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古のランプ 魔法の夢

作者: 瀬嵐しるん


「旦那様、伯爵家から、お届け物でございます」


「まめなことだな。この年寄りは、そんなに退屈だと思われているのか?」


「旦那様は、まだまだお若いですよ」


領地で雇った男は、素直な笑顔で言った。

裏表のない、よい従僕だ。


「明日、見せてもらおう。おやすみ」


「おやすみなさいませ」


届け物の箱をテーブルに置くと、彼は部屋を出て行った。



最近まで伯爵領を預かっていた私は、確かにまだ年寄りと言う年齢ではない。

だが、思うところあって一年前に息子に爵位を譲ったのだ。

半年前には引継ぎを終えて、領地の隅にある別邸に移った。


息子からは引き留められ、理由を訊かれたが、答えられることはこれだけだった。


「ずっと忙しく働いて来たからな。少しはのんびりさせてくれ」



若いうちに妻に先立たれ、領地経営、社交に加えて、息子の世話も出来るだけしたつもりだ。

親の欲目かもしれないが、なかなかの男に育った。

気立てのいい嫁ももらって、なんの不安もない。


「もう、お前は十分に伯爵としてやっていける」


そう告げた時、息子は涙を必死でこらえていた。

息子の意地と根性のお陰で、私は屋敷を笑顔で出発できた。


本邸には、長年しっかり仕えてくれた家宰以下の使用人もいる。

忠義に厚い者が多いから、何かと息子を助けてくれるはずだ。



そんな息子は何を送って来たのやら。

明日と言ったが、どうも気になる。


ベッドから出て箱を開いてみた。中身は古いランプだ。

一般的な、ガラスのホヤに火を灯すような造りではない。

大昔に使われていたと聞く、金属製のオイルランプ。


「おやおや、おとぎ話のランプかい?」


子供の頃、夢見がちだった息子は、魔法のランプの話が好きだった。

眠る前に読んで欲しいと、よくせがまれたものだ。


露店か、庶民向けの骨董品屋の店先で見つけたのだろう。

古く汚れているけれど、物は悪くない。


オイルランプを手に取り、指先で軽く擦ってみた。

古いものだから、傷つけないようそっと。

くすみはすっかり定着しているようで、指に汚れは移らない。


目を凝らしてみると、表面に刻まれた模様が文字であることに気付いた。


「古い文字かな? 南の系統の言葉か?」


引き出しからルーペを出して、細かい文字を拾う。


「これは、私にはわからんな」


苦笑していると、ランプの口から靄が出て来る。


「埃が溜まっていたかな?」


暢気に構えていたが、ランプに収まりそうもないほどの靄がどんどん広がっていく。

驚いていると、次第にそれは集まって人の形になった。



「こんばんは。ごきげんいかがかしら?」


なんと、現れたのは妙齢の女性。


褐色の健康そうな肌。たわわな胸。引き締まった腰。

砂漠を舞台にした絵本で見たような衣装だ。

生地は薄く肌の露出が多い。


「寒くはないか?」


私は椅子に掛けてあったストールを着せかけた。


「あら、ご親切に、ありがとう」


素晴らしき目の毒が少し和らぐ。


「とりあえず、座ろうか」


「重ね重ね、ご親切に。紳士ね」


「お褒め頂き恐縮だ」


「それに豪傑かしら? 普通、ランプから女が出て来たら驚くものじゃない?」


驚かなかったわけではないが、ランプのおとぎ話は、あまりにも浸透している。

特に、何度も息子に読み聞かせた私にとって。



「君は三つの願いを叶えるランプの精?」


「いいえ。残念だけど違うわ。私はただの人間よ。

魔法の力があるわけではないの」


「そうか……もしよければ君の身の上話を聞かせてもらえないか?」


「その願いなら叶えられそうね」


彼女は微笑んだ。



彼女は砂漠の国の娘だった。

国の名を聞けば、千年近くも前に滅びている。


「小さな国だけど、交通の要衝にあったからオアシスの宿や市場で潤っていたわ。私は宿の一人娘で婿を取るつもりだったのだけど、ある時、力のある魔法使いに目を付けられてしまって……」


