好きな人が大好きな姉と被ってしまったらどうしたらいいのだろうか
『幼馴染の妹と付き合うにはどうしたらいいのだろうか』の桜視点の話です。
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私の大好きな姉、霧崎花音には好きな人がいる。
それは、幼馴染の南修一だ。
小さい頃からずっと二人は仲が良く、わがままばかり言っていた私の遊び相手によくなってくれていた。二人とも優しすぎるくらい優しく、そんな二人が昔から大好きだった。
そんな『好き』が恋愛感情としての『好き』に変わったのはいつだっただろうか。
多分、私が中学一年生時だったと思う。もしかしたらもっと小さい時の頃だったのかも。別に特別なことがあったわけじゃない。いじめられていたところを助けられたとか、引きこもっていたところを外に連れ出してくれたとか。
いや、もしそんな場面になっていたら、二人なら助けてくれていたと確信を持って言えるけれど。
幸い、そんなことはなかった。
でも、好きだと自覚した時のことは覚えている。
私が中学二年生、姉さんとシュウ兄さんが高校三年生になった時のことだ。
姉さんがシュウ兄さんと志望大学が同じであったと聞いて喜んでいたのだ。その姿を見て二人はこのまま何年たってもずっと一緒なんだろうなと漠然と思った。
そして、そこに私はいない。ただでさえ最近は、姉さんはともかくシュウ兄さんとは一緒にいる機会が減っていたのだ。そう思ったのも仕方がないことだと思う。
すると、『それは嫌だ』と明確に思った。
そんな思いがそれいらいずっとこびりついて離れなかった。
感情がここまで制御できなかったのは後にも先にもこの時だけだと思う。
何をするにも身が入らなくなっていたので、何とかこの思いを振り払おうと考えた。
自分一人で考えて、考えて、考え抜いた。
途中、私の様子がおかしいことに気付いた姉さんに「何かあったの?」と聞かれたが、なぜかこの時だけは姉さんに相談しては駄目だと思い、何でもないと答えた。
姉さんは納得いかなそうにしていたが、それ以上は何も聞いてこなかった。
そして、ある一つの可能性に考え着いた。
私が、シュウ兄さんに好意を抱いているということ。
思い至ってみれば単純なことだったのだ。
シュウ兄さんに会いたい。もっと一緒の時間を過ごしたい。もっと私のことを見て欲しい、かまって欲しい。
それだけの話だったのだ。
そんな簡単なことにすぐに思い至らなかったのは――姉さんがいたからだと思う。
無意識に、私は分かっていたのだ。
姉さんもシュウ兄さんのことが好きだということを。
その『好き』が恋愛感情としての『好き』なのかはこの時はまだわからなかったけれど。
でも、大好きな姉さんから好きな人を奪ってしまっては、その姉さんから恨まれるかもしれない。嫌われるかもしれない。そこまではいかなくても、もし本気で好きなのであれば、気まずくなることは確実であった。
そうなることも私は『嫌だ』と思った。
シュウ兄さんと恋人になりたいのならば、恋敵である可能性が高い姉さんは蹴落とさなければならない存在だ。
でも、私にはそんなことはできそうになかった。
シュウ兄さんか姉さんのどちらかなんてこの時の私には選べなかった。
だから、わがままで、ずるい私は最初、両方を選ぼうとした。
姉さんとシュウ兄さんの志望校が同じということを逆手に取り、家で一緒に勉強するように促した。
二人ともはじめは塾に入って勉強するつもりだったようだが、私ができる限りサポートすることや、塾はお金がかかるなどの理由をつけて親も味方につけることなどもしてまず姉さんを説き伏せた。
そして、シュウ兄さんにも直接会って説き伏せた。久しぶりに会うということと好意を自覚して初めて会うということでかなり緊張して容量を得ない話になってしまったが、悩んだ末承諾してくれた。
その決め手になったのが、私が「最近会えなくて寂しかったから……」とつい本音を漏らしてしまったからだということは今でも申し訳なく思っているが、その分二人の受験をサポートする気持ちが強くなったので、二人とも志望校に合格できた今思えば良かったと思っている。
勉強会については、最初から順調とは言えなかった。
