41 私が帰る場所
「……ポーラ、君は本当にどうして毎回毎回こんな無茶ばかりするんだ!?もし君に何かあれば、俺は俺自身を殴っていた所だぞ」
夜中だなんて事はお構いなく、目の前のアルテュールは眉尻を釣り上げて本気で怒っている。
フレジエ公爵邸は半壊してしまっているし、辺りは王家の騎士と大公家の騎士達が大勢いて、休んでいたフレジエ公爵家の使用人達も何が何だかと困惑した様子で集まっているような状況だ。
そんな中で王弟殿下であり、大公殿下でもある彼におもいっきりお説教されている婚約者の私というこの構図は何とも居た堪れない。それに加えて――
「叔父上、頭ごなしに説教するのは感心しませんね。ポーラだって自分が悪いとは十分解っている筈です。そうでしょ、ポーラ?」
「え、えぇ……」
更に問題なのは、私がまだシモンに横抱きに抱えられているという事だ。もう本当にこの状況こそが、逃げ出した私に対する何かの罰なのではないだろうか。
にっこりと微笑むシモンの笑顔もなんだか目が笑っていない所を見ると、相当怒っているのだろう。私は顔を覆いながら、こくこくと力無く頷く事しかできなかった。
「本当の本当に悪いと思っているわ……」
「ポーラ、君は俺が何に対して怒っているのか、本当に解っているか?」
顔を覆う指の間からちらりと見れば、真剣な表情で私を見詰めるアルテュールと視線が重なる。
「そ、れは……あなた達をこんな大変な騒動に巻き込んでしまって……」
「そこからだ。最初から君は勘違いばかりしているな」
「え?あっ……!」
驚く間もなく顔を覆っていた私の手は、アルテュールに掴まれてあっという間に取り払われてしまう。私を見下ろすアルテュールもシモンも、どこか心配そうであり、悲しそうな表情にも見えた。
「俺もシモンも、君に巻き込まれる事を怒ったりはしない。むしろ一人で何でも抱え込んで、置き去りにされる事の方が辛い。怒っているのは、君に相談すらされなかった不甲斐ない自分自身に対してだ」
「叔父上の言う通りだよ。僕が気付いて声を掛けなかったら、本当に誰にも何も言わずにいなくなるつもりだったでしょ?それともポーラ、君には僕も叔父上もそんなに頼りなく見える?」
「そんな事ないわ……!そんな事……」
少し気が緩んだからか、ぽろりと涙が一筋溢れる。怒られている私が泣くのは卑怯極まりない事だから泣きたくなんてないというのに、後から後から溢れて止まらなかった。
「だって、アルテュールもシモンも私には大切な人なんだもの。2人に危害が及ぶかもしれないのに、何も言えなかったのよ……」
「そう考えられるなら、僕達もおんなじ気持ちになるってどうして解らないの。本当馬鹿なんだから」
「君が俺達を守りたいのと同じくらい、俺達だって君を守りたいと思っているんだ。それに俺達は君が守らなくてならない程、弱くないのは解っただろう?」
優しく慈しむように笑う2人に、私の涙は余計に止まらなくなってしまう。しゃくりあげながらも何度も頷いていれば、アルテュールの口付けがいきなり目元に落とされるものだから、私は驚いて目を見開く。
驚く程近くに彼の整った顔があって更に目を見開いていれば、目が合った彼は少しだけ口角をあげると、あろう事かそのままぺろりと涙を舐めるのだから、私は声にならない悲鳴をあげてしまう。
今度は別の意味で顔は真っ赤になるし、恥ずかしさで死んでしまいそうだ。
「ちょっと!抱えてる僕の目の前で、よくもそんな事ができますね!?」
「俺はポーラを泣き止ませようと思っただけだ。お陰で泣き止んだだろう?」
「だとしても、僕に見せつけるみたいにするなんて、叔父上には人の心ってものがないのですか!?」
「人聞きの悪い事をポーラの前で言うな。というかそろそろポーラをこちらに渡してもらおうか。緊急事態だったから許したが、本来ポーラを抱えていいのは俺だけだ」
「何の権利があって言ってるんです。言っておきますけど、ポーラの一番の親友で幼馴染は僕なんですからね」
人の頭上で口論を始めた2人は、やいやいと勝手な事ばかり言っているのだけれど、周りの騎士達が物凄く生温かい目でこちらを見ている事にもそろそろ気付いてほしい。
「もう!いい加減にしてちょうだい!私は自分で歩けるわ!」
私がばたばたともがけば、渋々ながらシモンは私を地面へと下ろした。その目はじとりと物言いたげに私を見ていたのだけれども。
くちゃくちゃになっていた服の皺をさっと手で直すと、私はこほんと咳払いをして不毛な言い争いをしていた2人を交互に見やる。
「とにかく、今度からはちゃんと行動する前に相談するわ!今回の事は本当に反省したから、それで許してちょうだい」
