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3話

 ある日、珍しくもアリーシェルはカーラから指名を受けた。


「……剣術のフェルナンと、槍術のラファエル。それから、全属性の魔法をまんべんなく使えるアリーシェルに来てほしいの」


 相変わらず表情筋の活動に乏しいもののカーラに言われたのだから、断るはずもない。ご指名があっただけでなくフェルナンも一緒だなんて、アリーシェルにとっては嬉しいばかりだ。


「アリーシェル、調子がよさそうだな」


 準備を終えて教会の正門前でカーラたちを待っている間にフェルナンに声を掛けられたため、アリーシェルは笑顔でうなずいた。


「もちろんです。私、必ず役に立ってみせますね、殿下!」

「……あ、ああ、もちろん、君の活躍に期待しているよ」


 フェルナンは少し声を裏返らせて、こほん、と咳払いをした。


「……その、アリーシェル。最近の君はとても楽しそうだな」

「……え、えと、すみません。調子に乗りすぎたでしょうか……?」

「まさか。とがめたいわけではなくて……その、君がこうして生き生きとしている姿を見られて、私も嬉しい。城にいる頃の君は、真面目なのはいいが少し気を張っているように見られたし……。今の君を見ていると、私も安心できる」


 そう言って、フェルナンは笑った。


「……なんだか不思議な気持ちだ。君を護衛魔道士にして三年近く経つが、初めて君の素顔を見られたような気がするよ」

「……その。これまでの私はちょっと無愛想すぎたかな、と反省しまして」


 カーラに言われた「エンド」やら「シナリオ」やらについて話すつもりにはなれなかったのでそう言い訳をすると、フェルナンは目を細めた。


「無愛想だなんて、そんなことはない。だが、今の君の方が溌剌としているし、とてもかわ――」

「お待たせしました」


 声がしたのでそちらを見ると、標準装備の真顔のカーラと、ラファエルたち他のメンバーの姿が。


「今日の任務は、魔物退治。森の奥での戦闘になるから、はぐれないように行動するわよ」

「……ああ、あなたの言うとおりだな。皆、協力して頑張ろう!」


 カーラの言葉を受けてフェルナンも言ったため、アリーシェルも気持ちを引き締めた。











 今回カーラは、フェルナンとアリーシェルとラファエル、そして偵察が得意な少年剣士をお供にしていた。


 重装備のフェルナンとラファエルが皆を守りながら、後方からカーラとアリーシェルの魔法で敵を攻撃する。少年剣士が事前に敵の位置を知らせてくれるため、一行は大きな怪我を負うこともなく順調に魔物を倒していった。


「……よし、これで何頭目ですかね?」

「二十一だな。なかなかの数だ」


 フェルナンとラファエルが協力して巨大な蛇のような魔物を倒し、その心臓部分にある核を取り出しながら言った。

 魔物は体内に核を持っており、討伐した際にはその核を持って帰ることになっている。ただ、戦闘時は冷静なカーラも核を取り出す作業は苦手らしく、またアリーシェルも堅い魔物の皮を剥いだりする作業は不得意だったため、そういうのは専ら男性陣の仕事になっていた。


 解体中の魔物からは目をそらしながら、カーラが言った。


「……そろそろ日没ね。帰ろう」

「そうだな。核も大量に手に入ったし、あなたたちの魔力も限度があるから……」

「神子様、殿下! 大変です!」


 フェルナンの言葉の途中でがさりと葉のこすれる音がして、少年剣士がやってきた。彼には安全な帰り道を探させていたはずだが、その顔は真っ青だ。


「こ、この先に大型のウルフがいます!」

「ウルフ? ……毛や目の色、体格は?」

「それがっ……! 被毛は銀色で、目は赤。体格は……通常のウルフの三倍はありました!」


 フェルナンの問いに対する少年の言葉に、アリーシェルたちはぎょっとした。


(そ、それって滅多に姿を見せないシルバーウルフじゃない!?)


 シルバーウルフはウルフ属の中でも最強と言われ、高い身体能力と魔力を持つ。教会での討伐依頼ランクも最高位になり……成長途中のカーラが戦える相手ではない。


「う、うそ? なんでこんな序盤で、シルバーウルフが……?」


 狼狽しているのはアリーシェルたちだけではなかった。これまではどんな状況でも真顔だったカーラは真っ青になっており、ちょうど近くにいたアリーシェルの腕にぎゅっとしがみついていた。