というより、私が大学受験について舐めていたということが大きいのだろう。正直言って私は二人の志望校のレベルについて詳しく知らなかったし、二人とも真面目だから問題ないだろうと甘く見ていた面もある。そんな認識はすぐに覆された。
GWくらいの時だっただろうか。
塾に行っている友達が今の内にやっておいた方が良いと言っていたから、と言って志望校の過去問を解いてみることにしたのだ。私はもちろん横で時間を計りながら見ているだけだったが、それでも二人が全く解けていないことが分かった。
もちろん、その時の時点で合格点など取れないことは二人も分かっていたのだろうが、それでも全く解けないとは思っていなかったのだろう。
たぶん、私が時間を計っていなかったら制限時間を待たずに止めていたと思う。それほどまでに二人のペンは動いていなかった。
二人は「まあ、最初はこんなもんだって」と言って乾いた笑いを浮かべていたが、さすがにショックを隠しきれていないようだった。
それ以来、微妙に空気が悪くなり、二人も何かと理由をつけて勉強会をやらないようになってきていた。
このままでは何もかもが失敗に終わってしまうと感じた私は二人の志望校について勉強してみることにした。
もちろん、勉強といっても私が問題を解くわけではない。
聞いた話によると大学受験では大学によって出題の傾向があるらしい。それについて情報を集めることにしたのだ。
私は自分用のスマホを持っていなかったので、姉さんに借りたり、本屋で調べたりして。
おかげで今では二人の志望校の出題傾向だけでなく、その周りの大学の出題傾向や、滑り止め用の大学などについてそこらの受験生よりはるかに詳しくなった。
また、二人が苦手な部分や得意な部分を詳しくまとめるということについてもやってみた。二人にはそこまでやってもらう必要はないと言われたが、大好きな二人のことについてより深く知ることができるような感じがして、この作業は逆に楽しいとすら感じるほどだった。
もう、趣味:姉さんとシュウ兄さんの成績管理、と言っても良い気がしたくらいだ。
それに続けてやっていると、二人の成長も感じることができて、楽しさ2倍といった感じだった。
ただ――それと同時に二人の仲の良さも痛感していた。
夏休み明け位からは成績が向上してきたことも相まって二人にも笑顔が増えてきた。昔からよく気が合う二人ではあったが、この時ほどそれを感じたことはない。
二人で教え合う時なんかは、ただいちゃついてるじゃないかと思うくらい距離感が近かった。
そんな時に何度割って入ろうと思ったかわかったもんじゃない。
……実際、何度か割って入ってしまった気がするけど。
うざい、邪魔だとか思われなかっただろうか。
というか、二人は明らかにこの勉強会を始める前よりも距離感を縮めていた。
自分で言い出して始めたこととはいえ、そのことにもやもやするものがあったことも事実だ。
しかし、それ以上の満足感や安心感があったことも確かだ。
結局、私には何かを得るより何かを失うことを嫌う性質だったということなんだろう。私にはもう一歩踏み出す勇気がなく、安全策を採ってしまった。
だから、私は姉さんにあんな提案をしてしまったんだと思う。
ある日、私は姉さんにこんな質問をした。
「姉さんってシュウ兄さんのことが好きなの?」
「……やっぱり分かっちゃった?他の人にも言われたんだよね~」
正直言って、質問はしたものの、また誤魔化されると思っていた。
だが、返ってきた言葉は肯定だった。
「うん、最近距離感が近くなったなーって思ってたから」
「あはは、桜はよく見てるね。たしかに好きだと自覚したのは最近だよ」
「そうだったんだ。もっと前からだと思ってた」
「桜のおかげだよ」
「……私の?」
「そうだよ。桜のおかげで勉強会をやることになって。一緒に過ごす時間が増えて、やっぱりシュウ以上に気が合う人はいないな~と思ったんだ。だから、前よりも今の志望校に合格してシュウと一緒にいたいって思えるようになって。最近はあまり好きじゃなかった勉強にも身が入るようになったんだ」
確かに、二人の成績は上がっている。
じゃあ、もしかしてシュウ兄さんも同じ理由で……?
「それに、シュウも私のこと好きって言ってくれたらしいんだよね。どっちかと言うと、言わされたみたいな感じで本気かどうか分からないけど。でも、完全な脈無しってわけじゃないと思うんだよね。ふふっ」
そ、そんな……。
私が提案した勉強会のせいで二人が付き合うことになる……?
