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36 3回目の逃亡

 王都の外れにあるミロワール湖は、遥か昔に山崩れで川が堰き止められてできたと言われている大きな湖だ。


 周囲には山と森が広がり、風が無い日には湖面に山の緑が鏡のように映えるその美しさは一見の価値ありと言われている。王都から程近い上に、王都周辺の森には初代国王陛下の恩恵からなのか魔物が棲んでいないという事もあって、ここは避暑に訪れる人も多い場所なのだ。


 周囲には貴族の別荘が多く建ってはいるものの、早朝である今は殆ど人影はなかった。


「湖のほとりって言っても広いわね……」


 私は目の前に広がる大きな湖を眺めながら、目深に被っていたケープのフードを取る。きょろきょろと辺りを見渡してみても、それらしい人影は見られずに溜息を漏らした。


 この場所に明け方に着くには、まだ陽も昇らないうちから抜け出さなくてはならなかったのだけれど、そこは大公家のお邸とは違って勝手知ったる我が家だ。いつも通りのバルコニーからの脱出も慣れたもので、邸を抜け出したら少し離れた場所に予約していた馬車に乗り、そうして予定通りに到着できたというのに肝心のバジル様の姿が見当たらない。


「もしかしてまだ来ていないのかしら……」


 この時間を指定したのは彼の方だというのに、なんだか拍子抜けしてしまう。


 もういっそ、このまま引き返してしまおうか。そんな考えが少しだけ過ぎり、そんな訳にはいかないわと首をふるふると横に振っていた所で、馬車が一台こちらへと向かってくるのが見えた。


「ポーラ嬢、随分早く来られていたのですね」

「バジル様……!」


 扉が開くや否や、彼は少しだけ周辺に視線を巡らすと、私の方へと手を差し出した。


「積もる話は馬車の中で致しましょう。さぁ、お早く」

「え、えぇ……」


 促されるままにその手を取れば、そのまま馬車の中へと引き上げられる。程なくして、馬車は緩やかに何処かへと進み始めた。


 がたごとと馬車が揺れる中、窓から外の様子を窺っていたバジル様は暫くすると一つ溜息を漏らした。


「……どうやら護衛は撒けたようですね」

「護衛……?」


 こてんと小首を傾げれば、バジル様の方が驚いた様子で目を丸くしている。


「まさか気付いておられなかったのですか?貴女につけられた護衛騎士が何人もいたではありませんか」

「えぇ!?そんな筈は……抜け出す時にも、誰にも見つかっていませんよ?」

「かなり遠くから見守っていたようですから、貴女に気付かれたくなかったのかもしれませんが、その距離が仇となりましたね」


 彼が安堵の息を漏らす中、まさか護衛騎士がついてきていただなんて全く気付いていなかった私はただただ驚くばかりだ。もしかしたらこれまでこっそり抜け出していた時も、実は護衛騎士がついてきていたのだろうか。


 そんな事も気付かずに、今まで得意気にしていただなんてこれは結構恥ずかしいのではないかしらと羞恥で顔が赤くなる。


 しかも護衛騎士がついてきていたのなら、私がいなくなった事をアルテュールが知るのは時間の問題だろう。私が自分から出ていったと知れば、彼は私に幻滅するだろうか、それとも心配してくれるのだろうか。


 嫌われてしまうのも覚悟の上で来たものの、やっぱりそれを考えるとしょんぼりとしてしまう。私が小さく溜息を漏らせば、向かいの席からはくすりと可笑しそうな笑みが漏れる。


 じとりとした目でバジル様を見やれば、彼は少しだけ笑みを浮かべた。


「ポーラ嬢は赤くなったり青くなったり、忙しいですね」

「こうなったのは誰のせいだと思っているのですか!?」

「それは私のせいでしょうね。……本当に貴女を巻き込んでしまって申し訳なく思っています。全てが終われば、私は然るべき処分を受けるつもりですから、どうかご協力ください」


 そう言って彼は深々と頭を下げるものだから、私はぎょっとして目を丸くする。


 私を脅して、無理矢理何処かへ連れて行こうとしている人にしては、この申し訳なさそうな態度は些か不釣り合いだ。一体どういうつもりで、彼はこんな事をしているのだろうか。


「……申し訳なく思っているのでしたら、そろそろこんな事をされた理由を教えて頂けませんか?」

「そう、ですね……巻き込んでしまった以上、貴女には知る権利があります」


 バジル様はふぅと大きな溜息を漏らすと、私の方へと真剣な瞳を向けた。


「まず、どうしても貴女に来て頂きたかったのは、貴女のスキルで救って頂きたい方がいるからです。それも父上が建国祭で王都に出てきているこの隙に、速やかに行わなくてはならず、こんな強硬手段に出るしかありませんでした」

「フレジエ公爵様に知られてはまずい事なのですか……?どうしてそんな……」

「救って頂きたいのは、私の母上――フレジエ公爵夫人です」


 フレジエ公爵夫人とはパーティーでしかお会いした事がないし、いつも公爵夫妻と話すのはお父様とお母様だったものだから、私は挨拶くらいしか交わした事がない方だ。けれど、とても穏やかで優しそうな方だったと記憶している。


