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5話

 かくしてフェルナン王子の護衛魔道士だったアリーシェルは、彼の恋人として認知されることになった。


 麗しの第二王子が恋人を溺愛していると聞いて、多くの令嬢たちが涙に暮れたそうだ。だがアリーシェル自身の優秀さをよく知っている国王夫妻や第一王子は手放しで歓迎して、「うちのフェルナンをよろしく」という親書を教会で療養中のアリーシェルに送ってくるほどだった。


 なお、魔法長官のカルヴィン・グレンは第二王子と孫娘の交際を聞いて相当驚いたようだが、「フェルナン殿下ならば許す!」と言い切ったそうだ。だがその日彼は魔法長官になって初めて早退して、娘夫妻の家に転がり込んで涙に暮れながら酒を飲んだそうな。





 そうしてアリーシェルがまったりと体を休めながらフェルナンとの愛を深めていた、ある日。

「光の神子」であるカーラが魔物との戦闘で大怪我を負うという事故が発生した。












 カーラは魔物の攻撃によって左足の骨を折られたものの、命には別状がなかった。彼女はすぐに教会に運ばれ、適切な治療を受けた。現在は歩行の際に杖を使う必要があるものの、身の回りのことは全て一人でできるそうだ。


 ……だが、彼女はこれまでにないほど落ち込んでおり、ほぼ全ての人との面会を断っているという。


「殿下もだめだったのですか?」

「ああ。声は聞こえたのだが、部屋に入らせてもらえなかった」


 アリーシェルの部屋にて、フェルナンがそう暗い顔で言った。


 今回の事故が起きた際、フェルナン一行は誰もカーラに同行していなかった。だから伝聞情報のみになるが、魔物退治の途中でカーラの様子が明らかにおかしくなり、彼女は自ら魔物のいる方向に走って行ってしまったそうだ。


 なんとか彼女を救出できたがその後も様子がおかしく、「シナリオ」とか「中盤なのに」とかつぶやいているという。


(……また、その言葉を……)


 アリーシェルは息をつき、顔を上げた。


「……私、お見舞いに行ってきます」

「だが、リーシェ……」

「断られたらすぐに戻ります。でも……私、彼女から聞きたいことがあるのです」


 以前も、カーラはアリーシェルに対して不思議な話をしてきた。アリーシェル相手ならば、カーラは何か話してくれるかもしれない。


 フェルナンは少し難しそうな顔をしていたが、やがてうなずいてくれた。


「……君がそう言うのなら、試してみるのがいいだろうな。だが、君もカーラも負傷者だ。お互いの体と心に負担が掛からないようにしてくれ」

「もちろんです」

「うん、いい子だ」


 フェルナンは微笑むとアリーシェルの頬に手を当て、そっと唇を重ねた。


 フェルナンのアリーシェルに対する溺愛っぷりは教会でも有名で、今ではラファエルたちが「王子殿下の恋を応援しようの会」なるものを立ち上げているとか。フェルナンが見舞いに来ている間は邪魔者が入らないよう、ラファエルたち会員が廊下の見回りをしてくれているとか、していないとか。







 アリーシェルは仕度をして、手土産の焼き菓子を持ってカーラの部屋に向かった。


(受け入れてもらえるかしら……)


「こんにちは、カーラさん。アリーシェルです」

「……何の用事?」


 ドアをノックして呼びかけると、思ったよりも早く返事があった。


「もしよろしければ、お話がしたくて」

「……」

「……『シナリオ』のことなど、お伺いしたいのです。もちろん、無理にとは申しません。また後日の方がよろしければ……」

「ううん、入って」


 許可が下りたため、アリーシェルは緊張しつつドアを開けた。


 さすが神子用の部屋だけあり、アリーシェルの部屋とは比べものにならないほど広い。カーラはベッドではなくてふかふかのソファに座り、静かなまなざしでアリーシェルを見上げていた。


