31 お茶会
「ポーラ……本当に俺も一緒に行っては駄目なのか?」
オランジュ公爵家の門前に止めている馬車の前で、アルテュールはもう何度目か解らないその言葉を口にする。馬車に乗ろうとしていた私は振り返るのだけれど、彼は見るからに沈んだ様子だ。
まるで飼い主に置いていかれる大型犬のような雰囲気を醸し出しているのは少し、いやかなり可愛らしくて絆されてしまいそうになるものの、私はぐっと唇を噛み締める。
「アルテュール、何度も言うようだけれど、今日は女性だけのお茶会なの。アンナだけじゃなくて、護衛としてヴェロニクとミレイユもついて来てくれるし、心配するような事は何もないわよ」
「だが、あのセレスト王女もいるのだろう?彼女の疑惑はまだ完全に晴れていないんだぞ」
眉を顰めるアルテュールの固く握られた手に、私は自分の手をそっと重ねる。大丈夫だと伝わるように、その手を優しく撫でた。
「セレストはそんな子じゃないわ。それに私達お友達になったんだもの。あなたとシモンの情報を流したのが誰なのか、それとなく聞いたら答えてくれるわよ」
先日のセレスト主催のパーティーで、彼女もカラン王国も政略結婚を考えていない事は解ったのだけれど、誰から王族の個人情報を得たのかという事を聞くのをすっかり忘れてしまっていたのだ。
正直な所、私にとって一番気になっていた事が彼女がアルテュールを好きなのではないかという事だったので、結婚問題が解決した時点でホッとしてしまっていたというのもある。
結果として、彼女がこの国の重要機密である情報を得た手段やその相手が不明なままだったので、彼女が完全に白だとは言えないままになってしまっていた。
私はもう彼女は信頼できるお友達だと思っているのだけれど、アルテュールは彼女に最初から良い印象を持っていなかったようでずっとこんな調子なのだ。
彼が過保護になるのも解らなくはないものの、セレストはせっかくできた初めての女友達だ。
なにせこれまでシモン以外に親しい友達がいなかったものだから、彼女がカラン王国に帰ってしまう前に、もう少し仲良くなっておきたいという思いが強くあるのだ。
「それにアルテュールは国王陛下に呼ばれているじゃないの。今夜また、お互いに何があったか話しましょう?ね?」
「……解った。くれぐれも気をつけてくれ」
そうして不承不承ながらも頷く彼に手を振りつつ、私は薬学研究所の所長であるソフィアさんがお住まいになられているペッシュ伯爵家のお邸へと馬車を向かわせるのだった。
そう、セレストとの交流だけでなく、私が絶対に今日のお茶会に参加したかった理由は、憧れのソフィアさんにお呼ばれしたからなのだ。
これまで社交会では何故か令嬢達に遠巻きにされ続けた私にとって、お茶会はシモンとしかした事がないものだから、女性だけのお茶会だなんて未知の場だ。
他にも多くの令嬢達が参加するらしいのだけれど、あわよくば他にもお友達ができたりしないかしらと考えると、つい口元が緩んでしまう。
「お嬢様、顔が緩みっぱなしですよ」
「そう?いろいろと初めての事ばかりだから楽しみなのよね!」
「うーん……私の予想だと、結局いつも通り他のご令嬢には遠巻きにされる予感しかないんですよね……」
「えっ!?どうしてそう思うのよ?」
思案顔でぽつりと漏らしたアンナの言葉に、私は目を丸くしながらも小首を傾げる。セレストという初めての女友達ができたのだから、この調子で更にお友達ができる気がするのだけれども。
「お嬢様は本日、セレスト王女殿下とご一緒に過ごされるおつもりですよね?」
「えぇ、そうよ。セレストもソフィアさんとペッシュ伯爵がモデルになった童話のファンなんですって。だから今日は物凄く楽しみっていう長文のお手紙を貰ったもの」
童話好きのセレストは、このブラーヴ王国の童話もたくさん読んでいるらしく、有名なロマンスのモデルとして広まっているペッシュ伯爵夫妻にお会いできるのをとても楽しみにしているようだった。
お薬の研究でソフィアさんとは知り合いになれた事もあって、今日は私がソフィアさんとセレストの間に入って話を繋ぐつもりなのだ。
そんな事を考えながらうんうんと頷く私に対して、アンナは小さく溜息を漏らした。
「一国の王女殿下と公爵令嬢が一緒にいて、そこに気軽に近付けるご令嬢はおりませんよ」
「えぇ!?そうなの!?私は大歓迎だというのに?」
「そうでなくとも、お二人が並ぶと絵力が強いのですから、お嬢様がいくら大歓迎でも皆様遠慮してしまうでしょうね。賭けてもいいですよ」
「うっ……そこまで言うくらいなのね……」
そう言われると、確かに私はともかくセレストはあの美貌だし、他国の王女様だ。気軽に話しかけ難いというのは、私も最初はそうだったし解らなくもない。
それなら新しいお友達を探すよりも、既にお友達のセレストとの仲を深める方が有意義だろう。
「解ったわ。今日はセレストともっと仲良くなれるようにだけ頑張る事にするわね!」
「えぇ、その方がお嬢様にとっても宜しいかと」
優しく微笑むアンナに頷いていれば、いつの間にか馬車はペッシュ伯爵家の門前に着いたみたいだ。馬車の扉を開いてくれたヴェロニクの手を借りて降りれば、出迎えてくださったのは件のペッシュ伯爵夫妻だ。
「ポーラちゃん、よく来てくれたわね!今日は来てくれて嬉しいわ!」
「ソフィアさん、本日はお招きくださってありがとうございます。それと――」