「じゃ、じゃあ告白……するの?」
「ううん、まだしないよ。今受験期だしね」
その返答に私はホッとした。
もし今、二人が付き合うようになったらこれまで通りいられる自信がなかったから。
そのせいで二人のどちらかが落ちてしまうなんてことになったら私は立ち直れなかっただろうから。
「だから……受験が終わったら告白しようと思う」
けれど、その次の言葉を聞いて私の頭の中は真っ白になった。
このままではあの時想像したことが現実になってしまう。
それだけは避けなければならないと気づけばこんなことを口にしていた。
「な、ならさ初デートには私も連れて行ってよ。私だけ仲間外れは嫌だよ」
自分でも何を言っているのか分からなかった。
ただ、二人と離れたくないという思いが先行していた。
「い、いや、それは……」
「何で?私もシュウ兄さんと遊びたい!」
ついつい私は幼い時のように上目遣いで見つめながら、駄々っ子のようにそう言った。
おそらく、本能的に姉がこういった風に頼まれると弱いことを知っていたのだと思う。
結局、姉さんの方が折れる形でこう言った。
「分かったよ。告白を受けてもらえたら、初デートの時には桜も連れて行くようにシュウに頼んでみるよ」
「絶対だよ!」
幼子をあやすようにして姉さんはそう言ってくれた。
冷静になって考えてみるとおかしなことだらけだと自分でも思う。
でも、この言葉が支えになっていたから、少なくとも表面上はこれまで通りいられたのだと思う。
この後、幼馴染は元から関係性が近すぎて恋愛対象にならないという話を聞き、その話をそれとなくシュウ兄さんにしてみると、「そんなわけないだろ!」と言われた。
そして、いかに異性の幼馴染相手に恋愛感情を持たない奴なんていないか、について熱烈に体験談を交えながら語ってくれた。
それを聞いて私の中では諦めの気持ちが生まれ始めていた。
その語ってくれた内容が私にはのろけ話に聞こえてならなかったから……。
そして、二人は無事、志望校への合格を果たした。
その時にはもう大分心の整理も付いていて、心の底から二人の合格を祝うことができた。
せめて想いだけは伝えようかと考えていた時期もあったが、二人の集中を乱したくなかったし、何よりシュウ兄さんが私のことを恋愛対象として見ていないことが分かった。
だから、勝てない勝負に無理して挑む必要はない。
それだけのことだ。
だから、後悔なんてない
私は報われなくても、これからも二人と一緒にいられる道を選んだのだ。
昨日、明日告白するのだと言って意気込んでいた姉さんを見た後、自分の部屋の中で頬を伝う何かの感触があったことに見て見ぬふりをしながら。
私は必死にそう思い込もうとしていた。
●
高校生は受験生でなくてももう春休みに入っているようだが。
まだ中学生の私は今日も普通に学校に来ている。
とはいえ、学年末のテストもすでに終わっており、授業も気楽なものだ。
運動があまり得意ではない私は当然のように帰宅部であり、部活もない私は授業が終わるとさっさと家に帰った。
家に帰ると、まだ誰もおらず、最近読めていなかった本でも読もうかと本棚から本を探す。
しかし、これといった本が見つからず、勝手ながら姉さんの部屋にある本棚からも本を探すことにした。
姉さんの部屋の本棚には私の本棚と比べてマンガが多い。
というか、ほとんどがマンガだ。
私はマンガが嫌いなわけじゃないが、どちらかといえば文字が多く、読みごたえがある小説の方が好きだ。
たまにはマンガを読んでみるのも良いかもしれないと思いつつ、本棚を物色していると、とある本に目が留まった。
姉さんが珍しく買った小説。カラーの挿絵がある本で、たしか「これはラノベって言うんだよ」って姉さんが言ってた気がする。
何となく面白そうだったので、この本を手に取り、自分の部屋で読むことにした。
思いのほか面白かった。
今までこういった本は敬遠してきたが、自分が今まで読んできた本よりも読みやすく、ノリが軽いので共感しやすかった。
内容は鈍感な主人公が今まで恋愛対象として見ていなかった同学年の幼馴染に突然告白され、別に好きな人がいるからと断られるが、それでもアプローチを続け、最後は両想いになるというお話だった。
告白を断られても諦めなかったこのヒロインは素直にすごいなと思ったし、同時に私にはできないことだなとも思った。
一冊の本を読み終わった時の不思議な幸福感に包まれながら思いをはせていると、ガチャっと誰かが帰って来た音がした。
姉さんだろうか?
