幼馴染の手助け②
結局、ディアンヌは自分が抱える秘密の『ほとんど全部』を話すことにした。
「先に聞いておきたいのだけれど、あなたの思う以前の私って、どんな風?」
「まあ、根本的なところは変わらないさ、だけど自分の気持ちを優先させたり、他人の気持ちを誘導するようなズルさの一切ない、清廉潔白な人間だった」
「あら、それじゃあまるで今の私がズルい女みたいじゃないの」
「実際ズルいだろ、あの妹君の侍女の心情を操作していたじゃないか。以前の君ならば、妹君のあざとさにまんまとしてやられるか、でなきゃ馬鹿正直に腹を立てて妹気味を怒鳴りつけて自分の評価を落としているところだっただろうに」
「確かに、以前の私は馬鹿正直でしたものね」
「ふはっ、自分で言うのかよ」
「でもね、馬鹿正直に生きたところでなんの得もないということに気づいてしまったの」
「それは、どういうことだい?」
「そうね、ジーン、あなたは魔法を信じるタチかしら?」
そう前置いて、ディアンヌは6年間の未来の記憶を語って聞かせた。これから国王が病を得て、それが発端となって継承位争いが表面化することから、クーデターによって第二王子が権力を得ることや、その結果として自分が魔女として処刑されることまで。もちろん、処刑台でリリアーナに死をいたぶられ、その恨みを抱いて目覚めたら17歳の体に舞い戻っていたことまで、ほとんど全てを。
ジーンはそれを笑うことも疑うこともなく聞いていたが、最後に一つだけ質問をした。
「ちょっと待ってくれ、君が処刑されただって? その時俺は何をしていたんだ?」
実はそれこそが、ディアンヌがジーンに最も聞かせたくない未来であった。
「あなたはね……」
今から2年後に死ぬ。
ジーンはこれから父親が長年心血を注いでいた鉄道事業を引き継ぎ、ついにこの国にレールを敷くという偉業をなすのだが、その直後に不審な死を遂げる。いつも通り職場に向かう途中で突然行方不明になり、その数日後、蒸気機関車の走るレールの上で轢死体となって発見されるのだ。
その頃のジーンは鉄道事業のほかに既存の商事業も抱えた激務の真っ只中にあり、ノイローゼによる自殺として片付けられた。しかし命をかけるほど鉄道事業を大事にしていたジーンが、その聖域とも言える線路内で自殺などするだろうかという疑問の声もあった。
結局この事件の真相は闇の中ではあったが——ともかく、ジーンは死んだのだ。
ディアンヌは、嘘をついた。
「あなただってその頃には家族がいて、私になんか構っていられなくなるのよ」
しかしジーンは、その言葉を信じたりはしなかった。
「そんなわけがないだろう、仮にそうだとしても、俺が君を見捨てるなんてことは絶対にない、なあ、ディアンヌ、正直に言ってくれ」
「ああ、本当に、家族ができて、私のことなんてどうでも良くなるんだってば! もういいでしょ、この話はおしまい。それよりも頼んでおいた調査の結果を教えてちょうだい」
ジーンは納得していない様子ではあったが、それでも商談を装うために懐中時計を手の中に握り込んで、嘘くさい笑みを浮かべた。
「ああ、調査結果か、薪小屋の火事の話だったな」
それを聞いたアナが少し動揺したのか、肩先を跳ね上げた。しかし彼女は優秀な侍女として表情は一つも崩さずにディアンヌの側に控えて立っていた。
ジーンは素知らぬふりで話し出す。
「結果から言うと、薪小屋を焼いたのは何らかの可燃性のガスだろう」
「それは確か?」
「ああ、ランプから溢れた火を引き寄せるみたいに燃え広がったっていう君の話を元にしてね、専門家に聞いたんだ。工場のガス灯なんかに使う燃料ガスが漏れたりすると、そういう燃え方をするそうだ」
「つまり、『誰か』が薪小屋に燃料ガスを撒いたってことね」
「そういうことだな、そして、その誰かを俺の方で特定することは難しい、何しろ少し大きな工場であればどこでも使っているような、ごくありふれた燃料らしくてね」
この国は今、産業革命の真っ只中——日毎に新しい技術が生まれ、毎日のように新しい工場が作られている。この全てを調べてロクサリーヌ家との関わりを調べ上げるなど不可能である。
ディアンヌもそれをよく心得ている。だからジーンを無能呼ばわりするつもりは毛頭なかった。
「上出来よ、そこは、こちらが屋敷の人間に工場関係者との関わりがないか調べたほうが早いもの。あれが事故ではなく、明確な『誰か』の悪意であると証明されることの方が大事なの」
ジーンは無能どころか国一番の商会を経営する優秀な男だ。頭もよくキレる。だからこれ以上犯人を追い詰めることはできないだろうことはすぐにわかった。
「その『誰か』というのは、多分、狡猾である程度まとまった金を動かせる……例えば公爵家のご令嬢の妹君とかじゃないのかい?」
「随分と具体的ね」
「まあまあ、あくまでも例えだよ。それで、だ、その『誰か』は、自分に疑いが向くようなことがあれば、使用人に小遣いでも握らせて身代わりを命じるだろうね」
「そうね、あの子はそういう子だわ」
ディアンヌは一番手近にある銀色の時計を手に取ってネジを巻いた。か細い秒針が動き出し、時計は規則正しい音を立てる。
「以前の私は、あの子の残虐さにどうして気づかなかったのかしらね」
思わず独り言をこぼしてしまったが、6年間の未来の記憶を持つ今のディアンナは知っている。リリアーナは邪悪な本性を隠すために無邪気さを装っているわけではなく、無邪気と邪悪の両方を併せ持つ人格破綻者なのだ。だから彼女の無邪気な部分だけを見せられているうちは、その本性に気づくことなどできない。
「いいえ、本当は私、気づいていたのかも……確信が持てなかっただけで」
手の中で時を刻む懐中時計を眺めながら、ディアンヌは初めてリリアーナにあった日のことを思い出していた。




