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幼馴染の手助け①

 しかし、目当ての宝石が見つからぬのだろう、リリアーナが宝石を手繰り寄せる手元が段々に荒くなる。しまいには、癇癪を起こした子供のように耳障りな金切り声をあげた。

「どうしてここにないのよ! どこに隠したのよ!」

 妖精のように可愛らしいリリアーナが目を血ばしらせて絶叫する様子に、彼女の侍女が少し身を引いた。

「リリアーナさま?」

 その声に正気を取り戻したか、リリアーナが朗らかに笑う。

「いっけない、大きな声を出してごめんなさいね、でも、おねえさまが意地悪をして宝石を隠してしまうからいけないのよ!」

 ディアンヌはリリアーナを挑発するかのように、悪人然とした薄笑いを浮かべていた。

「あら、隠してなんかいないわよ、どんな宝石が欲しかったの?」

 側から見ればそれは、意地の悪い悪女が無垢で無邪気な少女をいたぶっているようにも見えただろう。だがリリアーナの侍女はすでに自分の主人が狂気に塗れて癇癪を起こした様子を見てしまった後だ、もはやリリアーナを庇うつもりはなく、目の前で繰り広げられる舌戦をただ見守るばかりだった。

「大きなエメラルドの周りにダイヤをあしらった、素敵なネックレスがあったでしょう、あれよ」

 リリアーナはすっかり無邪気さを取り戻して甘えるような上目遣いだが、これに騙されてはいけない。

「ああ、あれはダメよ、たったひとつっきりの、お母様の形見なのですもの」

 対するディアンヌは顎を上げて高圧的にリリアーナを見下ろしているが、これに騙されてもいけない。

 よせばいいのに、人のいいこの侍女は、混乱したまま二人の仲裁に入った。

「リリアーナ様、流石に形見の品を取り上げるようなことをしてはいけません」

 そう諭せば、リリアーナは全く曇りのない瞳で上目遣いに侍女を見上げる。もののわからぬ幼子がするような、きょとんとした顔だ。

「形見なんて嘘だよ、私に撮られるのが嫌で、隠したのよ」

「隠したわけじゃないわ、あれは修理に出してるの、留め金が少し緩んでしまったから」

「じゃあ、戻ってきてからでいいからちょうだい、おねえさま、さっきどの宝石でもくださるって言ったじゃない」

「『その宝石箱の中にあれば』って言ったでしょ」

「嘘つき! どうせ修理に出したっていうのも嘘なんでしょ! どこに隠したの!」

 その時、コンコンと強めにドアをノックする音がした。開きっぱなしだったドアの影から顔を出したのは、この家の出入りの商人であるジーク=デズデクスだ。彼は少し困ったように笑いながら言った。

「その修理でしたら、間違いなくウチで請け負っておりますが?」

 その言葉を聞いたリリアーナが不服そうに鼻を鳴らす。

「平民の御用聞きごときが、口を挟まないでくださる?」

 実際にはジークは王都一番の大商会の跡取り息子である。幼い頃から跡取りの教育に余念のなかった父親に連れられてこの屋敷に出入りしており、ディアンヌとも幼馴染の間柄であるために自らここへ出向いてきたのであって、決して御用聞などではないのだが。

