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33 忍び寄る影

「やっぱりポーラちゃんのスキルが『調薬』なのは間違いないのよねぇ……いろいろと規格外だけれど」


 王城の一角にある王立薬学研究所の一室。私が作ったお薬と研究所で作成しているお薬とを真剣な表情で比較されていたソフィアさんは、小さく溜息を漏らされた。


 実験に協力してほしいという話を受けてからというもの、用事がない時にはこうして研究所に足を運んでは彼女に言われた通りのお薬を作っていたのだけれど、正直な所、研究所には図鑑でしか見た事がないような珍しい薬草なんかも常備されているものだから、私の方こそ楽しんでしまっているような感じもしている。


 しかも作らせてもらったものは、比較的世間に出回っている一般的な風邪薬や胃薬などのお薬から始まり、用途は限定的だけれど一部には需要がある珍しいお薬まで様々だ。


 作った事がないお薬が殆どだったものだから、とても勉強になったし、今後もしアスター領で必要になった時には役立てる事ができるだろう。


 最初は実験台と言われたものだから、どんな事をされるのかと不安だったのだけれど、結果的には私の方が新たな知識を得られて得をしたみたいだ。


「……それにしても、ポーラ嬢の作る薬はどれも既存の薬より効果が高いですね。追加している素材はどれもありふれた物だというのに、これを思いつかなかったとは反省するばかりです」

「バジル様、そんな反省だなんて……!」


 ソフィアさんと同じく、真剣な表情で私の作ったお薬の入った瓶を手に取られたバジル様まで溜息を漏らされるものだから本当に困ってしまう。


 しかも慌てる私とは裏腹に、ソフィアさんもそれに頷くばかりだ。


「バジルの言う通りよ。私達は既存の薬はそのままが正解だと思って、効果を高めるのはスキル頼みな所があったわ。正解なだけで最良ではなかったというのにね」

「そんな、私の方こそスキル頼みです……!このスキルがなかったら、とても思いつかなかったと思います」

「いいえ、スキルは一種の才能なのよ。それを生かすも殺すもその人次第なんだもの。そもそもポーラちゃんが薬草や薬作りに元々興味がなければ宝の持ち腐れだったのよ。だからこれはポーラちゃんのお陰だわ」


 優しく微笑まれるソフィアさんに、私は少しだけ恐縮しながらもこくりと頷く。


「でも本当にポーラちゃんの作り方を私達が再現してしまっても大丈夫なの?この作り方で薬屋さんを開いたら、あっという間に一財産築けるわよ?」

「私は正式な資格もないですし、研究所のお薬は人々の信頼がありますから。それで王国中に出回って、少しでも元気になる人が増える方が嬉しいです」


 そもそも、私は大公家の騎士団へのお薬作成だけでも手一杯なのだ。アルテュールと結婚すれば、大公妃としての仕事ももっと増えていく事を考えると、薬屋さんの経営だなんてやっている余裕もない。


 薬学研究所に任せてしまった方が、余程王国の人々の役に立つ事は明白なのだ。


「もう!ポーラちゃんは良い子ね!本当、未来の大公妃でなければうちで雇うのに!」


 うんうんと私が満足気に頷いていれば、いつの間にかソフィアさんにぎゅっと抱き締められていたのだから、私は驚きつつもなんだか嬉しくなってしまう。


 アカデミーに通っている時には、ただ一方的に憧れているだけだった彼女にこんな風に言ってもらえる日がくるだなんて、あの頃の私に言ってもきっと信じないだろう。


「それでも何か御礼をさせてほしいわ。そうだ、定期的に薬草を大公家に届けるというのはどう?」

「それは嬉しいです!薬草はアルテュールが用意してくれているのですけれど、薬草園もあるので苗でも大丈夫ですので!」

「あらあら、本当に至れり尽せりなのね。アルテュール大公殿下は薬草には詳しくないでしょうに、それだけポーラちゃんを愛していらっしゃるのね」

「えっ!?そ、そう……でしょうかね」


 お邸に用意されたあの調薬室を思い浮かべると、確かにアルテュールが私の為を思って全て用意してくれているのは一目瞭然だ。


 それを改めて指摘されるというのはなんだか気恥ずかしくて、自然と頬は赤く染まってしまう。ソフィアさんもバジル様も、優しく微笑まれているのもどうにも居た堪れなくて少しだけ俯いた。


「それにしても、建国祭が終わったらアスター領に戻ってしまうだなんて残念だわ。王都に来る事があれば、また気軽に遊びにきてちょうだいね」

「それはもちろんです!」


 ソフィアさんの方から差し出された手を、私はぎゅっと握り返す。今日で実験は一区切りという話だったし、建国祭に向けた準備もあるから、次にここに来るのは随分と先の事になるだろう。


 友達のセレストとはまた違う、尊敬できるソフィアさんになかなか会えなくなるのは寂しいけれど、次に会える時までにもっと成長できていたらと思う。


「それじゃあバジル、ポーラちゃんを送るのは任せるわね」

「はい。それではポーラ嬢、護衛騎士の方の所までお送り致しますね」

「ありがとうございます」


 ふわりと優しく微笑むバジル様は、自然に私をエスコートしてくださる。研究所の入口にはヴェロニクとナディアが待機してくれているのだけれど、ここに来るのも暫くないのかと思うと名残惜しくもあった。