「大人しくしているという選択肢はないんだな……」
「まぁ君が大人しくしている方が逆に心配になるから、程々にはしてよね」
半ば諦めたような溜息を漏らす2人に、私が力一杯頷いていた所で、護衛騎士のナディアがこちらへと近付いてくるのが見える。
彼女は私と視線が重なると、くしゃりと泣きそうな表情を浮かべるのだけれど、すぐに表情を切り替えてアルテュールに礼をとった。
「アルテュール団長、バジル・フレジエ公爵子息はいかがされますか?」
「そうだな、この事態を引き起こした重要人物である事に変わりはない。このまま拘束して――」
「待ってちょうだい!バジル様をどうするつもりなの!?」
気絶していたバジル様を縛っていたのは知っていたけれど、彼は彼なりの事情があったのだし、罪人のような対応はあんまりだ。
ぎょっとして抗議の声をあげるものの、私を見るアルテュールの表情は明らかに険しい。
「元凶はバジル様ではなくて、あの人なのよ!バジル様はお母様の公爵夫人を助けたくて必死になっていただけだわ!」
「それはそうだが、バジル・フレジエが君を脅して連れ出したりしなければ、こんな騒動にはならなかった筈だ。騒動を起こした者は、何者でも裁かれなくてはならない」
「そんな……」
元凶のジルベスターが初代国王陛下である事や、その狂気の力などは王族の根本に関わる事であるし、アルテュールとシモンにだけは既に詳細を伝えている。
その上で彼についてはその存在を完全に秘匿扱いとして、スキルの使用ができないようにする重罪人用の拘束具をつけた状態で既に王城へと護送されていた。
彼のスキルは危険なものであるけれど、神の化身であり初代国王陛下である彼を今後どう扱えば考えあぐねていた結果、とりあえずは王城で幽閉される事になったのだ。
彼の話によれば、今彼が宿っている肉体が死んだ所で、また別の肉体に転生してしまうというのだから、今後の対応は難航していく事だろう。
それでも彼は、かつては英雄と称された国王陛下なのだ。私は彼と共に生きる事はできないけれど、彼がこの先彼なりの幸せをみつけて生きてくれる事を願わずにはいられない。
そうしてその彼の代わりに、公に裁かれようとしているのがバジル様なのだ。彼は確かに私を脅しはしたのだけれど、それ以外に酷い事はされていない。
私は彼が裁かれる事を望んではいないというのに、対外的には未来の大公妃である私を拐かした重罪人という扱いになってしまっているのだ。
「ポーラ嬢、そう言って頂けるだけで十分です。騒ぎを起こしたのは事実なのですから」
「バジル様……」
騎士に両脇を支えられる形で連れてこられたバジル様は、けれど彼の表情に悲壮感は一切なく、晴れやかなものだった。
「それに母上の治療は王城の専属医が手を尽くしてくださると約束してくださいましたし、父上も恐らく正気に戻られる事でしょう。父上と母上が今後どうなるかは解りませんが……」
「バジル様は、それでいいのですか……?」
「えぇ。最初から覚悟していた事ですし、何のお咎めもないのでは、他の貴族に示しもつきません。貴族の最高位である公爵家の者として、私は罰を受けなくてはならないのです」
真っ直ぐに私を見据える瞳は、迷いが少しも見られないものだった。彼は既に覚悟を決めているのだ。
それを私がどうこう言った所で、その決意が揺らぐ事はないだろう。
私はぎゅっと拳を握りしめると、少しだけ笑みを浮かべた。
「解りました……それなら、バジル様の分まで、公爵夫人のお見舞いには伺わせて頂きますね」
「それは助かります。母上もきっと喜ばれることでしょう」
それだけ言うと、バジル様はくしゃりと笑みを漏らして護送用の馬車へと乗せられていく。
それが見えなくなるまで見詰めていれば、やっぱりやるせない気持ちは隠せない。それでもようやく空は白み始め、長かった夜が明ける。
どれだけ辛く、険しい事があっても、いつかは必ず夜が明けるように、このやるせなさもいつかは希望に変わるのだろう。
そんな朝日の眩しさに目を細めていれば、隣にいたアルテュールも眩しそうに私を見ていた。
「さぁ帰ろう、ポーラ。俺達の帰る場所へ。皆君の帰りを首を長くして待ってるぞ」
「えぇ!」
差し出された手を掴めば、私の体は勢いよく彼の方へと引っ張られる。そうしてぎゅっと抱き締めてくれる彼の腕は、本当に温かくて心地良くて。
この腕の中こそが私の帰る場所なのだと、心からそう思えた。
読んでくださってありがとうございます!
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次回のエピローグで完結になります。
最後までお付き合いくだいますと幸いです。