思っていたよりも帰って来るのが早かったなと思いつつ、「おかえり」と自分の部屋の中からではあるが声を掛けたが、返事がなかった。
おかしいなと思い、部屋から出ようとすると入れ替わりのように姉さんは自分の部屋の中に閉じこもってしまった。
その様子を見て、すぐにその原因に思い至った。
だって、それは私が心の底で望んでいたことだったから。
でも、まだ確定ではない。
私は何も察していない風に装いながら、部屋越しに姉さんに問いかけた。
「どうしたの、姉さん。一体何があったの?」
「……」
「今日、シュウ兄さんと出かけてたんだよね?何かあったの?」
「……」
「告白して恋人になるって言ってたよね?どうして……」
「うるさい!今は話しかけないで!」
確定だ。
姉さんはシュウ兄さんに振られたんだ。
内心、歓喜の感情が湧き上がるが、必死に表情に、声色に出さないようにしてこう言った。
「分かった……」
残念そうに、落ち込んでいるように。
姉さんに嫌われたくない一心でそんな演技をした。
そして、その場をそっと離れ、再び自分の部屋に戻った。
まず、心を整理することが必要だ。
正直、姉さんが振られるのは予想外だった。
だって、シュウ兄さんは間違いなく姉さんを恋愛対象として見ていたし、それは態度からも明らかだった。
姉さんのことが本当は嫌いだったということもないだろう。あれが全て演技だったというのなら私は何も信じられなくなる。
恋愛に興味がなかったという可能性もあるが、その場合でもシュウ兄さんの性格的に姉さんの告白を断るということはしない気がする。以前、「両想いで始まるカップルも少ないだろ」と言っていたので恋愛に夢見すぎているということもなさそうだし。
だとしたら、一番可能性があるのは実は他の誰かが好きだった、とか?
これも考えづらい気がするが、シュウ兄さんが姉さんの告白を断るとしたらこれしかないと思う。
そうなると次に気になるのは、相手は誰か、だ。
クラスメイトの誰か?それとも部活つながりで?いや、今ではネットでつながり始めた恋人もいると聞く。考えだしたらきりがない。
とはいえ、気になるものは気になる。
どうにかして知る方法はないかと家の中をぐるぐる回りながら考えていると、ふと目に入る物があった。
姉さんのスマホだ。
どうやら、帰ってきてリビングに置きっぱなしにしていたらしい。
画面はロックされていたが、この一年よく借りていたのでパスコードは既に知っている。
悪いとは思いつつも、好奇心に負けた。
それに、焦りもあった。
今のところそんな気配はないが、もしかしたら先ほど読んだ本のヒロインのように、これから両思いになるかもしれない。
二人の仲の良さは他の誰よりも私が知っていたから。
そんな矛盾した焦りもあって、スマホを持って自分の部屋に戻り、万が一にも気付かれないよう扉を閉めて、できるだけ姉さんの部屋から離れた場所で電話をかけた。
出てくれないかもしれないとは思ったが、それは杞憂に終わった。
「もしもし」
シュウ兄さんの気まずそうな声が聞こえた。
おそらくシュウ兄さんは姉さんから電話がかかってきたと思っているだろうから、まずはその誤解から解かなければならない。
「すいません、私です。シュウ兄さん」
「桜?どうしたの?」
心底不思議そうな声でシュウ兄さんはそう言う。
そりゃあそうだ。
今まで私は用がある時くらいしか電話なんて使っていなかったんだから。
だから今回も適当な用を作って会話を続ける。
「その、姉さんが帰って来たっきり部屋に閉じこもってしまったんです。話しかけても、何も答えてもらえないんで、シュウ兄さんなら何か知っているかもと思って電話したんですけど……」
「あ~、多分、っていうか絶対俺が原因……」
