40 筋肉は裏切らない
「叔父上!少しは加減できないんですか!?ポーラが怪我でもしたらどうするんですか!?」
「久しぶりに本気を出したから、力加減を間違えたんだ。それに俺はポーラのいる場所に向けてはいないぞ!」
姿はまだ煙の向こうではあるのだけれど、何やら口論している様子のアルテュールとシモンは、まだ私がここにいる事に気づいていないみたいだ。
すぐにでも駆け寄りたかったのだけれど、先程の衝撃で驚いたからなのか、足にうまく力が入らない。
「だから叔父上は配慮に欠けると言っているんです。こんなに破壊して、破片がポーラに飛んでいく可能性もあるではありませんか」
「それは確かにそうだな……悪い、ポーラを早く助けなくてはと気ばかり急いていたんだ」
アルテュールのしゅんと落ち込んでいるような声音がするものだから、あの大きな体で子犬のように項垂れた姿を想像してしまい、私は思わず呻き声を漏らしてしまった。
彼は剣を持っている時は本当に惚れ惚れしてしまう格好良さなのだけれど、普段のこういう一面を知れば知る程、愛おしさは増すばかりだ。
私が密やかにアルテュールにときめいているその隣で、ジルベスターの表情は対照的に不快感も顕になっている。
「はぁ……まったく、情緒の欠片もないねぇ。力技で突破してくるとは思いもしなかったよ。ポーラ、きみはあの筋肉で全てが解決すると思ってる大公のどこが好きなの?」
「あなただってあの鍛え上げられた素晴らしい筋肉を見たでしょう?とっても格好いいじゃないの!」
「へぇ……ぼくにはその良さが解らないなぁ。むしろ目障りとしか思えないんだよねぇ」
ゆらりと不穏な光に揺れる彼の瞳は、煙の向こうにいるであろうアルテュールへと真っ直ぐに向けられていた。
ぞわりとした嫌な予感に、私は思わず彼の服の裾をぎゅっと掴んだ。
「待って、何をするつもりなの!?」
「よく考えたら、向こうからやってきてくれるだなんて好都合でしょう?王太子の体はぼくの器としてありがたく使わせてもらうけど、大公は邪魔なだけだからねぇ。始末しに行く手間が省けて良かったよ」
にっこりとした笑顔にはそぐわない言葉に、背筋を冷たいものが滑り落ちていく。
彼は本気でアルテュールを排除するつもりだ。その上この場でシモンの体まで奪うつもりだというのだから、そんな事は到底見過ごせる筈もない。
「アルテュール!シモン!私の事はいいから、逃げてちょうだい!」
私は決死の思いで声を張り上げるのだけれど、彼等からの反応がない。
今や風通しがあまりによくなったフレジエ公爵邸は、この部屋と廊下との境目が殆ど無いような状態だ。叫べばすぐに聞こえる距離だというのに、2人が何も言わないという事は、私の声は届いていないのだろう。
もう一度声を張り上げようと息を吸い込んだ所で、座り込んだままの私の頭を、ジルベスターがそっと撫でた。
「無駄だよ。きみ達が入ってきてからかけ直した人を惑わせる効果は、あの大公が力技で打ち砕いてしまったみたいだけど、ぼくの周囲では有効なままだから。きみがいくら叫んでも、あの2人には届かないよ」
「っ……そんなの、やってみないと解らないじゃないの!」
私はジルベスターの手を払い除けると、すぅと大きく息を吸い込んだ。
「アルテュール!シモン!お願いだから、逃げて!!」
どうか届いてと必死に祈りを込めながら、先程よりも簡潔に、私の精一杯の大きな声で叫ぶ。
しんとした静寂が訪れ、やっぱり駄目だったのかしらと項垂れかけた時だった。
「ポーラ……?」
「叔父上?どうかしましたか?」
もうもうとしていた埃と煙が途切れたその一瞬、確かにアルテュールの黄金色の瞳は、私を真っ直ぐ捉えていたように見えたのだ。
彼からは私の姿も声も、曖昧になっている筈だというのに。
彼の顔が見えた瞬間、嬉しさと申し訳なさから私が顔をくしゃりと歪めれば、彼の表情は眉を顰めたすっと険しいものへと変わっていく。そう思った瞬間だった。
「えっ!?」
私の目には、一瞬でアルテュールの姿が消えたように見えたのだ。
驚いてごしごしと目を擦っている間に、物凄い衝撃音がすぐ近くで聞こえるものだから私はびくりと肩を震わせながらそちらを見上げ、更なる驚きで目を見開いてしまった。
先程まで離れた場所に居たはずのアルテュールの拳は、正確にジルベスターのお腹へと放たれていたのだ。ジルベスターはかろうじて耐えているみたいに見えるけれど、明らかに苦悶の表情を浮かべている。
いきなりすぐ傍に現れるだなんて、あそこから一足飛びに間合いを詰めたとでもいうのだろうか。
驚いて声も出ないのは、私もジルベスターも同じなのだろう。特にこれまでその狂気の力で人を欺いてきた彼にとっては、ここまで正確に攻撃された事など無かったのかもしれない。
