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古のランプ 魔法の夢

作者: 瀬嵐しるん
掲載日:2022/12/26


「旦那様、伯爵家から、お届け物でございます」


「まめなことだな。この年寄りは、そんなに退屈だと思われているのか?」


「旦那様は、まだまだお若いですよ」


領地で雇った男は、素直な笑顔で言った。

裏表のない、よい従僕だ。


「明日、見せてもらおう。おやすみ」


「おやすみなさいませ」


届け物の箱をテーブルに置くと、彼は部屋を出て行った。



最近まで伯爵領を預かっていた私は、確かにまだ年寄りと言う年齢ではない。

だが、思うところあって一年前に息子に爵位を譲ったのだ。

半年前には引継ぎを終えて、領地の隅にある別邸に移った。


息子からは引き留められ、理由を訊かれたが、答えられることはこれだけだった。


「ずっと忙しく働いて来たからな。少しはのんびりさせてくれ」



若いうちに妻に先立たれ、領地経営、社交に加えて、息子の世話も出来るだけしたつもりだ。

親の欲目かもしれないが、なかなかの男に育った。

気立てのいい嫁ももらって、なんの不安もない。


「もう、お前は十分に伯爵としてやっていける」


そう告げた時、息子は涙を必死でこらえていた。

息子の意地と根性のお陰で、私は屋敷を笑顔で出発できた。


本邸には、長年しっかり仕えてくれた家宰以下の使用人もいる。

忠義に厚い者が多いから、何かと息子を助けてくれるはずだ。



そんな息子は何を送って来たのやら。

明日と言ったが、どうも気になる。


ベッドから出て箱を開いてみた。中身は古いランプだ。

一般的な、ガラスのホヤに火を灯すような造りではない。

大昔に使われていたと聞く、金属製のオイルランプ。


「おやおや、おとぎ話のランプかい?」


子供の頃、夢見がちだった息子は、魔法のランプの話が好きだった。

眠る前に読んで欲しいと、よくせがまれたものだ。


露店か、庶民向けの骨董品屋の店先で見つけたのだろう。

古く汚れているけれど、物は悪くない。


オイルランプを手に取り、指先で軽く擦ってみた。

古いものだから、傷つけないようそっと。

くすみはすっかり定着しているようで、指に汚れは移らない。


目を凝らしてみると、表面に刻まれた模様が文字であることに気付いた。


「古い文字かな? 南の系統の言葉か?」


引き出しからルーペを出して、細かい文字を拾う。


「これは、私にはわからんな」


苦笑していると、ランプの口から靄が出て来る。


「埃が溜まっていたかな?」


暢気に構えていたが、ランプに収まりそうもないほどの靄がどんどん広がっていく。

驚いていると、次第にそれは集まって人の形になった。



「こんばんは。ごきげんいかがかしら?」


なんと、現れたのは妙齢の女性。


褐色の健康そうな肌。たわわな胸。引き締まった腰。

砂漠を舞台にした絵本で見たような衣装だ。

生地は薄く肌の露出が多い。


「寒くはないか?」


私は椅子に掛けてあったストールを着せかけた。


「あら、ご親切に、ありがとう」


素晴らしき目の毒が少し和らぐ。


「とりあえず、座ろうか」


「重ね重ね、ご親切に。紳士ね」


「お褒め頂き恐縮だ」


「それに豪傑かしら? 普通、ランプから女が出て来たら驚くものじゃない?」


驚かなかったわけではないが、ランプのおとぎ話は、あまりにも浸透している。

特に、何度も息子に読み聞かせた私にとって。



「君は三つの願いを叶えるランプの精?」


「いいえ。残念だけど違うわ。私はただの人間よ。

魔法の力があるわけではないの」


「そうか……もしよければ君の身の上話を聞かせてもらえないか?」


「その願いなら叶えられそうね」


彼女は微笑んだ。



彼女は砂漠の国の娘だった。

国の名を聞けば、千年近くも前に滅びている。


「小さな国だけど、交通の要衝にあったからオアシスの宿や市場で潤っていたわ。私は宿の一人娘で婿を取るつもりだったのだけど、ある時、力のある魔法使いに目を付けられてしまって……」


