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39 ずっと求めてきたもの

「そ、れは……初代国王陛下の御名前だわ。もう何百年も前の……」

「いつの間にかそんなに経ってしまったんだねぇ。ぼくにとってはあっという間だったよ」


 何でもない事のようにそう言うジル、いやジルベスターは驚く私の表情を楽しんでいるかのように、くすりと笑みを溢した。


 普通に考えて、ただの人が何百年も生きているだなんてあり得ない事だ。


 フォリー神の化身だとしても、私の腕を掴む彼の手の感触も、体温も、普通の人と何一つ変わりはない。まさか人の身で、永遠の命を与えられたとでもいうのだろうか。


 そんな漠然とした考えが浮かんでは消えていく中で、どうしても先程の彼の言葉が引っかかる。


 彼はシモンを『器』だと言ったのだ。それが一体何を意味しているのか。嫌な考えばかりが思い浮かび、私の心臓はばくばくと嫌な音を立てた。


「っ……あなた、まさかシモンの体を乗っ取るつもりなのではないでしょうね!?」

「そのまさかだよ。そもそも彼はぼくの血を引いた王族の子孫なんだから、ぼくの器として相応しいでしょう?今のこの体も顔は気に入っているんだけど、血統は無いに等しいものだから」


 私がきっと睨みつければ、彼はまるでよくできましたと言わんばかりに目を細め、嬉しそうな笑みを浮かべている。


 要するに彼は他人の体を奪い、何百年も生き続けているという事なのだろう。そんな事、俄には信じられない事であるし、狂気の沙汰としか思えない。


 あぁ、でも彼こそが狂気そのものなのだわと、私は絶望的な思いで顔を歪める。


 今のこの姿も誰かから奪ったものだというのなら、その奪われた人の魂はどこに行ってしまったのだろう。そうして奪われた人がこの何百年でどれだけいるのかと、考えるだけで気が遠くなりそうだ。


「……もし、あなたがシモンの体を乗っとったとして、シモンはどうなってしまうの……?」

「さぁ、どうなるんだろうねぇ?そもそもぼくが入り込む為に精神は壊してしまうから、どうなったのかも解らないんじゃないかな?」


 こてんと首を傾げながら、さして興味もなさそうにしているジルベスターは、子供のようにあどけない表情なのが妙に恐ろしく、それが本心なのだろうと思わせられる。


 本当にこの人は、奪った人の事など気にした事はないのだろう。


 私はぎゅっと拳を握り締めると、彼を真っ直ぐに見据えた。


「っ……!他の人の人生を奪ってまで、あなたが生き続ける意味はなんなの!?」


 彼自身は何度も何度も誰かの体を奪って生き続けているとしても、親しい周りの人達は当然死んでいくのだ。


 そんな孤独に耐えてまで何百年も生き続ける意味も解らないし、私ならアルテュールやシモン、家族の皆がいなくなってもずっと生き続けるだなんてとても耐えられないだろう。


 寧ろそんな事を繰り返す方が、余程気が狂いそうな気がする。


 ジルベスター・エルヴェ・ブラーヴ国王陛下といえば、今でも王国民に愛される偉大な人だ。建国祭は彼の偉業を忘れない為にずっと絶えずに行われてきたし、魔物を討ち果たして民を導いた彼の武勇は、民の間では人気の演劇にもなっている。


 魔物を討ち果たしたというのが、実際はその狂気の力でだとしても、彼が王国民の生活できる地を切り拓き、このブラーヴ王国の礎を築いたのは確かなのだから。


 そうしてじっと私の顔を見詰めていた彼は、ふっと花が綻ぶように破顔した。


「やっぱりきみは優しいなぁ。今、ぼくの事も気に掛けてくれたでしょう?」

「あなただって愛する人達がいたでしょう?だからあなたの血は、アルテュールやシモンにも受け継がれているんだもの。それなのに……」

「きみの価値観では愛がなければ子供はできないみたいだけど、昔のぼくは楽しければ何でも良い所があったからねぇ。愛が無くても子供はできるんだよ」


 にっこりと笑う彼の手は、私の頬をそっと撫でるように触れる。思わず肩がびくりと震えるのだけれど、私の体はそれを振り払う事もできずに、どうしてか動かす事すらままならない。


「そもそも王様だった頃のぼくに寄ってくるのは、ぼくの見目の良さと武勇、名声、そんなものに惹かれる女ばかりだったよ。まぁ、ぼくも若かったから、来るものを拒む事はなかったし、子供だけはたくさん生まれたからここまで国は続いているんだろうね」


 ちゅっと音を立てて頬に彼の唇が落とされる。


 アルテュール以外の人にそんな事をされるのは嫌で堪らないのに、思考は酷く鈍くなっていくばかりで、ぼんやりとして何も考えられない。


「きみはどうして生き続けるのかって聞いたよね?そもそもぼくは、フォリー神の力が強すぎて()()()()()()()()()()んだ。それなら勝手に新しい体に意識が移される前に、ぼくが望む体に移った方がいいでしょう?」


