1話
「あなたとフェルナンが結ばれるエンドは、ないの。あったけど、消されたの。だから、何をやっても無駄なのよ」
無表情でそう告げる少女を前に、アリーシェルは息をのんだ。
夕日を浴びて、少女の銀髪が黄金色に染まって見える。いつもはどこか遠くを見つめているかのような緑色の目はまっすぐアリーシェルを見ているが、そこにぬくもりは感じられない。
「……カーラさん? 何を言って……」
「あなた、フェルナンのことが好きなんでしょう?」
「……。……それは」
事実だ。事実だが、なぜこの秘めた想いをそれほど親しいわけでも長い時間を共に過ごしたわけでもないこの少女が知っているのだろうかと、アリーシェルの背中をぞくりと寒気が走る。
少女・カーラはふんっと鼻を鳴らすと、アリーシェルの方に向かって歩き出した。
「無駄なことは、しない方がいいわ。どんなにあがいたって……シナリオには勝てないんだから」
通り過ぎざまにそう囁いてから、カーラは立ち去った。
彼女がいなくなってからしばらく経ってもアリーシェルは動けず、ようやくのろのろと振り向いた先にはもう、小柄な銀髪の少女の姿はなかった。
『あなた、フェルナンのことが好きなんでしょう?』
『何をやっても無駄なのよ』
ざわり、と夕暮れ時の風が吹き、アリーシェルの暗めの金髪を撫でながら通り過ぎていく。
「……分かっているわよ」
ぽつり、とアリーシェルはつぶやく。
正直、カーラの言っていた「エンド」とか「シナリオ」の意味はよく分からない。だが、彼女はアリーシェルの恋心を的確に見抜いていたし、その指摘も至極もっともなものだった。
アリーシェルは、ただの護衛魔道士。
フェルナンは、一国の王子。
どんなに想っても、結ばれない。結ばれるはずがないと、恋を自覚した日から分かっていた。
(でも……ちょっとだけ、悔しいかも)
いくら図星とはいえど、自分よりも年下の少女にいきなりああも言われると少なからずむっとしてしまう。
アリーシェルはこれまでフェルナンに、愛情を示すことはしなかった。いずれ彼は身分にあった令嬢を妃にするのだからとかたくなに恋心を押し隠して仕事に打ち込んでいた。
(……殿下に振り向いてもらえる確率は、ゼロ。ゼロなのだと、カーラさんも言っていた。でも……)
「……どうせ叶わないのなら、ちょっとくらい羽目を外してもいいかも?」
アリーシェルは疲れたように笑うと、夕日に背を向けて歩き出した。
アリーシェル・グレンは、アルグレット王国の上流市民階級の娘として誕生した。母方の祖父は王国魔道士団の魔道長官の職を賜っており、その才覚は孫娘であるアリーシェルに強く受け継がれていたようだ。
王都の魔道学院を主席で卒業したアリーシェルは、第二王子・フェルナンの護衛魔道士に抜擢された。「優秀だがあまりおもしろみがない」と言われていたアリーシェルは、自分の能力を高く評価して側近として採用してくれたフェルナンのことを尊敬し……同時に、密かな恋心も抱いていた。
もちろん、それを表に出すつもりはない。自分はフェルナンの護衛として務めを果たし、彼が王族として輝く様を見守れるだけで十分だと、言い聞かせていた。
「『光の神子』が現れたことは、皆も知っているな」
ある日の執務室にて。集めた側近たちを前に、フェルナンが言った。
今この執務室には、フェルナンとアリーシェルの他にも数名の騎士や文官がいる。皆、フェルナンが自ら選んだ彼の側近だ。女性は、アリーシェルのみである。
「はい、聞き及んでおります。確か、ハーティ男爵家の養女が光属性を持っていたということでしたか」
「ああ。カーラ・ハーティは、男爵の友人の遺児らしい。今既に、教会の方に移動しているとのことだ」
近衛騎士の言葉に、フェルナンはうなずいてみせた。柔らかなオレンジブラウンの髪に知的なヘーゼルの目を持つフェルナンは、その端整な顔に真剣な色を載せて部下たちを見ている。
彼が言うに、カーラ・ハーティという少女は事故で両親を亡くした後に、父の友人であるハーティ男爵に引き取られた。そして先日、魔力測定を受けた際に彼女が希少な光属性の魔力を持つことが判明し、「光の神子」として認められたという。
この世界には様々な宗教があるが、ここアルグレット王国ではアルガとレッタの双子神を奉る双神教が主流となっている。
アルグレット王国の名前の由来でもある双子神はそれぞれ、光と闇の属性を持っている。だが光と闇の属性は現れにくく、これらの属性を持つ者は「光の神子」「闇の神子」として教会で丁重に扱われる。光属性は魔物退治において格別の威力を発揮し、闇属性は光属性以外の全ての属性を制する力を持つため、正しい教育を施して国の発展に寄与することを期待されていた。
「『光の神子』もしくは『闇の神子』は発覚し次第身分を問わず、教会に保護される。そしてその方は適切な教育を受け――いずれ、魔物退治などを行うことになる。そして皆も知ってのとおり、王家もしくは高位貴族から神子のお目付役が選出され、最低でも一年は神子と共に教会ギルドで奉仕活動を行うことになる。それに、私が選ばれた」
フェルナンの言葉に、アリーシェルたちは事の次第を知った。これからフェルナンは神子のお目付役として教会に行き、そこで彼女と共に研鑽を積むことになるのだ。
「おめでとうございます、殿下!」
「ありがとう。……そういうことで、私の側近である皆にも同行してもらうことになった。王城での暮らしとは全く違う環境にはなるが、どうか私に力を貸してほしい」
フェルナンは殊勝な態度で言うが、アリーシェルたちはとんでもない、と笑顔でうなずいた。
(私たちは、殿下のために存在する。殿下が行かれるところなら、どこでも喜んで行くわ!)
そして……その選ばれしメンバーに自分も入っていることが、アリーシェルはたまらなく嬉しかった。
心からお慕いする好きな人を支え、必ずお守りしよう、と彼女は胸に誓った。
かくして王子フェルナン一行は双神教教会本部に向かい、そこで「光の神子」と対面することになったのだった。
「アルグレット王国第二王子、フェルナンだ。これからよろしく頼む、神子殿」
「……よろしくお願いします」
フェルナンが差し出した右手を、銀髪の少女が握った。その様子を、アリーシェルは少し離れたところから見守っていたのだが。
(……思ったよりもおとなしそうな方ね)
神官たちの紹介で挨拶をした「光の神子」・カーラは、内巻のつややかな銀髪を肩までの長さで切りそろえた、なかなかの美少女だった。緑色の目は澄んでおり、肌は白い。
男爵の養女である彼女は貴族ではないが、彼女が微笑めば多くの男が陥落するだろう美貌を持っていた。
だがアリーシェルたちが部屋に入ったときからその表情は暗く沈んでおり、声にも覇気がない。フェルナンが自己紹介をしても彼の顔をじっと見るくらいで、麗しの王子殿下がお目付役になったことに関する感動や感謝の気持ちなどは見えてこなかった。
(緊張されているのかしら……。でも、それも仕方ない話よね)
カーラはフェルナンが自分の部下の紹介をしてもつまらなそうに聞いていたが、アリーシェルと側近の一人であるラフェエルの名前を聞いたときにはぴくっと反応し、こちらをじっと見てきた。
興味津々、といったような目で見られ、どきどきはするが少しは彼女の表情に生気が満ちたように思われて、むしろほっとした。
(カーラさんはきっと、心細い気持ちでいっぱいよね。できれば、お力になりたいわ)