「何があったんですか?こんな姉さん、初めて見たんですけど」
初めて見たというのは本当だ。
原因については予想できるというか、ほぼ確信しているけれど。
「簡単に言うと、花音が告白してきて、俺が振ったっていうか……」
「ええっ!?姉さんを振ったんですか!?シュウ兄さんが?どうして……」
ちゃんと驚けただろうか。
でも、どうしてか分からないという気持ちも本当だから、大丈夫だとは思うけど。
そこで沈黙の間が生まれた。
言いづらいということなんだろう。
聞き出すには直接会うしかないと思い、思い切ってこう言った。
「わかりました。電話では話せないことなんですね。シュウ兄さん、今どこにいますか?」
「えっ、今から電車で帰るところなんだけど……」
「じゃあ、駅のいつものところで待ってます」
「あっ、ちょっと……」
姉さんとシュウ兄さんがどこに行っていたのかは知っている。
すれ違うということはないだろう。
居ても立っても居られなかった私はすぐに出かける準備を整えて駅へと向かった。
●
「ごめん、待たせた」
「あ、いえ。こちらこそ急に会うって言ったり、姉さんを振った理由を妹であるわたしに話したりする必要はないなって冷静に考えたら思って、やっぱりご迷惑かなと……」
駅の、友達などと遊びに行く時に使っている待ち合わせ場所で、無事シュウ兄さんと合流できた。
そして、今話したことは本心だ。
待ち時間の間にどうやら私の脳は冷静になってしまったらしい。
今では二人に対する申し訳なさでいっぱいだった。
「気にする必要ないっていつも言ってるだろ?桜が会いたいっていうなら俺はいつでも会いに行くし、相手に気を使うのは良いことだけど、過剰に気を使うのは良くないし、俺と花音に対してはいくら迷惑をかけても気にするなって」
「はい……」
やっぱりシュウ兄さんは優しい。
たぶん、無意識なんだろうけど頭をなでられて急速に気持ちが和らいでいく。
なでられるのは子ども扱いされている証ともいえるけれど。
それでもやめて欲しいとは思わなかった。
「と、とりあえずここで話すのもなんだし、帰りながら話そうか」
「そうですね」
いつも通り、私はシュウ兄さんの後ろをついていく。
いつか隣に立ちたいとは思いながらも、結局は今の立場に居心地のよさを感じてもう一歩踏み出せない自分を情けなく思いながら。
●
歩きながら姉さんをどのような経緯で振ってしまったのか話してもらった。
だが、一番大事なところは話してくれなかった。
私が知らない人なのだとしても、どんな人なのか位は話してくれても良いはず。
けれど、シュウ兄さんは自分が告白された際に気付いたという好きな人については過剰なほど何も教えてくれなかった。
そんな不満の様子が顔に出ていたのか、こんなことを言われた。
「ごめんね、言い訳ばっかりしてるようになっちゃって」
「いえ、まだそのことからそれほど時間が経っているわけでもないので、気持ちの整理がつかないのもわかります。私もそうですので……」
思えば、シュウ兄さんは姉さんに告白されてからまだ一時間程度しかたっていないはずだ。
好きな人を自覚したというだけでも大変なことなのに、それに加えて姉さんのことを振ってしまったという罪悪感もある。
まだ冷静に考えられないのが普通だろう。
それに、私の方も心の整理ができているというわけではないのだ。
結局、シュウ兄さんや姉さんとどのような関係になりたいのか全く分からないのだ。
以前は、ただそばにいられればいいと思っていた。
でも、今は分からない。
自分にもできないことを他人に求めるのはダメだ。
そんなことを考えていると、なぜかシュウ兄さんの方が申し訳なさそうな顔をしていた。
もしかして姉さんを振ってしまったことを私にも悪いと思っているのだろうか。
そんなことないのに!