 確かシモンの成人祝いのパーティーでは、風邪気味という事で欠席されていた筈だ。もしかしたら風邪などではなく、何か重篤なご病気なのだろうか。


 それにしても、それならバジル様だって調薬スキルを授かっているのだから、ご自分で薬を用意できる筈だし、それが無理でも薬学研究所にはソフィアさんもいる。


 相談すれば力になってくれそうだというのに、どうして私をこんな風に連れていかなくてはならなかったのだろう。


「公爵夫人は、風邪気味ではなかったのですね……?」

「母上は……原因不明の病に蝕まれています。領地内だけではなく、国中の医者に診てもらいましたが、誰一人原因が解らなかったのです。私も思いつく限りの薬を試しましたが、効果はまるでありませんでした」


 俯く彼の表情は見えなかったのだけれど、ぐっと拳を握り締めているバジル様の手は、僅かに震えていた。


「私ではどうする事もできず、途方に暮れていた時でした。父上が得体の知れない人物を連れて来られたのは」

「得体の知れない人、ですか?それはどのような……」

「本当にそうとしか言いようがありません。()()()()()()()()()()()のですから」

「え……」


 その時、私の脳裏にはお茶会でのセレストとの会話が鮮やかに蘇っていた。


『確かに会っているのに、全く思い出せないだなんて、こんな事は初めてだわ。あれは一体、誰だったのかしら……』


 ぶわりと嫌な汗が背中を伝っていくのが自分でも解る。


 確証は全くないのだけれど、恐らくセレストに情報を渡した人と、フレジエ公爵が連れてきた人は同一人物だ。


 私は震えそうになる声を必死に抑えながら、バジル様をじっと見据えた。


「その得体の知れない人は、一体何をしに来たのですか……?」

「正確には解りません。父上がその者を連れて母上の寝室に入っていったのは確かなのですが、それ以降父上の様子もどこかおかしくなってしまったのです。父上は私も、邸の誰も母上の寝室に立ち入らせなくなり、邸から出ると一見変わりなく見えるのですが、何故か頻繁に森へと出向くようになりました」

「え!?森には魔物が居るではありませんか。それにフレジエ公爵家領近くの森は――」


 フレジエ公爵家領と接している森は、アスター大公家領とも接しており、私が大公家のお邸から逃げ出した時に魔物騒ぎがあったコルシックの街がそれだ。


 街の近くまで魔物が出てきてしまうくらい、動きが活発になっているというのに、森に敢えて入っていくだなんて自殺行為だ。


 それが責任ある立場である公爵様がされるだなんて、到底正気の沙汰とは思えない。


 青褪める私に対して、バジル様は難しい表情でこくりと頷いた。


「えぇ、ですから様子がおかしいのです。それに、その頃から魔物の動きも活発になっているというのに、森に入っても無傷で戻ってくるだなんてどう考えても異常です」

「昨日の式典では、公爵様にそんな様子は全く見られませんでした。でもそうなると公爵夫人は……」


 本当に生きているのだろうか。そんな恐ろしい考えが浮かび、私は思わず両肩をさするのだけれど、恐らく彼もその可能性は十分考えているのだろう。その瞳は憂いを帯びて揺れていた。


「もしかしたら貴女のスキルは既に必要無い状態なのかもしれませんが、父上が領地にいない内に母上の状態を確認したくて、強引にお連れしてしまったのです」

「それは納得できました。ですが、これをアルテュールにも国王陛下にも知られたくなかったのは何故ですか?そういった事情なら、話して頂ければ普通に協力させて頂きましたよ」


 事情は解ったものの、強引な手段に出た所は腑に落ちない。アルテュールや国王陛下に頼めば、フレジエ公爵様を王都に足止めする事だって簡単にできる筈なのだから。


 そんな私に対して、バジル様は逡巡した後、少しだけ視線を逸らした。


「……父上が最近頻発している魔物の活発化の原因に関わっているかもしれないからです。それが辿り着く所は、謀反の可能性があります」

「っ……!」


 謀反という言葉に、私は目を見開き言葉を失ってしまう。


 それが本当なら、例え公爵家といえども処罰は免れないし、最悪の場合一族全員処刑という事もあり得る重罪だ。


「私はあの得体の知れない者が怪しいとは思っていますが、父上も無関係とは言えないでしょう。ですから、アルテュール大公殿下と国王陛下にはとても言えませんでした。おかしくなってしまっていても、私の父上だという事に変わりはありませんから」


 窓の外、遥か遠くを見詰めるバジル様に、私は掛ける言葉を見つけられなかった。


 ただフレジエ公爵夫人が無事である事と、フレジエ公爵様が謀反だなんて大それた事を考えていない事を願う事しかできなかったのだ。






読んでくださってありがとうございます!


作者のやる気に繋がりますので、面白かったと思って頂けたら下にある☆を押して評価やブクマを宜しくお願いします!


次回はアルテュール視点のお話です。

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