満面の笑顔の彼女の隣には、ミルクティー色の柔らかい髪に少し垂れた目元が優しそうな印象を受けるグレゴリー・ペッシュ伯爵が付き添われていた。
彼は私と目が合うと、軽く頭を下げられる。
「こちらは私の旦那様のグレゴリーよ。お茶会には参加しないけれど、出迎えだけは来てくれたの」
「おいおい、出迎えだけという言い方はどうなんだ。そもそも男は立ち入り禁止だと言ったのは君だろう?」
「こういう細かい所をいちいち指摘しないと気が済まない人なのよ。気にしないでちょうだいね」
「はぁ……」
笑顔のソフィアさんに肘で小突かれたペッシュ伯爵は、小さく呻き声をあげていたけれど、二人の仲はとても良さそうではある。その証拠に、グレゴリー伯爵の右手はずっと彼女の腰に回されたままだったのだから。
ソフィアさんはまだ他のゲストのお迎えがある為、ペッシュ伯爵家の侍女に案内されて庭園に着けば、既に多くのご令嬢が来ており、用意されたテーブル席にそれぞれ仲が良い者同士で座っているみたいだ。
見渡してみても、何故か皆さん目を逸らしてしまうものだから、私は少ししょんぼりとした気分で誰も座っていないテーブル席に腰を下ろした。
やっぱりアンナの言っていた通り、私一人でも相変わらず遠巻きにされてしまっているのだから、早くセレストが来ないかしらとぼんやりとテーブルにセッティングされているケーキスタンドを眺める。
3段のケーキスタンドには、無花果や桃といった季節のフルーツを使用したタルトやマカロン、スコーンなどの甘い物の他に、サンドイッチとキッシュが用意されていた。
どれも美味しそうだわと眺めていた所で、入口の方がざわりと騒がしくなる。見れば今日の主賓であるセレストが到着したみたいだ。
彼女はすぐに私の姿を見つけると、花が綻んだように美しい笑みを浮かべる。今日も相変わらず美しいわと思っていれば、彼女は真っ直ぐにこちらへと向かってくると、そのまま私の両手をぎゅっと握り締めた。
「ポーラ!どうして貴女はそんなに可愛らしいのかしら!遠くから見ても一際輝いて見えるのだから、すぐに解ったわ!あぁ……この瞬間を絵に描きたいくらいよ!」
「セレストの方が余程綺麗よ!さぁ座って座って!あなたが来るのが待ち遠しかったわ」
「えぇ。……あぁ、なんでも受け入れてくれるお友達って最高ね」
嬉しそうに微笑むセレストに釣られて、私も思わず笑みが溢れる。そうすると周りからなんだか溜息が漏れている気がして視線を向けるのだけれど、やっぱり他のご令嬢達とは視線が合わなかった。
そうしているうちに、全てのテーブルに紅茶が配られるのだけれど、気温が高いからなのか紅茶は温かいものではなくて冷たいアイスティーだった。ソフィアさんが個人的に育てられているハーブを使ったハーブティーだそうで、爽やかな香りと口当たりが喉を潤していく。
美味しいハーブティーと甘いお菓子で、和やかな雰囲気のお茶会ではあったけれど、結局私とセレストのテーブルに挨拶に来てくださったのはソフィアさんだけだった。
それはアンナが予想していた事だったし、そんな事は気にならないくらいセレストとの話が弾んだものだから、初めての女友達とのお茶会はとても楽しかったと言えるだろう。
そうしてお茶会ももう少しでお開き、といった頃になってこれだけは聞いておかなくてはと私は少しだけ声を潜める。
「……セレスト、一つだけ聞いておきたいのだけれど、アルテュールとシモンの情報は誰から聞いたの?王族の個人情報は機密情報だから出所をアルテュールが気にしているのよ」
そう言えば、彼女は少しだけ目を丸くした後、私と同じように声を潜めた。
「あら、わたくしが仕入れたのは貴女の事もよ。やっぱり絵を描くにはその為人を知らないといけないもの。でも、そうね……情報を悪用するつもりは無かったのだけれど、疑われかねない事だったわね」
「待って、私の事まで!?その情報をくれた人がどんな人だったか覚えている?」
まさか私の情報まで漏れているだなんて思ってもみなくて、驚いて目を丸くしてしまう。そんなに知られて困る事もないけれど、知らない他人が私の情報を漏らしているのは何となく恐ろしく感じる。
一体誰がそんな事をと考えを巡らすのだけれど、セレストの顔色も徐々に真剣なものへと変わっていく。
「それが、今貴女に聞かれてようやくおかしな事に気付いたのだけれど、わたくしは可愛いと思ったものはじっくり観察する癖があるの。だから貴女とシモン王太子殿下の事は目を瞑っても描けるくらいよ」
「え!?それは凄いわね……!」
「そうでしょう?だから情報をくれたその子のことも、可愛いと思ってじっくり見た覚えはあるの。なのに……このわたくしが、全く顔を思い出せないだなんて異常だわ」
彼女の記憶力が優れているのは、以前見せてもらった絵を見ても明らかだ。そんな彼女が思い出せないというのは、確かにおかしなことだと言える。
「ぼんやりとも覚えていないの?男か女かも?」
「そう、そうなのよ。確かに会っているのに、全く思い出せないだなんて、こんな事は初めてだわ。あれは一体、誰だったのかしら……」
その得体の知れない存在は、私の心にざらりとした気味の悪い違和感となりこびりつくみたいだった。
読んでくださってありがとうございます!
作者のやる気に繋がりますので、面白かったと思って頂けたら下にある☆を押して評価やブクマを宜しくお願いします!




