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6話

 ……ということを、カーラは頑張って言葉を言い換えたりしてアリーシェルに教えてくれた。


「……私の説明、分かった?」

「……な、なんとか……」


 そう答えるが、正直話についていくのも難しかった。


(ええと。つまりこの世界は前世のカーラさんにとっては架空の物語で、カーラさんはそのお話の主人公。私や殿下も登場人物だったということね……?)


 カーラも説明が難しいようで「公式」や「アップデート」などについてはとうとうアリーシェルには理解できなかったが、だいたいの流れはつかめた。


「それで……カーラさんは、そのお話の主人公として生まれ変わっていると分かったのですね?」

「うん、四年前――ハーティ家に引き取られた十二歳のときに思い出したの」


 そう言うカーラの表情は暗い。


「……でも、主人公に生まれ変わっても嬉しくなかった。だって、ここがゲームの世界なら私はゲームのとおりの行動しかできないんだもの。私には……ヨルン兄様と一緒になることはできないの」

「ヨルン兄様?」

「私の義理のお兄様。私……子どもの頃にヨルン兄様と会ったときから、ずっと好きだったの」


 どうやらカーラは引き取られるよりも前から、男爵夫妻の実子である義兄に恋をしていたようだ。


「でも、ゲームにヨルン兄様は出てこない。主人公が結婚相手として選べるのは五人だけで、もし誰も選ばなかったとしても主人公は一生独身でいたっていうエンディングしかないって掲示板にあったの。だから……なんだか、いろいろどうでもよくなっちゃった」


 大好きな義兄とは、絶対に結ばれない。どうせここは、ゲームの世界だから。


(もしかして、カーラさんが初対面のときから元気がなさそうだったのは……全てを諦めていたからなのかしら?)


「それじゃあ、私に声を掛けてきたのも……?」

「……変なことを言って、ごめん。でも、ここがアップデート後の『光の神子の軌跡』の世界なのは分かっていたし……。なんだかむしゃくしゃして、あなたに当たってしまったの。あなたは、前世で私のお気に入りのキャラだったのに……」


 カーラは苦しそうに言い、拳で目元を拭った。


「それなのに、あなたはフェルナンと仲よくなっている。しかも、ゲームにはなかった魔物の襲撃まで起きてくるし……もう、わけが分からなくなった。私の骨を折った魔物だって、ゲーム終盤で出てくるはずだったのに……」

「……」


 何も言えず、アリーシェルは目を伏せた。


(つまり……この世界はカーラさんが前世で経験したものとは全く違ってしまったのね)


 彼女がプレイしたゲームとやらでは、フェルナンとアリーシェルが恋人同士になることも、上級ランクの魔物に襲われることもなかった。ここしばらく彼女の様子がおかしいのも、「こんなはずではないのに」が連発したからなのだろう。


「……あなたはずっと、このことを一人で抱えていたのですね」

「だって、こういうことを言っても頭のおかしい子扱いされるだけじゃない」

「でも私に言ってくれましたよね?」

「それは……うん、なんだか言いたくなって……」

「そうですか。……でも、私はあなたの話を聞いて思いました。もう、あなたは『シナリオ』とやらに縛られなくていいのではないですか?」


 アリーシェルが優しく言うと、カーラは顔を上げた。


「だって、私とフェルナン様が恋人同士になったことも魔物の襲撃も、もう『シナリオ』や『アップデート』の強制から外れているのでしょう? それならきっと、あなたがお義兄様と結ばれることも可能です」

「そ、そうなの……?」


 カーラの緑色の目に、光が灯った。


「ええ。それに……全ての始まりはきっと、あなたが私に声を掛けてきたあの日なのでしょう。あなたが私に発破を掛けたから、私はフェルナン様に想いを告げる勇気が出た。そこから少しずつ、少しずつ展開が変わっていった……そういうことじゃないのですか?」

「発破を掛けたつもりじゃないけれど……。……でも、そう、だよね……」


 カーラはしばらく考え込んだ後に、ぐっと顔を上げた。


「私……馬鹿だったわ」

「カーラさん……」

「私、あなたのこともフェルナンのことも、ただのゲームのキャラだと思っていた。それに、私自身もゲームのキャラだからって流されるままになっていた。……でも、それはどっちもおかしいんだよね。私は今、カーラなんだから……ちゃんと『生きて』いかないといけないのよね」


 カーラは、へヘッと笑った。

 それはきっと……これまで殺し続けてきた、彼女の本当の笑顔なのだろう。


「私……やっと目が覚めたよ。私、前世では病弱だし中学生にもなれなかったんだから、今世こそはやりたいことをたくさんやって、長生きしたい。たくさんの人と仲よくなって、いろんなことを知って……お兄様と一緒になれる道を探したいの」

「……ふふ。とても素敵な目標ですね」

「アリーシェルのおかげだよ。……ありがとう」


 そう言って笑うカーラは、とても可愛らしかった。













 アリーシェルは一ヶ月間の療養の後に、奉仕活動に復帰できるようになった。といっても魔物退治はまだ早いということで、まったりと採集をしたり薬を作ったりする程度だったが。