恋人がいた彼女は、魔法使いの申し出を断った。

すると、魔法使いは彼女の恋人をあっさり殺してしまったのだ。


「力を見せつけて、私に決断を迫ったの。

でも、あの魔法使いは人の心がわかっていない。

大切な、あの人を失って、どうして他の男になびくと思うのかしら」


怒った魔法使いは、彼女を魔法のランプに閉じ込めた。


「魔法使いは私を連れ歩いたわ。

魔法のランプのお陰で、私は若いまま。

時々、魔法使いに呼び出されて、何度も同じことを訊かれたの」


『まだ、心変わりをしないのか?』


「私は頑固に首を振らず、とうとう魔法使いの寿命が尽きてしまった」


三百年生きた魔法使いだが、晩年はさすがに力も弱く、最後は貧しい老人として葬られた。

彼の持っていたわずかな家財は、埋葬に力を貸した近所の人間が売り払い、その費用に充てたという。


「古道具として転々と売買されたランプだけど、誰も私を呼び出せなかったわ」


「ひょっとすると、魔法使いは自分以外の人間が擦っても、君が出て来ないように封印を施していたのかもしれないな」


「そうね。そして、封印は長い時を経て薄れてしまったのね。

私をこの世につなぎとめていた力は、もう切れかけている」


彼女がここに現れた理由がわかった。


「では、二つ目の願いだ。私の話を聞いてくれるかな」


「喜んで」



引退して引きこもり、あまり他人と話すこともなくなった。

私も、少しばかり寂しかったのだろう。


特に才能も無い私が、なんとか伯爵家を守って来た半生について、ぽつぽつと語った。


「感想を言ってもいいかしら?」


「退屈な話を聞いてくれた礼だ。何でも言ってくれ」


「素敵な旦那様で、素敵なお父様ね」


「ありがとう。何よりの誉め言葉だ」


真面目一筋と言えば聞こえがいいが、真面目しか取り柄が無かったのだ。

伯爵位だから何とかなったものの、もっと上位の貴族だったり、繫栄している領地だったりしたら私の手には余っただろう。


「どうして、まだ若いのに引退を?」


「もう長くは生きられないと宣告されたんだ。心臓が弱っていてね。

息子に後を託すのが間に合ってよかった。憂いがないのは幸福だな」


「息子さんには病気のことは?」


「伏せてある。あの子は泣き虫だからね。

泣くのは、後からでいい」


「そう。頑固なのね」


「三百年、ランプの中で頑張った君に言われるとは光栄だな」


「まあ」


彼女は華やかに笑う。


「私に、何か出来ることがあるかしら?」


「そうだな、あと一つの願いは……」


褒められた後なのに、少し情けない願いを思いつく。


「天に旅立つときに、一緒に行ってくれないか?」


「私は構わないけれど……

奥様は向こうでお待ちなのでしょう?

嫌な思いをされないかしら?」


「誤解するような人ではないよ。

もしも待っていてくれたなら両手に花と行こうじゃないか」


「ダメよ。私だって、恋人が待っているかもしれないもの」


「それも、そうだな。これは失礼」


「では、清い二人として、一緒に行きましょう」


彼女が私に手を差し出した。

それで、やっと気づいた。


ベッドには私の身体が横たわっている。

そうだった。ここしばらく、起き上がることさえ出来なかったのだ。




夜明け前の薄明かりの中、私たちは空へと昇っていた。

彼女はやはり薄着のまま。


「寒くないか?」


「平気よ。……貴方だって寝巻のままよ」


「本当だ」


ベッドに横たわる自分の顔は、少し微笑んでいるように見えた。


従僕も息子も、私の最後が安らかであったと思ってくれるといい。

雲を抜け、もう見えなくなった地上に向かい、それだけを祈った。



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― 新着の感想 ―
とても切なくて、やさしくて、大好きです。
[一言] こんなに悔いがない人生ってそうないですよ。 うらやましいかぎり。 清い関係のままで一緒にいくとして、あの世で奥さんに小突かれるくらいはしそうだけどw
[良い点]  こんな最期迎えられたらな。  実に羨ましい。  美女に手を引かれ愛する者の居るところへ。  しかも現世に思い残すことは何もないという。  ああ、実に羨ましい。
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