「シュウ兄さんは悪くないですよ。むしろそんな気持ちを抱えたまま付き合う方が良くないと思います。それに、わたしもシュウ兄さんと姉さんの仲の良さは知っていますからね。というか、シュウ兄さんが他に好きな人がいたことの方が驚きです」
必要以上に気を遣うシュウ兄さんに対して、そんなことは少なくとも私は気にしていないということを伝えるために言葉を紡いだ。
「自分でも驚いたくらいだからね。今では何で気づかなかったんだろうってくらいだけど。あ、話変わるけどこの一年、本当にありがとうね。合格できたのは桜のおかげだよ」
唐突な感謝の言葉に私は一瞬呆けてしまうが、その後すぐに歓喜の表情が湧き起こる。
しかし、徐々に本当にこれでよかったのかという感情もまた出てきていた。
二人には色々と口出しし過ぎていた気もするし、勘違いで逆に混乱させてしまうこともあった。特に、姉さんはともかく、客観的に見ればシュウ兄さんは赤の他人なのだ。そんな人を私の都合で振り回してしまったという罪悪感は、志望校合格という結果が出た中でもまだあった。
だから、私は素直にその感謝を受け取ることができず、こんなことを言ってしまう。
「本当に、役に立ちましたか?結構迷惑をかけていた気がするんですけど……」
「本当だよ」
「どのくらい?」
なぜ自分でもこんなことを聞いてしまったのか分からない。
いつもの私なら「そうですか」とでも言って会話を終わらせていたはずだ。
でも、この時の私は飢えていた。
久しぶりに姉さんもいない二人きりという状況にテンションが上がっていたのかもしれない。この一年、報われない恋を続けてきて、せめて感謝の言葉くらいはもっと言ってもらいたいと思ったのかもしれない。
でも、この私らしくない、ほんの一言が私たちの未来を大きく変えたのだと思う。
「そうだな……一生懸命俺たちをサポートしようとする桜を見て好きだと思ってしまうくらいには感謝してるかな」
「え?」
「え?」
今私、『好き』って言われた?
もしかしてシュウ兄さんが好きだと気づいた人って……私?
シュウ兄さんも思わず言ってしまったといった感じで混乱しているようだ。
だが、その言葉を否定することはなかった。
私は落ち着かない頭の中、こう言った。
「わ、わたしも……です」
「私もって……何が?」
「私もシュウ兄さんのことがずっと好きでした。二人が一緒に勉強している時も気づいてもらえないかなってずっと思っていて……でも、二人とも全然気づく様子もなくて……」
思いがけない告白を受けて私は伝えまいと決めていたはずの気持ちを言ってしまっていた。
そして、もう止められないと言った感じで次々と本音が漏れだす。
その後も色々言ったと思うが、そのすべてをシュウ兄さんはただ黙って聞いてくれた。
そして、幾分か落ち着いたところで声を掛けられた。
「じゃあさ、一年前から俺のこと好きだったの?」
「そうですよ。……二人は全然気づいてくれませんでしたけど」
「それは……ごめん」
「いいですよ。わたしも隠してましたし」
「どうして……」
「そりゃ、そうですよ。お二人は傍から見てもお似合いでしたし、割って入る余地なんてないと思っていましたから。それに、姉さんは私と違ってコミュ力高いですし、運動もできますし、スタイル良いですからね。わたしが勝っている部分なんてどこも……」
「そんなことないよ。たしかに花音みたいな社交性はないかもしれないけど、桜はちゃんと相手のことを考えられてると思うし、運動はだめかもしれないけど、集中力があるし、文章力もある。スタイルは……個人的にはどっちも好きだし。それに何より……桜はいつも一生懸命じゃないか」
「一生懸命って……それって普通じゃないんですか」
「全然普通じゃないよ。俺なんか面倒くさがりだからすぐにさぼろうとしてしまうし、受験勉強だって一人じゃ絶対あんなにやらなかったよ」
「そう、です……かね?」
「そうだよ。だから、桜も花音に負けない部分をたくさん持っているってこと。だから俺も桜を好きになったんだろうし」
正直言って簡単には信じられない。
それでも。
「わかりました。大好きなシュウ兄さんが言うなら、信じます」
他でもないシュウ兄さんの言うことなら少しは信じてみても良いかもしれない。
「桜、言いたいことがあるんだ」
「なんですか?」
仕切り直しといった感じでシュウ兄さんがそう言う。
次に言う言葉が分かって、すごくドキドキする。
「俺と……付き合ってくれないか?」
改めてシュウ兄さんから、私の大好きな人から告白された。
すぐに答えようとしたが、一瞬だけ迷った。
姉さんのことを考えたからだ。もしかすると嫌われてしまうかもしれない。今回は保険もない。
でも、それ以上にこの想いに応えたいと思った。
たとえ大好きな姉から好きな人を奪ってしまうことになったとしても。
それ以上の想いがあれば大丈夫だとこの時は思えたから。
だから――
「はい、いいですよ」
最後まで読んでいただきありがとうございました。
短編にしては長く書きすぎましたね……。
作品としては、ちょっとずるいくらいの方がヒロインとして個人的には好きなのでこんな感じになりました。
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