「……あ、これが依頼にあったワクワクキノコだな」

「気をつけてくださいね、殿下。ワクワクキノコの胞子が気管に入ると気分が高揚して暴れ出してしまうそうですからね」

「分かっているとも」


 本日アリーシェルは依頼書を手に、薬草やキノコの採集をしていた。その隣には、フェルナンの姿が。彼は「リーシェが行くのなら、私も行く」と言って、ついてきたのだ。


「それにしても、リーシェ。二人きりなのだから、殿下なんて堅苦しい呼び方はしないでほしいんだがな」


 手袋のはまった手でワクワクキノコをもいでそっと袋に入れるフェルナンが言ったので、スコップを手にしていたアリーシェルは慌てて首を横に振った。


「そ、それはまだ早いというか……さすがに恐れ多いです」

「だが、最愛の恋人から距離を置かれているようで、私は寂しいな……」

「……で、でも……」

「な? 今だけでいいから……フェルナン、と呼んでくれないか?」


 ワクワクキノコ入りの袋を地面に置いたフェルナンが、じっとアリーシェルを見つめてきた。

 彼は基本的に穏やかでおっとりしているが、なかなかの策士だ。アリーシェルがこうして自分にじっと見つめられることに弱いというのも、彼は分かっているようだ。


(も、もう! そんなにじっと見て……ずるい方だわ……!)


 思わずぶわっと頬に熱が上ったので、アリーシェルはスコップで顔をガードする。


「だ、だめですよ! そんなの……どきどきしますもの……」

「ふふ。こうして可愛らしい抵抗をするリーシェを見られるのも、恋人の特権だな。ほら、そのスコップを下ろして、もっと私に可愛い顔を見せて――」

「あっ! アリー姉様だ! ただいまー!」


 フェルナンの顔が迫ってきたところで、元気いっぱいな声が割って入ってきた。振り返るとそこには、丘を駆け下りてくるカーラの姿が。


 アリーシェルが見舞いに行った日から、カーラは変わった。表情が明るくなり、おしゃべりになって、活発になった。前世ではできなかったことを存分にしようと決めた彼女の変化に皆は驚いたが、「神子様は明るい方がいい」と好意的に受け止めたようだ。


 なお、彼女は義兄のヨルンと一緒になる方法をいろいろ考えた末に、「私がとても偉くなって男爵家から籍を抜き、お兄様に逆プロポーズする」という方法を考えついた。恋する乙女は最強のようで、彼女は義兄にアプローチしながら奉仕活動をこなし、着実に実力を身につけているそうだ。


 骨折が治った彼女は今日も朝早くから魔物退治に行っていたのだが、無事に任務達成できたようだ。


「おかえりなさい、カーラさん。怪我はしていませんか?」

「していないよ! だって怪我をしたら、アリー姉様たちが心配するものね!」


 アリーシェルが立ち上がると、カーラはぎゅっと正面から抱きついてきた。あの日からカーラはすっかりアリーシェルに懐いてくれたようで、「アリー姉様」と慕ってくれている。


(私は一人っ子だから、こういう妹がほしかったのよね……)


 甘えてくるカーラの頭を撫でていると、立ち上がったフェルナンが少し不満そうに唇をとがらせた。


「……無事で帰ってきたのなら何よりだ、カーラ殿。だが……リーシェに対して距離が近すぎないか?」

「ええっ、いいじゃないですか、女同士ですし! それに、いくら彼氏だからってがっつきすぎるのはよくないと思いますよー」


 てへ、と舌を出したカーラが言うと、フェルナンの小鼻がひくっと動いた。

 最近ではアリーシェルを挟んでフェルナンとカーラがばちばちと火花を散らせることが多くなったが、なんだかんだ言って仲がいい二人だとアリーシェルは思っている。


「まあまあ、それより――ワクワクキノコは集まったしカーラも帰ってきたので、一緒にお茶休憩にしませんか?」

「ああ、いいな」

「わーい! アリー姉様の淹れるお茶、すっごくおいしいんだよね!」


 カーラはそう言ってアリーシェルから離れ、教会の方に走っていった。


「あ、待って――」

「リーシェ」


 ふいに肩を抱き寄せられ、あっと思ったときにはアリーシェルの唇はフェルナンに奪われていた。


「んっ……! で、殿下!?」

「……ふふ。私はアリーシェルの淹れる紅茶だけでなく、唇のおいしさも知っている唯一の男だからね」


 唇を離したフェルナンが色っぽく微笑んで囁いたため、アリーシェルはどきどきしつつもぐっと顔を上げ、彼の胸元にワクワクキノコの袋を押しつけた。


「こ、これ、持ってくださいねっ!」

「はは、了解した」


 フェルナンは笑うと手袋を外し、そっとアリーシェルの手を取った。


(……幸せだなぁ)


 少し先で振り返ったカーラが、「早く帰ろう!」と言っている。

 アリーシェルは微笑むと、フェルナンと歩みをそろえてカーラの待つ方へと歩いて行った。

お読みくださりありがとうございました!

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