「っ!?う、そだろ!?ぼくの場所を見抜いたっていうのか!?」
ばっと後方に飛び退ったジルベスターは、咳き込みながらアルテュールを驚愕の表情で見詰めているのだけれど、当のアルテュールはどこかきょとんとした様子で首を傾げていた。
「うん?お前は誰だ?バジル・フレジエではないな」
そうか、彼はバジル様が私を拐ったとでも思ってここまで来ているのだわと妙に納得してしまうのだけれど、ジルベスターが後退した今、アルテュールは手を伸ばせば届く距離だ。
腰が抜けて立ち上がれない中、私は必死に彼の方へと手を伸ばした。
「アルテュール!あなた、どうしてここまで来たのよ!?」
「ポーラ!?怪我はしていないか!?」
「お願い、私の事はいいから、今すぐ逃げてちょうだい!あの人は……ジルベスターは狂気の神フォリーの化身なのよ!」
本当は助けに来てくれてありがとうと言いたかったのだけれど、私の口から出たのはどうにか逃げてほしいという思いだった。
「それに彼の狙いはシモンなの!シモンの体を乗っ取るつもりなのよ!」
「そう言われたからって、ここまで来て君を置いていく筈がないでしょ。馬鹿ポーラ」
いつの間にかすぐ近くからシモンの声が聞こえて、私は驚きながら後ろを見やる。そこには少しむすっとした顔をしながらも、ホッとした様子のシモンの姿があった。
彼の姿に一瞬和むものの、私はハッとしてシモンにこれ以上近付かないように手を向ける。
「シモン、駄目よ!ジルベスターに近付いたらあなたの体が――」
「大丈夫、僕には効かないから安心して。無策で飛び込む君と違って、この僕が何の対策もしていないと思う?」
にやりと笑うシモンは、私の制止に構わず近寄ってくると、問答無用で私の体を横抱きに抱き抱えてしまうのだから素直に驚いてしまう。
アルテュールと違って細身の彼が、まさか私を抱えられるとは思ってもみなかったのだ。
目を丸くするばかりの私に対して、彼はふっと嬉しそうに目を細めると、そのままアルテュールの後半へと下がっていく。
「叔父上、ポーラの安全は確保しましたから、後は宜しくお願いします」
「あぁ、勿論だ!」
ぐっと拳を握り締めた彼の視線は、ずっとジルベスターを捉えたままだ。
そのジルベスターはといえば、先程の一撃がかなり効いているようで、未だに苦しそうに顔を歪めている。
「ぐぅ……ぼくの本来の体なら、こんな攻撃はなんともないというのに、この貧相な体では……」
「バジル・フレジエではなく、ポーラを狙っていたのはお前だったんだな。俺の婚約者に手を出そうとするだなんて、生きて帰れると思うなよ」
そう言うや否や、あっという間に距離を詰めた彼の拳は、確実にジルベスターに打ち込まれていく。なんというか、正直圧倒的としか見えない。
私にはジルベスターは酷く恐ろしく見えたのだけれど、体格のいいアルテュールと美少年の顔をしたジルベスターでは完全に弱いものいじめの構図だ。
それというのも、ジルベスターはどうやら狂気の力を使えていないようなのが大きいだろう。先程までは確かに使えていた所をみると、シモンが言っていた対策のお陰なのだろうか。
「ねぇ、シモン。さっき言ってた対策ってなんなの?」
「あぁ、それはこのピアスだよ。君との通信用にも使っているけど、これには他人のスキルを無効化する力があるからね」
「え!?そうなの!?」
バジル様のは眉唾ものだったけれど、これは正真正銘のものらしい。シモンが持っているのだから、間違いなく国宝レベルのものだろう。
呆けたようにぽかんとしながらそれを見詰めていれば、呆れたようにシモンは溜息を漏らした。
「たった一人の王太子なんだから、これくらいの対策していないと城から出してもらえる筈がないでしょ」
「う……それもそうね……でもアルテュールは?」
「叔父上のアレは野生の勘だよ。戦場で気配を察知できなかったら命に関わるんだから当然だよね。しかも相変わらず『怪力』なんだから……この邸、ここまで破壊しなくても良かったんだけどね」
見上げた先は、夜空が見えるぽっかりと空いた天井だ。空には綺麗な星が輝いていて、地上の争いなんて瑣末な事のようだと教えてくれている気がする。
そうして私の心配とは裏腹に、呆気なくアルテュールに制圧されたジルベスターは、遅れて到着した騎士達が持ってきたスキルの拘束具をつけられる事になる。
後に残されたのは、半壊したフレジエ公爵邸と、気絶したまま縛られる羽目になってしまったバジル様だった。
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