「……そういえば、ポーラ嬢は研究所の屋上はまだ見ていませんでしたよね?」

「え?」

「少しだけ見学して行かれませんか?薬草園になっていますので、貴女なら楽しめると思いますよ」


 優しく微笑まれるバジル様には、どうやら私が名残惜しく思っていたのを見抜かれてしまったのだろう。けれど薬学研究所の薬草園というのはとても興味深いものがある。


 私は少しだけ逡巡した後、ぎゅっと握る手に力を込めた。


「ご迷惑でなければ是非お願いします!」

「私からお誘いしたのですから、迷惑な訳ありませんよ。それでは参りましょうか。この時間なら夕焼けも綺麗に見られますよ」


 バジル様に案内されて、研究所の中庭から続く階段を上がっていけば、屋上はガラスに覆われた温室になっていた。


 ガラス越しに見える夕陽は確かに美しいのだけれど、それよりも私の目を引くのは温室で育てられている珍しい薬草の数々だ。ブラーヴ王国では自生していないものばかりで、私は目を丸くしながらもあれこれと目移りしてしまう。


 そうこうしていれば、後ろからはくすりと可笑しそうな笑みが漏れる。自分でもかなりはしゃいでしまっている自覚があったものだから、恥ずかしさに頬を染めながらも振り返れば、予想通りバジル様はくすくすと可笑しそうな様子だった。


「申し訳ありません……つい子供みたいにはしゃいでしまいました」

「あぁ、いえ。とても可愛らしいと思っただけですから、謝らないでください」


 そうは言っても成人女性としてはもう少し落ち着いた振る舞いをすべきだったと、私が一人反省していれば、不意に私の髪にバジル様が触れられるものだから、私はびくりとして顔をあげる。


「バジル様……!いきなり触れられるのはおやめください」

「夕陽に煌めく貴女の髪があまりに美しくて、つい触れてしまいました。出来心をお許しください」


 そう言ってバジル様は微笑まれるのだけれど、悪びれた様子はあまり感じられない。


 よく考えれば研究所には他にも多くの人がいるとはいえ、この温室は密室だし、今は私とバジル様しかいない。アルテュールという婚約者がいる身で、あまりに迂闊だったわと少しだけ後退れば、バジル様は少しだけ苦笑を漏らされた。


「そう警戒されてしまうと傷付きますね。私がもう少し早く貴女に求婚していれば、今貴女の隣に居たのはアルテュール大公殿下ではなく私だったのかもしれないというのに」

「そんなもしもの話をされても困ります。それに、いくらバジル様が求婚されたとしても、私がアルテュールを好きなのは、ほんの幼い子供の頃からずっと変わりません!」


 ちらりと温室の入口を確認するのだけれど、入口はバジル様の後ろだ。ここから出るには、どうしてもバジル様の傍を通るしかない。


 大声をあげた所で、誰かが助けに来てくれるとも限らないし、バジル様と二人きりだった事で変な噂になってしまってはアルテュールにも迷惑がかかってしまう。


 バジル様はアルテュールに比べれば小柄で細身だけれど、私と比べれば大きな男の人だ。力では敵う筈もないし、勝てるとしたら足の速さくらいだろう。


 一か八かで横をすり抜けられないかしらと考えていた所で、彼は少しだけ目元を緩めた。


「どうやら怖がらせてしまったみたいですね。貴女に危害を加えるつもりはありません。ただ……ポーラ嬢、貴女にどうしても内密に作って頂きたい薬があるのです」

「お薬なら、先程もたくさん作ったではありませんか。それにバジル様なら御自分で――」

「それが出来るのなら初めからやっています。私が知る限り、もう可能性は貴女しかいないのです……!」


 いつも優し気なバジル様が、こんなにも声を荒げるのを見るのは初めてだ。きっとそれだけ必死で救いたい誰かがいるのだろう。


 ただ――


「ですが、どうして内密なのですか?それに、症状だけでも仰ってくだされば……」

「それはとても説明できるようなものではないからです。それに、これをアルテュール大公殿下に――国王陛下に知られる訳にはいかないのです」


 アルテュールにも国王陛下にも知られたくない事だなんて、どう考えても危ない話だ。先程のバジル様の態度からも、彼を不審に思う気持ちは拭えない。


 けれど、こんなにも彼が懇願する程に、私の作るお薬を必要としている人がいる事だけは確かなのだろう。


「……アルテュールにも秘密だなんて、そんな話に簡単に頷ける筈がありません」

「それは困りますね。同意頂けないのでしたら、無理矢理にでも貴女を連れて行かなくてはならなくなります」

「っ……私がいなくなれば、護衛騎士の2人がすぐに気が付きますよ」


 じりじりと後退れば、その分だけバジル様はこちらへと近付いてくる。もう少し、もう少しだけでも扉から離せられれば。


「そうなれば、内戦になってしまうでしょうね。貴女の大切なアルテュール大公殿下は、先頭に立って戦う事になってしまいますが、ポーラ嬢はそれをお望みではないでしょう?」

「っ……!」


 入口へと駆けようとしていた私は、バジル様の言葉にさぁっと顔色が青褪めていくのが解る。


 私のせいで戦になる事も、アルテュールが危険に晒される事も到底受け入れられない事だった。


「貴女が望んで来てくださるという事実が必要なのです。……すぐにとは言いません。建国祭の翌朝、王都の外れにあるミロワール湖のほとりでお待ちしていますね」


 そう言うバジル様は、これまでで一番優しい微笑みを浮かべた。






読んでくださってありがとうございます!


作者のやる気に繋がりますので、面白かったと思って頂けたら下にある☆を押して評価やブクマを宜しくお願いします!


次回の更新は月曜日になります。

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