35 建国祭2
「ポーラ、ちょっといい?」
建国祭の式典も無事に終わり、大聖堂にある控え室のソファでホッと息をついていた所で、話しかけてきたのはなんだか難しい顔をしたシモンだ。
この後は目立つドレスは着替えて、アルテュールと街の出店を回る予定なのだけれど、彼は今国王陛下と王妃様に呼ばれて席を外している。彼が戻ってくるまではここで休憩していようと思っていた矢先に顔を出したシモンは、私の向かいのソファへと腰を下ろした。
「お疲れ様、シモン。今日のあなた、立派な王太子様に見えたわよ!」
成人して初めての建国祭を迎えるのはシモンも同じだ。今まで式典では特にお役目がなかった彼も、今回からはいろいろとやる事が多かったのだ。
その中でも特に重要だったのが、この一年の功労者への勲章授与だ。貴族や騎士だけでなく、学者や研究者など、様々な功績をあげた人達に勲章を授与していくというものなのだけれど、いつにも増して美しい笑顔を浮かべた彼を見た功労者達は、皆一様に眩しそうな表情になっていたのを思い出す。
そんなシモンが勲章を授与した後に、その人にだけ伝わる声で何事か声を掛けてくれるのだから、彼等は本当に嬉しそうに、ある人は涙まで浮かべながら何度も頷いていた。
私にとっては親友で、気軽に話せる存在のシモンだけれど、貴族でもない平民が一国の王太子から言葉をかけられるだなんて事はそうある事ではない。
「一人一人に声を掛けていたでしょう?あれ、なんて言っていたの?」
「それは勿論その人それぞれの功績にちなんだ話だよ。後はお祝いと労いの言葉だね」
「ふふっ、皆が感激してシモンを見ていたわ。私まで誇らしくなったくらいよ」
私はその時の光景を思い出して笑顔になってしまうのだけれど、シモンは何故かまだ難しい顔をしている。
今まで通りに戻れたと思ったのは私だけで、彼はまだそうではなかったのだろうか。それとも何か心配事があるのだろうか。
「……シモン、どうかしたの?」
私はどんな恨み言でも聞く覚悟で、表情を引き締めながら声を落とす。
今はここに私達しかいないけれど、この控室には式典の後片付けをしている侍従や侍女達も頻繁に出入りしている。何か難しい悩み事なら、万が一聞かれては困ると思ったからだ。
シモンはそんな私の様子に小さく溜息を漏らすと、同じ様に身を前に乗り出しながら声を落とした。
「どうかしたって言うのは僕の台詞だよ」
「え?」
「ポーラ、君は一体今度は何をやらかそうとしてるの?また何か変な思い込みして、おかしな事しようとしてるんじゃないの?」
「えぇ!?」
シモンの言葉に、私はぎょっとして目を丸くしてしまう。普段通りに振る舞っているつもりだったのだけれど、アルテュールもアンナもお父様達家族でさえ私の様子がおかしい事には気付いても、何かに悩んでいると思っていただけだ。
だというのにシモンはまるで、私がこの後何かしでかすて確信しているような物言いなのだから、私は内心冷や汗でびっしょりだ。
「……今、どうして解ったんだろうって思ってるでしょ?」
「ひぇっ!?え、嘘……シモンってば、まさか心が読めるというの!?」
小さく悲鳴をあげて飛び上がらんばかりのわたしの顔は、鏡なんて見なくても蒼白になっている事だろう。そんな私を見て、シモンは呆れた様子で溜息を漏らした。
「そんな訳ないでしょ。僕は確かに動物とも話せるけど、人の心を読むだなんて事はできないよ。そんな事しなくても、ポーラの考えている事は丸わかりってこと」
「私ってば、そんなに解りやすいの!?アルテュールもお父様達も悩みがあるのか聞くだけだったのよ!?」
思わず顔をぺたぺたと触っていれば、こつんと額を軽く小突かれてしまう。少しの痛みに非難がましい目を向ければ、彼は意地悪くにやりと口元を緩めていた。
「あのねぇ、僕達一体何年一緒にいると思ってるの。言っておくけど、叔父上なんかより僕の方が君の考えを理解できてるっていう自信はあるんだからね」