「神子様、討伐は――」

「無理よ! 今の私たちじゃ絶対に勝てない! シルバーウルフは中盤以降のレアモンスターなんだから、今だったら全滅してしまう!」


 途中から言っていることがよく分からなくなったが、カーラが言うのだから討伐に向かうことはできない。


「……カーラ殿の言うとおり、ここは撤退するべきだ。皆、隊列を組め。全員で素早く森を出て――」


 フェルナンが指示を出している途中で、ガアッという咆哮が森に響き渡った。カーラが悲鳴を上げてアリーシェルに抱きつき、鳥たちが一斉に飛び立つ音が頭上から聞こえた。


「ラファエル、トミー、行け! カーラ殿とアリーシェルは二人から離れるな!」


 フェルナンが剣を抜き、号令を出した。すぐにラファエルと剣士トミーが帰り道の方に向かって走り出す――が。


「カーラさん、ほら、走るわよ!」

「……で、でも、足が……!」


 アリーシェルはすがりついてくるカーラに言うが、彼女はぷるぷる震えている。両足に力が入らないようだ。


「っ……。……殿下、カーラさんをお願いします!」

「アリーシェル!?」

「『光の神子』様も王子殿下も、死なせるわけにはいかないのです!」


 アリーシェルは渾身の力でカーラを引き剥がしてフェルナンの方に押しやり、ラファエルたちとは別の方向――獣のうなり声が聞こえる方に向かった。


「アリーシェル!」


(……ごめんなさい、殿下)


 カーラは、「全滅してしまう」と言っていた。だが第二王子や貴重な「光の神子」、そして高位貴族の嫡男であるラファエルや皆が生きて帰るために道案内をするべきトミーが死ぬことがあってはならない。

 五人の中で一番命の優先順位が低いのは、アリーシェルだ。


(私は光魔法は使えないけれど……時間稼ぎくらいならできる!)


 アリーシェルが魔法の構えをしたところで、木々をなぎ倒しながら銀色のウルフが姿を現した。トミーが報告したとおり、とんでもない巨躯を持っている。あの牙なら易々とアリーシェルの頭蓋骨をかみ砕けるだろうし、爪の一閃で喉を掻き切られたら一瞬で死ぬだろう。


(でも、これ以上は行かせない!)


 アリーシェルの放った魔法が衝撃波の形になり、シルバーウルフに襲いかかる。障害物が多い森の中での戦闘はお互いの行動範囲を狭めるが、ここでは小柄なアリーシェルの方に地の利があった。

 シルバーウルフが衝撃波を避けるために跳躍したが、アリーシェルはそこにすかさず炎の魔法を放つ。被毛が焼ける悪臭がして、シルバーウルフが叫んでいる。


(……大丈夫、いける!)


 一撃でも食らったらアリーシェルの負けだが、それまでにフェルナンたちが逃げ切ったらアリーシェルの勝ちだ。


 アリーシェルは魔法を放ちながら、シルバーウルフを少しずつ後退させていった。とにかく、先に進ませてはならない。


 そしてついに、アリーシェルの放った風刃がシルバーウルフの左目に刺さり、鼓膜が破れそうな絶叫が上がる。


(やった!)


 だが、喜んだのもつかの間。風刃が脳にまで届き息絶えようとしているシルバーウルフの目がぎらりと光り、死力を振り絞った跳躍の後に爪が振り上げられた。


(……あ)


 銀の軌跡が見えたかと思ったら、かっと胸元が熱くなった。魔物の青黒い血とは違う真っ赤な鮮血が弧を描き、夕暮れ時の空に広がっていく。


 シルバーウルフが、倒れた。ほぼ同時にアリーシェルの体も地面にたたきつけられ、世界がぐるぐると回転する。


 痛い。熱い。

 胸元が、燃えるように痛い。


「……アリーシェル!?」


(……あれ? これは、殿下の声……?)


 仰向けに倒れたアリーシェルを、誰かのがっしりとした腕が抱き上げてくれた。


「教会に助けを求めた! すぐに治療師が来るから……しっかりしろ、アリーシェル!」


(……ああ、そうなのね。それじゃあ……皆、無事なのね)


 ほ、と安堵の息を吐き出すが、だんだん意識が遠のいていく。


「でん、か……」

「しゃべるな! これ以上無理を――」

「……すき、です」


 もし、これが最期なら。

 ずっと伝えたかった言葉を、告げたい。

 カーラは「無駄」と言っていたけれど……最期だから、許してほしい。


「わたし、あなたのこと……すきです。だいすき、です」

「っ! ……あ、ああ、私もだ! 私も……君のことが好きだ。愛している! だから、死ぬな……!」


 フェルナンがアリーシェルを抱きしめて、叫んでいる。


(ああ……お優しい殿下)


 死の間際にあるアリーシェルをこんなにも喜ばせてくれるなんて、なんて優しい人なのだろうか。


 好きと言って、好きと返してもらえる。これ以上の幸せはないだろう。


(……私、満足だわ)


 ふふっと笑い、アリーシェルは体の力を抜いた。


 ……薄れる意識の中、最後に頭の中に浮かんだのは大好きなフェルナンの顔――ではなくて、なぜかカーラの泣きそうな顔だった。


『……どうして、あなただけ――』


 そんなカーラの声も、すぐに聞こえなくなった。

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