 うっとりと微笑む彼は、そっと慈しむように私の手を取り、その手の指先に、甲に、手首に口付ける。


「そうして何百年も体を変えていく中で、ぼくの力も流石に少しずつ弱まってきたんだよ。この体の前の時には、不覚にも酷い怪我を負ってしまってねぇ。ぼくもとうとうこの長すぎる生を終えられるのかと思ったその時に、女神様が現れたんだ」

「女神、様……?」


 私の手首に赤い痕を残しながら、彼は心底嬉しそうにその瞳を細めた。


「8年前の建国祭の日だよ。きみがぼくを救ってくれたんだ」


 その言葉に、私はかつて路地裏で酷い怪我を負っていた青年の姿を思い出す。酷い怪我で、血もいっぱい出ていたから、私のお手製傷薬で治療してあげたあの青年を。


 彼の顔を全く覚えていないのは、まだ子供だったし、かなり前の事だからだとばかり思っていたのだけれど、それは彼が自らを曖昧な存在にしていたからだったのではないか。


 そんな事に今更気付いても、目の前で怪我をしていれば誰だって助けようとする筈だ。私はそこまで特別な事をした訳でもないというのに、彼のこの私に対する執着はいきすぎているように思われてならない。


「私は、当然の事をしただけよ。どうしてそこまで……」

「いいや、きみの優しさは稀有なものだよ。あの時のぼくが居たのは見捨てられたシャグラン地区だ。誰も他人を助けようなんてものがいない中で、きみの存在は光そのものだったんだ。しかもきみの傷薬には、ぼくが焦がれた神の残滓が感じられた」

「え……」


 神の残滓だなんて、私には身に覚えのない事だ。困惑するばかりの私には構わず、彼は私の手を愛おしそうに撫でた。


「それでぼくは気付いたんだ。きみもぼくと同じなんだと。これまでの長い生は、きみに会う為の時間だったんだってね」

「あなたと同じだなんて、そんな筈ないわ。私は私よ。どんな神の化身でもなんでもないわ……!」

「君の中の女神はまだ目覚めていないだけさ。大丈夫、ぼくがきみを目覚めさせてあげる。きみとずっと生きられるのはぼくだけなんだから」


 そうして艶然と微笑む彼の顔が、あっという間に目の前に迫ってくる。


 ジルベスターが私に口付けるつもりなのだという事は明白で、私の心は必死にアルテュールに助けを求めているのだけれど、それが叶う事はありえない。


 嫌だ嫌だと心の中で叫びながらも、少しでも早く終わる事だけを願って、半ば諦めの気持ちでぎゅっと目を閉じたその時だった。


 ごぉぉぉと大地震が起きたような地響きと衝撃に、私は驚いて目を開ける。


「なっ、何!?」

「!?まさか、これは……!?」


 それはハッとした様子のジルベスターが視線を彷徨わせるのとほぼ同時だった。


「きゃあぁぁぁ!?」


 轟く轟音と衝撃に、私は声をあげてその場に座り込んでしまう。もくもくと埃と煙が辺りには漂い、視界すら効かないような状態だ。


 一体何の天変地異が起こったというのだろう。


 ごほごほと咳き込みながら、ようやく煙が少し収まってきた所で、目の前に広がっていた光景に呆然としてしまう。


 部屋の入口の扉は、周囲の壁ごと砕け散っていて、風通しが物凄く良くなってしまっていたのだ。一体どんな事をすればこんな事になるというのだろうか。


 見上げれば屋根まで一部吹き飛んでいて、星空が見えてしまっている。空から星が落ちてきたと言われても信じてしまうような光景だ。


「っ……これだから頭まで筋肉で出来てる人間は嫌なんだよ……!」


 忌々しそうに呟くジルベスターは、綺麗な顔を歪めながら未だ煙で見えないその先を睨みつけている。そんな彼を見上げた私は、ハッとしてバジル様と公爵夫人のいた方に視線を向ける。


 バジル様は壁に頭を打ちつけたのかぐったりとした様子ではあるのだけれど、幸い気絶しているだけのようだ。公爵夫人も、かろうじて寝台に横たわったままに見える。


 その事にホッと胸を撫で下ろしていた所で聞こえてきた声に、私は瞳が零れ落ちそうなくらい驚いてしまう。


「叔父上!少しは加減できないんですか!?ポーラが怪我でもしたらどうするんですか!?」

「久しぶりに本気を出したから、力加減を間違えたんだ。それに俺はポーラのいる場所に向けてはいないぞ!」


 それは私が今一番聞きたかった2人の声だったのだから。






読んでくださってありがとうございます!


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