「う……ど、どうして私が何かしようとしてるだなんて思うのよ?」
苦し紛れに素知らぬ顔でそう返してはみたものの、シモンはじとりとした目で私を見詰めるばかりだ。
「まず、いつもの君なら叔父上の剣舞をそれはもううっとりと眺める筈だからだよ。これが最後かもしれないみたいな悲壮感溢れる顔じゃなくてね」
式典でのアルテュールの奉納剣舞は、それはもう力強く美しいものだった。その素晴らしい剣捌きに見惚れていたのは事実なのだけれど、そんなに悲壮感溢れる顔をしていたのだろうか。
確かに頭の片隅には、ずっと明日の朝の事がこびりついてはいる。それでも今日はそれを忘れて楽しもうと思っていたし、できるだけ考えないようにしていたというのに、だ。
困惑する私に追い討ちをかけるように、シモンは更に言葉を畳み掛ける。
「原因は僕の考え通りなら、バジル・フレジエ公爵家子息でしょ?」
「っ!?」
今度こそ声にならない悲鳴をあげて、私の肩はびくりと跳ねた。
バジル様とのあのやり取りをシモンは知らない筈だというのに、どうしてこんな確信めいた顔をしているのだろう。心は読めないと言っていたというのに、これでは本当に心を読まれてしまったとしか思えない。
「だから、本当に心は読めないんだよ。顔色は読めるけどね。そもそも君、式典の間、妙にあの男を気にしていたでしょ。もしかしてあの男に何か弱みでも握られた?」
「……シモンにも言えないわ。言ったらどうなるか解らないんだもの。それに私に危害を加えるつもりはないと――」
「そんなの信じられる筈がないでしょ!?」
急に声を荒げるシモンに、目を丸くすれば、彼はくしゃりと前髪をかきあげると、少しだけ視線を逸らした。
「……君が僕の意見を簡単にきくような子じゃないってのも知ってるし、どんなに止めた所で飛び出していくんだろうって事も解ってる。でも、君に何かあれば僕も叔父上も、君を慕う人達がどれだけ悲しむのかは覚えておいて」
「ごめんなさいね、シモン。本当に私ってば、皆に心配をかけてばかりだわ」
「それでも行くんだね?」
眉尻を下げ、悲しそうな表情を浮かべるシモンに、私はこくりと小さく頷く。彼はくしゃくしゃと自分の髪をかき回した後、重い溜息を漏らした。
「それなら、これだけは持っていって」
「あら?それはこの指輪とそっくりじゃないの」
彼が懐から取り出した物は、今もお守りとして右手にしている指輪とよく似た物だ。彼は私の指から指輪を外すと、新しい物を同じ指へとはめた。
「それよりも少し改良したんだ。使い方は変わらないから、何かあれば絶対に助けを呼ぶ事。そうしたらそれがどこだろうと必ず助けに行くから」
「解ったわ……!」
真剣な顔でこくりと頷けば、彼は少しだけ顔を歪めると、ぎゅっと私を抱き締めた。温かな体温とは裏腹に、彼の肩は小さく震えている。
「本当、馬鹿ポーラ……無事に帰って来なかったら許さないからね!」
「大丈夫よ、きっと何とかなるわ」
「そんなの何の根拠もないでしょ。本当、何で僕はこんな自分勝手な君を好きになっちゃったんだろ……」
最後の方は小声で囁くような声でよく聞こえなかったのだけれど、彼が私を心から心配してくれている事だけは痛い程に伝わってくる。
そうして暫くの間、私達は何を言うでもなくお互いの体温をただ感じているのだった。
その後シモンが控室を後にしてから、ほぼ入れ替わりのような形でアルテュールが戻ってくるのを待って、私達は一旦オランジュ公爵家へと戻ってきていた。
街に出られるような格好に着替えた後、彼と一緒に出店を回ってはいたのだけれど、私の頭の中ではシモンの言葉がずっと消えずに何度も繰り返される。
『でも、君に何かあれば僕も叔父上も、君を慕う人達がどれだけ悲しむのかは覚えておいて』
それは痛い程に私の心に突き刺さり、じわりと滲んでいく。
シモンが心配してくれる気持ちもよく解るし、勝手にいなくなればまたアルテュールを傷付けて、心配させるという事は火を見るよりも明らかだ。
それでも私は――
「……ポーラ」