「そいつは申し訳ないことをいたしましたお嬢様、しがない御用聞のあっしではお貴族さまのマナーってもんがよくわからんのですわ、勘弁してやってくださいよ」

 わざと市井の労働者みたいに話すジークに、リリアーナはグッと奥歯を噛んだ。今現在本物の平民がここにいる以上、自分を平民だったからと貶めて同情を買う手は使えない。

「ふん、勘弁してあげるわ、その代わり、そのネックレスは修理が済んだら私のところに届けなさい、おねえさまが私にくださるっておっしゃったの」

 ジークは動じない。

「嘘言っちゃいけねえよお嬢様、あれはディアンヌさまが大事にしているお母様の形見ってやつだ、そんな大事なもんを気軽に人にくれてやるわけがねえ」

「なによ、私が嘘をついてるっていうの?」

「いやいや、ウソだとは言わねえよ、でもなぁ、なんちゅうか、あれだよ、齟齬、そういうのがあるんじゃねえの、ちょっと落ち着きなよ、お嬢様よぉ」

 侍女もそれに加勢する。

「もうやめましょう、リリアーナさま、まだ子供のあなたにはわからないでしょうが、形見というものはですね……」

 リリアーナは足を踏み鳴らしてその言葉を遮った。

「子供扱いしないで! わかるわよ、形見くらい!」

 とどめとばかり、ディアンヌは強気そうに見開いた瞳からぽろりと涙をこぼした。

「いいえ、わかってないわ、だって、あなたのお母様はまだお元気じゃないの、でも、私のお母様は……」

 さっきまでリリアーナの側にいたはずの侍女も、今やすっかりディアンヌに絆されていた。彼女は痛ましいものを見るような目でディアンヌの涙を眺め、そしてため息を吐いた。

 それでリリアーナは、この場に自分の味方がいないことを悟った。

「何よ、もういいわよ! 別にあんなネックレス、本気で欲しかったわけじゃないし!」

 ドスドスと足音荒く部屋から出て行こうとするリリアーナの背中に向かって、ディアンヌは静かな声を投げた。

「そういえば、この間、私のところの下働きの子が焼き殺されそうになったのだけれど、あなた、それについて何かご存知?」

 振り向いたリリアーナは、心底嬉しそうに笑っていた。

「しぃらなぁい〜」

 それはとても知らない人の態度ではなかったのだけれど、ディアンヌは納得したかのように頷いた。

「そう、足を止めて悪かったわね」

 今度こそ振り向きもせずに出てゆくリリアーナとその侍女を見送った後で、ディアンヌは疲れ切ったように椅子に身を投げた。

「ああ、紅茶が冷めてしまったわね、アナ、代わりを用意して、お客様の分もね」

 そう言いながらも思わずため息が溢れるほどにディアンヌは疲れ切っていた。ジーンが手に持っていた大きなカバンを下ろしながらそれを気遣う。

「大丈夫か?」

 その口調には先ほどまでの濁った下町訛りはない。そもそもが幼い頃から上位貴族の家への商談に連れ回され、今でも貴族相手に商売をしている彼は、所作から言葉遣いまでそんじょそこらの下位貴族なんかよりもよっぽど洗練されているのだ。

「しかし、噂には聞いていたが、なかなか個性的な妹君だね」

「はっきり言っていいのよ、わがままだって」

「いやいやいや、お貴族様にそんなご無礼なことなど言えませんて」

「私の前ではそういう軽薄な演技はしなくていいのよ」

「そうか、じゃあ、いつも通りで」

 ジーンは慣れた様子でディアンヌの対面に座った。二人が身分の差を超えた良き友人であることを知っているアナは、これもまた手慣れた様子で紅茶のカップをジーンの前に置いた。

 お茶の用意が全て整うと、ジーンは足元にあるカバンを引き寄せて言った。

「さて、『商談』を始めようか」

 彼はカバンを開けて商品をテーブルの上に並べる。貴族令嬢と出入りの商人が二人きりで部屋に籠るわけにはいかないから、ナイショの話がある時にはこうして商談を装う。もちろん実際に商品のやり取りが必要になるのだから、ディアンヌはその時々欲しいものを指定して持って来させるのだが。

「それにしても、今回は変わったものをご所望だね」

 テーブルの上に並べられたのは懐中時計だった。大きいものや小さいものや、銀色のものから金むくまで種々雑多な。

 時計をテーブルに並べ終わったジーンは、にこやかに言った。

「さて、本当の商談に入る前に近況報告と行こうか」

 ディアンヌはそっけなく答えた。

「別に、いつも通りよ、特に話すことなんかないわ」

「いや、あるだろう、まず、懐中時計が欲しいなんて言い出すのがおかしい、こんなもの、確かに先進的でアクセサリーとして目新しいけれど、欲しがるのはたいていが新し物好きの男性貴族だ。女性物もあるにはあるけれど、君のような保守的で淑女の見本みたいな人が欲しがる代物じゃない」

「私だって、新しいものが嫌いなわけじゃないわ」

「それだけじゃない、今回俺に頼んだ『調査』や、それに、今日の妹君とのやり取りも、まるで以前の君からは考えられないようなことばかりだ。一体、君に何が起きたんだ?」

「そうね」

 どうせこの幼馴染に全てを隠しておくことはできない、ならばどこまでを話し、どこまで手を借りるべきか、ディアンヌはそれを悩んでいた。


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