予定だったけれど、月欠さんと夕闇さんの件で予定が変更に」
旭を旭35号ではなく夕闇さんと呼ぶようになったのは、旭に対する上層部の対応を通じてすぐさま敵対する相手ではない、と美星が判断したからだろう。
「美星ちゃんは日本を南から北へと横断してきたってわけか。それじゃあ、その海神基地に行くまでの間、私と世間とのギャップを埋めておかないとね。
旭ちゃん達の参加した作戦は、ユーラシアからのメテオン上陸を阻止する目的だったみたいだけど、ユーラシア大陸全土がメテオンの手に落ちているの? 流石にそれは不味いわね」
満夜が表情を引き締めて真面目に問いかけるのに、美星は壁際の机に近付いて、備え付けの端末を起動して、画像を呼び出す。それは一部が赤く塗られた世界地図だった。
「この赤い部分がメテオンの勢力圏。ユーラシア大陸の中央部を中心に、大陸東端の一部を抜かれているから、日本支部はユーラシア側と太平洋側からの侵攻に対処するのが主任務。
日本支部の所属している極東管区とユーラシア管区の尽力で、ユーラシア大陸東側の完全制圧は免れています」
「ふむん。見た感じ、ユーラシア中央から東部、南米大陸、それに太平洋の大部分を抑えられているか。シーレーンを抑えられているのは痛いわね。
それで、メテオンの勢力圏の中に大きな赤い点が表示されているけど、これって、メテオンの大規模な基地の所在を示したもの?」
満夜の指さす先には、確かに赤い点が禍々しく明滅しており、そこを中心としてメテオンの勢力圏が広がっているのは一目瞭然だ。解説役を美星ばかりに任せてはいられないと感じたのか、話を継いだのは満夜の傍らの旭である。
「三十年前、あり得ない軌道を描いて地球に接近する巨大な隕石が観測されました。細かく軌道を変更しながら迫ってきたソレこそがメテオンです。
迎撃の為に発射された無数のミサイルや地対空レールガン群を始めとした兵器を用い、破壊が試みられましたが、隕石が自ら軌道変更し、更に破片を打ち出して迎撃を行った為、破壊は失敗しました。
直接隕石に乗り込んで、破砕作業を行う案もありましたが、隕石が人工物である可能性が極めて高く、地球への落下を狙っているのは明白であった為、この案は却下されました。仮に実行に移されても、失敗していたでしょう。
そして地球圏に到達した隕石は大気圏に突入する寸前で、自ら三つに分裂するとユーラシア、南米、そして太平洋に落下したんです。地球に甚大な被害が出ないように、何度も丁寧に減速を行って、優しく、優しく」
「へえ、となると単に人類をはじめ、地球上の生物を絶滅させて繁殖上にするとか、生存に適した環境に作り替えるのが、メテオンの目的とは考え難いか。
つまるところ、最低でも三か所、地球上にはメテオンの巨大拠点があり、その攻略が目下、人類の目標になっているって認識でオッケ?」
こくり、と旭だけでなく美星も極めて深刻な顔で頷き返す。現状、メテオンの侵攻を食い止めるので精いっぱいだが、人類はまだメテオンの地球上からの駆逐と生存圏の奪還を諦めてはいない。
メテオンの目的について、あれやこれやと推測を重ねながら、満夜はさらに質問を重ねる。これから駆逐するべき敵と共闘する味方の情報は、多いに越したことはない。
「それじゃあ、次の質問ね。しなとにメテオン由来の技術が使われているって話からして、他の戦車とか戦闘機にも少しは技術が応用されているんでしょ?
昔から人型兵器を作る技術があるなら、その技術で戦闘機とかを作った方がよっぽど強いって耳にしていたけれど、そこんところはどうなの?」
これも答えたのは旭だった。
「単純な出力なら、地球純正の核融合炉よりもプロメテウスドライブの方がずっと高いんです。けどプロメテウスドライブには精神汚染のリスクがあって、パイロットを選ぶ上に消耗を強いる諸刃の剣。
それで少しでも精神汚染を緩和するには、パイロットに自分が人間であることを強く意識させるのが有効な方法の一つで……」
「ああ、だから、パワードスーツの延長線上みたいなアイギスフレームができたってわけかあ。人型の機体に乗っていれば、味方とお互いを見るだけでも、“人間”を意識できる。
戦車と戦闘機にプロメテウスドライブを積めなくはないけど、精神汚染を抑制できない、と。そりゃあ、リスクの方が大きいか」
いくらクローンを量産できるからって、ホイホイと使い捨てにする考えは人類にないらしい、と満夜は少しばかり安堵した。それからもう一つ、旭を通じて星兜のプロメテウスドライブの鼓動を感じた満夜は、推測を口にする。
「それとプロメテウスドライブは精神に感応する特性があるでしょ? だからこそ旭ちゃん達の精神に干渉して、汚染っていう現象が発生しているわけよね。
パイロットの精神に同調し、気合やら根性やら闘志やら、精神の働きに呼応して出力を向上させる。同時に、同調を深めて出力を高める程、精神汚染も強くなる。痛し痒し、というには諸刃の剣が過ぎる代物だわ」
「その通りです。あの、私が星兜と同調を深めた時に、満夜さんにも伝わりましたか?」
「そゆこと。無機物と有機物の精神が同調すりゃ、そりゃ不具合を起こすのも当たり前って話よね。人類も研究は進めていても、根本的な解決は未だしか。しょうがないっちゃしょうがいけど、実際に命と人間としての尊厳を賭けて戦っている貴方達には、酷な話だわ」
