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悪女覚醒③

 ディアンヌは自分の対面に座ったリリアーナをまじまじと見た。

(この外見なら確かに、あんな性悪だと誰も思わないでしょうね)

 容姿だけなら、リリアーナは儚げに見える。吐息程度の微かな風に毛先が震えるほど細く繊細な金髪の美しさから妖精のようだと讃えられることも多い。鼻筋が細い小さな顔はビスクドールのように整って美しく、口を聞かず節目がちでいれば幻のように消えてしまいそうな雰囲気がある。

 だがリリアーナの魅力の真髄はそこではなく、儚さも吹き飛ぶほどくるくると変わるその表情にある。可愛らしい顔をしているのに面白いことがあれば大口を開けて笑い、ちょっと不機嫌なら頬をぷくっと膨らませて拗ね、悲しいことがあればあたりも憚らず涙を流す天真爛漫さこそが彼女の魅力なのである。

 裏表を感じさせない明るい性格と、思わず守ってやりたくなる儚げな容姿から、リリアーナは男女問わず人気が高い。

(でも、これも計算してやっていることなのよね)

 6年分の未来の記憶があるディアンヌは冷静だ。彼女は今、この無邪気の仮面を引き剥がそうとしている。

「リリアーナ、それで、私に何用かしら?」

 冷たいくらいの声を出したのだが、リリアーナが怯む様子はなかった。彼女は子供がするようにカップを両手で持ち上げてニコニコと笑っていた。

「あのね、おねえさまの宝石を貸して欲しいの、次の夜会に来ていくドレスを新しく仕立ててもらったんだけどぉ、私の手持ちの中にはそれに似合う宝石がないのよ」

「そう、あなたにドレスを贈った男は随分と無粋なのね、それとも、ドレスに似合う宝石も一緒に見立てて贈ってくれるくらいの財力もない甲斐性なしなのかしら」

 リリアーナの無邪気な表情がわずかに曇った。

「え〜と、宝石は贈ってくださったのよ、でも、男の方のお見立てってちょっとセンスが、ね」

「あら、そう思ってもきちんと身につけて見せてあげることが、贈り物をされた側の礼儀ではなくって?」

「そ、そうだったかしら」

「ええ、そうなのよ。だから、その贈っていただいた宝石をおつけなさい」

 この言葉に耐えきれず声を上げたのは、リリアーナではなく彼女が連れていた年若い侍女の方だった。

「本当に聞いていた通りの吝嗇家ですのね! どうせ宝石なんていっぱいもっているんだから、一つや二つ、リリアーナ様に貸して下すってもいいでしょう!」

 ディアンヌは口元にうっすらと笑みを浮かべてその侍女を見やる。

「あなた、面白いことを言うのね、私が吝嗇家だって、どなたから聞いたの?」

「リリアーナ様からです! リリアーナ様はいつも泣きながら私に話してくださるんですよ、宝石どころか、ドレスも、靴も、ペン一本でさえ貸してくれないって!」

「おかしいわね、むしろ宝石箱やドレスルームには、私から『借りたまま』になっているものがたくさんあるはずなのだけれど?」

「それも嘘なのでしょう! リリアーナ様から宝石やドレスを取り上げたくて、ご自分のものだと言い張っているだけなのでしょう!」

「それは、誰から聞いた話なの?」

「リリアーナ様です!」

「ふぅん、そう?」

 ディアンヌはチラリとリリアーナを見た。彼女は可愛らしい唇が青ざめるくらいに顔色を失って俯いている。ディアンヌはそんな様子など見なかったかのように目を逸らした。

「構わないのよ、リリアーナ、自分が使える主人の愚痴を聞くのも侍女の仕事のうちですもの、つい過ぎたことを聞かせてしまうこともあるでしょうね、私にも覚えがあるわ」

 侍女は興奮しきっている。そんな彼女には冷静な口調を崩さず薄ら笑いを浮かべたディアンヌが冷酷な悪女に見えたのだろう。リリアーナの言葉も待たず、ディアンヌの言葉を遮って前に出た。

「なんですか、それは! あなたは自分の侍女にリリアーナ様の悪口を聞かせているという自白ですか!」

「お黙りなさい!」

 険をたっぷりと含んだ鋭い言葉に、次女は背筋を伸ばして口を閉ざした。ディアンヌはそこを追撃する。

「あなた、侍女を務めているということは、礼儀見習いにあがったどこぞのお家のご令嬢よね、どこのお家かしら、主家の令嬢を軽んじていいなんていう、個性的な礼儀を教えるのは」

 ディアンヌはもう侍女になど目もくれずに、リリアーナの耳元にそっと唇を寄せた。

「リリアーナ、あなたは貴族の常識に疎いようだから教えて差し上げるわね、手元に置く人間はもっと厳選したほうがよろしくってよ」

 天真爛漫な少女のように見えるリリアーナの耳元にそっと何事かを吹き込むディアンヌの姿は、きっと生贄をいたぶる肉食獣のように見えることだろう。実際にディアンヌはそれを意識していたし、だからこそヘビを思わせる冷たい表情で微笑んでもいた。彼女は再び侍女に視線を戻した。

「ペンや本ならいざ知らず、ドレスや宝石に関してはきちんと所有者が誰であるのか帳簿があるわ、私の言葉が嘘だと思うならば、まずはその帳簿を尋ねなさい」

「……はい」

「それでも、そうね」

 ディアンヌは自分が些事に心を寄せない、いかにも金に執着のない貴族令嬢然とした人間であるかのように高圧的に振る舞った。

「確かに誤解させるような態度をとった私にも非があるわね、だから、その宝石は全部差し上げるから好きに使ってちょうだい、その中には今回のドレスに似合うものもあると思うのよ」

 それを聞いたリリアーナが、弾かれたように顔を上げる。

「いえ、いいえ、ダメよおねえさま、私、どうしてもあのドレスに合わせてみたい宝石があるの、今ここで見せてもらうだけでも構わないわ、お願い、お姉さまの宝石箱を見せて!」

 幼さの残る顔貌のなかで、その目だけがギラギラと狂気に燃えていた。何がリリアーナをそこまで駆り立てるのか、ディアンヌは少し背筋がざわめくのを感じた。だが心がけて鷹揚な態度を崩さない。

「いいわ、アナ、宝石箱をもってきてちょうだい、そうね、そんなに気に入ったものが『宝石箱の中にあれば』、差し上げてもいいわ」

 リリアーナの瞳が一際鋭く光る。

「本当ね、本当にくださるのね?」

「ええ、『宝石箱の中にあれば』ね」

「約束よ、おねえさま」

 瞳に灯ったギラギラと狂気を含んだ光を消さぬままに、リリアーナは無邪気に笑った。その表情は断頭台の上でディアンヌの末期の苦しみを楽しげに眺めていた時の狂気に満たされて恍惚とした表情を思わせるものだった。

 リリアーナはアナがもってきた一抱えもある大きな宝石ケースをひったくるように受け取ると、早速その中身を漁り始めた。


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