「え?なあに?」
空の色はいつの間にか夜の帳に覆われ始めており、もう少し暗くなればランタンを飛ばすような時間だ。
ランタンを飛ばす為に集まっている人々が大勢いる広場を前に、不意に私の名前を呼ぶアルテュールの顔は夕陽の色に染まっている。彼の黄金色の瞳は、夕陽を受けて美しく煌めいていたのだけれど、どこか悲しげに揺れていた。
その表情に胸を締め付けられるみたいな感覚を覚えながら、私はその瞳に囚われてしまったかのように目を逸らす事ができなかった。
「出店を回っている時からずっと上の空だったろう?慣れない式典で疲れたか?それとも俺と一緒では、シモンと比べてつまらなかったか?」
「っ!?そんな事ないわ……!そんな事……」
私は思わずぐっと言葉に詰まり、その場で俯いてしまう。
本当は私だってこの日をずっと楽しみにしていたのだ。久しぶりの二人きりのデートだったし、アルテュールと建国祭を回るのは初めてだったから。
本当なら、ただ幸せな日になる筈だったというのに、どうしてこんな事になってしまったのだろう。
「私、本当に楽しみにしていたのよ……それだけは信じてちょうだい……」
気を抜けば涙が溢れてしまいそうになるのだけれど、ここで私が泣けばアルテュールを心配させてしまうだけだ。ぐっと堪えていれば、私の体はいつの間にか彼の腕に抱き寄せられていた。
私の小さな背では、彼の逞しい体にすっぽりと覆い隠されてしまうくらいだ。
「すまない、意地の悪い事を言ったな。シモンと比べるだなんて、俺の自信の無さの現れでしかないというのに」
「あなたでも自信が無い事があるのね」
「当たり前だろう。特にポーラ、君に関しては自信の無い事ばかりだ。俺は君に無条件で愛してもらえるだなんて自惚れてはいないし、シモンよりも、他の誰よりも愛してもらえるように努力している所だからな。何せ俺はまだ、君の友達止まりだ」
ぎゅっと彼の腕に少しだけ力が篭る。温かな温もりと、どくどくと規則的だけれど速い鼓動はとても心地良くて、泣きたいくらいに愛おしかった。
ずっとこのまま、この腕の中にいたい。
そんなどうしようもない思いばかりが募り、私は彼の胸に顔を埋める。
もう正直に全て話してしまおうか。そう思っていた時、広場からは人々の歓声があがる。見上げれば空には無数のランタンが上へ上へと昇っていく所だった。
「うわぁ……凄く綺麗ね。いつもは遠くからしか見た事がなかったのだけれど、近くで見ると迫力が違うわ」
大小様々なランタンは、人々の願いを乗せてどこまでも高く飛んでいく。その仄かな灯りは、それだけで希望の光のようだった。
「……ポーラは、何を願ったんだ?」
「それは秘密よ。口にしてしまったら、なんだか叶わなくなりそうなんだもの」
私の願いはただ一つ。これからもずっと、アルテュールの傍にいたいというそれだけだ。その願いは、明日私自身が破ってしまうのだけれども。
内心自嘲を漏らしながらも、空に輝くランタンの灯りから目を逸らせない私を、彼は優しく見下ろした。
「教えてくれれば、君の願いならなんでも俺が叶えるというのに」
「なんでもって、聞いてもいないのにそんな事言ってしまっていいの?私が国中の宝石が欲しいとか、そういうとんでもない願いを考えていたらどうするのよ」
「そうだな、国中の宝石くらい買える資産はあるが、君が望むのはそういう物ではないだろう?ちなみに俺の願いは、君とずっと一緒にいる事だ。勿論死が二人を別つまで」
優しく目元を緩め、微笑む彼の顔はどんどん近くなり、そっと私の唇に重なる。
願う事は同じだし、触れる温もりはこんなに温かいというのに、その願いを私は叶えられない。そう思ってしまえば、私の瞳からはぽろりと一筋の涙が溢れた。
読んでくださってありがとうございます!
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昨日は眠気に勝てずに寝落ちましたので、今週は土曜日も更新予定です。




