エピローグ
ここに至るまで本当に様々な事があったけれど、今日はとうとう結婚式だ。
……私とアルテュールのではなく、アンナとレーニエのだけれど。
「まぁ、お嬢様!そんなに震えて、お寒いのですか?」
「これは違うわよ!怒りで震えているの!本当にもうあの男は……!私の大切なアンナになんて事をしてくれたのかしら!」
花嫁の控室でふるふると震えていた私は、ぎゅっと拳を握り締めていた。
それというのも原因はレーニエだ。最初からアンナとの距離が近いのが気に入らないとは思っていたのだけれど、まさか私からアンナを奪っていくだなんて本当に信じられない。
聞けば私の知らない所で、2人は私とアルテュールの仲が進展するように見守ったり話し合ったりしていたらしいのだ。その過程で徐々に距離は縮まり、最近の休日には毎回デートをしていたというのだから驚きだ。
そう言われてみると、アンナが休みを取った翌日には街で人気のお菓子がよく出てきたものだけれど、アレは2人でデートしたカフェで売っていたものに間違いないだろう。
そこまでは百歩譲って許すとしても、だ。
「結婚式は一大事よ!もっとじっくり準備に時間をかけるべきだというのに、こんな風に急いで式を挙げないといけない事にさせたというのが許せないわ!」
レーニエに怒っているのは、私の大切な専属侍女を奪っていく事に嫉妬しているからというだけではもちろんない。
オレオル神を祀る神殿で行われる結婚式は、とても神聖な儀式だ。普通は準備にかなり時間をかけて、多くの人が見守る中で神の前でお互いが唯一無二の存在なのだと誓い合うというものだ。
けれど今日は2人の付き添いが私とアルテュールだというのはいいとして、他の参列者は2人の家族、親戚のみという本当にささやかな式なのだ。
準備期間も殆どなくて急拵えだったものだから、アンナの為にドレスを仕立ててあげる時間も足りなくて、既製品になってしまっているのも悔しくて堪らない。
そもそもこんなに急いで式を執り行う事になってしまったのは、アンナが妊娠している事が解ったからなのだ。いつの間にそんな事になってしまったのかと、私は何度レーニエを殴ってしまいそうな衝動に駆られたか解らない。
とにかく、そういった事情で急いで式を挙げる事になったのだけれど、私は今日になってもまだ腹の虫が治まっていなかったのだ。
けれど、憤慨している私に対して、当のアンナは物凄く嬉しそうににこにことしているばかりだ。
「もう!アンナはどうしてそんなに笑っていられるのよ!」
「ふふ、それはもちろん、お嬢様が私の事を物凄く大事に思ってくださっているのが嬉しいからに決まってるじゃないですか」
「っ……!アンナ……!」
その言葉に、私は思わず彼女をぎゅうぎゅうと抱き締めてしまう。もちろんお腹の負担にはならないようにだけは慎重にしたつもりだ。
「本当の本当にレーニエでいいの!?逃げ出すなら今しかないわよ!?」
「もう、お嬢様ではないのですから、逃げたりなんてしませんよ」
「だって、レーニエってなんだか腹黒そうなんだもの。私のアンナに最初から距離が近かったのも気に入らなかったのよ!」
「お嬢様は誤解なさっていますよ。レーニエさんは優しくて良い方です。それに大公殿下にお仕えする姿勢は本当に尊敬できますから」
そう言って微笑むアンナからは、幸せそうなオーラがこれでもかというくらい溢れている。こんな笑顔を見せられたら、嫌でも認めない訳にはいかなくなってしまう。
私はぐっと眉根を寄せると、彼女の両手を握り締めた。
「もし何か困った事があったらすぐに言ってちょうだいね!私とアルテュールでレーニエを懲らしめてあげるわ!」
「そんな事にはならないと思いますが、お嬢様の気持ちはありがたく頂いておきますね」
この完全にレーニエを信じきっている様子が、私が納得し難い原因なのかもしれない。こんな風に無条件に信頼されるのは、アンナにとっては私が一番だと思っていたからだろう。
大切な人を盗られてしまう寂しさから、また一つ溜息が漏れた。
「……それはそうと、アンナがこれからも私の侍女でいてくれるのはとっても嬉しいのだけれど、無理はしないでちょうだいね」
「もちろんです!私の夢は、お嬢様のお子様の乳母を務める事なのですから、いつまでもお傍におりますよ」