こうして実際に言葉にして聞かされると、精神汚染が相殺されている旭の状態は、満夜の想像を超えて人類にとって大きな福音にも呪いにもなり得るものだと痛感する。
旭が機体と武装の限界を超えた力をプロメテウスドライブから引き出しながら、精神が汚染されることなく、自我を維持しているという結果は、人類側に、そして同じスパルトイ達にとって、大きな衝撃をもたらすだろう。
「ん~~~あの時はそうするしかないと思って行動したけど、旭ちゃんに重い運命を背負わせちゃったかも~?」
ゴメンネ! といきなり謝ってくる満夜に、旭は頭の上に疑問符を浮かべて、首をかしげるのだった。果たして旭がこの体にされた事を恨み、満夜を恨む時が来るのか。それはこの場の誰にもまだ分からぬことであった。
*
飛行戦艦しなとをはじめ、メテオンの北海道上陸阻止作戦に参加した統合軍並びにアトラス機関各員が、元の所属基地へと帰還し始めたころ。
彼女らの奮戦によって撃退されたメテオンの残党もまたユーラシア大陸へと帰還し、次なる指示に従う為に大陸内部の基地──人類側が『巣』と表現するモニュメントの一つを目指していた。
残敵掃討を担う現地のスパルトイや統合軍の兵士達が、北海道の雄大な山岳や海岸線を目を皿のようにして捜索する中で、撤退用の移動母艦を務める大型メテオンを目指す小型メテオンの一団の姿があった。
上陸阻止作戦の戦闘の痕跡がそこかしこに散らばり、原型を留めていない小型メテオンや人類側の戦闘ヘリや戦車の残骸が波に打ち付けられていた。
これまで何度も繰り返された戦闘の影響で、かつてあった街並みは破壊されて、廃墟と化した民家や崩壊した道路が延々と続いている。
沖合の海底で人類の捜索の目から逃れている、鋼鉄の巨鯨を思わせる移動母艦を目指すファイアーダやグレイストーカーら三十機あまりの残党は、金属の体のあちこちに損傷を負っており、耐えきれずに途中で機能を停止してその場に倒れ伏す物も居た。
撤退命令に従い、北海道北西部に広く散開していた状態から、撤退用の移動母艦を目指す集団はこの小型メテオンの群ればかりではなく、今も少しでも多くの敵を葬らんとする人類側の追撃から逃げているメテオンが多数いる状況だ。
海中でも問題なく行動できるグレイストーカーとファイアーダ達が、じゃぶじゃぶと波をかき分けて進む中、不意に海中に赤い光がいくつもいくつも灯りだす。
それはまるで陸の人間を水底に誘い込む海の悪霊の瞳のようだったが、満夜という存在が発覚したこの世界ではあながり迷信とも言い切れないのが恐ろしい。
いずれにせよメテオンからすれば、敵性存在ならば抹殺か研究の為に鹵獲するだけである。しかしグレイストーカー達は攻撃する気配を見せなかった。次々と海の中から水しぶきを上げて姿を見せたのは、彼らと同じ小型メテオン達だったからである。
基本的にメテオンは同士討ちを行わない。味方の信号を発する彼らを、敗残兵達は敵とは認識せず、一切、警戒していなかった。もし、より有機的な判断を下せる人間のような思考を持った上位機種が居たならば、この後、起きた光景は別のものになっていただろう。
無防備に前へと進み続ける敗残のグレイストーカーの一機へと、まるで満夜のように赤く目を染めたグレイストーカーが飛び掛かり、高周波ブレードで味方のはずのグレイストーカーを切り刻み始めたのだ。
それを合図に海の中から姿を見せた赤い瞳の小型メテオン達は、一斉に逃げる最中の同胞達へと襲い掛かり、彼らが反撃をするまでの間にそのほとんどを破壊してゆく。
メテオン同士では通常あり得ない同士討ちに、反撃をする間もなく最後の一機が破壊された時、赤い瞳のメテオン達は自分達で作ったばかりの金属の残骸達へ作業用の先端に三本の爪が着いたコードを体内から伸ばし、おもむろに突き刺し始める。
小型メテオンのほとんどは巣や中型以上のメテオンから供給されたエネルギーによって稼働しており、エネルギーの補給を受けられずにさまよい続ければいつかはエネルギーが枯渇して、活動を停止する。
であるならば目の前の行為は、メテオンに反旗を翻した赤い瞳のレギオン達が、活動を維持する為に残骸からエネルギーを補給している光景に違いない。
だが特徴的なその赤い瞳を淡く明滅させながら、同朋の残骸からエネルギーを奪う彼らの姿は、どことなく満夜が血を吸う姿を連想させるナニカがあった。
やがて得られるエネルギーの全てを吸い尽くしたレッドアイズは、海中で身を伏せる移動母艦を次の獲物と狙い定めて、一機、また一機と海中に身を没してゆく。
人類との戦闘ではなくメテオン同士の戦闘による戦力の消失、これこそが旭達の遭遇したストームマンタが単独で行動していた原因だった。
前例にないメテオンの反逆という事態にあたり、メテオンの上層部、あるいは指示を出している存在はより精密な情報を求めてイレギュラーな行動を取らせていたのだ。
だがその甲斐もなくメテオンの捜査網を潜り抜けたレッドアイズ達は、その機体のどこかに開いた一対の小さな穴を海水で濡らしながら、海底を這い進む。全ては彼らのエネルギーを、メテオンにとっての血液を吸った一人の吸血鬼の命令であるが故に。