恋人がいた彼女は、魔法使いの申し出を断った。

すると、魔法使いは彼女の恋人をあっさり殺してしまったのだ。


「力を見せつけて、私に決断を迫ったの。

でも、あの魔法使いは人の心がわかっていない。

大切な、あの人を失って、どうして他の男になびくと思うのかしら」


怒った魔法使いは、彼女を魔法のランプに閉じ込めた。


「魔法使いは私を連れ歩いたわ。

魔法のランプのお陰で、私は若いまま。

時々、魔法使いに呼び出されて、何度も同じことを訊かれたの」


『まだ、心変わりをしないのか?』


「私は頑固に首を振らず、とうとう魔法使いの寿命が尽きてしまった」


三百年生きた魔法使いだが、晩年はさすがに力も弱く、最後は貧しい老人として葬られた。

彼の持っていたわずかな家財は、埋葬に力を貸した近所の人間が売り払い、その費用に充てたという。


「古道具として転々と売買されたランプだけど、誰も私を呼び出せなかったわ」


「ひょっとすると、魔法使いは自分以外の人間が擦っても、君が出て来ないように封印を施していたのかもしれないな」


「そうね。そして、封印は長い時を経て薄れてしまったのね。

私をこの世につなぎとめていた力は、もう切れかけている」


彼女がここに現れた理由がわかった。


「では、二つ目の願いだ。私の話を聞いてくれるかな」


「喜んで」



引退して引きこもり、あまり他人と話すこともなくなった。

私も、少しばかり寂しかったのだろう。


特に才能も無い私が、なんとか伯爵家を守って来た半生について、ぽつぽつと語った。


「感想を言ってもいいかしら?」


「退屈な話を聞いてくれた礼だ。何でも言ってくれ」


「素敵な旦那様で、素敵なお父様ね」


「ありがとう。何よりの誉め言葉だ」


真面目一筋と言えば聞こえがいいが、真面目しか取り柄が無かったのだ。

伯爵位だから何とかなったものの、もっと上位の貴族だったり、繫栄している領地だったりしたら私の手には余っただろう。


「どうして、まだ若いのに引退を?」


「もう長くは生きられないと宣告されたんだ。心臓が弱っていてね。

息子に後を託すのが間に合ってよかった。憂いがないのは幸福だな」


「息子さんには病気のことは?」


「伏せてある。あの子は泣き虫だからね。

泣くのは、後からでいい」


「そう。頑固なのね」


「三百年、ランプの中で頑張った君に言われるとは光栄だな」


「まあ」


彼女は華やかに笑う。


「私に、何か出来ることがあるかしら?」


「そうだな、あと一つの願いは……」


褒められた後なのに、少し情けない願いを思いつく。


「天に旅立つときに、一緒に行ってくれないか?」


「私は構わないけれど……

奥様は向こうでお待ちなのでしょう?

嫌な思いをされないかしら?」


「誤解するような人ではないよ。

もしも待っていてくれたなら両手に花と行こうじゃないか」


「ダメよ。私だって、恋人が待っているかもしれないもの」


「それも、そうだな。これは失礼」


「では、清い二人として、一緒に行きましょう」


彼女が私に手を差し出した。

それで、やっと気づいた。


ベッドには私の身体が横たわっている。

そうだった。ここしばらく、起き上がることさえ出来なかったのだ。




夜明け前の薄明かりの中、私たちは空へと昇っていた。

彼女はやはり薄着のまま。


「寒くないか?」


「平気よ。……貴方だって寝巻のままよ」


「本当だ」


ベッドに横たわる自分の顔は、少し微笑んでいるように見えた。


従僕も息子も、私の最後が安らかであったと思ってくれるといい。

雲を抜け、もう見えなくなった地上に向かい、それだけを祈った。



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― 新着の感想 ―
[一言] こんなに悔いがない人生ってそうないですよ。 うらやましいかぎり。 清い関係のままで一緒にいくとして、あの世で奥さんに小突かれるくらいはしそうだけどw
[良い点]  こんな最期迎えられたらな。  実に羨ましい。  美女に手を引かれ愛する者の居るところへ。  しかも現世に思い残すことは何もないという。  ああ、実に羨ましい。
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