「っ……!?」
満面の笑みを浮かべているアンナの言葉に、私の顔はぶわりと真っ赤に染まってしまう。
うっかり想像してしまったのだ。アルテュールに似た可愛い息子と娘の姿を。それはもう考えるまでもなく絶対に可愛い。
幼い頃のアルテュールの姿を私は知らないものだから、きっと息子なら彼の小さい頃を想像して勝手に口元が緩んでしまうのは間違いないだろう。
それにはまず、子供ができるような行為をしなくてはならないのだけれど――
そんな妄想でいっぱいになっていた時、神官が準備が出来たことを知らせに来たものだから、私は平静を装うのに苦労してしまった。邪な考えを振り払いながら、神官の後をついていけば、回廊の先にはきっちりと正装したレーニエとアルテュールの姿が見える。
アルテュールの顔を見た途端、振り払った妄想がぶり返してしまい、私の顔はまた赤く染まっているだろう事が自分でも解ってしまう。
そんな私を見て、彼は不思議そうに首を傾げた。
「ポーラ?どうしたんだ、何だか顔が赤いみたいだが?」
「き、気のせいよ!私はいつもこんな顔色だわ!」
「……?」
隣ではアンナとレーニエがお互いに衣装を褒めあっているのが横目に見えるのだけれど、私はじっと注がれるアルテュールの視線に目を泳がせるばかりだ。
なんて言ったらいいのかと、いろいろと言葉を探してはみたものの、結局正直に打ち明けるのが一番だとこれまでの勘違いし続けた出来事から学んだ私は、観念して小さく息を吐き出した。
「っ……嘘をついたわ。顔が赤いのは、その……アンナが私達に子供が生まれたら乳母になりたいって言うものだから、ちょっと想像しちゃったの」
「ごほっ!?そ、そうか……俺とポーラの……」
一瞬咳き込んだ彼は、それきり私と同じように頬を染めながら黙り込んでしまう。お互いに少し俯きながら、なんとも言えない沈黙が流れる。
「大公殿下、妃殿下、どうされたのですか?」
「お嬢様?」
そうしてどれだけ黙り込んでいたのだろうか。気がつけば、いつの間にかアンナとレーニエは先に進んでしまっていて、なかなかやってこない私達を心配そうに見詰めている。
私はハッとして顔をあげると、アンナに向けて声を張り上げた。
「な、なんでもないわ!ほら、早く行きましょう、アルテュール」
「……待ってくれ」
そう言って彼は、進もうとした私の腕をぐっと掴む。頬は照れたように赤くなっていたのだけれど、その表情は真剣そのものだ。
「先程の話だが、俺は世継ぎがどうのというのには拘らない。男の子でも女の子でも大歓迎だ」
「ちょっと、話が飛躍しているわよ!?」
そんな踏み込んだ事を言われるとは思っても見なくて、私の声は思わず裏返ってしまった。
「俺としては、君に似てくれたら嬉しい。出会った頃から、今もずっと、ポーラは俺にとって一番星みたいに眩しい存在だから」
「っ……もう、またそういう恥ずかしい事を……」
私が一番星みたいに綺麗だと言ってくれるのはアルテュールだけだ。絶対に惚れた欲目だとは思うのだけれど、そう言われて嬉しい気持ちはありつつも、やっぱりまだ恥ずかしさのほうが勝るのだ。
ふいと視線を逸らせば、彼の顔はこちらに近付き、そっと耳の近くに口付けが落とされる。びくりと肩が震える中、彼は私と視線が重なると少しだけ口角をあげた。
「俺は、君がまた俺に媚薬を盛ってくれるのを待っているんだが……?」
そっと囁くような声で耳元で囁かれたものだから、私は慌てて耳を手で覆ってしまった。そうすれば、彼は可笑しそうに小さく笑みを漏らす。
私はいつだって、彼の笑顔の前では頷く事しかできなくなってしまうのだから。
「っ……!そ、それは……結婚してからなら……」
「その日が来るのが待ち遠しいな」
ぱぁっと嬉しそうに顔を綻ばせるアルテュールに、私は赤くなった頬を誤魔化すように少しだけ俯ける。
視線の先にある繋がれた手の温もりは、熱を増していくばかりだった。
これにて完結となります。
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!
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