「……座って」


 カーラは素っ気なく言ってから、歩行補助用の杖を手でもてあそぶ。


「……おみ足の具合は、いかがですか?」

「思ったよりも平気。……この世界の魔法は、すごいのね。骨折でも、治っちゃうんだから」

「……」

「……あのさ、アリーシェル。私、あなたに話したいことがあるの」


 どう切り出そうかと思っていたら、カーラの方から本題に入ってくれた。

 彼女の向かいに座ったアリーシェルは苦いつばを飲み込んで、うなずいた。


「……はい、お伺いします」

「……。……私には、前世の記憶があるの」


 カーラはどこか遠いまなざしで、そう話し始めた。















 カーラの前世は、こことは違う世界で暮らす少女だった。

 少女は幼い頃から体が弱く、入院してばかりだった。学校にもなかなか行けずに寂しい思いをしていた彼女のために、両親がゲームをすることを勧めてくれた。


 いろいろ遊んでみる中で少女が気に入ったのは、『光の神子の軌跡』というソーシャルゲームだった。主人公は男女から選べて、仲間たちと一緒に切磋琢磨しながら魔物を倒す。そうしてラスボスを倒したらエンディングを迎えられる、という王道シナリオだ。


 このゲームでは異性の仲間から一人を選んで恋仲になり、その仲間と結婚エンディングを迎えることができた。少女は男性主人公でゲームを始め、最後にはある女性の仲間を妻にするエンディングを迎えた。


 満足のいくエンディングを迎えた彼女は、インターネットの掲示板を覗いてみた。きっと、同じようにこのゲームで感動した人がいるだろう。その喜びを分かち合いたい、と思って。


 ……だが彼女が見たのは、「クソゲー」の文字だった。


 このゲームのプレイヤーは、女性が圧倒的に多かった。女性プレイヤーの多くは女性主人公でゲームをしたのだが、一番人気のキャラが第二王子のフェルナンだった。


 そのプレイヤーはまず一周目を女性主人公フェルナン結婚ルートで進め、二周目をせっかくだからと男性主人公で進めた。そうして別の女性キャラと結婚するのだが――なぜかそのエンディングでフェルナンがアリーシェルと結婚していることが多かった。


 フェルナンは主人公ではないが物語で重要な位置にあるため、エンディングで彼は必ず女性キャラの誰かと結婚する。そうしてゲームの内部数字の都合上、彼と好感度が上がりやすい護衛魔道士のアリーシェルが優先して選ばれるという仕組みになっていた。


 女性プレイヤーの中には、これに激怒する者がいた。彼女らからすると、「自分の旦那が奪われた」という気持ちになったのだろう。

 彼女らは掲示板で「モブ同然の女キャラに一周目の旦那を寝取られた」と書き込み、クソゲー扱いした。そういったアリーシェルのアンチが騒ぎ立て、公式に突撃する猛者まで現れ、インターネットでもプチ炎上が起きた。


 少女は過激派の行いに戦々恐々としつつ二巡目を女性主人公でプレイしていたのだが……その途中でとんでもない事件が起きた。

 なんと、公式がアップデートの際にフェルナンとアリーシェルが結ばれるエンディングを削除してしまったのだ。


 公式としては、諸悪の根源となってしまったフェルナンとアリーシェルの結婚エンドを消すことで、このプチ炎上を鎮火させようと思ったのだろう。だがアリーシェルのアンチになっていたのはほんのごくわずかの声のでかい連中のみで、多くの者は「なんでそんなことをするの!?」となった。


 公式は、本格的に炎上した。

 多くのプレイヤーが場外乱闘を始め掲示板が荒れまくりネットニュースにも取り上げられ――収拾がつかなくなったため、『光の神子の軌跡』は配信開始して半年も経たずにサービス終了してしまったのだった。


 少女は大好きなゲームがいきなりサービス終了したことにショックを受け、しかもその後病状が悪化してゲームを手にすることもできなくなり……たった十二歳で人生を終えることになったという。

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― 新着の感想 ―
[一言] 昔と違って、今はツイッターがあるから運営という目に見えにくい複数の存在ではなく、シナリオライターや絵師に直接に「書き換えろ!!」って言葉のナイフを突き立てることができますからね… 今のソシ…
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